11話 輪廻教の台頭~それぞれの行方~
——第五師団管理区に来てから、かれこれ数日が経った。
この最南地区は、平和そのものだ。
国境から遠く離れているため、敵国侵攻の憂いもない。
周辺の魔獣の討伐も終わっており、難民たちも安心して暮らしている。
その穏やかさは、この国が戦争中なのを忘れさせる。
そんなことだから、13番隊は基本的には暇らしい。
おかげでチャンには、毎日訓練に付き合ってもらえている。
色々な武器を触れたことで、戦闘の勘も取り戻してきた。
日々接しているうちに、ナツキやユリとも話せるようになってきた。
そしてアテナの言った通り……周囲には、俺の《無限魔力》が作用している様子も無い。
——正直、ここは居心地がいい。
「……ねぇ、今日もチャンさんのところへ行くの?」
いつも『おはよう』の次は、決まってこれだった。
「あぁ。まだ色々と、試してみたいことがあるからな」
最初は、早く都に行きたいんだと思った。
「そう……」
——だが、そういうことではないらしい。
こうして毎度俯かれたのでは、さすがの俺でもわかってしまう。
「じゃあ……もう少しだけ。でもアル、あまりここに長居するわけには——」
(やはり……最南地区から離れたがっているな——)
皆に迷惑だから……とか、そういうことでもない。
——恐らく、これは〝焦り〟だ。
そしてそれは、日を追うごとに顕著になってきている。
「ごめんな。俺のわがままで」
「ううん。アルが楽しそうにしてるのは嬉しいし、強くなってるのもわかるから。皆……良い人だし——」
——いつもここで、アテナとの会話は途切れる。
その先で何を考えているのか……それは俺にはわからない。
だが一つだけ、ちゃんとわかっていることもある。
それは、 〝俺が今こうして居られるのがこの巫女のおかげ〟ということだ。
(……そうだな、これは〝アテナの旅〟だ——)
「よしわかった、今日出発しよう」
「えっ、でも……」
「大丈夫。皆に挨拶しに行くぞ」
「う、うん——」
誰とも関わらず、ずっと独りで生きてきた。
こんな風に、誰かと関わったことなんてなかった。
……だから、知らなかったんだ。
誰かとこうして、好敵手みたいになれるなんて。
誰かの笑顔で、こんなに暖かい気持ちになれるなんて。
俺の存在が、許される場所があるなんて。
生まれて初めてだったんだ、全てが。
こんな出逢いは、最初で最後かもしれない……純粋にそう思ったし、今も思っている。
——でもだからといって、ここに居座るのは違うよな。
今感じていることは、俺個人の単なる〝我〟でしかない。
でもアテナにとっては、ここはただの通過点でしかないんだ。
ならば俺も、前に進まなければなるまい。
半ば強引だったとはいえ、俺は確かに契約を交わした。
その目的が何であれ、一緒に行くと決めたんだ。
そもそもが、三途の川から引き戻された身——。
故にこの先の人生は、もはや俺一人のものではない。
「あらお二人とも、おはようざいますっ」
——ちょうど通りかかったナツキが、声を掛けてくれた。
両腕で抱える網かごには、どっさりと洗濯物が詰め込まれている。
(……なんだろう? この懐かしい感じ——)
——そうか、初めて逢った時と重なったんだ。
確かあの時も、こんな風に忙しそうにしていたっけ。
たった数日前のことなのに……何とも不思議なものだ。
スッ——。
ナツキの腰の辺りから、小さな手がゆっくりと上がった。
少し目線を落とすと、オレンジ頭の幼女と眼が合った。
もう片方の手は、ナツキの服の裾をキュッと掴んでいる。
どうやら、くっついて歩いてきたようだ。
(……さすがナツキ、もうすっかり打ち解けたみたいだな——)
俺も軽く手を上げて、二人に近づく。
「おはようナツキ、おつうも。今まで世話になった」
「えっ! もしかして……もう行ってしまうのですか!?」
「あぁ。ほら、アテナも」
「ありがとうね、なっちゃん。お世話になりました。おつうちゃんも、またね」
しゃがみ込んだアテナが、オレンジ頭を『よしよし』と撫で始める。
