1話 部隊追放~史上最悪のお荷物~
〝このまま……捨てられたら——〟
——まさに今、それが現実になろうとしているのか?
ドォン! ドォン! ドオォォォォンッ!
「……間違いない! 誘導弾!」
ヒヒィィィィン!
「ぐわっ——!」
急に跳ね上がった馬に振り落とされ、俺は地面に転がる。
(とにかく……一度離脱だ!)
ターニャはこの先……一定の間隔を空けて、一斉掃射を繰り返す。
一旦乗り切れば、多少の猶予は生まれるはずだ。
(敵軍には悪いが……紛れ込ませてもらう——!)
ドォン! ドォン! ドオォォォォンッ……!
逃げ惑う敵兵、吹き荒れる爆風——。
俺は砂塵の中を駆け抜け、敵陣方面に後退する。
ドオォォォン——。
——ほどなくして、爆撃の音が鳴り止んだ。
どうやら、初回の掃射は逃げ切れたようだ。
俺はハルメニア兵に紛れ込んだまま、辺りの様子を見回す。
晴れ始めた砂塵の中に、その惨状がうっすらと浮かび上がる。
「……酷いもんだな——」
辺り一帯の地面は抉り取られ、至る所で火の手が上がっている。
倒れ込んだ敵兵、吹き飛んだ身体の一部……敵軍の前衛は、ほぼ壊滅状態だ。
そしてこれは、俺が引き返したことにより引き起こされたものだ。
(……何を今さら。今までだって、こうやって散々殺してきたんじゃないか——)
ひとたび離脱態勢に入れば、あとはひたすら前に駆けるのみ——。
敵陣を振り返るなんてことは、一度もしたことが無かった。
だがそれは、自分のしたことから眼を背けてきたってわけじゃない。
俺の仕事はそこで終わりで、その後の顛末に興味など無かっただけだ。
直接手を下したのが、俺じゃなかっただけのこと……惨状はいつも、戦場にあった光景だ。
だから俺がどこへ走ろうとも、この結果は決まっていたものだ。
俺が殺したという事実も、いつもと何ら変わらない。
……違うな、今考えるべきはそんなことじゃない。
ここから先は、任務でも作戦でも一切無い。
本当の意味で、 〝たった独りの闘い〟になるんだ。
(さて……俺自身のダメージは——)
——うん、大丈夫だな。
鎧の一部が吹き飛んだぐらいか。
敵軍仕様の重装備だったことが、思わぬところで役に立った。
しかしどう切り抜けるか……少々時間が欲しいところだな。
それによくわからないまま、おいそれと殺されるのも御免だ。
『〝そういうわけ〟とは、どういうわけだ?』
『——だから最後に確認してあげたじゃない。なのに結局、話す気はないみたいだし』
……良かった。
ターニャとの《遠隔伝心》は、まだ繋がっている。
『習得方法ならわからないと、何度も言っている』
『あーもういいわ! そもそも〝全方位常時発動型〟なんて、もはや〝呪い〟以外の何物でもないのよ!』
——ターニャの言う通り、俺の《魔力吸収》は一切の制御が効かない。
自分を中心とした一定範囲内で、常時発動している。
敵味方など関係無く、周囲の全てに等しく作用してしまう。
朝眼が覚めたら、小さな花が枯れていることだってあった。
(……なるほどな、やっぱり迷惑だったってわけか。だが——)
『この短期間に……たかが一介の【B級部隊】が、この群雄割拠のアーレウスという国で【六神盾】にまで登って来れたのは? 一体誰のおかげだと思ってるんだ?』
——確かに、俺は邪魔者なんだろう。
何処へ行ってもそうだったし、そう思われるのも仕方ないとわかっている。
だがアイオーンでだけは、許されているような気になってしまっていた。
俺がいつ、味方に迷惑を掛けた?
死と隣り合わせの戦場ですら、ずっと【殿】で居たじゃないか。
しかもそれだけじゃない。
第六師団自体だって、大きく飛躍した。
〝生きて帰れる部隊〟として認知されていったのは、この《撤退戦術》のおかげだろう?
それに付随して、兵数がどんどん右肩上がりに増えていったんだよな?
そうして巨大化していったことで、この国の頂点である【S級部隊】の仲間入りを果たしたんじゃないのか?
『あら、勘違いしているようだけど……それは単純にボスである【嵐王】ゲイル様の圧倒的武力と、私の戦術のおかげに決まってるでしょう』
その【嵐王】に頼り切って、ろくに作戦など与えていなかっただろう?
いつも前線に多大な犠牲を払って、信じられないような損害を出していたのを忘れたのか?
——そして、お前の言うその戦術だ。
そもそもそれは、俺無しでは絶対に成立しないものだろう?
それをよくもまぁぬけぬけと……まるで自分一人の手柄のように言ってくれる。
『……本気で言っているのか——?』
『えぇもちろん。あぁ、上官として……何の取り柄もないあなたを、一体どうしたら活かしてあげられるのか……毎夜寝る間も惜しんで、考えに考えて——』
『冗談はよせ。その毎夜、お前とゲイルが何をしていたかは知っている』
隊務を下に放り投げて、情事を営んでいただけだよな。
こんな末端の俺にすら届くほど、兵士たちは噂していたぞ。
『ボスとターニャ様の夜伽の声がまた聞こえた』
『艶めかしい黒髪に泣きぼくろ』
『出るとこ出てるのがたまらない』
——今思い返しても、全く理解できない。
その無駄に露出した肌が、男たちをそういう気持ちにさせるのか?
