17話 新たな仲間~謎の依頼と紹介状~
ガタッ——。
——沈黙を破ったのは、ハクツルが席を立つ音だった。
視界に映る全員の視線が、その一点に注がれる。
「……信じられる男か? チャン」
ハクツルの問い掛けに、チャンがゆっくりと顔を上げる。
「信じ……られる——」
チャンの視線が、ハクツルと俺を行き来する。
やがてチャンは下を向き、ギュッと唇を噛み締めた。
やや震える肩の真下で、拳が強く握られている。
「……はい——っ!」
——かすれつつ、消え入りそうでもあった。
だがそうありながらも、その声ははっきりと聞こえた。
俺に向き直ったハクツルが、ニヤリと頬を釣り上げる。
「がっはっは! もう疲れたわ、本当に! ——やっぱり苦手だぜ、こういう堅苦しいのは」
まるで糸が切れたように、ハクツルが大声で笑い出す。
「声でか。耳いたい」
隣の幼女が、酷く顔をしかめている。
「くっ——、本当にな……耳鳴りがする」
俺は握った手を離し、オレンジの頭を軽く撫でる。
「がっはっは! すまんすまん。——しかしたいした男だな、アルカ・キサラギ! 交渉成立だ」
お構い無しに笑い上げたハクツルが、真っ直ぐ俺を見る。
「団長!」
「待ってください!」
「それでは面子が!」
——黙っていた部隊長連中が、次々と声を上げ始める。
「お前らなぁ……部隊の後ろ盾さえもなく、単騎で〝字持ち〟相手に喧嘩売れるのか? やれるならやってみろ! 〝【闇炎】〟のとこでも〝【嵐槍】〟のとこでも行ってこい! もちろん、ケツは取らないけどな。それで筋通して生きて帰ってこれたんなら、金でも人材でも好きなようにくれてやる!」
「「……!」」
ハクツルに一喝された外野が、綺麗さっぱり押し黙る。
「本当に面子を気にするんなら、ここで弾いた方が笑われるわ。——そんなこともわからんのか」
ハクツルはそう言うと、どこか残念そうに天を仰いだ。
そしてすぐ俺に向き直り、ズカズカと足を前に出す。
向かい合った俺たちは、お互いをしっかりと見据える。
「気に入ったぞ、アルカ殿。一応聞くが、ファミリアに入るつもりはないか? 500……いや、1000だ! 一個大隊を預けてもいい」
「せっ、せんに——っ!」
また何か言いかけたアテナが、その口に両手を当てた。
「いや、遠慮しておく。自由に動きたいんだ」
「あっ……うん、そうだよね——」
——隣の巫女は、何か考え込んでいるようだ。
残念そうな、それでもいいような……何とも言えない表情をしている。
(つい、素直に答えてしまったが……相談した方が良かったか——?)
「がっはっは、言ってみただけだ。——チャンを頼む、いいヤツなんだ」
何故か嬉しそうに笑ったハクツルが、すぐに真剣な表情に変わった。
そしてその大きな手を、俺の眼の前にスッと差し出す。
(よろしく……ってことでいいんだよな——)
俺も右手を前に出し、その手を軽く握り返す。
「あぁ……。いてて——っ!」
(なっ、なんて馬鹿力……!)
……まぁそれだけ、チャンに思い入れがあるってことか。
確かどっかの誰かさんが、昨日それを証明している。
俺の手を離したハクツルが、チャンの方へと歩き出す。
「ほれ! ——元気でな」
ハクツルはチャンに向けて、同様に手を差し出した。
「はい……! お世話になりました!」
両手で握り返したチャンが、勢いよく頭を下げた。
(さすが【聖騎士】……硬いな)
あの馬鹿力相手に、そんなに涼しい顔ができるとは。
……いやなるほど、さっきの俺を見たあとだったな。
咄嗟に《強化付与》でもかけたんだ、そうに違いない。
ぐっ——。
——毎度の如く、右袖が下から引っ張られる。
俺はそれに誘われるまま、視界を右下に移す。
「……すまん、待たせちまったな」
「ん。グッジョブ」
白い歯を見せた幼女が、小さな親指をグッと突き立てる。
「こいつめ……ありがとな」
俺は右手を握り、おつうの拳にくっつける。
「えへへ……ん」
口を閉じたおつうが、視線で何かを訴える。
俺はそれを追って、後ろに振り返る。
「ん? どうし——」
——確かに、あまり見られたくない姿だろう。
ユリが皆に背を向けて、両手で顔を抑えている。
小刻みに揺れるポニーテールが、震える肩に気づかせる。
(おつう……気にしてくれてたんだな——)
俺はしゃがみ込み、幼女としっかり向かい合う。
「……俺たちだけの秘密だ、いいな?」
俺は握り拳を解き、おつうに向けて小指を立てる。
「むっ……! らじゃ」
幼女は小さく頷いて、ぴょこっと小指を突き出した。
ひしっと繋がった指が、ブンブンと上下に振られる。
「で、アルカ殿。これから何処へ行くんだ?」
——ハクツルか。
もうチャンとの別れは済んだのか?
