13話 崩壊の最南地区~幼女が読み解く盤面~
アテナを座らせた俺は、向かい合って腰を下ろす。
パンッ——!
いつもなら一声かけるスタークが、何も言わずに鞭を入れる。
眼の前の巫女は、膝を抱えて蹲っている。
ガタガタッ……ガタッ——!
何度も乗せてもらったが、こんなに荒い運転は初めてだ。
荷台から伝わる振動が、俺たちを絶えず揺らし続ける。
だが……アテナはきっと、それだけじゃないだろう。
よく見れば、全身が小刻みに震えている。
「お前……何か知ってるな? 全て話せ」
——少し間を置いて、アテナが少しだけ顔を上げた。
地に落ちていた視線が、ゆっくりと横に流れる。
「……多分、輪廻教よ。一部の過激派のね」
それは確か……あの〝六日置き宗教〟か。
だとしたらおかしな話だな。
「何故だ? あいつらは援助に来てるんじゃなかったのか?」
「表向きは……ね。その裏では、正反対のこともしてる」
「正反対?」
「ユリさんが言ってたでしょう? 〝アズリア人が迫害されてる〟って。例えばそういう方向に民衆を扇動しているのも、また輪廻教よ」
……ますますわからなくなった。
確かにユリはそんな話をしていたが、逆だったはずだ。
そうやって蔑まれたアズリア人を救済しているのが、輪廻教ということだった。
「ああやって布教するけど、もちろん全員が入信するわけじゃない。ユリさんの反応を見たでしょう? きっとチャンさんが上手いこと言って、毎回使徒を帰してたんだわ。それで痺れを切らして——」
——アテナが再度蹲り、両膝に顔を埋めた。
ブツブツ言うスタークの声だけが、時折前から漏れ聞こえてくる。
(スターク……やはり気が気じゃないみたいだな——)
ユリの言っていた通り、アズリア人の心境は複雑だ。
いつも笑顔で、強く生きていこうとしている少女。
あんなに小さいのに、一人きりになってしまった幼女。
周囲の様子や出来事を、一歩下がって見ている女性。
本来……その本当の胸の内は、本人にしかわからない。
だが、今回はそれすらも言い切れない。
何故なら俺たちアズリア人は、全員記憶を無くしているからだ。
その淋しさも、悲しさも苦しさも……涙や怒りでさえも。
何処から来るものなのか、わからない時だってあるかもしれない。
誰の何処に地雷があるのか? どうしたら救えるのか?
誰にもわからないまま、ただひたすらに毎日を生きている……生きていくしかないんだ。
チャンが任されていたのは、そういう場所の統括だ。
幾多の想いが交錯する中で、調和も考えないといけない。
——加えてあの性格だ。
どうせ最初から最後まで、一人で前に出てたんだろう?
誰も悩ませないように、全て抱え込んでいたんだろう?
それは容易に想像できる。
だが……そうするとあれか?
チャンのお人好しが、裏目に出ちまったってことなのか?
あいつが間違ってたと?
そんなことがあっていいのか?
「——そして、原因はもう一つある」
ボソッと聞こえた声の方に、俺は視線を戻す。
アテナはいつの間にか、また少しだけ顔を上げている。
「……なんだ?」
美しい金眼が、ゆらゆらと揺らめき始める。
「私っ……私が——っ!」
「このまま抜けます! 捕まってください!」
突然のスタークの叫びに、アテナの声が掻き消される。
(このまま……南門まで来たか——)
第五師団管理区の〝南門〟は、逆から入ればの第一師団管理区の〝北門の一つ〟ということになる。
つまりスタークは、 〝君主〟の直轄部隊を素通りすると言っている。
(アーレウス最強の【S級部隊】の関所を……後で何があるかわかったもんじゃないな——)
——だが付き合うぞ、スターク。
今は緊急事態だ、一秒でも惜しい。
どういう決まりがあるのかは知らんが、悠長に従っている時間は無い。
「大丈夫だ! そのまま行け!」
俺はアテナに視線を戻す。
——もう誰が見てもわかる。
ギュッと膝を抱えてはいるが、全く抑え込めていない。
俺は震えるアテナを抱き寄せ、衝撃に備える。
「そこから先は後で聞く。大丈夫だから。俺の近くに居ろ」
「うんっ……うん! ひぐっ——」
ついに泣き始めたアテナをよそに、馬車が一気に加速する。
「何だお前らは! 止まれ!」
(衛兵の声……やはりそう簡単に『はいどうぞ』とはいかないか——!)
俺は念のため、背中のリベリオンに手を掛ける。
「《地岩掌壁》!」
スタークの周囲に、緑光の魔法陣が展開する。
ゴゴゴゴゴォッッ!
(その技は確か……チャンとユリが——!)
