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14話 東門防衛戦~その男、殿につき~

「アテナさん……ありがとうございます——」


 ナツキの足が、淡い金光に包まれている。


「ううん……! 大丈夫、じっとしてて」


 ——荷台に乗ってすぐ、アテナはナツキに駆け寄った。

 そこから今まで、こうしてずっと手をかざしている。


「巫女ちん、何してるの?」


 隣に座る幼女が、じーっと二人を見つめている。


「《治癒術(ヒール)》って魔法でな。あれで、大抵の傷はどうにかなる」


「ふーん……すごいじゃん。汗だくだけど」

 

 浮いた両足を遊ばせながら、おつうがボソッと呟いた。


「ナツキが心配なんだろう。おつうと同じだ」


「そっか。疲れてるのかと思った」


 ——確かに、疲れ(それ)もあるだろう。

 あれだけの回復力だ、相当に魔力(マナ)を使うのかもしれない。


 そんなおつうの声が聞こえたのか、アテナがこちらに振り向いた。


「アル……私、役に立てそうにないかも——」


 ——何を言ってるんだ、残念巫女め。

 お前はもう充分に、その役目を果たしている。


「問題ない。ナツキの治療に専念してくれ」


 しかしどうするか……敵はかなりの数だったからな。

 リベリオンがあるとはいえ、俺一人で殲滅出来るか?

 最悪の場合は、俺やチャンを置いてでも撤退して——。



(……撤退——?)



「こっから揺れますよおおおぉ!」



 グラァッ——!



 スタークの忠告と同時に、身体が外側に引っ張られる。

 窓から見える景色が、市街地から山道へと切り替わる。



 ガコォーンッッ!



 荒れた路面に突き上げられ、荷台が大きく跳ね上がる。


「はうっ」


 ついでに吹っ飛んだおつうが、膝の上に飛んできた。

 ちょこんと収まった幼女が、無垢な瞳で俺を見上げる。


 ——俺の手は無意識に、眼前のオレンジを撫でていた。

『にかっ』と笑ったおつうが、ビシッと親指を突き立てる。



 ガタガタガタガタッッ——!



「あばばばばば」 


 揺れ続ける荷台の振動が、小さな身体に響いている。

 激しくブレる幼女の顔が、俺の思索(しさく)を断ち切った。


「……ははっ」


 ——そうだ、やっぱりおかしい。


 内戦の罪? だから迫害するだと?

 こんな小さな子供に、一体何がわかるっていうんだ?

 おつうが何をした? 国が欲しいとでも言ったのか?

 ナツキだってそうだ、軍隊にでも入っていたのか?

 ユリは? 乗じて金儲けでもしていたってのか?


 大多数の国民は、地獄の中を()っていただけだ。

 誰も望んじゃいない……明日死ぬかもわからない。

〝平和〟は〝幻想〟——、夢よりも遠いとされてきた。

 生まれ変わることでしか、辿り着けないとさえ言われた。


 それが何だって? 挙句の果てに〝厄災〟が天罰だと?

 故郷や家族……そして記憶を失うことが? ふざけるな。

 むしろそれなら、天罰というより選別じゃないのか?

 失ったものと引き換えに、やっと安息を手に入れたんだ。


 それすらも結局、(いびつ)で不完全だというのに……なのにまた、巻き込まれるというのか?



「東門が見えました! あれは……ユリさん!?」


 ——思念と憤激(ふんげき)の隙間に、スタークの声が入り込む。


「無事だったか! 止めてくれ!」


 俺はリベリオンを手に持ち、急ぎ立ち上がる。 


「はうっ」


 その拍子に、膝から幼女が吹っ飛んだ。


「あっ……」


 ぽてっと床に落ちたおつうが、そのままコロコロと転がっていく。

 

「すまんおつう! ——全員、中で待っててくれ。絶対に表に出るなよ」

 

 俺は荷台から飛び降り、ユリの元に走る。

 辺りには魔獣はおろか、兵士の一人すら見当たらない。


 ——そしてもう、何度も見てきた魔法だ。

 前方に見える東門は、 《地岩掌壁(ウォールロック)》で封鎖されている。

 ユリはその一点を見つめ、ずっと両手をかざしている。

 恐らく……ここに至るまで、幾重(いくえ)にも重ね掛けしてきたんだろう。


(ここを……ずっと一人で——!)


