18話 託された外套~乙女、それぞれの距離~
俺は両手を掲げ、手元の〝白い何か〟を広げる。
(服……か? 結構丈が長いな——)
「これは……〝外套〟か?」
「うむ。それはな、俺が数年前にアズリアに帰った時に……まぁ色々あって、ある男から譲り受けた代物だ! アイネもそいつのことは知ってるし、外套を見ればわかるはずだ。俺には少し小さくて、お蔵入りしてたんだが——、アルカ殿に託そう」
少し……には見えないが、まぁ確かにな。
その巨体では、マントになるかすら怪しい。
かく言う俺は、布というだけでありがたい。
何しろここまで無理をして、袖も裾ももう限界なんでな。
「数年前って……思いっきり内戦中じゃないか。よく生きて帰ってこられたな」
「がっはっは、まぁな! アルカ殿は、そいつに良く似てる。その紫眼に、赤髪サイドバック。そして……まぁとにかくそのまんまだ! ——羽織ってみてくれないか?」
「……ん? あぁ——」
俺は言われるがまま、外套に袖を通そうとした。
ぐっ——。
——が、幼女にそれは阻まれる。
おつうは袖を掴んだまま、何故だか首を横に振っている。
「詳しいな、お嬢ちゃん! そうだ。それは腕を通さずに肩に羽織って、胸元の紐を止めて着るんだ。極東でも北の方の海を荒らしまわってた【海賊】ってヤツらの頭が、好んで羽織ってたもんでな。アーレウスの人間には〝キャプテンコート〟って呼ばれてる。——白は珍しいんだぞ」
海賊……初耳だな。
その感じだと、悪党の類か?
同じアズリアでも、北と南じゃ随分違うんだな。
「そうなのか。何分、時勢に疎くてな」
ハクツルに指摘された通り、俺は外套を背に羽織る。
バサァッ。
「こうか?」
「……っ! 〝白虎〟——」
眼を丸くしたハクツルが、ボソッと何かを呟いた。
「ん? 何て——」
「おにぃ」
ぐっ——。
——再度引かれた袖の下で、おつうが親指を立てている。
「……そうか、これでいいんだな」
俺はオレンジの頭に手を添えて、くしゃっと搔き撫でる。
「がっはっは! 最高の出逢いだ! 生きてりゃいいこともあるもんだな。——だが〝虎〟と呼ぶにはまだ早い。さしずめ……〝狼〟ってところか」
「んん? さっきから一体何を——」
「アルカ殿」
急に真剣な顔つきで、ハクツルが俺をじっと見据える。
それに吸い込まれるように、俺は思わず息を呑んだ。
「……あ——」
——言葉が出ない、音が聞こえない。
眼の前の巨体意外の一切が、視界に入ってこない。
(……ダメだ、またこの眼——)
「大事な女なんだ。——頼む」
——ほどなくして、ハクツルがスッと頭を下げた。
それを見た瞬間、自然と唇が動いた。
「……わかった」
——契約の時もそうだった。
詳細はおろか目的すらも、まだ聞いていないというのに。
理性ではなく……俺の本能が、勝手にそれを許諾する。
チャンには『自分で決めろ』とか言っておきながら。
さも自身の行く末を左右するような場面においては——。
結局自分は、誰かの想いに流されている。
なんて情けない話だ。
「恩に着る。——では、俺は野暮用があるので失礼する! もう一押し段取りは組んでおくから、気楽に行け! チャンも……頼んだぞ!」
「はい! ツルさんもどうか、お元気で!」
颯爽と馬に跨ったハクツルが、無言で拳を突き上げる。
そしてそのまま振り向かず、街道を走り去っていく——。
(言いたいだけ言って……何が何だか、さっぱりわからないままだぞ——)
——だがどうあれ、引き受けたことには違いない。
とりあえず、第五師団管理区に向かうしかないか。
「うわぁー! かっこいい羽織ですね! アルカ様っ」
背後から聞こえた声に、俺は自然と振り返る。
「あぁ、ありが……は?」
——その途中で、俺の身体はピタッと止まった。
少し向こうの方に、馬車をいじるスタークが見える。
(……まぁ急だったからな、俺の聞き間違いだろう——)
俺は顔を上げる前に、一度呼吸を整える。
しばしの静寂が、辺り一帯を包み込む。
「……はぁ?」
——巫女様。
「あらあら」
——受付嬢。
「ひゅー」
——幼女。
「ははは」
——聖騎士。
皆の視線が、残る一人に向いている。
「……えっ? きゃっ」
両手で顔を覆ったメイドが、サッとこちらに背を向ける。
それと同時に、その場にガバッとしゃがみ込んだ。
……どうやら、空耳ではなかったらしい。
「い、いきなりどうした? ナツキ」
ピクッと方を揺らしたメイドが、スッと立ち上がる。
「あ、あの……お嫌……でしたか——?」
ナツキはモジモジしながら、半身で俺を覗き込んだ。
美しく澄んだ蒼眼が、うるうると揺らめき始める。
「いや……そういうわけじゃないが——」
——ダメだ。
「あー、その」
俺はこういった真剣な眼に——。
