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10話 13番隊隊長~チャン・K・チャンドラ~

 練兵場の入口付近——。

 倒れ込んだユリの奥から、モクモクと砂塵が巻き上がっている。

 


 バチッ……バチバチッ——。



 ——その砂塵の至る所で、雷撃の残光が(ほとばし)っている。


(雷魔法……か——?)


「ユリさん!」

 

 一目散に駆け付けたチャンが、ユリの身体を抱き上げた。

 

「大丈夫? 怪我はない?」


「ひぃ~……。だ、大丈夫そうですぅ……」


 チャンは素早く肩を貸し、急いでユリを立ち上がらせる。


(……良かった、怪我は無さそうだな——) 


「ユリさん、早く向こうへ!」


「は、はいっ」


 チャンは俺と眼を合わせると、黙って小さく頷いた。


(ユリを守れ……ってことか)

 

 走り出したユリの奥で、チャンが入口に向き直る。


 俺も数歩前に出て、駆け寄って来たユリの前に出る。

 

「そのまま後ろに居るといい」


「は、はい! ありがとうございますっ」


 だんだんと晴れてきた砂塵——。

 その奥から、うっすらと人影が浮かび上がる。


「【S級部隊(ファミリア)】の詰め所に攻め入るなど……命知らずのバカが居たもんだな」


「ははは、とんでもない猛者かもしれないよ」


 俺の横まで退がってきたチャンが、余裕そうに笑っている。

 

(チャンで事足りるとは思うが……一応、出れるようにしておくか——)


 俺は念のため、左腰のリベリオンに手を添える。


 そして敵が砂塵から姿を現した、その瞬間——。





「……あっ」

「……んん?」

「……え?」





 ……一瞬だが、俺たちの時間は確実に止まった。




 うん、見覚えがある。




 そして待て。

 もう一撃繰り出そうとするのはやめろ。



「アル! 大丈夫!? 敵なの!?」


 足元に展開された金光の魔法陣が、その様相を照らし出す。


 鬼気迫る形相のアテナが、両手を前に突き出している。



 バチバチッ……バチッ——!



 ——(てのひら)(まと)われた雷撃が、今か今かと暴れている。

 

「……バカの方だったか——」


「なっ……!」


 ——サッと両腕を下ろしたアテナが、こちらに駆け寄って来る。

 巫女は手前で立ち止まると、チャンにユリに……と、何度も視線を入れ替えた。

 それにつられるように、二人もキョロキョロし始める。

 

 やがて三人は、俺の方を見て固まった。


「えっ、なに? どういうこと?」


 アテナがきょとんとした顔で、俺に問い掛ける。


「……それはお前だ、派手にぶっ放しやがって——。一体どういうつもりだ」


「いや、使ったでしょ? 〝リベリオン(それ)〟」


 巫女は首を傾げると、俺の左腰を指差した。

 その表情には、一切の淀みも感じられない。

 まるで『当たり前でしょ』と言わんばかりだ。


(まさか……〝リベリオン(こいつ)〟の発動を感知したのか——?)


 ——だとしても、一体何が言いたいんだ?

 あまりの魔圧(まあつ)に、びっくりしてすっ飛んで来たってことか?


「ははは、何か驚かせたならごめんね。俺がアルカに頼んで、模擬戦してもらってたんだよ」


 何だか噛み合わない俺たちを見かねてか、チャンが割って入ってきてくれた。


(驚いたのはこっちなのに、逆に謝るなんて……なんていいヤツなんだ——)


 ——でもやっぱり、あれだけ派手にやられてるんだ。

 ここは甘やかすべきじゃない、キレていいと思うぞ。


「まぁそういうことだ。確かに使ったが、俺はあくまで()()()()()だ。お前のように迷惑を掛けたわけじゃないから、安心しろ」


「ほら使ったんじゃーん! て……迷惑?」


(こいつ……この期に及んでシラを切るつもりか——?)