 後ろから来た俺たちにも、気づいている様子はない。

 余程集中しているのか……外が不安で、仕方ないのか。


「ユリ!」


 俺はユリの真横まで駆け寄り、声を掛ける。

 その横顔は、とにかく真剣で……険しい。

 ただならぬ焦燥(しょうそう)を感じる。


「——へっ?」


 ゆっくりと振り向いたユリが、俺を見て眼を丸くした。


「もう大丈夫だ、ユリ」


「……っ! アルカさん——!」


 一瞬の間が空いた後、ユリは俺を認識した。

 強張(こわば)っていた表情が、一瞬にして崩れ去る。

 そしてその翠眼(すいがん)から、大粒の涙が止め(とめど)なく(あふ)れ出した。


 ……当然だ。

 一人で辛かったろう? 怖かったろう?

 でもきっと、それは魔獣がどうとかじゃないよな?


 一番守りたいはずの人の命令で。


 その一番守りたいはずの人を。


 他の誰でもない……その自分の手で、失うかもしれなかったことだよな。


「遅くなってすまない。外はどうなってる?」


「わかりません……! 私、無理やり着いてきたら……チャンさんが『一人で出るからここを(ふさ)げ』って——」


 あぁ……最悪だが、全てが想定通りだ。


 ——だが不謹慎にも、安心してしまった俺がいる。

 まさしくそれが、 〝チャン・K・チャンドラ〟という男なんだ。



 グアアアアアァァッ!


 ギィンッ! ギィィィィンッ!



 ——そのチャンはまだ、門の向こうで生きている。

 (おびただ)しい魔獣の(うめ)き声と、金属の衝撃音がその証だ。



 ならそれでいい……やることははっきりした。



「頑張ったな……後は任せろ。合図したら、中央部分だけ障壁(しょうへき)を解いてくれ。俺が抜けれる程度でいい」


 俺は手に持っていたリベリオンを、左腰に据え直す。


「で、でも……!」



 ——やっとわかった。



 この()()()の正体が——。

 


「いいから俺を……俺とチャンを信じろ。スターク! ユリを乗せて、チャンを拾える位置まで来い! 〝撤退戦〟だ!」


「ガッテンでっさ!」



 あぁ……他にも居たんだ。



 ()()()()()()()()()んだ。



「〝リベリオン〟——、ユリ!」



 ——紫光が漏れ出し、紫煙が立ち込める。



「ぐすっ——、はいっ! 後は……頼みます!」



 ボコォ……!



 ユリが手をかざした瞬間、中央の岩が崩れ始める。



 ダッ——!



 それと同時に、俺は思い切り踏み込む。



 ガラガラガラァ……!


 

 崩れ落ちてくる岩壁を駆け上がり、俺は高く飛び上がる。


 開けた視界——。

 東門を囲むように、敵の大軍が陣取っている。


 背後で崩落する壁の音に、一人の戦士が振り返る。



「アル……カ——?」



 ——不思議だ、果てしなく鈍重(どんじゅう)に映る。

 眼に入るもの全ての、その動きが。

 時間(とき)の流れに逆らうような、この感覚——。

 


 そしてこの戦場の中で、たった一人の男に眼を奪われる。



(本当に……独りで——)


 ——その姿、紛れもない。

 紛れもなく、正真正銘の【聖騎士(パラディン)】。


 眼下のチャン(これ)をそう呼ばずして、何をそう呼ぶのか。

 この男は〝部隊〟ではなく、 〝街一つ〟を丸ごと守ろうとしている。

 しかも訓練された〝兵士〟ではなく、何の力も無い〝民間人〟を——、だ。

 

 その難度たるや、計り知れん。


「伏せろぉ! チャン!」


 至るところに隆起(りゅうき)した、土魔法の岩壁。

 斬り伏せられた、無数の残骸。

 それでもなお群がる、幾百の敵に囲まれ——。



 何者の援護もなく、たった独りで。



(そんなに……血だらけで——!)


「【抜刀一刀流形態(ソニックブレイド)】! 風……切りいいいぃ!」



 ブワァン————ッ!