「ん? ゼクスの都だが?」
「そうか、都へなぁ……そうかそうか」
「何だ? 何かあるのか?」
俺は立ち上がり、迫る巨体に向き直る。
「いいや! 大したことじゃない、大したことじゃあないんだが……まぁな、こう……あれだ、うん。あれ」
(これは……絶対何かあるな——)
——とりあえず、その図体で上目遣いはやめてくれ。
あとそうやって、モジモジするのも無しだ。
まだ幼い子供には、その絵面は危険過ぎる。
「……」
それを見たおつうが、冷たい眼をして絶句している。
(……ほら見ろ、やっぱり引いてるじゃないか——)
——俺はそっと、幼女の手を握り直した。
「ははは、何かお願いしたいことがあるみたい。聞いてあげてよ、アルカ」
隣まで来たチャンが、穏やかに笑っている。
「い、いつもこうなのか……?」
「私的な用事の時はね。大抵のことは自分でやっちゃう人だから、申し訳なさが前面に出ちゃうみたい」
(くそっ……なんて面倒なヤツなんだ——)
——だが、人間性は窺えた。
どんなに偉くなっても、他人を顎で使うような奴ではないらしい。
そんなハクツルあっての、チャンだったのかもしれない。
「こちらの頼みも聞いてもらったんだ。遠慮せず言ってくれ」
「おおそうか! かたじけない。では、先に降りて待っていてくれ! チャンはこっちに来い、預けたいものがある」
ハクツルはそう言うと、そそくさと俺に背を向けた。
「すぐに行くよ、アルカ」
「あぁ、先に行ってる」
チャンがハクツルの後を追い、二人は部屋を後にした。
「だそうだ、さっさと出ろ」
「……チッ」
「団長に感謝しろよ、小僧が」
黙らされていた外野が、ここぞとばかりに喋り始める。
(あぁ……そういえば、まだ居たのか隊長連中——)
——突然、左腕がふわっと軽くなる。
その直後、アテナがズイッと前に出た。
「はぁ〜? 感謝するのはそっち——」
俺は空いた左手で、瞬時にアテナの口を塞ぐ。
「むー! むー!」
猛る巫女様が、俺の手の中で暴れている。
(気持ちはわかる……が、相手にするだけ時間の無駄だ)
「やめろ、もう用は済んだ。——行くぞ」
俺はそのまま腕を引き、巫女をグイッと抱え込む。
出口の方に反転したところで、俺はアテナを解放する。
「ぐぬぬ……! ふんっ!」
グッ——!
——お怒りの巫女様が、俺の左袖を掴み直す。
「やめろ。千切れるだろ——」
グッ……。
(……ん——?)
気のせいだと思いたい……が、間違いない。
間違いなく、後ろからも引っ張られている。
「おなつやめて。歩きづらい」
「なっ、なぁんでっ。おつうちゃんずるい」
——どうやら、犯人はメイドのようだ。
まぁ……ずっと膝をつかせてしまったしな。
揃いも揃って、足でも痺れたのかもしれない。
(……仕方ない、このまま引きずっていこう——)
「行くぞ、ユリ」
「えっ……あっ、はい!」
ユリはこちらに背を向けたまま、ゴシゴシと顔を拭った。
そして外野にサッと一礼し、足早に部屋を出ていった。
「ちょ……何なの二人とも!? アルが動きづらいでしょう!?」
「じゃあ巫女ちんが離れればいい。おなつも」
「い、や、で……すうぅ——!」
恐らくこいつらは、ユリの涙に気づいていない。
(ユリからしたら、助かった……のかな——)
——そうだとしたら、無駄ではなかったんだろう。
謎の論争に巻き込まれた、哀れな俺も。
ただただ伸びていき、着れなくなりそうなこの服も。
「旦那……」
出口に立つスタークが、こちらを見つめている。
俺は三人を引きずりながら、何とか声を絞り出す。
「世話に……! なったな……! スターク——!」
——すれ違い様。
「じゃあね。次会う時までに、そのデリカシーの無さを何とかしときなさい。あと髪型」
「スタークさん……お元気で——」
「アフろん。グッバイ」
別れ行く戦友に、それぞれのさよならが告げられる——。
「いえいえそ……んなああああああぁ!? 置いてくんですか旦那ぁ!? 女性陣たちまでえええぇ!?」
「何? 一緒に来るのか?」
「そ、そんな……殺生なぁ~!」
半泣きのスタークが、あっちにこっちにと手を合わせる。
自慢のアフロも、わっさわっさと揺れている。
「ははっ。——冗談だ、行こう」
「ひ、ひんっ……」
——そんなスタークを見て、皆笑った。
(しかし……冗談、か——)
ただの一度も……想像したことすらなかった。
誰かとこんな風に、笑い合える日が来るなんて。
誰かがこうして、俺の傍に居るなんて。
もしかして……夢なんじゃないのか?
