【S級部隊 1話】ターニャ:部隊帰還~暗躍の魔女~
「お疲れ様です、ターニャ様! 奥でゲイル様がお待ちです」
隊舎に帰還した戦闘部隊を、衛兵が出迎える。
「ええ、ありがとう。兵たちを休ませておいてくださいな」
(……別に、疲れてなどいないでしょうけど——)
今回の戦闘も、ほとんど損害は出ていないものね。
至って順調ではあるけれど……はぁ、本当に退屈ね。
もう何か月も、こんな業務的な作戦行動ばかり。
(でもやっと……それも今日で終わりね——)
——現状、我が第六師団の総兵数は4万強。
増兵に関しては、概ね計算通りに進んでいる。
この短期間で……ふふふ。
我ながら、本当によくやったわね。
これで頭数上は、全部隊で一番の兵力になった。
それにしても、あの〝お荷物〟はちゃんと死んだかしら?
まぁあれで生きてたら……ある意味本物の悪魔かもね、ふふふっ。
(でももし……アルカを拾ったのが、私じゃなければ——)
——いいえ、考えるだけ無駄ね。
そもそも私以外じゃ、あそこまで使いこなせなかった。
あんな〝呪われた力〟を持ってる以上、どこの部隊だろうとすぐにお払い箱。
存在自体が罪なんだもの……居場所が無いなら、殺してあげた方がいいに決まってる。
生まれ変わったその先で、0からまたやり直しなさいな。
(それもまぁ……叶わないと思うけれど——)
——ゲイルの私室の前まで来た。
ノックをしようと上げた腕が、宙に浮いたまま停止する。
(……はぁ。憂鬱だわ——)
私は大きくため息をついてから、強く拳を握り直す。
コンコンッ——。
「ターニャです。戻りました、ゲイル様」
「……おー、入れ」
私は扉を開き、部屋の中に入る。
【六神盾】——。
このアーレウス連合において、頂点に君臨する六つの【S級部隊】の総称。
その第六師団[アイオーン]総長、 【嵐王】ゲイル・ブラッド・ランザス。
単純な〝単騎での武力〟ということだけなら、国内1、2を争うと言われている豪傑。
「今日も大勝か? ターニャ」
テーブルを挟んだ向こう、背の高い豪華な椅子——。
薄ら笑いを浮かべたゲイルが、相変わらず偉そうにふんぞり返っている。
『何もしていないくせに』……と言いたくなるけれど、私が望んだことだものね。
逆に今日まで邪魔もせず、よく引っ込んでいてくれたわ。
おかげさまで、準備は整いつつある。
——ただ、不愉快なのは間違いない。
さっさと報告を終わらせて、一秒でも早くこの部屋を出たいわ。
(さて……第二段階に移行するわよ——)
「ええ、兵の損害はほぼ出ておりません。しかし——」
「ん? どうした?」
「《魔力吸収》……〝アルカ・キサラギ〟が、戻りませんでした」
「……なんだと——?」
眉間に皺を寄せたゲイルが、こちらを睨み付ける。
——それはそうよね。
これで、あなたは前線に出なければいけなくなった。
なんだか動揺しているみたいだけど、ごめんなさいね。
もうそうやって、楽してて良い時間は終わったの。
「死んだのか?」
「あの状況では……申し訳ありません。部隊登録を抹消しておきます」
「そうか……惜しい奴を亡くしたな。いい眼をしてたのによ——」
——あら、そっちなの?
