12話 出立のファミリア~平和への警鐘~
「今日もやってくよね? アルカ」
チャンの穏やかな翠眼が、俺に真っ直ぐ突き刺さる。
——そりゃそうだろう。
こうして、いつも通り詰め所に現れたんだ。
何の疑いも無く、剣を合わせると思っている。
もちろん、俺もそのつもりだった。
「……すまん、今日発つことにした」
「……!」
チャンは一呼吸置いて、その視線を引き抜いた。
一瞬だけ見開いた眼が、また穏やかに閉じていく。
「——そうか、色々とありがとう! 楽しかった」
何も聞いて来ないのは、興味が無いからじゃないだろう。
差し出されたこの手が、何かを察したことを告げている。
「こちらこそありがとう、チャン」
俺はしっかりと、その手を握り返す。
「いててっ」
思った以上に力が入ってしまったのか、チャンは苦笑いを浮かべた。
「す、すまん」
「ははは、またね。——アテナちゃんも」
チャンはケロッと笑うと、俺の後ろを覗き込んだ。
振り返った先では、巫女様が深く俯いている。
「……はい。お二人とも、お世話になりました」
深々と頭を下げるアテナを見て、チャンが優しく微笑んだ。
(あの時も……こうやって頭を下げていたっけ、こいつは——)
——感謝しろよ? 残念巫女。
お前が派手に壊したあの扉は、俺とチャンで直したんだぞ。
「淋しくなりますね——。お二人とも、お元気で」
チャンの隣まで出てきたユリが、ニコッと笑った。
だが……何とは言えないが、少し違和感がある。
「あぁ、ユリも元気でな」
——ユリの笑顔には、一抹の陰りを感じる。
それが淋しさの表れなら、喜ばしいことだ。
だが、何か思うところがあるんだとしたら——。
まぁどちらにせよ、俺の勘違いかもしれないが。
「行き先は? スタークを呼ぶよ」
「そう来るかとは思ってたが、大丈夫だ。アイツにはアイツの使命があるだろう」
「え? 特にないよ?」
「今日はあるんだ。——ナツキのお遣いがな」
チャンもユリも……ついでにアテナも笑った。
(……いい別れだ、これでいい——)
二人とまた逢う約束をして、俺たちは詰め所を後にした。
「都ってことは……南門か?」
「そうね。このまま街道を南下していけば、そのうち着くはずよ」
——これから先、どんな出逢いがあるのだろうか。
またあいつらのような、気の良い奴らに出逢えるのだろうか?
(……でも、俺なんか——)
『もう今日からは、誰かの顔色を窺うかがって……陽の当たらない場所で隠れて生きるような真似しなくっていいのよ』
——そうだ、俺が触れて来なかっただけなんだ。
そして今なら、俺は触れることが出来る。
決めたぞ……次逢った人には、俺から声を掛けてみよう。
俺だって、ここに来てからたくさん会話してきたんだ。
今の俺なら、きっと大丈夫なはずだ。
「次に出逢う人は、俺から話しかける」
俺は隣の巫女に向かって、敢えてそう口に出した。
牽制の意味もある……が、決意の証明という方が大きい。
これで俺は、前に進むしかなくなった。
「……え?」
アテナはきょとんとした顔で、俺を見つめている。
やがて首を傾げて、その足を止めた。
(……な、何だこの間は——)
そして数秒の後——。
首を縦に戻した巫女が、何だかあざとい笑みを浮かべる。
「……ふふっ、そう。じゃあお任せしようかしら」
——そうだ、そのまま皆まで言うな。
『大げさな』とでも言いたいんだろう?
だが俺にとっては、それほど覚悟のいる一歩なんだ。
「お、山に入るのか」
立て看板の案内通りに、アテナと山道を上がって行く。
先ほどまで居た最南地区が、もうあんなに小さく見える。
「もぉ……無理ぃ——」
早くもへばりかけの巫女が、俺の背中に手を伸ばす。
「『それは棒でもなければ、疲れた体を支える杖でもない』……んじゃなかったのか?」
俺は背中からリベリオンを引き抜き、アテナに手渡す。
「も、もちろんよ! だからおんぶ——」
「甘えるな」
「ひ、ひんっ」
今にも泣き出しそうなアテナを置いて、俺は歩き始める。
少し遅れて——。
……ガンッ、ガンッ——。
後方から、什宝を地に突き立てる音が聞こえてきた。
……よくよく考えてみれば、何とも罰当たりな話だ。
(やはりコイツは……女神はおろか、巫女ですらないかもしれない——)
自称巫女の足音を聞きながら、俺はひたすら足を進めた。
——やがて、開けた場所に出た。
眼を細めた先に、割と大きな建造物が見える。
恐らく……あれがファミリア南門だろう。
(ここを抜けたら、もう第一師団の管理区か……ん——?)