おつうは一度首を傾げて、返すように巫女の頭を撫で始めた。
(……なんだかんだで、アテナも淋しいんだな——)
——段々と、お互いの手の動きが速くなってきた。
幼女の無表情とは対照的に、巫女は歯を食いしばっている。
「ぐ、ぐぬぬ……!」
……観念したのか、アテナがガバッと立ち上がった。
ボサボサ頭に手櫛を通しながら、若干涙ぐんでいる。
おつうはそれを見上げながら、ぽけーっと首を傾げている。
(敗けた……か——)
そんな巫女様の横顔を見ていると、複雑な感情が込み上げてきた。
哀れなような、心温まるような……何とも言えない気持ちだ。
「淋しいです……でも、仕方ないですよね。またいつでも遊びに来てくださいっ」
ナツキは蒼眼を潤ませながら、おつうの手を握った。
「あぁ、必ず来る」
俺がそう答えると、ナツキはニコッと笑った。
いつまでも手を振る二人に見送られ、俺たちは宿を出た。
「詰め所にも寄っていいか?」
「うん、もちろん」
俺はアテナと並んで、ゆっくりと歩き出す。
沿道に綺麗に植えられた、緑々しい街路樹。
その隙間から差す、優しい木漏れ日。
——別に、何ら変わりは無い。
至っていつも通りの、穏やかな風景だ。
(……ここを歩くのも、今日で最後か——)
たった数日だが……毎日通った道だ。
しばらく通ることもないと思うと、急に名残惜しく感じる。
(そして、あの辺の木の影に——)
——案の定、見慣れた馬車が止まっている。
「よう。今日もサボリか?」
「——おっ、お二人さん! どちらへ?」
ガバッと飛び起きたスタークが、こちらに振り返る。
この男もいつも通り、居眠り中だったようだ。
「チャンのところだ」
「おーそれはちょうどいい! 乗ってって下さい!」
それは『ちょうどいい言い訳が出来た』という意味だな?
……だがまぁいい、挨拶もしておきたいしな。
別にもう目と鼻の先だが、ここは助けてやるとしよう。
「ありがとう。今日は前に乗るよ」
相変わらずの爆発頭に、真っ黒眼鏡——。
こうしていつも、俺たちを乗せてくれたよな。
「色々とありがとな。今日発つよ」
「あらま! それまた急なことで……都へ行くんでしたっけ? 途中まで送っていきましょうか?」
「いや、大丈夫だ。そんなことより、ちゃんと仕事をしろ」
「ひぃー。ちょっと休憩してただけでっさ!」
パンッ!
焦った様子のスタークが、勢いよく手綱を引いた。
馬車から伝わる振動が、やや激しくなる。
自慢のアフロも、もっさもっさと揺れている。
(おっ……そこに転がっているのは——)
——なるほど、ナツキからの買い出しメモだな?
さっさと済ませて、戻った方がいいんじゃないか?
またどやされて、長いこと正座することになるぞ。
「ありがとうね、スターク」
「いえいえアテナ嬢! お力になれたのなら幸いでっさ!」
二日目の朝のいざこざ以来、二人はまるで姫と下僕だ。
対メイドとはまた違った、奇妙な上下関係が構築されている。
何をやらかしたのかは知らないが……まぁ十中八九、このアフロが悪いんだろう。
「さっ、着きましたぜ!」
俺たちが馬車を降りると、スタークはビシッと敬礼した。
そして足早に、来た道を戻っていった。
(懲りないヤツめ……商店街は逆方向だろう——)
——それと言い忘れたが、 『今年流行る』というのは出まかせだな?
その頭も黒眼鏡も、結局一度も見かけなかったぞ。
今日に至るまで、ただの一人もだ。
「……よし、行くか——」
俺たちは詰め所に入り、奥へと進む。
こちらに気づいた受付嬢が、ニコッと笑った。
「おはよう、ユリ」
ペコっと頭を下げたユリが、右手の掌を上に向ける。
(この所作も……もう見納めか——)
——何だか、少し淋しい気もするな。
「おはようございます、アルカさん。申し訳ありませんが、本日は少しお待ちいただくかもしれません」
(……珍しいな、いつもならすぐ来るのに——)
『取り込み中か?』と、聞き返そうと思ったその矢先——。
奥へ続く通路から、チャンが誰かと歩いてきた。
(あれは……いつか見た黒装束、か——?)
