79話 集結の紫電~背中合わせの最高と最強~
敵が散開した戦場には、もはや障害と呼べるものは何もない。
俺はミリーを背に抱えたまま、ヴァンの元へ一直線に駆け抜ける。
「きゃっ」
俺の腰に回されているミリーの左足が、時折ずり落ちる。
「すまんが、左腕がもうイカれててな……右足しか抱えられない。なんとか落ちないように掴まっててくれ」
「本当に申し訳ありません。……私、大変なご迷惑を——」
……この左腕のことを言っているのか?
それとも単純に、暴れまくったことについてなのか?
「〝自我が無くなる〟と聞いたが、記憶はあるのか?」
「所々飛んではいますが……〝音と映像〟として、基本的には残っていますわ」
ということは……意識はあるってことになるな。
だがそうだとすれば、その仕様は辛すぎる。
「自分の身体は言うことを聞かず……手当たり次第に斬っていくのを、ただただ見ているだけということか?」
——例えそれが、味方だったとしても。
「そういうことになりますわね。いつもでしたら、そうなる前に納刀して繋ぐのですが……今回は、状況が状況でしたので——」
(増援に次ぐ増援……刀を収める暇も無かったということか——)
しかしそれでは、諸刃の剣もいいところだ。
いくら強力な武器とはいえ、あまりに危険が高すぎる。
そういった意味では……何となくだが、リベリオンと通ずるところがあるな。
「そうだな、今回は敵が多すぎた。ちなみに、正気で居られるのはどれぐらいの時間だ?」
「久々だったからか、今回は気づいた時にはもう——。いつもなら、もう少し持ちますわ」
……そういうことなら、まだやりようはありそうだな。
仮に暴走したとて、解呪の方法もある。
確かにミリーは、しばらく戦場を離れていたんだ。
戦闘勘さえ取り戻せれば、大した話じゃないのかもしれない。
「そうか、覚えておくよ。だが、何だって俺を〝鍵〟に——」
ぎゅっ……。
軽く回されていたミリーの両腕が、俺の首元に巻き付く。
(……まぁ今さらだな。そっとしておくか——)
——自分を責めているんだろう。
どんな事情があるにせよ、仲間を斬ったんだ。
しかもこの手には、その感覚が残っているんだろう?
そしてその眼にも、はっきりと焼き付いているんだろう?
……ならば今、俺は何も言うべきじゃない。
言葉は届かないし、何の意味も為さない。
その苦しみも絶望も、ミリーだけのものだ。
俺はもちろんだが、リズにもお前は許される。
それもきっと、わかっているんだよな。
だからこそ、そんな自分を許せないんだよな。
(俺が逆の立場だったなら……立ち直れないかもしれないな——)
——俺もいつか、そんな日が来てしまうのかもしれない。
自分が斬ったものに、憂いを残してしまう日が。
このリベリオンで、大事な何かを傷つけてしまう日が。
「だっ、旦那様。その……リィは——」
消え入りそうなか細い声が、かろうじて俺の耳に届いた。
——そりゃそうだよな。
自分が負傷させたことに加え、相手は〝字持ち〟だ。
いくら【剣聖】とはいえ、流石に心配にもなるだろう。
「大丈夫だ、まだそういう報告は入ってきていない。——そもそも、想像出来るか? あのリズが、誰かに敗られるところなんて」
「そう……ですわね——」
(……少し間が空いたな? 何か懸念があるのか——?)
ドオォォォォン……。
次第に大きくなってきた戦闘音により、意識が戦場に引き戻される。
ミリーを抱える右手に、自然と力が入る。
「……見えてきたな、どうやらあそこらしい」
巻き上がる砂塵の中に、いくつもの巨大な影が見える。
(あれは……岩壁か——!?)
『ナツキ、どういう状況だ!? チャンの相手はスズカじゃなかったのか!?』
——間違いない、あれはチャンの土魔法だ。
一体どういうことだ? 何故チャンがあそこに居る?
リズはどうした? 押し込まれているのか?
だとすれば、ミリーをあそこへ連れていくことは——。
『ご心配なく! アルカ様が破廉恥女を回収した時点で、チャンさんとリズさんが〝配置替え〟する手筈でしたのでっ』
(……そうか、良かった——)
——俺は大きく息を吐き、再度前方を確認する。
ここから見る限りでは……確かに、大丈夫そうだな。
チャンを囲む敵兵の数は、それほど多くはない。
リズのことだ、あらかた片づけたんだろう。
(となると……あとはチャンが二人を守りながら、ブランシュルーヴで回収する流れか——)
『なるほどな。ということは、俺は——』
『はい! 破廉恥女はチャンさんに預けて、 【嵐殺】の元へ向かってくださいっ』
——また逢えそうだな、スズカ。
どうだ? リズの相手は辛いだろう?
流石に俺の時ほど、余裕では居れないはずだ。
何せそいつは、アーレウスで最も〝字持ち〟に近い女……【剣聖】リズレット・バレンタインなんだからな——!