「だ、大丈夫だ。好きに呼んでくれ……」
……弱い。
「……! はいっ!」
ナツキの顔に、ぱぁーっと笑顔が弾けた。
——あぁ、俺は自分に嘘を吐いた。
上手く言えないが……あれはアテナやハクツルの見せた〝真剣な眼〟とは、明らかに違っていた。
なのに俺はまた、こうも簡単に流された。
……なんて情けない話だ。
「あはっ——、やったっ」
ナツキは両手をキュッと握ると、馬車の方へ歩き出した。
艶やかなツインテールが、右に左にと躍っている。
(まぁ……喜んでるみたいだし、別にいいか——)
——ポンッ。
誰かが後ろから、俺の肩に手を乗せた。
俺はゆっくり首を回し、後方に振り返る。
「ありがとう。アルカ」
——飛び込んできたのは、いつもの優しい笑顔だった。
あのまま別れていれば、もう見れなかったはずのものだ。
(失わずに……済んだんだな——)
どうやら本当に、今後も傍で拝めるらしい。
今になって……やっと、その実感が湧いてきた。
「俺のセリフだよ。ごめんな、急に啖呵切るような真似して——。でもあれだ、チャンも悪いぞ」
「ははは、正直焦ったよ。でもなんだろう……〝救われた〟っていうのかな? 上手く言えないけど、素直に嬉しかったよ」
「それも、俺のセリフだ」
「ははは。じゃあ、お互い様ってことで」
チャンは穏やかに微笑むと、右手をスッと差し出した。
「ははっ、そうだな」
俺はしっかりと眼を合わせ、その手を握り返す。
(……別れでも挨拶でもない。この握手は——)
「これからよろしく、アルカ」
——共に行こう。
「あぁ、よろしく頼む」
その契りだ。
(……さて、話を進めるとするか——)
繋がれた手に一度眼をやってから、俺はそれを離した。
「で、ハクツルの言ってた件だが——」
——スッ。
無言のチャンが、唐突に人差し指を突き立てる。
「ん?」
「じゃあもう一人、救ってあげないとね」
チャンはそう言うと、その指をクイッと横に倒した。
(……ん? アイネのことか? そっちは西じゃ——)
俺は誘われるまま、示された方に眼をやった。
「……あぁ——」
見間違い……では無さそうだ。
随分と遠くの方で、巫女様が膝を抱えている。
「アテナめ……いつの間にあんなところに——」
「行ってあげなよ。依頼の話は、また後でしよう」
片眼を閉じたチャンが、ふんわりと微笑む。
「……あぁ、すまん」
俺は大きく息をつき、ゆっくりと足を踏み出す。
(これから出発だって時に……何をやってるんだ? あの残念巫女は——)
——またスタークのヤツが、盛大に地雷でも踏んだのか?
怒らせると面倒なのは、お前もわかっているだろう?
いい加減、そろそろ学習して欲しいところだ。
こんなんじゃ先が思いやられるな……まったく。
あの巫女様は、とにかく忙しないんだよな。
一個大隊をやると言われ、眼を輝かせて。
札束を見れば、あんなに身を乗り出して。
でも仲間を選ぶと喜ぶような、変わり身の早いヤツで。
たまに震えてて……その理由は聞けていないが。
ナツキの飯が好きで。
危ない雷魔法をぶっ放して。
時折こうして、ふらっとどこかに消えちまって——。
「おい」
——やっとこさ、アテナのところまで辿り着いた。
深々と被ったフードに隠れて、その表情は窺えない。
「おーい」
「……」
……ダメだな、まるで反応が無い。
両手で膝を抱えて、ただただ蹲ったままだ。
だが今回は、震えているわけではないようだ。
(そういえば、前にもこんなことが……確かあの時は——)
俺は記憶を辿り、いつかの場面を思い出す。
「そこの……ちょっと可愛いけど、だいぶ残念な巫女様」
ピクッ——。
アテナの華奢な身体が、微かに揺れ動く。
(……よし、合ってたか——)
「——なの」
(……くそっ、声が小さすぎて聞こえない——)
「ん? 何だって?」
「ちょっとなの!?」
「——っ!」
(今度は大きすぎる……! 極端なヤツめ——)
「そ、そんなこと……ない……かな?」
「——して」
(またボソボソと……だが反応はある、もう少しだ)
「ん? すまん、もっかい——」
「ちゃんと言い直してっ!」
(くっ……お気に召さないらしいな——)
——だが、要点はわかったような気がする。
「そこの……だいぶ可愛いけど、ちょっと残念な巫女様」
「……」
(文句は無さそう……だな——)
——心配するな、お前は美しい。
仕方ないから、今だけ比率を逆にしてやろう。
「ほんと……残念でごめんねっ——」
何とか絞り出したような声が、そよぐ風の音に消え入る。
(……まだ不貞腐れている感じだな。もうひと押しか——)
「いや、その……あれだ。残念なところも含めて、可愛いんじゃないか?」
——ピクッ。
アテナの肩が、再度揺れ動く。
(マズい……踏んだか——?)