俺は荷台の窓から、周囲の様子を確認する。
「……! なるほど、さっきからブツブツ言ってたのはこれか!」
——恐らく、事前に重ね掛けしていたんだろう。
馬車の両脇から岩がせり上がり、門へ一直線に岩壁が敷かれていく。
「なっ、なんだこれは——!?」
「止まれー! ここを何処だと思ってる!」
「うっ……うるせええええっ!」
壁の外から叫ぶ衛兵に、スタークが怒鳴り返す。
「……ははっ、やるなスターク!」
そして一瞬のことに、衛兵たちは為す術もなく——。
第一師団は、俺たちの第五師団管理区への突破を許した。
恐らくこいつらは、こんな命知らずには出逢ったことなどなかったのだろう。
今まで〝君主〟のお膝元で、胡坐を掻いていたツケだな。
上になんて言い訳するのか知らないが、今後はこれを機にしっかり働くといい。
(あとは下っていくだけだ……急げ! スターク——!)
「あ……あああぁ——!」
——突然、スタークが声にならない声を上げた。
俺はアテナから離れ、前方に身を乗り出す。
「どうし……あれは——!」
最南地区の至る所から、黒い煙が上がっている。
そして最初の話通り、魔獣の群れが侵攻してきている。
それもかなりの数——。
(やはり……〝東〟からだな——!)
『輪廻教だろう』とは言われても……【魔獣使い】——。
どうしても、あの魔女の顔が過る。
——斜面を下り切り、最南地区の入り口が見えて来た。
巫女は依然として震えたまま、膝を抱えて蹲っている。
俺がここで降りて、殲滅に向かうことは……とてもじゃないが出来そうにない。
(……仕方ない、このまま行けるところまで行く——!)
「そのまま突っ込め! スターク!」
「うおおおおおっ!」
グオオオオォッ!
ガアアアアァァァッ!
馬車は魔獣たちの間をすり抜け、そのまま街に突入した。
——が、見るも無惨。
もともと13番隊は、ほとんど戦闘任務を預からない……ある意味、平和ボケ部隊だ。
兵士たちは至る所で倒れていて、魔獣たちは好き放題に街を荒らしている。
(……マズいな、戦力差が激しすぎる——!)
そして、魔獣ばかりで敵兵がいない。
それは盤面の中に、対人でなければならない戦域があることを意味する。
(チャン……どこに居る——!)
ヒヒィィィィンッ!
大きな馬の唸り声とともに、馬車が急停止した。
それと同時に、前からスタークが飛び降りる。
「どうしたスターク!? ……ここは!」
——ナツキたちの宿か!
至る所から火の手が……だが幸か不幸か、今のところ魔獣は見当たらない。
「来い! アテナ!」
俺はアテナの腕を引っ張り上げ、荷台から連れて飛び降りる。
だが巫女は深く俯いたまま、その足取りは重い。
「アル……私——」
——まだ震えてやがるのか。
事情は知らない……だが何にせよ、そんな場合じゃないだろう!
「しっかりしろ! ナツキやおつうがどうなってもいのか!?」
「——っ!」
二人の名前を出した瞬間、アテナはその金眼を大きく見開いた。
そして顔を上げ、しっかりと宿の方を向いた。
(……そうだ、それでいい——!)
辺りを見回したスタークが、宿の中に走っていく。
「来い! 離れるなよ!」
「うっ、うん!」
アテナを連れて突入するも、一階には誰も見当たらない。
二階へ上がって部屋を確認していくが、こちらも誰も見当たらない。
先に入ったスタークも、向こうで首を横に振っている。
(くそっ……皆無事なのか——!?)
「きゃああああ!」
「……! 外か!」
何処だ……!? どんな状況だ——!?
(……ダメだ! 考えている時間は無い!)
「アテナ! 二階全部吹っ飛ばせ! 〝リベリオン〟——!」
——紫光が漏れ出し、紫煙が立ち込める。
「う、うんっ! 雷の精霊——」
アテナが手を合わせ、詠唱を始める。
「伏せろスターク! 開けたら飛べ!」
「……!? へ、へい!」
「《雷波断》!」
バリバリィッッ——!
アテナが横薙ぎに払った雷光が、木造の壁を屋根ごと一気に吹き飛ばす。
「飛べ!」
「ひっ、ひぃぃぃぃ!」
俺たちは飛び上がり、上空から周囲の状況を確認する。
大きく開けた視界に、屋外の状況が映し出される。
(何処だ……何処にいる——!?)
「……! 旦那っ! あそこっ!」
焦った様子のスタークが、下の一点を指差している。
(ゴブリンが三匹……囲まれている——!)
それも二人……一人は座り込んでいるな、動けないのか?
