19話 惚れさせろ~驚愕の依頼内容~
ファミリア本部を出立した俺たちは、街道を西に進み……ファミリア管理区とオルカスタ管理区を隔てる西門に来ていた。
チャンたちファミリアの人間は一度馬車を降り、それぞれ知り合いに挨拶を済ませてから馬車に戻ってきた。
「では、行きます! 皆さんまた!」
スタークはそう言うとパンッと手綱を引き、馬車は西門を通過した。
「——しかしあれだ二人とも、もう少しゆったり座ったらどうだ? ほらおつう、スタークの隣……運転席だって空いてるぞ」
「いえ、ここで」
「ここが落ち着く」
たまたま隅っこに座った俺の隣にはナツキが寄りかかり、膝の上にはおつう。
対面にチャン、少し離れてユリが座って、二人ともクスクス笑っている。
対角の隅にはアテナが座っており、こちらのことは一切気に留める様子もなく……ひたすらに外を眺めていている。
「そうか、ならいいが——」
————ゾクッ。
(——っ!?)
アテナの居る方から一瞬もの凄い寒気——のような何かを感じた気がして、ゆっくり振り向く……が、特に変化はないようだ。
一体何だったんだろう。
「で、チャン。ハクツルの言っていた件だが——可能性がどうとかいう」
「ああ、その話がまだだったね。……今する?」
ん? チャンは何をキョロキョロしてるんだ?
「何か言いづらい話なのか?」
「いや、そういうわけじゃ……ないこともないんだけど——」
「よくわからんが……どちらにしろ今後、情報はなるべく共有しておいた方がいいだろう。一緒に動くんだしな」
そっぽを向いているアテナ以外の女性陣が、揃って『うんうん』と頷いている。
(ふっ、我ながらいいことを言ったか……?)
少しずつ、対人スキルが上がってきているのを感じる。
「そ、そう? うーん、上手く説明するのが難しいなぁ…………原文ままでいい?」
「問題ない、俺が上手く読み解いてみせる。なぜかはわからないが、俺は今自信に満ち溢れている」
オレンジ頭を少し横にどけてチャンに目を合わせると、チャンは『ははは。じゃあわかった』と言って、ひと呼吸してから口を開いた。
「惚れさせろ」
————————。
その瞬間、時が止まったかのような静寂を感じた。
少し間が空いて……馬と車輪が地面を蹴る音と、荷台が揺れる音だけが、やっとゆっくり耳に入ってきた。
「すまん、もう一度頼む」
「ツルさんからの伝言は、 『惚れさせろ』だよ」
……やはり、聞き間違いではなかったようだ。
「何に満ち溢れてるって? あー! 確かにぃ? それだけモテればい! け! る! か! も! ね!」
強い声のした方を向くと、巫女がなんだか凄い目でこちらを見ていて、目が合うとまたすぐに反対側に身体を向けた。
「アルカ様……」
「おにぃならいける」
「あらぁ~……」
皆それぞれの反応を見せたが、あまり頭に入って来ない。
「いや、友達って————すまん、俺が悪かった。何とかわかるように説明してくれ……」
「ははは……。なんかね、アイネが昔憧れてた人に似てるんだって。アルカが」
——ピクッ。
視界の隅で、アテナの肩が動いた気がした。
チャンの説明は続く。
「そのキャプテンコートも、もともとその人が着ていたものらしいよ。これで間違いなくアイネの視界には入れるから、あとは何とかしろって」
「何とかって……。確かに興味は引けるかもしれないが、別人とわかった時が怖いんだが……逆に斬られるんじゃないのか?」
「ははは。その時は俺が守るよ」
それなら安心——というわけにも、今回ばかりはいかないだろう。
女とはいえ、相手は第四師団を率いる〝字持ち〟……。
万が一のことがあっても、できればチャンを巻き込みたくはない。
とにかく今は、情報が必要だ。
「そもそもどんな人なんだ? アイネってのは」
「うーん、ツルさんも言ってたけど、俺たち下っ端から見ても元々気難しい人でね……。 〝厄災〟以降はツルさんから見ても、それがさらに顕著になったらしい」
「また〝厄災〟か……。そういえばアズリア人だって言ってたな」
「うん。内戦が激しくなると、両家の親はツルさんとアイネをアーレウスに逃がしたみたい。結構な名家だったらしく、独自のルートがあったみたいだよ。こないだ話した調査船団も、そういった事情もあってファミリアとオルカスタが中心で組んでるからね」
なるほど……。
加えて、 『何年か前に帰った』とハクツルが言っていたのもそういうことか。
そこで出逢ったのがこの外套の持ち主、そして——。
「だが、そこにアズリアはなかった——」
「——うん。極東から連れ帰ってくるのも大変だったよ。信じられなかったんだろうね……。もうね、凄い暴れた。 『こんなはずはない! 帰りたければ帰れ! 自分は残ってまだ探す!』って。おかげでツルさん血だらけよ……。他に抑えられる人なんていないからね」
「祖国と愛する人を失って……それで、荒んでしまったんですね——」
「あの時はわからなかったけど、探すというのは〝大陸〟だけでなく、〝そういう意味〟もあったんだろうね。あれだけ暴れたことも、今なら少し納得がいく」
チャンの話を聞いて、ナツキが瞳を潤ませている。