——門の手前で、人が飛び跳ねているように見える。
横にあるのは……馬車か? 運び屋か何かだろうか?
(……んん?)
もしかすると、こちらに手を振っているのかもしれない。
だが生憎、俺は持ち合わせに余裕が無い。
隣の巫女様に関しては、ある程度持っているようだが。
「……ふふっ——」
——突然、後ろの巫女が吹き出した。
何か面白い物でも見つけたのか?
それとも、とうとう別の世界に逝っちまったのか?
(……ったく、俺も一応疲れてるんだぞ——)
俺は足を止め、渋々後ろに振り返る。
「どうした? 何を笑って——、あぁ……」
——残念たが、後者のようだ。
今にも倒れそうな巫女が、内股でプルプルと震えている。
突き立てた杖に、何とか掴まっている状態だ。
(こうなっては……これ以上歩かせるのは、厳しいか——)
「仕方ないヤツだな……ほら」
「ふっ……ふふっ——」
俺は巫女を背におぶり、斜面を登り直す。
無駄に強く巻き付けられた腕で、首が苦しい。
頼むからやめてくれ、そこで最後の力を振り絞るのは。
——やがて、南門がはっきりと視認できる距離まで来た。
馬車から離れた人影が、こちらに駆け寄って来る。
「……! ばかやろうが——」
「そんなこと言って~。ふふっ」
ひょこっと顔を出した残念巫女が、横から俺を覗き込む。
(このにやけ面……こいつ、さっきのは仮病だな?)
そんなに元気なら、さっさと降りて自分で歩いてくれ。
(しかしまったく……いいって言ったのによ——)
視線を戻したその先で——。
流行りのアフロは、もっさもっさと揺れていた。
「はっはっは! さぁ乗ってください、お二人とも!」
「やーん、お言葉に甘えて~」
俺の背から飛び降りたアテナが、流れるように馬車に飛び乗った。
(こいつ……やっぱり元気じゃねぇか——)
「あれぇ~旦那、なんか機嫌悪くないですか? なっちのお遣いならちゃんと済ませましたんで、大丈夫でっさ!」
「うるさい」
色々と腑に落ちないまま、俺も馬車に乗り込む。
走り出した馬車が、ガタガタと揺れ始める。
「ふふっ。聞いてよ~、アルったらね~」
……なるほどな、やっぱりそういうことか。
「やめろ」
あの『ふふっ』は、おかしくて吹き出してたんだな?
せっかく心配してやったのに……もういい、二度とおぶってなどやるものか。
——そしてそれだ。
『次は俺が話しかける~』なんて、あれだけ意気込んでいたのに——。
(まさか……その次がスタークとは——)
お遣いは済ませただと? 当たり前だ。
そうでなければ、そのアフロを四角く斬り落としていたところだ。
……もちろん、決して俺がどうとかではない。
あくまで〝ナツキの代わりに〟だ。
「本当に次の街まででいいんですかい? アテナ嬢」
「ええ大丈夫、ありがとう。ふふっ」
(いつまで笑ってるんだ……この残念巫女め——!)
しかしまぁ……これで良かったのかもな。
スタークが居たおかげで、問題なく関所を抜けられた。
やはりこの男は、色々とタイミングがいい。
「む……いい時間ですね! そろそろお昼にしましょう!」
アフロはそう言いながら、ゆっくりと馬車を端に寄せた。
だが……近くには飯屋どころか、人っ子一人見当たらない。
スタークは座ったまま、後ろの荷台にアフロを突っ込んだ。
「ちょっとお待ちくださいね~……あっ、あったあった! はい、どうぞ!」
向き直ったスタークが、俺とアテナに包みを差し出す。
「ん? これは?」
「なっちから預かってきました!」
包みを解いた瞬間に、美味そうな匂いが込み上げる。
「……なるほど、弁当か」
「わぁー! なっちゃんありがとう!」
満身創痍は、何処へやら——。
どうやら隣の巫女は、疲れが一気に吹き飛んでしまったようだ。
(どいつもこいつも、お人好しばかり……んっ——)
——美味い。
いや、ナツキの飯はそもそも美味い。
だが……何故だろう? 今日は一段とそう感じる。
基本ちまちま食べるアテナですらも、あっという間に食べ終わりそうだ。
両の頬を膨らませて、嬉しそうに頬張っている。
そういえば子供の頃、こんな感じの小動物がいたな。
一度食い物をあげてから、寄ってくるようになっちまったんだっけ——。
「……ん? なっ、なによ」
俺の視線に気づいたアテナが、返すように俺を覗き込む。
「いや、可愛いなと思って」
「なっ……!」
巫女はそっと箸を置くと、俺に背を向けて俯いた。
「……詰まらせたか。そんなに急いで食べるから——」
「お熱いですね~! お二人とも——、なっ……!」
アテナを挟んだ向こう側——。
割って入ってきたスタークの顔が、みるみる内に青ざめていく。
バチッ……バチバチッ——!