少し意外だけど……まぁ変に情に厚いところもあるし、おかしくはないのかしら。
「ええ……ですが、計画通り兵数も増えて参りました。——頃合いかと」
「……〝君主〟の件か。——現状の戦力差は?」
「問題ありません。兵数も〝字持ち〟も、こちらが多い状態で始められます」
「んー……、そうか——」
——また意外な反応ね。
てっきり『よし、今すぐ始めるぞ!』なんて、イキり出すかと思ってたのに。
でもまぁ……これはこれで、諫める手間が省けたわね。
どちらにしろ、今すぐは無理だもの。
「しかしなぁ……〝君主〟は俺が抑えるとして、 〝他〟は本当に大丈夫なのか?」
「ご心配なく。次の〝S級会合〟でしっかりと、計画通りに落とし込みますわ」
「それは聞いてる。だが、上手くいかなかったらどうすんだ?」
「ご安心ください。どんな状況にも対応できるよう、策は二重、三重に備えております」
「二重、三重ねぇ——」
あらあら……見た目の割に、肝っ玉は小さいのね。
でも大丈夫、安心してちょうだい。
ちゃんと計算しているし、あなたはただ暴れてくれればいい。
どうせ考える頭もないんだから、黙って言われた通りにしていればいいのよ。
「どうかご決断ください。この機を逃せば、我々はもう二度と——」
「……」
ゲイルは私から目線を外し、腕を組んで黙り込んだ。
——さっきから、一体どうしたっていうの?
まさかこの男……今さら怖気づいているとか?
それとも何? そんな中途半端な地位が惜しくなったの?
私のこれまでの苦労や我慢を、無駄にするつもりなの?
……ふざけないで。
そんなこと、絶対に許さない。
ここまで来るのに、私が一体どれだけ——。
「——わかった。男に生まれた以上、頂上は目指さねぇとな」
——そうよ、それでいいの。
お願いだから、変に冷や冷やさせないで。
私も人間なの、そろそろ顔に出ちゃいそう。
「ええ。それでこそ、私のお慕いする【嵐王】ゲイル様です」
そうやって馬鹿みたいに、しっかり前だけを向いててちょうだい。
例え脳筋でも、 【嵐王】という〝戦力〟だけは必要なんだから。
「だが一つ、これだけはやってもらう。話はそれからだ」
——何かしら?
これ以上、余計な仕事は増やさないで欲しいのだけど。
「なんなりと」
「次の〝S級会合〟の一週間前までに、お前の言う外部協力者三名を俺の眼の前に連れて来い」
「……! あの、お言葉ですが……そちらは私に一任していただけるというお話では——」
——何で今さら? 全く気にしていなかったじゃない?
なぜ十人も居る〝最高戦力〟から、わざわざあなたを選んだかわかる?
武力と野心っていうだけなら、まだいくらかは居たのよ?
あなたが度を越した脳筋だからでしょう?
難しいことは考えず、いつも通りその〝拳一つ〟でいいじゃない。
私はあなたの、そういうところを買ってるのよ?
いちいち時間の無駄だから、その回らない頭を回そうとしないで。
私が大丈夫って言ってるんだから、余計な事は考えなくていいの。
私に任せてくれれば、何も問題は無いのよ。
「気が変わった。——第一、事が事だ。この眼で実際に見て、信用に足るかどうか判断する」
(そんなことして、ミクスに情報が漏れたら終わり……〝協力者〟は最重要機密なのよ——!?)
——そもそもね、そんな簡単な話じゃないの。
〝協力者〟って言っても、私が私のために上手く誘導してるだけ。
協力している気がない人間も居るし……現状ではまだ、いつどう転ぶかもわからない。
そんな状態で会わせるのは、危険が大き過ぎる。
(でもこの眼……本気ね——)
——マズいわね。
早く決断しないと……仮に、会わせる場合はどうする?
アレとアレは、すぐにでも引っ張ってこれるかしら?
(……でも、〝アイツ〟だけは——)
次の会合までは、約二週間……ダメね。
一週間以内に招集するのは、どう考えても難しい。
「……承知しました。ですがもし、何らかの事情で叶わなかった場合は?」
「今月の会合では仕掛けず、翌月の会合で仕掛ける。例外は無しだ」
——本当にバカなのね、それじゃ遅らせるだけ無駄じゃない。
一体それまでに、何度ハルメニアと交戦になると思ってるの?
間違いなく兵は減っていく……《魔力吸収》だって、もう居ないのよ?
こんなことなら、直前まで切らずに——。
(まさか……私の計算違いだったとでもいうの——?)