もう一人は両手を広げて、その間に立ち塞がっている。
「ビンゴだ! 【双剣形態】——、 《舞風》!」
俺は一度着地し、ゴブリン目掛けて床を蹴る。
そして飛び降りざま、身体を左に思い切り捻る。
「うおおおおおおぉ!」
そのまま回転し、右上段から二本同時に振り下ろす。
ズバァッ——!
中央のゴブリンは立ったまま、三つに分かれた。
着地後、俺はもう一度身体を捻る。
廻りざまに、左右のリベリオンを振り抜く。
「らぁっ!」
ズバッ、ズパァッ——!
ゴトッ……ゴトッ——。
吹き飛んだゴブリンの首が二つ、地面に落ちる音がした。
「はぁ……はぁっ……アル!」
「ひぃっ、一瞬でっさ——」
降りて来た二人が、こちらに駆け寄ってくる。
俺はリベリオンを背の鞘に戻し、襲われていた二人に眼をやった。
「な……なんで? どうしてここに——」
「……弁当の礼だ」
「うっ……、わあああああん」
——ナツキの片足は、大量の血で朱く染まっている。
この分だと、確かに動くのはきつかったろう。
その隣では、おつうが未だに両手を大きく広げている。
「よく頑張ったな」
オレンジの頭をくしゃくしゃすると、おつうはスッと両手を下ろした。
「えへへ……」
……一方のメイドが、わんわん泣いているせいだろうか?
『にかっ』と白い歯を見せたこの幼女が、何だか凄く大人に見えた。
「なっち! おつう! 無事で良かった……他の皆さんは!?」
「ぐすっ……。馬車で西側へ逃げてもらいました。私は避難誘導で——」
ナツキ曰く——。
どうやら13番隊は、かなり早い段階で動いていたらしい。
馬車数台で駆けつけ、民間人を片っ端から拾っていったようだ。
しかしおつうだけは、どうあってもナツキの傍を離れようとせず……やむなく馬車は先に出たようだ。
「そうか……頑張ったな。——で、チャンは何処だ? 詰め所か?」
「恐らく……、途中で《遠隔伝心》が途切れてしまって。ユリさんにも繋がらないんです」
「そうかユリも……急いだほうがいいな。スターク、二人を頼めるか? アテナは俺と来い」
「お任せを!」
「うん……!」
しっかりと頷いた二人を見て、背を向けた瞬間——。
——グッ。
(……ん?)
何かに引っかかったように、左腕の動きが止められた。
振り向いた先では……俺の左袖を掴んだおつうが、首をブンブンと横に振っている。
「どうした? 着いてきたら危ないんだ。スタークと一緒に居てくれ」
「ううん。違う」
——珍しいな。
おつうがここまで、はっきりと意思表示をするのは。
だが時間がないんだ……頼む、わかってくれ。
「何がだ?」
「全部。まずアフろんと一緒に居るより、おにぃと居た方が百……いや、千倍安全」
「それは……そうかも」
おつうの言葉に反応して、ナツキが静かに頷いた。
「そっ、そげなぁ……」
あれだけ心配してたのに……何て不憫なヤツなんだ。
日頃の行いなんだろうが、そこまで信用がないのか?
このアフろんは——。
しかし何だ? 〝おにぃ〟とは俺のことか?
「して、隊長は街の中には居ない。と思う」
おつうはそう言うと、おもむろに東の方を指差した。
(……東門? どういうことだ? あのチャンが民間人を置いて逃げるはずが——)
——いや待てよ。
確かに、街中に兵はたくさん倒れていた。
だが、民間人の姿はどこにも無かった。
「そうか、最小限の兵だけ最南地区の防衛に残して……ほとんどの兵は、馬車で民間人の回収に回らせた——」
俺と眼を合わせたおつうが、コクっと小さく頷いた。
「それであれか、自分は東門で一人……侵攻を抑えてんのか——!」
——なんだ? この感覚は。
感情と言った方が正しいか?
……とにかく、何か違和感の様なものを感じる。
ともあれ、ここは周囲を岩山に囲まれた天然要塞。
序盤で多少の侵入は許したとしても、もう一度そこを蓋することができれば……それ以降の侵入は理論上、ほぼ0に出来る。
(抑えられるなら、それが一番被害は出ないだろう……だが——)
「あっ、あの数を一人で……!? そんな無茶な!」
——そうだ、スタークの言う通りだ。
俺たちはここへ向かう途中、この眼で見てきているんだ。
あの敵部隊……とてもじゃないが、一人でどうにかできる数じゃなかった。
(とにかく……ここでどうこうしている時間はない——!)
「——わかった、全員連れて行く。スターク、ここは庭だろう? 最短距離で頼む!」
「よしきた! 飛ばしますぜ~!」
俺は一人ずつ抱え上げ、女性陣を荷台に詰め込む。
全員を乗せた馬車が、勢いよく走り出す。
(チャン……間に合ってくれ——!)
読んで頂きありがとうございます。
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