しかし……流石にもう疲れたな。
それにもうわからん、下手をすれば悪化させるまである。
これでダメなら、諦めて放っておこう。
「全部……可愛いってこと?」
(……いける……のか——?)
「あ、あぁ! そうだ、全部だ」
「変って言ったじゃん」
……変? 一体何の話だ?
とりあえず何か、根に持っていることがあるらしいな。
「ん? 何のことだ?」
膝を抱えたままの巫女が、前に後ろにと揺れ始める。
「……〝変な声出して〟って。——言ったじゃん」
——ん? んんん?
声の話なんてしたか?
覚えがないが……何にせよ、その話はおかしい。
誰かと間違えてるんじゃないのか?
どちらかというと言うと、お前の声は美し——。
『さっきから、何また変な声だしてるんだ?』
(……あ——)
——あれか、あの時か!
言われてみれば、確かに最近聞いていない。
なるほどな……それを気にしていたのか。
「言い方が悪かったな、すまん。なんて言ったらいいかわからないが……あの甘ったるい感じ、俺は結構好きだぞ」
——ガバァッ!
アテナが勢い良く振り向き、フードから顔を覗かせる。
「ほんと!?」
「本当だ」
「嘘じゃない?」
「嘘じゃない」
「へ、へぇー。そうなんだぁ〜? ふぅ〜ん……」
巫女は膝を抱えたまま、前後に大きく揺れている。
俯いたままの横顔からは、頬が緩んでいるのが窺える。
(うん……やっぱり笑ってる方がいい、こいつは)
「じゃあ……またなるかも——」
残念巫女の視線が、チラチラと俺を捉え始める。
「なんだそれ。使い分けてんのか?」
——失礼、ちょっと笑ってしまった。
バレてはいない……と思いたい。
「違うもん! ああなっちゃう時があるのっ。——ばか」
そ……そうか、なっちゃう時があるのか。
勉強になった、今後は頭に入れておく。
——ところで、どうしても気になることがある。
「なんでまた、眼鏡をかけてるんだ? へ……変装中?」
キリッと俺を睨みつけた巫女が、口をつーんと尖らせる。
「そ……そんなわけないじゃんばかぁ!」
(やはり……余計だった、か——)
——だが、悔いは無い。
俺は聞きたいことを、ちゃんと聞けたんだ。
「アルが——って言ったからじゃん」
(——ん? 俺が……何だって?)
また声が小さくなって、よく聞き取れなかった。
……しかし危険だ、これ以上聞き直すのは。
ここはイチかバチか、合わせるしかない。
「——そうだな。よく似合ってるよ」
……どうだ?
一応これは、本心だ。
「——っ!」
ようやく立ち上がった巫女様が、俯いたまま寄ってくる。
そして眼の前で立ち止まると、俺の袖をキュッと摘んだ。
そしてそのまま、右に左にと上体を回し始める。
「アルもこれ……似合ってるのです——」
——やっぱり、変ではない。
アテナの甘い声色が、耳からスーッと染み渡る。
「……あぁ、ありがとな」
「ふふっ。じゃあ、皆のところへ行くのですっ」
どうやら気が済んだのか、アテナがトーンと踏み出した。
「お、おう」
俺は袖を引かれるまま、跳ねる巫女様に歩幅を合わせる。
フードで表情は見えないが、うっすらと鼻歌が聞こえる。
(終わった……のか——?)
——厳しい戦いだった。
昨日の戦闘の方が、よっぽど気が楽だった。
「〝可愛いコ〟が仲間になって良かったね! 〝ア・ル・カ・さ・ま〟っ!」
先ほどまでとは、打って変わっての明るさだ。
良かった……やはり、もうご機嫌とみて間違いない。
(……この流れを切ってはダメだな。ここはなるべく、会話を弾ませておくとするか——)
「ん? そうだなぁ。それよりもしかして、最近その呼び方流行ってるのか? アテナもこれからそうなるとか?」
——ビッ!
袖が下に引っ張られると同時に、アテナが足を止める。
「そうだなぁって……! ならないもんばかぁ! もぉアルなんて知らないっ! ——ふんっ!」
巫女様はそう言い放ち、勢いよく向こうを向いた。
それを最後に、甘い声色は彼方へと消え去った。
(……何がいけなかったんだ——)
——ダメだ、きっと考えてもわからない。
時間が解決してくれるのを待とう、それが賢明だ。
グイッ、グイッ——!
——歩き出した巫女が、強引に俺を引きずっていく。
強く引かれる袖につられて、視界が大きく揺れ動く。
(新品……なのに——)
ふと見上げた空は、とても壮大で青かった。
(……一つ、二つ……三つ——)
蒼穹を阻み、はぐれたように浮かぶ雲——。
俺はただひたすら、それを数えながら歩いた。
読んで頂きありがとうございます。
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「まぁまぁかな」
「イマイチ」
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