16話 踏み出す一歩~俺も、お前も~
「ぐふぅ……」
——しかめっ面の幼女が、隣で深く息を漏らす。
そりゃそうだな……ご機嫌斜めにもなるだろう。
つまらない話に加え、無理やり膝までつかされてるんだ。
(……ごめんな、おつう。もう少しだけ時間をくれ——)
俺はもう一度正面を向き、ハクツルに眼を合わせる。
「生活保障とは、具体的にはどういった内容だ? 最南地区は壊滅的な状況だったが」
「そうだな、もはや居住区には成り得ない。しばらくは結界を用いて、東門共々完全に封鎖する。件の内容については……結論から言うと、第一師団管理区での保護ということになる」
——なるほど。
実現するのなら、この上ない内容だ。
理由は二つある。
一つは、ただ単純に〝ミクスのお膝元〟ということだ。
もはやこれだけで、誰も簡単に手出しは出来ない。
いち宗教団体はおろか、他の【S級部隊】すらもだ。
単騎最高戦力とされる〝字持ち〟は、全部で十人。
その筆頭がミクス……〝最強〟故の〝君主〟だ。
敵に回すことがどういうことかは、容易に想像出来る。
もう一つが、その地理的な位置だ。
最南地区よりもさらに、国境から南下することになる。
つまり戦争の脅威からも、より一層遠ざかる。
……やはり、間違いない。
考え得る限り、民間人にとって最高の環境であることは。
「では、13番隊はどうなる? 守るべき場所がなくなったぞ? 復興作業でもやらせるのか?」
「それについては、こちらで別の部隊を派遣する。13番隊は解散とし、隊員約100名はそれぞれ本隊に合流することになる」
「解散? チャン隊長はどうなる?」
「本日付で一旦降格とし、私の一番隊に配属だ」
(そうか……ならこれで、何に遠慮することもなくなったな——)
俺は一度、左の方に振り返る。
手前のは……金に眼が眩んでいるな、放っておこう。
その先のユリは顔を上げ、チャンの方を向いている。
一応その奥には、大きく傾いているアフロが見える。
一方のチャンは……ユリの視線には気づいていないな。
顔色一つ変えずに、真っすぐ前を見据えている。
……そりゃそうだ、既に話は付けてるもんな?
その為に朝から、一人で先に出てたんだもんな?
だからな、ユリ……俺たちだけなんだ。
『そんな話は聞いていない』と、眼を丸くしているのは。
まぁ内容を聞くに、落としどころとしては上々だ。
チャンも自分なりに考えて、色々とねじ込んだつもりなんだろう。
——だがな、チャン。
もう一度、よく考えてみろ。
それは本当に、皆の……お前のためになっているのか?
「状況は理解した」
俺はもう一度、ハクツルに向き直る。
「そうか、では報酬はこちらだ。受け取ってくれ」
スッと立ち上がったハクツルが、ケースに手を掛けた。
ガパッ——。
——ケースが開くと同時に、隣の巫女が身を乗り出した。
(……現金なヤツめ——)
ケースの中には、札束がぎっしりと敷き詰められている。
恐らく本当に、1000万エーデル入っているのだろう。
……だが、とんだ見当違いだ。
俺がいつ、 『納得した』と言った?
「金はいらん」
——ガタッ!