 何も言わないチャンの代わりに、俺は練兵場の入口を指差す。


 その行方を追ったアテナが、ゆっくりと振り返る。


「……」


 巫女は無言のまま、向こうを見つめている。


 完全に砂塵の晴れた入口付近は、見るも無残な光景だ。

 アテナが無理やり突破してきたことで、その辺に瓦礫が散らばっている。

 明日からしばらくの間、練兵場は開け放たれたままになるだろう。


「……」


 黙ったままのアテナが、クルっとこちらに向き直る。


 だがよく見ると、その視線はアワアワと宙を泳いでいる。


「……あー、そうだったの~。あはは~……」


 余程焦っていたのか——。

 どうやら、今さらながらに色々と悟ったようだ。



「「……」」



 全員の視線が、そんな眼前の巫女に注がれる。

 

「ごめんなさい」


 その視線から逃げるように、アテナがペコっと頭を下げた。


「いやいや、気にしないで」


 それを見たチャンが、優しく微笑み返す。


 なんて良いヤツなんだ、本当に。


「てゆーかアル! それはむやみに使わないでって言ったじゃん!」


 行き場のなくなった巫女が、キッと俺を(にら)み付ける。


「いや、言われてないが」


「ぐぬぬ……そうかもしれないけど! 敵襲とかならともかく、模擬戦程度ならやめてね! あと街の中とかも禁止! わかった!?」


(そ、そうかもしれないんかい……)


 巫女は自分のしたことを棚に上げ、ここぞとばかりに畳みかけてくる。



 ——だが、その横暴を許そう。



「あ、あぁ。わかった」


 やはり残念なのは間違いないが、その眼は真剣そのものだった。

 きっと俺が知らないだけで、相当な事情があったはず……に違いない。

 一応反省はしているみたいだし、今回は素直に聞いておいてあげよう。


「で、用事は終わったのか?」


「え? まだ。また後で来るわねっ」


 アテナはもう一度二人に謝り、そそくさと出ていった。

 なんと(せわ)しない……まさに嵐のような女だ。


「色々とすまなかったな、二人とも」


「ははは、大丈夫だよ。あんなに心配してくれて、出来た嫁さんじゃないか。(うらや)ましいよ」


「えっ? 奥さんなんですか?」


「違う」


 ——やめろチャン。

 そんな(いわ)れの無い……何故そう思ったんだ?

 俺は天涯孤独の流れ者、家族どころか友達の一人すら……いや、やめておこう。

 もしかしたらこの二年の間に、色々出来ていた可能性はある。

 

 ……そうだ、そうに違いない。

 そういうことにさせてくれ。


「ははは。もしかしたら外の皆も驚いてるかもしれないし、ちょっと様子を見てくるよ」


 なぜか機嫌の良さそうなチャンは、言うだけ言って外に出て行った。

 嫁疑惑の誤解は、ちゃんと解けた……のか?


「あの……アルカさん、ありがとうございました」


 そう言ってユリは、俺に深く一礼した。

 その勢いで、ポニーテールがふわっと()ね上がる。


「何がだ? 礼を言いたいのは俺の方なんだが」


「いえ……あんなに生き生きとしたチャンさんは、初めて見たので」


 顔を上げたユリが、嬉しそうに笑った。


「そうなのか? いつもあんな感じじゃないのか?」


 常に笑顔を絶やさず……あれだけ器もデカいんだ。

 人生何事も、前向きに楽しんでいそうだが——。


「それはそうなんですが、ファミリアはとても大きな組織なので……。何というか、色々としがらみのようなものもありまして——」


 ——チャンの人柄は、こと人付き合いにおいては間違いなく問題じゃない。

 むしろ好感度は高いはず……〝人生一人旅〟の俺でも、それぐらいはわかる。


(何かあるとすれば……やはり()()か——)


