表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王さえいれば  作者: Liu-Ⅱ
第一章 オストドルフ一揆
5/23

地域通貨

オストドルフは農作物が集積する市場を中心に栄えた町である。そのため、州都とはいえ、町並みに牧歌的なたたずまいを残す。荷馬車の往来が激しく、道幅は広い。

町の中心部には円形広場があり、定期的に市が立つ。広場周辺には商業区が広がり、この区域から四方へと放射状に伸びた街路は居住区や農業区に通じている。


この円形広場の脇にあるのが、オストファーレン州の代官屋敷だ。屋敷とはいえ、実質的には政庁として機能している。代官屋敷の外壁には、ヴァイツェン王国旗と、第二王子の紋章旗が掲げられていた。


ヘルマン一行は、ようやく陽が傾き始めたばかりの頃に代官屋敷に到着した。

予定よりも早い。

もともと口数の少ないヘルマンが、昨夜の件もあってか、いつにもまして会話が少なかった。宿場からオストドルフまで三言も交わしたであろうか。それで気まずさを感じるような主従ではなかったが、足取りを速める要因にはなった。


「これはこれは、お早いお着きで。お待ちしておりました」

「すまんな代官。世話になる」

「とんでもございません。わが屋敷にヘルマン様をお迎えでき光栄に存じます。どうぞごゆっくりと、おくつろぎくださいませ」


ヘルマンを出迎えたのが、代官のアンゲラであった。

第二王子の所領はほかにもあるが、“大陸の食糧庫”の重要度は高い。アンゲラは第二王子の養育係をつとめた乳母で、第二王子からの信任が厚く、オストファーレン州の代官を任されていた。恰幅の良さと柔和な笑顔は為政者向きといえたが、代官としては凡庸といえた。


「こたびの任務は“視察”と伺っております。私どもには詳細は伝えられておりませんが、どのような……」

「国王代理からの勅命ゆえ仔細は明かせぬ。許せよ」

「そ、そうですね。これは失礼を」


ヘルマンは王家の紋章の入った儀礼剣を卓上に置き、あらためて“勅命”であることを強調した。第二王子と懇意な代官に詳細が伝えられていないとすれば、今回の任務の性質上、余計なことは言わないほうが無難だろう。

ヘルマンの意図は、従者ハンスにも瞬時に伝わった。ハンスはにこやかな笑みをたたえ、話題を変える。


「屋敷の中があわただしいようですね」

「ああ、いえ。その……、夕食の準備がまだ整っておりませんで、すぐ取り掛かるよう申し付けたところでして……」

「代官殿のお心遣いには感謝しますが、ヘルマン様としましても、民と直に触れ合いたいとの由。なにしろ“視察”に赴いたわけですからね。しかし、着任が噂になれば、行く先々で騒ぎになってしまい……。今宵はお忍びで民の集まるところに参りたいとの仰せです」

「そ、そうでしたか。それは、ええ、もう……」


ハンスが水を向けると、ヘルマンは鷹揚な態度で、左様、左様とうなづく。

ヘルマンにとっては、この地にいる“内偵”と接触を図るのが最優先事項であった。そのためには、代官屋敷に籠もっていては機会が得られない。“内偵”がヘルマンに接触しやすいように、環境を整える必要があった。ハンスの提案は、そのための口実であった。


「そういうことでしたら、先にお金の両替をしておく必要がございますな」

「これ、アルフレート。いきなりお金の話とは失礼ですよ」


アンゲラの脇に控えていた男が、ヘルマンたちの会話に割って入ってきた。


「構わんよ。して、両替とは」

「このオストファーレン州は、州札を導入しております」

「なるほど、そうであったな」


州札とは、特定の州内だけで独自に発行し、使用されている地域通貨のことである。ヴァイツェン王国では貨幣の不足を補うために、昨年来、いくつかの州で試験的に導入されたばかりであった。

この制度の施行には、第二王子の強い意向が働いたとされる。第二王子が「景気対策の切り札」と具申した制度で、まだ病に伏す前の国王が裁可していた。


だが、「後継者争いで一歩先んじたい第二王子のスタンドプレー」と感じた第一王子派の貴族たちは、この制度の導入に難色を示した。それゆえに第二王子は、まずは自分の所領で導入し、実用性を証明してみせようと考えたのだろう。

現在のオストファーレン州では、金貨、銀貨、銅貨は使えない。州外からの訪問者は、まず両替商で兌換紙幣の州札に交換する必要がある。


「だけどアルフレート、もう両替所は閉まっているわよ」

「なあに、トラウム商会までご案内しますよ」

「そう? じゃあアルフレートにおまかせするわ」

「ヘルマン様、申し遅れました。助役のアルフレートと申します。こたびの任務に関しては、王都から“英雄殿に失礼がないようご案内さしあげろ”と申し付かってございます。まずは両替を担当しているトラウム商会へ行き、そのあとで市中をご案内いたしましょう」