——まぁいいわ、あの【悪魔】はもう居ない。
多少兵が削れたとて、使役魔獣で補完も効く。
万単位までいくと厳しいけど……流石にそこまではいかないわよね?
……あぁーもう! どうしてこんなことになったの!?
全て上手くいっていたのに! 私は何も間違えていないのに!
(でも何にせよ……やるしかない! どんな手を使ってでも、私はやり切る——!)
「——仰せのままに。では、私は準備に入りますので。失礼致します」
私はゲイルに軽く一礼し、背を向ける。
(急がなくては……まずは、一番面倒な〝アイツ〟ね。どうにか連絡を繋いで——)
「おい待て、ターニャ」
ガタッ——。
——後方で、ゲイルが立ち上がった音がした。
(まだ何かあるの? こっちは忙し——)
「そう根を詰めるな」
背後からゆっくりと、足音が近付いてくる。
私は足を止め、振り向きざまに頭を下げる。
「ご心配ありがとうございます。ですが私なら——」
——眼を疑った。
にやけ面のお猿さんが、おもむろに持ち上げた右手——。
クイッと倒した親指が、さらに奥の間を指している。
私に『戻れ』と言っている。
(自分で急かしておいて……ふざけているの——?)
……まさかね。
あのね、私疲れているの。
しかも、あなたのせいなのよ? 冗談も大概にして。
頭まで筋肉で出来ていると、そんなこともわからないのかしら。
「お気持ちは嬉しいのですが、戦場から直帰のため湯浴みもまだですし……深夜にまた来ますので——」
「ダメだ、今だ」
グイッ——!
ゲイルは私の腕を掴み、強引に寝室に引き込む。
「ちょ、お待ちくだ——きゃっ」
ぐるん——、と視界が回った。
ふわっとベッドに放られた私は、流れるように押し倒される。
(何が【嵐王】……! これじゃ【猿王】じゃない——!)
——ダメ、今は一刻一秒を争う。
お盛んなところ悪いけど、こんなことをしている暇なんて無い。
「ゲイル……様、んっ——」
——強引に重ねられた唇に、私の言葉は遮られた。
数秒……そのままで居たあと、ゲイルがゆっくりと顔を離す。
「お前のことは信頼している。——だが、協力者はまた別の話だ。ただの戦じゃない……国を奪りに行くんだ。事が大きすぎる」
……わかってるんなら、さっさとその手を離して。
あなたが会わせろって言ったんでしょう?
「仰る通りです。ですから、急がないと……んっ——!」
ゲイルが再度、私の口に蓋をして——。
今度はすぐに、私の身体を抱き締める。
「失敗すれば、全てを失う……お前もだ。俺の気持ちもわかってくれ」
——確かに、私から近づいた。
この力を利用するために、あらゆる手段を使って取り入った。
考え得る限り、できることは全てしてきた。
相手は国内最強にして、頂点に君臨する〝君主〟。
十字制筆頭【光妃】ミクス・ティア・クロード——。
それに対する手駒として、これ以上は無いと思った。
その身から溢れても、隠そうとしない野心があった。
すべてを力で解決できてしまう、圧倒的な武力があった。
故に入り込んだとて……私の思い通りに動かせる、その自信があった。
もちろん、それは今でも変わらない。
「……ターニャ、愛してる——」
ゲイルがたまたま〝男〟で、私が〝女〟だっただけの話。
だから当然のように、この身体も使った……何度も——。
(愛……してる——?)
……本気で言っているの?
違うわよね? お互い、利用しているだけでしょう?
「私……も……です——」
——いいえ、実際そんなことはどうでもいい。
やっと……やっとここまで来たのよ。
警戒されないように、ずっと我慢してきたじゃない。
機嫌を損ねないように、ずっと相手してきたじゃない。
(ここで撥ね除ければ……全てが無駄になる——!)
——もういい、早く終わらせよう。
私には、やらなきゃいけないことがある。
例えこのあと、何を犠牲にしたとしても。
どんな手を使って、誰に恨まれようとも——。
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