だとしても……俺にとってのお前は、真っ黒な〝闇〟そのもの——。
怪しさと腹黒さに塗れた、黒き獣でしかない。
『あら、バレてたのね。ふふふ——。まぁとにかく、あなたが主役になれる戦術を編み出してあげたのは事実でしょう? 格好良かったわよ、 【殿】』
『主役だと……? お前に手柄を与えるために、独り死地に送り込まれる捨て駒がか? ふざけるなよ——!』
——ガルルルルルッ!
追撃用の魔獣が、数体まとわりついてきた。
「くっ……マズい——!」
魔獣隊は『出撃時に軍旗と兵装で敵を判断させている』と、以前ターニャが言っていた。
この兵装……敵国兵に変装中の俺は、当然の如く狙われる。
『かと言って前線に出したところで、たいして強くもないんだから……すぐ死ぬか、逃げ回ってもその〝呪い〟で味方に迷惑かけるだけなんだし! ——ほら、感謝するところでしょう?』
——確かに、そいつは飛んだお荷物だわな。
だがそれをわかっていて、今まで送り込んでいたわけだな?
数千の大軍の中に、単騎で……そして、その憎たらしい笑顔で。
黒いとは思っていたが、まさかこれほどとはな。
(……俺が図りかねていたというのか? その深淵を——)
『まぁでも、とにかくここまでね。こんな情けない戦術で名を上げても、ゲイル様の……私たちの目指すところへは行けない』
——目指すところ? 一体何のことを言っている?
【六神盾】にまでなって、まだ上だと?
あるとすれば、それはもはや——。
『まさか……! 〝君主〟だと——!?』
『ふふふっ。ここから先は、圧倒的な力でねじ伏せる。そういうことで、あなたはもう用済みなの。——じゃあ、そろそろ逝ってちょうだいね』
『わかっているのか!? それは〝国奪り〟だぞ!?』
——ドォォォォンッ……!
前線の方に、第六師団からの炎弾が着弾した。
「くそっ……第二掃射が始まったか——!」
——何にせよ、ここに居ては死ぬだけだ。
(走るしかない……! とにかく、誘導弾の射程範囲外まで抜ける——!)
俺はなるべく魔獣を避けつつ、戦場を走り抜ける。
『こんな回りくどいやり方じゃなく、さっさとクビにでもすれば良かっただろう』
『私にもね、色々と計画があるの。脚本の構成上、あなたの出番はここで終わり……本当に今まで〝独り〟でお疲れ様。気が向いたら、語り継いでおいてあげるわね。ふふふっ』
『今日……ここで殺すもりだったのか……! 初めから——!』
——結局、居場所なんかじゃなかったんだな。
やっとの思いで手に入れたのは、さらなる地獄への切符だったらしい。
『どこへ流れ着いても忌み嫌われた、 〝史上最悪のお荷物〟……そのあなたを、今日まで置いてあげてたのは誰? 知らないでしょうけど、恩を受けたらちゃんと返さなきゃいけないの。今がその時ね、ふふふっ』
(存在自体が……罪——)
——俺は今日まで、何のために生きてきたんだろう?
いや、そもそも生きてきたわけでもなく……まさかあんな女にすら、生かされてきたとでもいうのか?
『あら? まさかとは思うけど……まだ死にたくないのかしら? 寝ても冷めてもどうせ独り。居場所も無ければ、どうせ笑ったことすらなかったんでしょう? ——もう、楽になりなさいな』
ここで……終わるのか——。
『では改めて。 【悪魔の落とし子】アルカ・キサラギ、戦場に散る——。ふふふ、ご き げ ん よぅ』
——隊舎にも出入りできず、独り離れて隠れて暮らして。
誰もが嫌がるような汚れ仕事を、文句も言わずに引き受けて——。
間接的にとはいえ、結果的に何千人……いや、何万人殺してきた?
(それでもこうして……死ぬ気で尽くしてきた結果が、この言われようか——)
荷物、悪魔……何が俺をそう言わしめる?
このどうしようもない〝呪い〟のせいなのか?
それとも俺が、亡国アズリアの出身だからなのか?
——ははっ、何を考えているんだ俺は。
それがわかったところで、一体何になる?
どちらにせよ、変えられぬことじゃないか。
だから結局、何も変わらないんだ。
この運命も、その未来も。
(俺……頑張った、よな——?)
——残念だが、この女の言う通りだ。
幸せだと思えることはもちろん、救いの一つすら無かった。
寝ても覚めても、毎日同じことの繰り返し。
何にも挑戦していないのに、いつも何かに失敗してきた。
仮に一生を全て語り尽くしたとしても、もはや半刻の時間すらかかるかどうか——。
でも、人は皆……生まれたからには、何か意味があるという。
俺には一体、どんな意味があったんだろう?
誰からも必要とされず。
利用されるだけ利用されて。
こんな風に最期を迎えるようなヤツに、存在する意味など——。
(……いや、違う——!)
——違うはずだ。
何か一つ……一つぐらいはあるはずだ。
まだ何も成しえていないし、何一つ手にしちゃいない。
見つけなきゃ。
探さなきゃ。
出逢わなきゃ。
どんなに小さなことでもいい、たった一つでいいから……!
〝俺は生まれてきて良かったんだ〟と思える〝証〟が欲しい——!
(俺はまだ……死ねない——!)
『……この借りは返すぞ』
『あの世でかしら? 当分行くつもりはないから、忘れてたらごめんなさいね』
(生き延びてやる……どんな手を使っても——!)
——殺れるものなら殺ってみろ。
俺を狙うこの雨あられ……その全てを振り切ってみせる。
追ってくる魔獣も、一匹残らず斬り伏せてみせる。
「撤退戦は俺の十八番……【殿】アルカを舐めるなよ——!」
——大きく欠けた鉄仮面を脱ぎ捨てると、視界が開けた。
戦略的……撤退だ——。
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