隣で体勢を崩したアテナと、一瞬眼が合った。
何か言いたそうに口を動かしながら、しきりにケースを指差している。
俺は前に向き直り、ハクツルに視線を戻す。
「何? 他に欲しいものでもあるのか?」
首を傾げたハクツルが、不思議そうに俺に問い掛ける。
俺はもう一度左を向き、巫女の向こうのユリを見た。
『きっと本来、こんなところにいるような人じゃないんです。そう思いませんか?』
——おこがましいだろうか。
ユリの言葉を、そう捉えてしまうことは。
「……え?」
俺の視線に気づいたユリが、ゆっくりこちらに振り返る。
重なった翠眼からは、疑問符だけが送られてくる。
(……大丈夫だ。俺は踏み出すが、お前のせいにはしない——)
俺は黙ったまま、その覚悟だけを送り返す。
「あ……あ——!」
——何かを思い出したように、ユリの唇が震え始める。
朧げに揺らめいた翠眼が、だんだんと細くなっていく。
(俺からの、最後の恩返しだ——)
俺は前に向き直り、右端を指差した。
「チャンをもらって行く」
「「——!?」」
並び立つ隊長連中が、一斉に俺の方を向いた。
「……ほぅ——」
眼を細めたハクツルが、もう一度椅子に腰掛ける。
これがチャンのためになるかは……正直、わからない。
だがそれは関係ない、チャンと同じだ。
ここからは、俺もやりたいようにやらせてもらう。
お前がそうやって、全てを勝手に決めようとするならな。
『もう今日からは、誰かの顔色を窺うような……独りきりで、隠れて生きるような真似しなくっていいのっ』
——いいんだろう? アテナ。
『ええ。そうすればこの先、誰の魔力も吸わなくなるわ。それはもう堂々と! 誰かと一緒に居て良いのよ!』
俺が……仲間を欲しがっても。
グッ——。
俺の左袖を掴んで、残念巫女が立ち上がった。
「やめろ、伸びるだろ」
「ふふっ。やるじゃない、アルっ」
アテナは何故か、嬉しそうに片眼を閉じた。
(……金が欲しかったんじゃないのか——)
今に始まったことじゃないが……何とも忙しないヤツだ。
「ふざけるな! さっきから黙って聞いていれば!」
「そうだ! 団長のご好意を無駄にしやがって」
「何様のつもりだ! 公然と引き抜きなど!」
——脇の部隊長連中が、続々と騒ぎ始める。
別にこいつらの理解は要らないが……仕方ない。
放っておいても耳障りだ、黙らせるか。
「おかしいな。そんなに貴重な戦力なら、なぜ次の配属先が一番隊なんだ? まさか団長直下の一番隊が、戦力不足ということもあるまい。どういった経緯だ?」
「そんなことを言っているんじゃない!」
「分をわきまえろ!」
「部外者の貴様には関係ない!」
——そうか、まだシラを切るのか。
ならもう少しだけ、はっきり言ってやろう。
「異論があるか確認してきたのは、そちらの団長様だぞ? そもそもお前らにとって、チャンは〝お荷物〟なんじゃないのか? 俺が引き取ったところで、何か問題があるのか?」
『〝使えない〟とか、 〝臆病者〟とか言ってくる方も居るみたいで……。当の本人は、いつも平気そうに笑ってるんですが——』
——ふざけるなよ。
だがこんなことは、チャンの前では言えない。
『〝前線から離れてまで、私たちアズリア人をまとめて面倒見てくれるような人が他にいなかったから——〟みたいなんです。13番隊とは名ばかりで、本隊は12番隊までという扱いなので——』
——お前らじゃねぇのか?
損な役回りを押し付けて、チャンを外に追いやったのは。
「まだ足りねぇなら、一から十まで言ってやってもいい。だが覚悟しろよ? 俺にそれをさせたその時は——」
俺は端から端へ一人ずつ、隊長連中を睨みつける。
「「……」」
13番隊創設についての、諸々の事情——。
それを知られていることを、察したんだろう。
部隊長の中に、声を発するものは居なくなった。
——流した視線が、右端に辿り着いた。
当の本人はこちらを見て、あんぐりと口を開けている。
他人や周りのことには、あれだけ気が回るくせにな。
いざ自分のことになると、ここまで鈍感だとは。
「そもそも俺は、そちらのトップである〝団長〟との問答の中で、チャンの配属先である〝一番隊隊長〟と話しているんだ。誰もお前らの意見は聞いていない、これより一切口を出すな」
押し黙った外野を再度牽制して、俺はもう一度前を見る。
ハクツルは瞬きもせず、ずっとこちらを見ている。
だが睨むわけでもなく……嘲笑うようでもない。
ただただ奥の奥まで、覗き込まれているように感じる。
「アルカ殿の要求はわかった。だが私も国に六つしかない【S級部隊】の団長であり、十人しかいない〝字持ち〟の一人……半端なもの言いでは、黙っているわけにはいかなくなるぞ?」
