04 真実は闇の中? そんなこと犯人しかわかるわけないじゃない、と思っている伯爵夫人
「いまだに寝室を別々にしているですって? コナーはエレノアのことが好きではなかったの?」
その日私は、夫と一緒にクリナ子爵家に潜り込ませていた間諜から定期報告を聞いていた。
夫のリフリー伯爵は臆病なだけあって、こういう根回しだけは万全にしている。私は夫の子飼いをすべて把握しているので、問題が起こりそうな案件は、私にも必ず伝えるように指示しておいた。
夫の甥にあたるコナーを、彼の両親が亡くなったあとすぐに、伯爵家の養子として迎え入れた。
私は養母という立場になったわけだけど、初めて会った時からコナーの態度はいけ好かなかった。
夫の弟はいったい何をコナーに吹き込んでいたのだろう。
伯爵家に来てからというもの、夫とこの私に対して憎しみを隠そうともしない。いや、もしかしたら、あれでも隠しているつもりなのかもしれないけど、そうだとしたら貴族としては失格だ。
とにかく、これから面倒を見てもらう立場だというのに、謙虚さはこれっぽっちもなかった。
世間から恐れられている夫の実態は、ただの強面の小心者だ。
ただ、自分を守る知恵と危険を察知する勘だけは鋭くて、火の粉がかかる前にちゃんと手を引くし、有力者とは常に良好な関係を築いていた。
外から見ている者にはうまく立ち回っているその姿が、裏で何かをやっているようにうつるのかもしれない。
とにかく、そんな慎重さはある夫なのに、弟だけにはとても甘かった。
その弟は、敵とみなしたら容赦をしない性格で、やりすぎることが多く、それを夫の名前を使ってやるものだから、伯爵家と夫の悪評が積もる一方。
いい加減どうにかしなければと、夫が諫めても逆切れして、夫に向かい暴言を吐く始末。
「気が弱いのを知っているくせに、怯えさせるんじゃないわよ」
そう言ってやりたかったけど、私もどちらかというと性格が弟側の人間だと自覚はしているため、参戦したら火に油を注ぎそうなので黙って様子を窺っていた。
実の兄にまでそんな態度だったから、弱者に対してはそうとうなこともやっていたんじゃないだろうか。
だから、暴漢に襲われた話を聞いても、「夫があれほど忠告していたのに」としか思わなかった。
結局、恨まれていた相手が多すぎて犯人の特定も難しいし、足がつかないように逃げ延びているところを見ると、もしかしたら、もともとそういった仕事を請け負っていた手合いの可能性も否めない。
捕まらなかったことで夫に疑惑の目が向けられたこともあるけど、まったく後ろ暗いことがないのだから、証拠なんてなにひとつ出てくるわけがなかった。
それでもコナーは夫や息子の話を悪いようにしかとらないし、あまりにも頑なすぎて、とうとうみんな音を上げてコナーの相手をすることはやめてしまった。
「そんなの自業自得よね。冤罪でずっと犯人扱いされている夫の方が被害者だっての。夫のことを不審に思うなら、いくらでも調べる方法はあるでしょうに。あの子の耳はリフリー伯爵への悪口しか聞こえないようにできているんだわ、きっと」
孤独なコナーに、一人くらいは味方がいた方がいいと、夫がクリナ子爵家の令嬢と婚約させた。
普通なら、恐れられているリフリー伯爵家の関係者に自分の娘を嫁がせようと思うものはいないと思う。しかし、あの娘も訳ありだったから、クリナ子爵は喜んで差し出した。
そんな事情で婚約したけど、コナーとエレノアは想い合っているみたいだから、ふたりで好きなように生きたらいいと、伯爵家につなぎ留めることもなく放っておいたところ、クリナ子爵親子が事故で亡くなってしまう。
そのために、後を継げる者はエレノアだけになった。傍系がいたとしても、亡くなった子爵と縁組をしていないから継承することはできない。
そういった縛りがあるため、この国は爵位の乗っ取りが簡単にはできない。それはメリットだけど、もしエレノアもなくなっていた場合、クリナ子爵家は御家断絶になっていたと思うからデメリットでもあった。
証拠もないのにまたもや疑いを掛けられて、夫を泣かされた私は、ブチ切れ、面白おかしく噂話をする貴族たちを本気でつぶそうと考えていた。
結局実行に移すことはなかったのだけど、それは、弟の二の舞になると夫に止められたからだ。
そんな私が、噂を真に受けて夫を疑うコナーを許せるわけがない。
とにかくずっとコナーのことは好きになれなかった。
しかし、エレノアには哀れみもあったので、コナーから酷い扱いを受けているとなれば救いの手を差し伸べる必要があるだろう。
「子爵家に乗り込むわよ」
「えー、私は嫌われているからなあ……」
「四の五の言ってんじゃないわよ。コナーはきっと、エレノアの前では格好をつけていると思うの。今まで言えなかったことを伝えるいい機会だわ」
私は嫌がる夫を引き連れ、クリナ子爵家へと向かった。
そして、クリナ子爵家の応接室で私たちは、二人と向かい合っているわけだけど……。
コナーに気をつかうつもりはないし、長居をする気もないので、私は単刀直入に疑問に思っていることを質問することにした。
ちなみに、夫には黙って座っているだけでいいと言ってある。
「コナーはエレノアをどう思っているのかしら。もしいらないなら私が連れて帰って、どこに出しても恥ずかしくないように教育するわ。そうしたら、いくらでも貰い手がつくでしょうしね」
「突然押しかけてきて、何を言い始めるかと思ったら。僕がエレノアを手離すわけがないじゃないですか」
コナーの声に怒気がこもっている。
それって、私に自分のものを取り上げられるのが嫌だからじゃないわよね?