気づけばアテナの片手には、電撃が迸っている。
(スターク……また何か地雷を踏んだのか? しょうもないヤツめ——)
「あ……ああ……!」
「そんなに震えるぐらいなら、最初っからちょっかい出してこないでよ!」
——仕方ない、それがこのアフロの性分なんだろう。
スタークがナツキに正座させられているのを、この短期間でどれだけ見たことか。
しかし、本当に大げさなヤツだな。
怖いのはわかったが、それにしたって震えすぎだ。
いくら残念巫女とはいえ、本当にぶっ放したりはしないだろう。
「どうしたスターク? とりあえず謝った方が——」
「す、すみません……オイラ、戻ります!」
スターク……ここからは見えないが、そんなにか?
今すぐ逃げ出したくなるほど、恐ろしい顔で睨まれているのか?
(……仕方ない、助けてやるか——)
「理由はわからないが……もう許してやったらどうだ? せっかくここまで乗せてきてくれたのに」
「ちょ……そんなに怒ってないわよ、もうっ」
——だが、スタークの焦りは止まらない。
「急がないと……! みんな——いでっ!」
ガタァンッ!
馬車に乗り込もうとしたスタークが、足を踏み外してずり落ちた。
毎日馬車を駆っている、あのスタークがだ。
(……違うな、アテナは関係無い——!)
「おい! 何かあったのか?」
俺はスタークの肩を掴み、こちらに振り向かせる。
その額には、尋常じゃない量の汗が滲み出ている。
「い、今……なっちから《遠隔伝心》が入って……! 街が、街が——!」
——ナツキも《遠隔伝心》を使えたのか!
知らなかった……まぁそれはいい、問題はその内容だ。
「なんだ? はっきりしろ!」
「【魔獣使い】部隊に襲撃を受けてるって!」
「【魔獣使い】……だと——?」
ゴトッ——。
——後ろで、何かが落ちる音がした。
振り返ると、アテナが口を開けたまま立ち尽くしている。
その足元には、弁当箱とその中身が散乱している。
俺はもう一度、スタークの方に向き直す。
「何故だ!? 一体どうしたらそんなことが起きる!? 国境戦線から遠く離れた最南地区だぞ!? あの辺は安全だから、民間の居住区なんじゃなかったのか!?」
「わかんないっすよ! 俺だって!」
珍しく強く言い返すスタークを見て、俺は我に返る。
「……すまん、つい捲し立ててしまった」
——落ち着け、落ち着いて考えろ。
とにかく、普通に考えたらあり得ないことが起きている。
魔獣の群れってだけならともかく……部隊の襲撃などあり得るのか?
最南地区だって、最強の【S級部隊】の管理区内なんだぞ?
(可能性があるとすれば……二つ、か——)
一つはハルメニア軍の侵攻だが……恐らく、その線は薄いだろう。
岩山に囲まれたあの天然要塞は、そう簡単には侵入出来ないはずだ。
順当に国境から侵攻して来たとしたなら、本隊及び【地壁】のハクツルを突破して来たことになる。
……だがそれなら、俺たちが居た時にはもう騒ぎになっていたはずだ。
そもそもハクツルは、読んで字の如く〝鉄壁〟で有名な〝字持ち〟だ。
ハルメニアにファミリアを抜く戦力があるのなら、どこの管理区であろうといずれ抜かれる。
そしてもう一つは、東に隣接する第六師団からの侵攻だ。
それは即ち、アズリア同様〝内戦の勃発〟を意味する。
『まぁでも、とにかくここまでね。こんな情けない戦術で名を上げても、ゲイル様の……私たちの目指すところへは行けない』
『まさか……! 〝君主〟になろうとしているのか!? ボスは——』
(〝国奪り〟……あるとすればアイオーンか——!)
——どちらにしろ最悪だ、事態は一刻を争う。
こんなところで、あれこれ考えている場合じゃない。
もちろん……最南地区にはチャンが居る。
だが今回ばかりは、そのことが俺を焦らせる。
「とにかく出せ! お前も来い!」
俺は放心状態のアテナを荷台に担ぎ込み、スタークに馬車を出させる。
別れの余韻も冷めぬ間に——。
俺たちは来た道を戻り、ファミリアに引き返すことになった。
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