——至極当然の忠告だ。
仰る通りこの男は、誰もが知る英雄の一人。
(心中はわからない……が、威圧感は感じない——)
その称号に恥じぬ、流石の豪傑……と言ったところか。
まぁどうあれ、もはや退く気はないんだが。
「お前らにはわからなくても、俺にはわかる。その男には、いくら大金を積まれようとも代えられない価値がある。ちなみに本人さえ首を縦に振れば、団長様がなんと言おうと押し通る。今は一応、最低限の筋を通しているだけだ」
「——っ! ほう……」
眼を見開いたハクツルが、ズイっと前に身を乗り出す。
「あともう一つ。第一師団管理区に行きたいなら、もちろん止めはしないが……特段そういうわけでもないようなら、こいつらも連れて行く。手放す民間人をどうしようと、それは構わないよな?」
ぐっ——。
——今度は右袖が、下の方から引っ張られた。
俺は前を向いたまま、その小さな手を手繰り寄せる。
「ふむ。ずいぶん独りよがりで、大層な物言いに聞こえるが……チャンや彼女らが、着いて行かないと言った場合は? どうするつもりだ?」
ポンッ、ポンッ——。
何かを確認するように、大きな手のひらが金に触れる。
「何度も言わせるな、金はいらん。一度断った以上、このまま別れて去るだけだ」
「……そうか、これは失礼したな」
ハクツルはゆっくり眼を閉じると、再び深く腰掛けた。
(ひととおり……問答は終わりか。さて——)
——これがチャンの受けるべき、正当な評価だ。
それを踏まえた上で、自分で答えを出せばいい。
(ある意味……似た者同士なのかもしれないな、俺たちは——)
立場、環境、その生き方……全てが正反対だというのに。
結局いつだって、誰かの顔色を気にしてきたもんな。
その結果、どういう答えを出してきた?
俺はずっと、痛みを恐れて〝逃げて〟きた。
お前はきっと、自分を殺して〝退いて〟きた。
——だとしたら、やっぱり同じじゃないか。
カタチは違えど、行き着く場所は〝孤独〟だろう?
それにお前は、気づいていないだけだ。
皆が笑っているのを見て、錯覚しているだけだ。
『これでいいんだ』って、いつも言い聞かせてる。
……実際そうだったかもしれない、だが——。
「いたたたた……よいしょっと——」
左端のスタークが、膝を抑えて立ち上がる。
(……大丈夫だ。やはりお前は、俺とは違う——)
「あっ、その……失礼しますっ」
おつうの横で、ナツキもスッと立ち上がる。
(お前は慕われている、お前は信頼されている)
「……」
俯いたままのユリが、最後にゆっくり立ち上がる。
(〝自分のため〟が、そのまま〝誰かのため〟になる男なんだ……お前は——!)
「……ふむ」
全員が立ち上がったのを見て、ハクツルが眉をひそめる。
「み、皆——」
チャンは口を噤み、その視線を泳がせている。
(ここまで来ても、まだ反応が気になるか——)
——だがそんな性格も、もう充分にわかっている。
でもな、だからこその〝今〟なんだ。
お前はもう隊長じゃない、責任からも解放された。
ここを逃したら、一体いつ自分と向き合える?
踏み出していいんだ、もう自分のことを考えていい。
「好きにしていいんだ。自分で決めろ、チャン」
誰にも委ねちゃいけない。
誰にも背負わせちゃいけない。
こいつらありきじゃない。
お前の選択じゃなきゃ、ダメなんだ。
「お、俺は——」
チャンは俺と一瞬眼を合わせ、逃げるように俯いた。
……俺はもう逃げない、言いたいことはちゃんと言った。
そして俺だけじゃない、こいつらだってそうだ。
〝字待ち〟を眼の前にして、自分の意志で立ち上がった。
お前はどうなんだ? まだそこに居るのか?
それで今まで通り、都合よく使われていくのか?
その自己犠牲の未来に、幸せはあるのか?
待っているのは、さらなる孤独なんじゃないのか?
——そんな結末なんか、誰も望んじゃいない。
お前の苦笑いなど、もう誰も見たくはないんだ。
そうじゃないと言うのなら、もちろんそれで構わない。
団長に恩があるというのなら、それも答えだろう。
だがそれならそれで、はっきりと示してみせろ。
笑ってごまかすんじゃなく、その眼で。その口で。
それでユリたちを……自分自身を、ちゃんと納得させてみせろ。
その結末が〝別れ〟なら、俺はしっかり受け入れる。
それならきっと、俺たちは前に進める。
(だからどう転んでも、この選択がその第一歩になるんだ。俺も……お前も——!)
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