「それは……チャンが人を斬れないことと関係があるのか?」


 ユリは驚いた表情を見せたあと、フッと沈んで(うつむ)いた。


「——やっぱり、わかるんですね。優しい人なんです……優し過ぎて、それが出来ないみたいで。対魔獣なら、全然平気みたいなんですけどね」


 その辺の名も無き部隊ならいざ知らず——。

 ファミリアが【六神盾(ゼクスシールド)】である以上、魔獣討伐だけしていればいいわけではない。

〝ハルメニア戦線〟……つまり、対人戦闘は避けられない。

 例えどんなに硬かろうと、()が斬れないんじゃな……肩身が狭い思いをするのは、容易に想像できる。


「〝使えない〟とか、 〝臆病者〟とか言ってくる方も居るみたいで……。当の本人は、いつも平気そうに笑ってるんですが——」


 ——やはりそんなところか。

 だがそれは、ある意味必然とも言える。

 組織が大きくなればなるほど、様々な思想や理念が入り混じることになるからだ。

 きっとそういう目線でしか、物事を見られない奴も出てくるだろう。

 大部隊に所属している以上、それはわかっていそうなものだが——。


「でも〝隊長〟なわけだし、団長(ハクツル)には認められてるってことなんじゃないのか?」


「それについてはどうやら……〝前線から離れてまで、私たちアズリア人をまとめて面倒見てくれるような人が他にいなかったから——〟みたいなんです。13番隊とは名ばかりで、本隊は12番隊までという扱いなので——」


 ——なるほど。

 前線には出ずに、保護したアズリア人を守るためだけの〝厄災後新設部隊〟というわけか。

 確かにここまで国境から離れれば、ハルメニアとの対人戦闘になることもないだろう。


(手を挙げたのか、挙げざるを得なかったのか……(ある)いは——)


「ですから、強い人はみんな前線に配属されているので。ろくに稽古をつけられるような相手も居ないんです」


「なるほど……それで『あんなに生き生きとした』というわけか」


 ユリは俺と眼を合わせたまま、小さく頷いた。


「アルカさんも、お気持ちはわかるんじゃないですか? それだけお強いなら」


「強いかどうかはさて置き、俺はずっとひと——アテナと二人旅だからな。まぁ〝高め合える仲間〟が居ないのは、確かに俺も同じことだ」


 ルール、立場、環境。

 それに付随して発生する、しがらみに葛藤——。

 俺も散々な思いをしたものだが……これだけ慕われている隊長(チャン)ですら、大変なんだな。


 ——いや、チャンの場合はまた違うか。

 俺とは正反対の人間性や境遇(きょうぐう)が、そのまま真逆の悩みや問題を生み出しているのかもしれない。 

 そう考えると、俺はまだ楽だったのかもな。

〝孤独〟ってことは、ある意味〝自由〟ってことなのかもかもしれない。


「きっと本来、こんなところにいるような人じゃないんです。そう思いませんか?」


「どうだろうな。結局のところ、選択するのは自分自身だ。周りがなんと言おうと、思おうとな。今ここに居るのも、チャンの出した答えだろう」


「そうなんでしょうか……。私たちアズリア人が、チャンさんを縛り付けているような気がして——。ああいう人ですから、そもそも選択肢なんかあったのかなって」



 ——何故、こんなことになったんだろう?



 気づいたら見知らぬ場所、見知らぬ人。

 抜け落ちた記憶、二度と戻れない故郷——。



 ……一体、アズリア人(おれたち)が何をしたって言うんだ?

 どうしてユリが、こんな風に苦しまなければならない?



「お待たせ~! 皆には説明してきたから、大丈夫だよ。アルカ、まだ出来る?」


 ——戻って来たチャンは、相変わらずの笑顔だ。


 俺はもう一度、その表情に眼を向けてみる……が、わかるはずもなかった。

 そもそも俺とチャンは、昨日今日出逢ったばかりなんだ。

 そんな男の陰りなど、感じ取れるわけが無い。


「あぁ。リベリオン(こいつ)は使えないが」


「ははは、構わないよ」


 ——幸いなことに、ここにはたくさんの武器が常備されている。

 色々と手に取って試していけば、別の形態を思い出せるかもしれない。


「ユリさんありがとう! もう戻って大丈夫だよ」


「はい! それでは失礼します」


 チャンに一礼したユリが振り返り、俺にもペコっと頭を下げる。

 俺が小さく頷くと、ユリはニコッと微笑んだ。


 クルっと向きを変えたユリが、入口の方に歩いていく。


 美しい金髪のポニーテールが、右に左に……満足そうに笑っている。



 ——なんだよチャン、出来た嫁が居るじゃないか。

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