この眼に映る光景も。この耳に響く声も。
そうだとしたら、生まれて初めてだ。
醒めて欲しくない夢なんて、見た覚えがない。
(でも間違いなく、現実……なんだよな——)
——なら俺は、とにかく全力で今を護ろう。
やっと自分で選択して、掴み取った仲間なんだ。
失うわけにはいかない……こうして笑っていてほしい。
だから一日でも多く、一秒でも長く一緒に居よう。
楽しい時も悲しい時も、幸せも苦しみも分かち合いたい。
……できれば最後、死んでしまうその時ですらも。
こいつらに囲まれて逝けたなら……『良いものだった』と、思えるのかもしれない。
こんな呪われた、俺の人生も。
「ありがとな」
——俺を連れ出してくれて。
「ふふふっ。 んっ? 何か言った?」
お前のおかげで、俺には現在と未来がある。
「……いいや。何も」
巫女はスタークを弄りながら、ケラケラと笑っている。
「なによー! はっきりしてっ」
頬を膨らませたアテナが、むすっと俺を覗き込む。
「その辺にしておいてやれ」
「はぁーい。——ふふっ」
……俺の礼など、聞こえていなかったようだ。
それならそれでいい。
——やがて、本部出入口に辿り着いた。
ユリとスタークは、馬車の辺りで出発の準備を。
アテナとナツキは……何やら言い合いを。
おつうは岩に腰掛けて、空をぽけーっと眺めている。
「おーおー、待たせてすまなかったな!」
ほどなくして、チャンを連れたハクツルが現れた。
先ほどの軽装とは打って変わって、どう見ても戦闘用の重装備だ。
何処かに行くのか、立派な騎馬まで引いている。
「何だ? 前線にでも行くのか?」
「がっはっは。まぁそんなところだ」
(やはり団長ともなると、色々と忙しいんだな——)
「そうか。で、頼みとは何だ?」
「おう。急いでるとこ悪いんだが、ここからさらに北西の〝オルカスタ管理区〟へ向かってほしい。逢ってもらいたいヤツがいる」
〝オルカスタ〟……六つしかない【S級部隊】の一角だ。
【六神盾】第四師団にして、アーレウス連合軍中央即応隊。
そして、その頭領の名は——。
「……【嵐槍】、アイネ・ルージュか」
「話が早いな! アイネは俺たちと同じアズリア人且つ、俺の幼馴染だ」
「そうなのか? アズリア人とは初耳だ。しかし何故、俺が行くんだ?」
それまで元気よく喋っていたハクツルが、少しだけ俯く。
「あいつは基本、友達と呼べる人間がいない。自分以外の人間を、滅多に信用しなくてな」
……なるほど、さすが団長といったところか。
この短時間で、そこまで見抜くとはな——。
「そ、そうか。似た者同士、仲良くしろと——」
「似た者同士? だがまぁその通りだ。俺じゃない誰かで、アイネの心に触れられる人間が欲しい。ずっと探してたんだ……そんな人間を。アルカ殿には、その可能性がある」
『私はあなたを知ってる。ずっとあなたを探してた』
(どこかで……聞いたようなセリフだな——)
——だが俺は、お察しの通りの独り者だ。
加えてアイネもそうならば、なおさら見えてこないな。
「俺のどこに、その可能性がある? 残念だがそういったことには、これっぽっちも自信がな——」
「その辺のことは、チャンに大方言ってある。道中聞いといてくれ」
返す俺を遮って、ハクツルが親指をチャンに向ける。
(おいおい……大事なところだぞ——)
俺は仕方なく、チャンの方を向いた。
「——え? うん、ははは……」
……どうした、チャン。
何をそんなに引きつっているんだ?
俺は諦めて、そっとハクツルに向き直る。
「不安でしかないんだが……」
「がっはっは、大丈夫だ。 〝紹介状〟は用意してある!」
ハクツルはそう言うと、騎馬の鞍に手を掛けた。
そして垂れかけてある〝白い何か〟を、荒っぽく掴んだ。
バサァッ——!
——ハクツルの振り向きざま。
放られたそれが、空高く舞い上がる。
俺は両手を広げ、落ちてくる〝白〟を手に取った。
(……ん? これは——)
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