「アルフレートと申したか。頼む」


なるほどこの助役が“内偵”だな


ヘルマンとハンスは瞬時に察した。アルフレートと名乗った男は中肉中背で、これといった特徴のない身だしなみをしている。それが内偵の適性なのだろう。間違っても彼が群集の中で悪目立ちすることはない。内偵との接触という最優先課題は、この時点で解消した。


甲冑を脱いだヘルマンは、ストールをマフラーのように首元に巻き付けて、そのまま口元を覆い隠した。さらにフードを目深にかぶると、「これでは昨夜の野盗だな」と気が重くなったが、なにしろ自分の顔が広く認知されているのは重々承知していたので、仕方がないと割り切るよりほかになかった。


アルフレートに導かれてトラウム商会を訪れると、あいさつもそこそこに、ハンスは銀貨と銅貨をいくつか取り出し、州札との交換をはじめた。交換レートは、あまり良くない。交換相場と手数料で、外貨を得るのだろう。

ヘルマンは決して金銭的に不自由しているわけではないが、元来が質素な生活を好む性質にあり、その倹約ぶりはハンスにも身についていた。


途中からヘルマンが交換の様子をのぞき込んできては、紙幣を手に取って軽く伸ばしたり、ひらひらと仰いだりしている。実際に州札を目にするのは初めてで、物珍しいのだろう。


「このようなものが金の代わりになるとは。原料は、紙……ですか?」

「麻布ですね」


楮や雁皮を原料とする紙は、一部で少しだけ流通しているが、まだ安定した量産体制は確立していない。獣の皮を原料とする羊皮紙も検討されたが、コストや素材の流通量の観点から、結局は麻布が選ばれた。


「偽造の心配は?」


アルフレートはトラウム商会の親爺と顔を見合わせ、互いに肩をすくめてから、ハンスのほうを向き直した。


「魔力を通した特殊な糸とインクを使っており、市民には魔石で鑑定させております。魔石を通して紙幣を見れば、印字が仄明るく光るはずです」

「試しても構いませんか?」

「どうぞどうぞ」


魔石とは、内部に魔力を蓄積した鉱物の総称である。鉱山から採掘できる天然資源であり、魔術を補助する道具や魔装具などに加工される。一般的には加工されて流通しているので、ヘルマンのように魔物の収奪品(ドロップ)として見慣れていなければ、原石に近い魔石を見る機会は少ない。


アルフレートがさいころ大の魔石を手渡すと、ハンスは今しがた交換したばかりの州札を魔石越しに凝視した。すると、確かに文字が青色に光り、うっすらとせりあがって見える。一目瞭然だ。ヘルマンは興味津々の様子で、何度も紙幣鑑定を試している。すっかり気に入ってしまったらしい。


「その魔石はさしあげます」

「よいのですか?」

「安価なものです。誰にでも手に入るものでなければ意味がございませんから」

「では頂戴し、土産話の種とします。この魔石はどちらで製造を?」

「北方であらたに鉱山が見つかり、安定供給が可能になったそうです。いずれ国内全域で州札制度を導入することを見越し、鑑定用魔石の加工と販売は、国王陛下の専売制となっております」

「雇用を生み出しているのですね」

「交換レートが低いのはご容赦ください。おい親爺、手数料はまけてやれよ」


へいへい、と親爺は愛想笑いを見せる。

ハンスが紙幣を懐中にしまい込んでいると、アルフレートが再び説明を続けた。


「トラウム商会は州札の導入時に結成された、新しい商会です。この親爺は、もとは第二王子ルーカス様の御用商人でしたから、お金の管理は任せても安心ですよ」

「なるほど、それなら信用が置けますね」

「さ、市内を案内しましょう」


ここで任務の話はできない、ということだろう。アルフレートにうながされ、ヘルマンとハンスはトラウム商会をあとにした。

それにしてもこの男、ずいぶんとオストドルフの中枢に入り込んだものである。

目端の利く男だと、ヘルマンは警戒心を抱きつつあった。



道すがら、アルフレートは声をひそめてヘルマンに耳打ちする。


「ここは麦酒(ビール)がうまいですよ。なにせ麦の産地ですからね」

「それは楽しみだ」

大衆酒場(ビアホール)は庶民の憩いの場です。反体制派にとっても」

「ほう」

「その目でご検分いただければ、と」

「……酔うわけにはいかぬようだな」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