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魔王さえいれば  作者: Liu-Ⅱ
第一章 オストドルフ一揆
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取り付け騒ぎ

結局、アルフレートは終日顔を出すことはなかった。

ヘルマンとハンスはトラウム商会に行きたかったが、アルフレートを連れずに赴くのは憚られたので、断念せざるを得なかった。だが、日が明けると、ヘルマンがオストドルフに到着してから3日目となる。

一揆側の指定した“決行日”の前日だ。

いてもたってもいられず、ヘルマンは朝からトラウム商会へと向かうことにした。


トラウム商会の近くまで来ると、店舗の前に黒山の人だかりができていた。押し寄せた人々からは怒号が飛び交い、群衆は殺気立っている。

これはただ事ではない。


「ヘルマン様はここで待機していてください。様子をうかがってきます」

「頼む」


ヘルマンは建物の陰に身を隠しながら、周囲を警戒する。四方や屋根上にも目を配るが、怪しい動きは見当たらない。

勇者との冒険時代、初めて訪れる場所では、ヘルマンが威力偵察の役を買って出た。罠や伏兵の有無を見抜き、足跡などの痕跡から周囲を索敵するのは、経験豊富な戦士にこそ任せられるものだ。

密林や迷宮内での不意討ち対策に慣れたヘルマンには、この騒動が“組織された軍事的な行動”ではないことはすぐに見抜けた。それゆえに、いま起きている騒動が何を目的としたものなのか、見当がつかなかった。どうやら本当に、ただ人々が商会に押し寄せているだけのように見える。


だが、何のために?


店先にトラウム商会の親爺が出てきて何やら説明をしているが、群衆の興奮は収まる様子がない。

やがて人混みに紛れていたハンスが戻ってくる。


「どうだった」

「取り付け騒ぎです」

「……どういうことだ?」

大衆酒場(ビアホール)の店主がいたので、詳しく話が聞けました。州札が廃止されるとの噂が、庶民のあいだで広まっているようです。手持ちの紙幣が紙くず同然になっては困るので、皆、州札を硬貨と交換するよう商会に迫っていました」

「まさか、ただの噂だろう」

「ええ。商会の親爺殿が店先で“そのような噂は事実無根”と力説しています。ですが皆、信じきっているようです」


思い当たるフシは、あった。

ユストゥスの演説だ。

大衆酒場(ビアホール)で聞いた話を総合すると、ユストゥスが演説をしたのは、あの日に限ったことではない。側近たちに守られ、場所を移動しながら、下町の各所で連日にわたって演説を繰り返してきた。

そのなかで、つねに槍玉に挙げられていたのがトラウム商会であった。であればこそ、庶民のあいだに“姦商”への不信感が募るのは不思議ではなかった。

くわえて、市中には大量の偽札が出回っている。となれば、誰しもが州札より硬貨を手元に残したいと願うのは道理といえた。

つまるところ、金は信用そのものだ。

州札は信用できず、硬貨なら信頼できる。

そういう話であった。


トラウム商会の親爺と話す機会は得られそうもないと判断したヘルマンは、いったん代官屋敷に戻ることにした。

道中、都市の各所にもうけられた小口の両替所でも、同様に騒動が起きていた。いわば“本店”と“支店”で同時に取り付け騒ぎが起きたわけである。

この日、オストドルフの経済は完全にストップした。



代官屋敷は蜂の巣をつついたような状態だった。

どうすればこの取り付け騒動を鎮静化できるか、アンゲラ以下、屋敷中の者たちが善後策に追われている。この件に関してヘルマンとハンスは完全に部外者であり、彼らがアンゲラたちの協議に加わることはなかった。


夕方になってトラウム商会の親爺が代官屋敷にやってきた。庶民の追及の手を振り切るのに難儀したようだ。ヘルマンとハンスも同席して話を聞くと、トラウム商会としては州札と硬貨の交換には応じず、これは州の方針であると民に説明したという。“州札廃止”は根も葉もない噂であり、そのようなデマを信じないように、と。

だが、いくつかの両替所では交換に応じてしまい、それが混乱に拍車をかけたようだ。


アンゲラは事態の収束を図るべく、王都の第二王子へと早馬を出した。乗り潰すつもりで駆ければ、半日で着くだろう。今は一刻を争う事態であった。



部屋に戻ったヘルマンは、ハンスに問いかける。


「すでに賽は投げられた、と見るべきだろうか」

「かもしれません」

「アルフレートが現れない以上、私は動かないほうがよいのだろうが……」

「しかし、歯がゆいですね」

「うむ。こんな偽札など」


ヘルマンは青果店で手に入れた州札を取り出した。およそ3割も偽札が混じっているのを、この目で確認した。市場全体に同じ程度の割合で偽札が紛れ込んでいるとしたら、それだけ多くの偽札はいったい誰が製造できるのか。また、どのようにすればバレずに流通させることができたのだろうか。疑念は尽きない。


アルフレートからもらった魔石を取り出し、ヘルマンはため息交じりに州札に目を落とす。すると、紙幣の表面の印字が青色に光り、うっすらとせりあがって見えた。

1枚だけではない。

青果店で交換したすべての州札から、仄明るい青色の文字が浮かびあがっている。


「これは……どうしたことか……」

「どうされました?」

「この州札を見てみろ」


うながされたハンスは、革袋から魔石を取り出す。青果店でリンゴの代金を支払ったときに、店主から差し出された魔石を返しそびれ、そのまま革袋に入れていたものだ。


「……やはり光りませんね。偽札です」

「なんだと? いや、その魔石を貸してみよ」


ヘルマンはふたつの魔石を並べて、州札の上にかざした。アルフレートの魔石ではすべての州札の文字が光り、青果店の魔石では文字が光らなかった。

だが、すべてではない。文字が光らなかった州札だけを選り分けて持ってきたはずなのに、今ヘルマンの手元では、一部の州札の文字だけが光っていない。

その割合は、およそ3割。

ヘルマンとハンスは、顔を見合せたまま、言葉を発することができなかった。


「これは憶測にすぎませんが……」


ヘルマンは首を傾げながら、ハンスに向かって顎を少し突き出す。


「偽物が混じっていたのは、州札ではなく魔石のほうだったのでは……?」

「……そう考えるのが妥当かもしれんな」

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