「こないだも来てたな、あの人」
「定期的に来られますよ。 [サンサーラ]の使者の方ですね」
——聞いたことのない名称だ。
どこかの地名、組織……はたまた部隊名か?
「……すまん、サンサーラってのは?」
「あら、ご存じありませんか? [輪廻教]と言えばわかりますか?」
「いや、知らないな」
「俗に言う宗教団体ですね。ちょうど六日置きにいらっしゃって、色々と援助してくださるんです」
援助……慈善事業の一環か?
しかし六日置きとは、また中途半端なことだな。
「そうか。なら良い人なんだな」
「……ええ、そうですね——」
言葉を詰まらせたユリが、俯いて視線を逸らした。
落ち込んだような、悩んでいるような……何とも言えない表情をしている。
「〝厄災〟が起きてからでしょう? 顔出すようになったの」
割って入って来たと思ったら——。
眼鏡にフードとは、また変装ごっこか?
「はい……。ここには、家族と離れ離れになって辛い思いをしている方がたくさんいますから。一部では『厄災が起きたのは内戦を引き起こし、それをずっと続けてきたアズリア人への天罰』として、迫害まで起きていると聞きます。教団としては、そんな方々に対する救済だと——」
「……そこからなんでしょう? 教団の規模が、急に大きくなったのも」
「ええ。教義が『信仰することで輪廻転生できる』とのことですから。それに縋って入信するアズリア人が、後を絶たないとか」
(……人は絶望の果てに、何かに縋りたくなるのかもな——)
——巫女様は、黒装束をじっと見据えている。
大切な人たちと、急に離れ離れになって。
見知らぬ土地で、記憶も曖昧なまま眼が覚めて。
そんな状態で迫害され……挙句の果てに、故郷まで消え去ったんだ。
『地獄のような現実を捨てて、やり直したい』
そういうアズリア人がたくさん出てきても、不思議ではない……か——。
「色々と助けてくださっているのに、申し訳ないんですが……どうしても私は、素直に感謝できなくて。そういった辛さや苦しみにつけこんで、ここぞとばかりに信徒を増やしに来ているというか……そんな風に感じてしまうんです」
……難しいところだな。
救われる人も居れば、こうして疑問を抱く人も居る。
まぁ宗教ってのは、良くも悪くもそんなもんなんだろう。
俺個人でいえば、もちろん神など信じないが。
まぁ何にせよ、ここにはたくさんの難民が暮らしている。
手放しに歓迎するわけにも、無下に断るわけにもいかない状況なんだろう。
輪廻教の心中がどうであれ、慎重に対応せざるを得ないことは理解できる。
(暇な13番隊にも、色々と悩みはありそうだな——)
——ふとチャンの方に視線を戻すと、黒装束はもう居なくなっていた。
こちらで色々話している間に、向こうも話が終わったようだ。
「おっ、アルカ!」
こちらに気づいたチャンが、いつものように片手を上げた。
優しい笑顔も、いつもと何ら変わらない。
——あとはもう、この男だけだ。
挨拶を済ませたら、俺たちは最南地区を出ていくんだ。
ズキッ——。
呼吸に変化は無い……が、胸の辺りが少し痛む。
(……こんなこと、あの日以来か——)
——ずっと独りだったから、忘れちまってたな。
〝出逢い〟があれば、当然〝別れ〟があるのに。
俺はちゃんと、それを知っていたのに。
(……いや、あれはまた少し違うか——)
『きっと本来、こんなところにいるような人じゃないんです。そう思いませんか?』
……やはり、おこがましいだろうか?
ユリの言葉を、そう捉えてしまうことは。
そのせいにして、一歩踏み出そうとすることは。
『失いたくない』 『一緒に居たい』
そう思ってしまうことは——。
(……そうだ、違うよな。チャンには守るべきものがある——)
——ここの皆にも、俺たちにも。
それぞれの人生と、それぞれの未来があるんだ。
仮に連れ出したとて……その責任を、俺が取れるわけでも無し——。
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