シンガリ、アルカのお仕事~雨あられ~
『そういうわけで、ごきげんよう——』
——雨あられ。
いつもと同じ光景だ。
自陣の空から、無数の矢と攻撃魔法が飛んでくる。
ただ、いつもと少し違うのは——。
その矛先の全てが、俺に向いているということだ。
♢♢♢
~少し前~
——アーレウス北東、国境戦線。
今日も今日とて、爆発音が鳴り渡る。
隣国との衝突が続く、国内有数の激戦地である。
「もう日が落ちるな……今日はこのまま待機か」
戦域から少し外れた、丘の中腹。
ここからは、戦場全体が見渡せる。
敵軍一万の侵攻に対して、味方部隊七千での迎撃戦。
今月二度目の局地戦は、夜明けと共に始まった。
戦力差はあったものの、戦況はさして悪くない。
戦線は膠着したままで、どこも大きな動きはない。
まぁ開戦初日だ、こんなものだろう。
(ここに来て三か月か……あっという間だったな——)
——何故かそんなことが、頭を過った。
本当にわからない、至極どうでもいいことだ。
基本は仕事の毎日だ、馳せる想い出の一つも無い。
となれば今は、眼の前のことに集中しよう。
遅かれ早かれ、俺にも出番はやってくる。
少しでも気を抜けば、その瞬間にあの世逝きだ。
「さて……もし今日出るなら、そろそろだが——」
『アルカ、頃合いよ。いつも通りお願いね』
前線指揮官であるターニャの声が、脳に直接響いてくる。
(《遠隔伝心》……作戦開始か——)
——相変わらず、便利な魔法だ。
これだけ離れていても、こうして交信できるなんてな。
『了解した』
〝獅子に蛇〟——。
我が自国軍、第六師団の隊旗が後退していく。
(珍しいな、初日で……しかも夕刻とは——)
敵軍は削り切れていないし、これから視界も悪くなる。
明日で良い気もするが……そこもどうでもいいことか。
撤退を判断するのは、俺の役目ではないしな。
『今日も見せてもらうわね。撤退戦のエキスパート【殿】アルカの欺きっぷり』
『……何だか棘のある言い方だな』
——いや、珍しい事でもないか。
この女はいつも、一言も二言も余計だ。
『あら、ごめんなさい。では後ほど——』
ターニャが伝心を解いたことにより、交信が途絶える。
「——ちっ」
流石アーレウスの誇る【S級部隊】の指揮官様だ。
〝御託はいいからさっさと行け〟とは、まさに将校の鏡。
「当然の如く、謝意のひとつまみすらも無いとはな」
俺はゆっくりと、地獄に眼を向ける。
——眼下の平野を埋め尽くす〝三つ爪に龍〟の敵軍旗。
遠く前線の方では、幾多の遠距離魔法が炸裂している。
そのほとんどが、敵軍によるものだ。
撤退を始めた自軍に対しての、怒涛の追撃。
止まぬ爆撃と夕焼けが、戦場の空を焼き尽くす。
(時間も時間だ、敵軍は一旦退く可能性もある——)
——が恐らく、ターニャの判断は正しい。
その読みどおり、今日中に勝敗をつけに来るだろう。
何せ前回、あれだけこっぴどくやられているんだからな。
まさか二戦連続で、無様に潰走するわけにもいくまい。
……まぁ残念なことに、今回もそうなるわけだが。
「戦線が押し込まれ始めたな……やはり来るか」
敵軍は今、全軍が前のめりになっている。
この調子なら、後方から合流するんで良さそうだ。
『〝殿〟アルカ・キサラギ、出るぞ』
パンッ!