「しかしハクツルをそこまで——。流石【嵐槍】、たいしたものだな」
「強いよ。槍を持たせたらアーレウス1だと言われてる」
「……それから守ってくれるのか?」
「…………。」
ふいに遠い目をしたチャンからは、珍しく『ははは』という笑い声が聞こえない。
そうか、この【聖騎士】すら怯ませるほどの猛者か。
これは本物だな。
「もしかして、ウチの保護区も……」
黙って聞いていたユリが、口を開いた。
「そうかもね。ツルさんがあれだけ率先して難民を保護していたことも、その人を探していたのかもしれない」
「では今もその方が生きていることを信じて、想い続けて……ロマンチックですね——」
「いや、それがそうでもないらしい」
どこか感傷に浸っている様子だったナツキは、ガクッと体制を崩した。
「どういうことだ? それなら俺が出て行っても無駄なんじゃないのか?」
「いや、ツルさん曰くここまでのことは、あくまで〝段取りの一つ〟らしい。ここから先が〝本題〟であり、〝問題〟だ」
「あのー、ここに至るまですでに問題だらけなんですが……まだ何かあるんですか……」
俺の問いかけに、チャンはコクっと頷いた。
「アイネがさらに『荒んでしまった』のは、調査船で極東に行ったことによるもの。だけどアイネが『おかしくなった』のは別件で、こっちに戻ってからのことが原因らしい。ある男に一騎打ちで敗けたんだって。それが誰かまでは教えてくれなかったけど——」
「「——!」」
話の内容に少し違和感もあるが……まぁハクツルのことだ。
一騎打ちということだし、その勝敗はアイネの名誉に関わる。
他に言いふらす話でもないという判断だろう。
(しかしある男……誰だ?)
さすがに〝字持ち〟以外には考えられない……とすれば——。
第二師団[バーンブレイズ] 副長 【闇拳】シルバ・ロデオ
第三師団[アイシームーン] 軍長 【氷絶】ランバウル・ブルース
第三師団[アイシームーン] 副長 【氷識】ロベルト・リーン
第六師団[アイオーン] 副長 【地滅】ユージーン・ジンバイエ
第六師団[アイオーン] 総長 【嵐王】ゲイル・ブラッド・ランザス
アイオーンの二人の強さは、この目で見たからわかってはいる……が、そもそもアイネと闘り合ったという話は聞いたことがない。
喧嘩っ早いのは間違いないが、あの周到なターニャが傍に付いていて、そう簡単に問題を起こすとも思えない。
アイシームーンは基本的には〝広域支援部隊〟とのことだし、ブルースはミクスの片腕と言われる人物……ここも〝字持ち〟同士の一騎打ちなんて、とてもじゃないが想像できない。
バーンブレイズは、こちらも総長のエルザがミクスの片腕と言われる中、本人がゴリゴリの武闘派とあって【六神盾】でも〝特別攻撃隊〟扱いになっている。
シルバのことはよく知らないが……可能性があるとしたらこいつか?
まぁ誰なのかを考えたところで仕方ない、とにかく——。
「敗けたことで、自暴自棄になってしまったということか……」
「いや、惚れてしまったらしい」
「——は?」
「そいつのことを忘れさせるのが、今回の〝本題〟だよ。アルカ」
……んん?
ちょっと待て、俺がおかしいのか?
「えーっと……なぜ忘れさせるんだ?」
「どうやらその男に惚れてから、思想に大きく変化があったらしい。それが〝問題〟で、簡単に言うとそれを元に戻したいらしい」
「——っ!」
アテナがガバッとこちらに振り返り、チャンの方を見た。
チャンはそれに気づいた様子もなく、説明を続ける。
「そもそも今日に至るまで、アイネはたった〝二人の男〟にしか敗けたことがないらしい。それが今話したある男と、その〝キャプテンコートの男〟だ。アイネは自分より強い男にしか興味がないが、中々出逢えたもんじゃない。故にその一線を越えれば惚れやすく、恋愛ごとには猪突猛進。説明は以上だよ」
「……。結局、闘えと? あと俺の気持ちは? そして仮に惚れさせたその後は?」
「闘わないで済むならそれでいい。ツルさん曰く、ある男への気持ちを一瞬でも断ち切ってくれればいいらしいよ」
「いやいや……あっ! なんでハクツルがやらないんだ? あいつも〝字持ち〟! 人に頼むのはおかし——」
「おにぃ」
(——ん?)
おつうの方を見る。
切ないような、蔑むような……なんとも言えない幼女の視線が、俺に突き刺さる。
「どんな理由があれ、ハクツルさんはアイネさんを傷つけることができないんでしょう」
割って入ったナツキの言葉に、ユリが『うんうん』と頷いている。
(『大事な女なんだ——』)
あぁ、ハクツル……そうだとしても——。
「まぁ会うだけ会ってみようよ。こいつも渡さなきゃいけないし」
チャンは胸元から手紙のようなものを取り出した。
「……わかった。行こう」
闘うとか惚れさせるとか、そういったこと以外にも手段はあるかもしれない。
ちゃんと確認しなかったとはいえ、男に二言は許されない。
ハクツルめ……流石にただでは転ばないということか。
(次に会ったら、必ず文句言ってやる——)
とりあえず、オルカスタ管理区に向かおう。
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