「グアアアアァッッ!」

「ギャアアアアアッ!」



 ——刹那一閃。

 居合と同時に放たれた紫光の斬撃が、全てをまとめて()ぎ払った。



「新手だ! 手強いぞ!」

「一度退けー!」



 後方の敵が後ずさりし、チャンと距離を取り始める。


 俺は門外に着地し、ゆっくりと前に進む。


「……無茶しやがって——」


 チャンは俺と眼を合わせると、いつものように微笑んだ。



 ガァンッ——。



 張り詰めた糸が切れるように、大楯が地に降ろされる。


「ははは……やっぱ、強えぇなぁ~……」


 ——何を言う、それはこっちのセリフだ。

 今となってはもう、俺はお前より強い男を知らない。


「いつだったか……俺の〝職業(ジョブ)〟を聞いたな?」


 俺は前を見据えたまま、 【聖騎士】の横に並び立つ。


「うん。 〝流れ者〟って言われたね」


「すまん、あれは嘘だ。俺は【殿(しんがり)】……たまたまだが、撤退戦の専門家(エキスパート)だ。あとは任せて退()いていい」


 ——敵の前衛とは、一応それなりの距離がある。

 だが、分が悪いことに変わりはない。

 未だ幾百の敵兵が、こちらの様子を伺っている。


「【殿(しんがり)】か……でもそれは〝職業(ジョブ)〟じゃなくて、〝役割(ロール)〟だよ? しかも単騎でやることじゃない、最低でも数百騎ね」


(最低でも……か。なら、俺のしてきたことは——)


 ——あの魔女め。

 やはり俺は捨て駒……いや、それ以下だったんだな。

 まぁ今更だし、わかっていたことだが。


「俺は単騎でやる。他は邪魔になるだけだ」


「ははは、アルカならそうかもね。俺も邪魔かなぁ……」


 まだやるつもりとはな……だが、お前はここまでだ。

 この辺でやめておけ、もう充分仕事はしただろう。


 それにこれ以上、ユリを心配させるんじゃない。


「今日のところは……な——」


 俺はリベリオンに手を添え、もう一度戦場を見渡す。


 ——敵部隊は、未だ一定の距離を保っている。

 だいぶ警戒しているようだが……まだ足りないな。


 その辺はまだ、リベリオン(こいつ)の射程圏内だ。


「スターク! 無理やりにでもチャンを回収しろ! 敵が仕掛けてきたらすぐに出せ!」


 俺はリベリオンを握り締め、思い切り魔力を流し込む。


「へ、へい——! いやっ、でも旦那が——」


「スターク、アルの言う通りにして」


 ——振り返った俺の視界に、ふらふらの巫女が映り込む。

 あたふたしているアフロを押しのけて、ゆっくりとこちらに歩いて来る。


「お前もだぞ。今にも倒れそうじゃないか」


「……一つだけ言っておくわ! あなたが()退()()専門家(エキスパート)だったのは、もう過去の話。むしろ今は、()()()専門家(エキスパート)よ! でも、それともう一つ」


(……久々だな、このくだりも——)


「今だけは、状況を考えて」



『先陣を切って、一人で戦況を変えることのできる英雄の力——』



 ——確か前にも、お前はそう言っていたな。

 だがそれは俺じゃなく、 〝反逆の牙(コイツ)〟の力なんじゃないのか? 


 まぁ……それはいい、今は眼の前の敵だ。


 現状はやはり、要らぬ戦闘は()けるべきだろう。 

 そもそもこちらには、退却先の本陣が存在しない。

 加えて、チャンとナツキは怪我が酷い。

 アテナとユリは、残りの魔力(マナ)も少ないはずだ。

 アフロは運転手確定で……おまけにお子様(おつう)も抱えてる。


 つまりどうあっても、戦えるのは俺一人。

 殲滅(せんめつ)も撤退も、全員を護りながらは厳しい。

 なら、こいつらだけ先に退()かせるか?

 ……いや、ダメだな。

 市街地にも、まだ敵が残っているかもしれない。


 ここでむやみに仕掛けることは、やはり愚策だな。

 どう転んだとしても、皆を危険に(さら)してしまう。



〝お互いもう独りじゃない、仲間がいるんだ〟



 ——わかってる。

 お前はきっと、そう言いたいんだよな。


(とにかく今は、仲間の安全が最優先……ならば俺に出来ることは——)


「これより間合いに入る者は即刻(そっこく)斬る! 首から下がいらない奴だけ前に出ろ! 今退()くのであれば、追撃はしない!」


 俺は風魔法に声を乗せて、広範囲に届かせる。


 さっきの一閃で、もう充分にわかっているはずだ。

 何百何千送り込もうが、全て肉片になるだけだとな。


(……どうだ? これでダメなら——)




 ——少し間が空いて、敵陣に砂塵が巻き上がる。



 敵部隊が、一斉に引き上げていく。



 トンッ——。



 突然……左肩に、何か柔らかいものが重なった。


「お疲れ様、アルっ」


 左隣には、後ろ手を組んだ巫女が立っていた。

 軽く肩を押し当てながら、嬉しそうに片眼を閉じている。


「終わった……か——」



 ——敵は全軍、視認できる範囲からは消え去った。

 とはいえ、もう数日は油断できないだろう。


(……【魔獣使い(テイマー)】——)


 今回の襲撃が、何によるものだったのかはわからない。


 ただ結局……ターニャの姿は、確認できなかった。

 読んで頂きありがとうございます。


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