俺は手綱を引き、騎馬と共に茂みから飛び出る。
何度も着ているが、この兵装には慣れないな。
鎧は重く動きづらく、鉄仮面は視界も悪い。
致命傷は負いにくいが、何とも機動性に欠ける。
(よく戦えるな、こんなものを着て——)
——そうこう巡らせている内に、敵軍後列に追いついた。
敵軍の勇ましい伝令が、戦場を飛び交っている。
「《猛襲陣形》! 攻撃の手を一切緩めるな!」
「《猛襲陣形》ー! 魔攻隊、構えー!」
(〝勝利は目前〟……と言ったところか——)
——流石は軍国ハルメニア、その統一軍。
今日も美しい程に、部隊間の連携が取れている。
おまけに士気は最高潮、魔力の出し惜しみも無し。
追われる方は、気が気じゃないだろう。
「……少し急ぐか」
俺は隊列の動きに合わせ、敵軍の中を泳ぐ。
味方兵との剣戟をいなし、簡単な魔法を散らす。
ある程度慣れはしたが、危険なことには変わりない。
この仕事を任された当初は、瞬きすらも躊躇した。
実際何度も殺しかけたし、危うく何度も死にかけた。
開戦と同時に、単騎別行動。
主戦場の大外を、気づかれぬよう忍び駆ける。
敵陣内に侵入後、最端所定の位置で身を潜め——。
自軍の撤退の合図と共に、独り裏から敵軍に潜入。
常にありとあらゆる不安や、懸念が交錯したものだ。
潜入がバレたら。
味方を斬ってしまったら。
味方に斬られたら。
離脱に失敗したら。
(このまま……見捨てられたら——)
「ちっ! 魔力切れだ!」
「ダメだ! 馬が限界だ!」
——大方の想定どおり、中列域がダレ始めている。
これならそろそろ、次の段階に入ってもいいだろう。
敵軍は練度こそ高いものの、隊列にはひねりが無い。
前から重装騎兵、中遠距離攻撃兵、魔法兵と続き——。
後方部隊は支援兵、補助や回復に特化している。
一人一人は大したことはないが、集団なら話は別だ。
部隊単位で囲まれれば、前列はまず崩せなくなる。
(支援部隊のせいで、いつも戦闘が長期化するんだよな——)
——だが、それだけの話だ。
むしろこの作戦においては、逆に好都合。
殲滅力が無い兵どもが、前で集まってくれるんだからな。
このまま引き連れて、丸ごと前線に引きずり出す。
「戦況は押している! 前列の負傷兵は、後列と入れ替われ! 無理に突っ込んで散っては、帰りを待つ家族を泣かせるぞ! 蛮勇と英雄を履き違えるな!」
俺は風魔法を使って、なるべく広範囲に届くように叫ぶ。
「すまない! 後退する!」
「大丈夫か!? 早くこっちに来い!」
「……くそっ! こっちもだ!」
「あとは任せろ! 魔力はまだまだ残ってる!」
敵部隊の隊列が、パラパラと入れ替わり始める。
——俺にはわからない、家族など居ないからな。
だが経験上、この家族が一番効く。
勝利目前の前衛は、戦場を舞う血飛沫に侵される。
そんな戦闘狂すらも、何割かは現実に引き戻せる。
「お、俺は行く! 後を頼む!」
「まだだ! 俺はまだやれるぞ!」
(……警告したぜ、俺は——)
勝手に散ってもらう分には、一向に構わない。
お互い仕事だからな、遅かれ早かれだ。
『中核の首尾はどう? そろそろバタバタ倒れている頃かしら?』
——ターニャか。
この辺は……そうだな、もう充分か。
『あぁ、次の段階に入っていい』
『仕事が早くて助かるわ。ではこちらも、もう一列後退するわね』
今のところは、特に問題も起きていない。
この分なら今回も、やれ滞りなく終わりそうだ。
「……さて、俺も移動だな」
俺は乱戦の隙間を縫うように、前線へと騎馬を走らせる。
「やはり……苛烈だな——」
——最前線。
敵軍の前列は、味方部隊の遠距離迎撃を受けている。
激しい弾幕のせいで、開いた戦線が縮まらない。
もはや立場は逆転……追撃はおろか、防戦一方だ。
この段階になると、ここより先へは進めない。
つまりそれは、線引きが終わったことを意味する。
(今前線にいる味方兵は、もう助からない……)
……だがそれも、俺の判断することではない。
そもそもそんな余裕は無い、他人の心配など。
ここからは逆のやり方で、敵軍の損壊率をさらに上げる。
満身創痍の脳筋を、要所要所で押し上げる。
「ここを突破すれば、アイオーンの指揮官を叩ける! 思い出せ! 何のためにここにいる!? 散っていった同志の想いを無駄にするな!」
俺は先程と同じように、風魔法に乗せて叫ぶ。
「くっ——、ひるむな! 前に出るぞー!」
「踏ん張れ! 勝利は目の前だ!」
まんまと煽られた兵たちが、ちはほらと飛び出していく。
それに連なり、隊列が徐々に乱れ始める。
——俺にはわからない、いつも独りだからな。
だが経験上、この同志が一番効く。
もはや最前線まで来れば、先ほどの中域とは訳が違う。
一歩間違えれば死ぬ、そんな混沌の中——。
共に戦い散っていった、戦友の顔を思い浮かばせる。
それだけで〝離脱〟の二文字は消え失せる。
「お、俺は……!」
——すると、どうなるか?
「く……うわあぁぁぁ!」
彼らはついに、本当の意味で理性を失う。
「ぐわああああ!」
〝脳筋〟は昇華し〝弾丸〟となる。
「〝字持ち〟は居ねぇんだ! 怯むことはねぇ!」
一人、また一人……次々と防衛線を飛び越える。
もはや誰一人、罠だとは考えもしない。
そして——。
——ドオオォォォンッ!