(俺の出る幕など無さそうだが……待ってろリズ、すぐに行く!)
『了解だ! ミリーをチャンに引き渡す!』
ダッ——!
俺は敵兵の隙間を掻い潜り、砂塵の中心を目指す。
並び立つ岩壁……その奥に、厳つい《大地盾》が浮かび上がる。
「……いいかミリー、チャンの言葉は俺の言葉だ。ちゃんと言うことを聞いてくれ」
「わかりましたわ。旦那様……お気をつけて」
「大丈夫だ、何も心配するな。リズを迎えに行ってくる」
……一人、また一人——。
俺はチャンの視界を意識して、敵兵の中をすり抜ける。
「……! アルカ!」
ザンッ!
俺に気づいたチャンが、大楯を地に突き立てる。
そしてすぐさま、こちらに向けて両手を差し出した。
(そうだ相棒……それでいい——!)
その両手目掛けて、俺は敵陣を駆け抜ける。
そしてそのすれ違い様——。
俺はミリーを抱えていた右手を離し、チャンの方にグッと背を回す。
ふわっ——。
背中が軽くなったのと同時に、俺は後方に振り返る。
「任せるぞ……〝聖騎士〟!」
「うん! 行って来い……〝隊長〟!」
ミリーを抱えるチャンと視線を交わし、俺はそのまま走り抜ける。
「はっ〝白狼〟だー!」
「逃がすな!」
「スズカ様の元へ行かせるなー!」
やっと俺に気づいた敵兵たちが、声を上げ始める。
「押し通る! 〝リベリオン〟——!」
——紫光が漏れ出し、紫煙が立ち込める。
「【抜刀一刀流】——、 《風切》!」
ブワァン————ッ!
「ぐわあああっ!」
「ぎいやあああああ」
正面の敵兵たちが、まとめて吹き飛んでいく。
それにより、その先の景色が露になる。
ここからそう遠くない距離に、敵部隊が展開している。
(円陣……あそこか——!)
——中心に居るのが化物で、気が抜けないんだろう。
向こうの敵兵たちは、まだ俺に気づいていない。
この距離なら、捕捉される前に先手が打てそうだ。
「このまま切り込んで……最短距離で行かせてもらうぞ——!」
ダッ——!
俺は思い切り踏み込み、円陣との距離を一気に詰める。
(密集陣形……掻い潜るのは難しいか! 斬り抜けた方が早い——!)
「後ろからで気が引けるが……お前たちも、数千で女一人を囲んでいる。——許せよ!」
ザッ!
俺は敵陣の背後に到達し、深く腰を落とす。
同時に、左腰のリベリオンを強く握り込む。
ズパッ!
「……えっ?」
斬り抜いた敵兵が振り返るより早く、俺はその先に躍り出る。
ズバァッ!
「なっ——」
二人——。
ズパァッ——!
「ぐはぁっ」
三人——。
俺はとにかく一直線に、進路上の敵を斬り続ける。
そうして斬り進み、何列か突破した先——。
カッ——。
俺は一瞬、眩い光に視界を奪われる。
バチィッ——!
——円陣の中心で、雷光が踊っている。
「……居た! リズ——」
ギュルルルルッ——!
(っ! この音——!)
俺は音のする上空に視線を移す。
紫光を纏った二つの円輪が、大きく弧を描き——。
リズに吸い寄せられるように、ガクンと急降下した。
「……っ!」
察知したリズが、その方向に向き直った瞬間——。
その背を目掛けて、敵陣からスズカが飛び出した。
〝……そうね。でも、負ける気がしないもの〟
(リズ……今こそ! それを〝確信〟に変えてやる——!)
ダッ——!
スズカに少し遅れて、俺も敵陣から抜け出す。
「くっ……【嵐殺】——!」
スズカの急襲に気づいたリズが、後ろに身体を捻りかける。
「そのままだ! リズ!」
「……!」
一瞬視線を重ねたリズが、素早く前に向き直る。
ギィンッ! ギィンッッ!
視界の外から二撃——、金属の衝撃音が鳴り渡る。
ギィィィィンッ——!
スズカが振り抜いた三本目の円輪と、俺のリベリオンが重なる。
「……! キミは——」
「また逢ったな……スズカ!」
タッ——。
スズカは瞬時にリベリオンを弾き、後方に飛び退く。
「おっと——」
その反動で押し出された俺の身体が、二、三歩後方によろめく。
トンッ——。
数千の敵に囲まれたこの戦場で、絶望が希望に昇華する。
リズの背に押し出され、俺はその場に踏み止まる。
「おかえりなさい〝白狼〟。やっぱりあなた……〝最高〟ね」
——何とも恐れ多い、それは俺のセリフだ。
(だが……余計な問答は後回しだな——)
「……流石だな、リズ。——やっぱりお前は〝最強〟だ!」
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