「ハルメニア……万歳ー!」
例外なく撃滅され、この地獄をさらに朱く彩る。
(これも一つの生き様、とでも言うのか——)
——その後も俺は、これを何度も繰り返す。
戦線に沿って騎馬を駆り続け、ひたすらに叫び続ける。
馬上で立ち上がり振り返れば、前線の崩壊は一目瞭然。
数多の歪な凹凸が、それを証明している。
「ダメだ! 防壁魔法が持たない!」
「おかしい……そんなに魔力消費の高い魔法は、使ってないはずなのに——」
やはり前線部隊は、アテられるのが早いな。
まぁあれだけぶっ放していたんだ、当然といえば当然。
しかし現代戦闘は、個々部隊問わず魔力に強く依存する。
ひとたび尽きてしまおうものなら、もはや石ころも同然。
『でも本当、敵さんには同情しちゃうわ。熱くなっている間に敵に潜入され、言葉巧みに操られ……ふふふっ。いいように引っ掻き回されちゃって』
急に繋げてきたターニャが、意地悪く笑っている。
しかしどうやら、指示や報告ではないらしい。
『独り言だな? 終わったら教えてくれ』
——順調過ぎて、笑いが止まらないか。
何せ発案者だもんな、このクソみたいな作戦の。
自分の手は一切汚さず、高みの見物……いい御身分だな。
人がどれだけ死んでるか、本当にわかってるのか?
『挙句の果てに、魔力まで吸い取られてるなんてね』
……まだ続くのか? こっちは戦闘中だぞ?
しかも敵陣のど真ん中、そこに〝単騎〟でだ。
『頼むから《遠隔伝心》は必要最低限にしてくれ。お前と雑談をしたいと思ったことは、これまでただの一度もない』
『あら、連れないのね。私はもっと、お話したいのだけど——』
俺はターニャを無視し、周囲をぐるりと見回す。
「あとは……頼んだ……」
「大丈夫か!? おい……おい!」
一人……また一人と、周囲の兵士が倒れていく。
(……ここは最前線だ、いくらでも人は死ぬ——)
——剣から矢から、魔法に至るまで。
その可能性は、いくらでも転がっている。
だが……こと今に関しては、この女の言ったとおりだ。
《魔力吸収》によるところが、大半を占めるだろう。
魔力切れによる弊害は、魔法の発動だけじゃない。
純粋な身体能力や体力にも、多大な影響を及ぼす。
完全に枯渇すれば、生命にも関わる。
つまり今……最前線はそういう状況だ。
「くそ……俺に、は……妻と……子供、が——」
「おい! おいっ……ちくしょうっ! 誰か! 医療班を寄越してくれ!」
——俺が直接、殺しているようなものだ。
『で、どうやって手に入れたの? その力』
『……生まれつきだと言ったろう』
『えー、残念。詠唱して単体になら私にもできるけど、戦闘中に使えるような代物じゃないしね』
(今日は本当にお喋りだな……何か良いことでもあったのか——?)
——まぁどうでもいいか。
何にせよ、付き合ってやる気もない。
『そろそろいいだろう、詰みだ』
もはやどう転んでも、戦況は覆らない。
ちゃんと言うとおりにやった、第六の圧勝だ。
もうさっさと終わらせて、一秒でも早く解放されたい。
この地獄のような戦場から。
『ええ——、そうね。 《魔獣隊》を放つわ』
『あぁ。到達次第、離脱する』
自陣の方から、砂塵が巻き上がり始めている。
魔獣たちが一斉に、戦場に流れ込んだ証拠だ。
「……っ! 何だあれは!?」
「魔獣の群れ……増援だ! げっ、迎撃陣形ー!」
敵軍の兵たちも、どうやら気づいたようだ。
次々と騒ぎ始め、慌てふためいている。
(〝字持ち〟の一人でも居れば、違ったかもな——)
——ともあれ、作戦はいよいよ最終段階。
ここから先は、ただただ悲惨な地獄絵図だ。
悪鬼の如き魔獣の群れが、荒波のように押し寄せる。
そしてその足と鼻で、退路を断ち喰らい尽くす。
その間降り注ぐ爆撃で、一気に地形が変わる。
カラァンッ——。
傍に立つ味方兵が、自陣を見つめて剣を落とす。
もちろん全部まとめて、骨も残さず蹂躙される。
(冥土の土産……にもならんか——)
「特攻する! 皆は援護を頼む!」
俺は最後にもう一度、敵兵達を鼓舞する。
パンッ!
俺は味方の陣に向け、騎馬を走らせる。
「やめろ! 死ぬぞ!」
「行くな! 戻れー!」
後方から、ハルメニア兵の声が聞こえる。
「……許せ」
駆け回る幾千の魔獣と、爆撃の嵐。
巻き上げられた砂塵で、前がほとんど見えない。
変形した大地に、馬の足が取られる。
俺はその中を駆け抜けて、そのまま戦場を離脱する。
今日の仕事も、これで終わり。
そういう手筈……だった——。
♢♢♢
~そして現在~
——雨あられ。
いつもと同じ光景だ。
自陣の空から、無数の矢と攻撃魔法が飛んでくる。
ただ、いつもと少し違うのは——。
その矛先の全てが、俺に向いているということだ。
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