「あら、妻として扱っていないのに?」
「なぜそんなことを!?」
「どこの家でも噂好きや口さがない使用人っているのよ。だいたい、いつまでも寝室を別々にしていたら、誰だって不審に思うわ」
「それは、エレノアがそういう教育をされていないからですよ。僕はゆっくり愛を育みたいので、口出しをするのはやめていただきたい」
コナー自身は、その口調から本気でそう思っていそうだけど、隣に座っているエレノアがその言葉を聞いて驚いたのを私は見逃さなかった。
エレノアは家族から放置されていたようだけど、嫁いだ先で子爵家が恥をかかないように、乳母か、侍女長あたりが婚約の決まった時にでも教えおいたのかもしれない。
「あらそう、私はてっきり、夫にあらぬ疑いをかけて、エレノアに子どもができることを恐れているのだと思っていたわ」
「「え?」」
夫とエレノアの声が重なる。
説明をするのも面倒くさいので、私は無視してコナーと話を続けた。
「心配しなくて結構よ。夫は子爵家に対して、後ろ楯として権利を主張したり、孫の面倒を見ると言って、操る気も一切ないわ。これから、そういう誓約書を用意して国に提出するから、一緒に王宮に行って、自分の目で確かめなさいな」
「それは本当ですか?」
「ええ。だいたい、子爵家の鉱石程度、なんの魅力も感じないわよ。危険を犯してそんなものに手を出さなくても、うちは十分潤っているのだけど、そんなことも知らないのね、あなたは」
「伯爵家が今までやってきたことを棚に上げてよくいいますね」
「聞く耳を持たないあなたにわざわざ自己弁護する気もないわ。だいたい事件の真相なんて犯人にしかわからないんだから、聞かれたってわかるわけないじゃないの。夫を疑っているなら自分できっちり調べなさいよ。あと、自分の本当の父親のこともね」
コナーは相変わらずで、話していると腹が立つ。とりあえず用事は済んだ。私は夫に目配せする。
「私たちはこれで帰るけど、エレノアはいつでも歓迎するわ。私、娘が欲しいと思っていたから、慕ってくれるのなら可愛がってあげるわよ。コナーに愛想がつきたら是非うちにいらっしゃいな」
私はエレノアにだけ優しく微笑みかけた。
「だから、エレノアは渡さないと言っているじゃないですか」
「だったら、これからはちゃんとするのね。あ、そうそう、私たちが手を引いた後だけれど、それは誰にも知られないようにしたほうがいいわよ」
「なぜですか?」
「夫が子爵家を手に入れるために、あなた達を狙っていると思っているみたいだけど、逆にリフリー伯爵の後ろ盾がなくなったら、本当にそんなことが起こるかもしれないでしょう。そちらには卑しい縁者がたくさんいるようだから」
また、夫に嫌疑がかかるかもしれないところで、何かを起こされてはたまらない。私の隣で黙って話を聞いているこの人は、顔に似合わず心はガラス細工なのだから。
その数日後、コナーとエレノアを連れて、約束通り誓約書の提出をすませた。
それから、一年後。
「コナーそっくりの男の子だったよ」
エレノアと過ごすうちに性格がまるくなってきたコナー。彼との関係修復を図っている息子からそう報告された。
「そのようね。たぶんそのうち、エレノアが私に会わせるために、連れてくるんじゃないかしら」
あの日からなぜか、エレノアは時々私に会いにくるようになった。
コナーと違って懐いて慕ってくれるので、私も娘として扱っている。
強面の夫より発言力が強い私に憧れてるようなので、夫の操縦方法もしっかり伝授しておいた。
話してみてわかったけど、エレノアは意外としたたかで、ただ怯えているだけの娘ではなかったようだ。
彼女が間に入ったことで、あれだけ伯爵家の者に心を閉ざしていたコナーが少しづつ打ち解け始めたことには驚いた。
息子も領土が隣合っている子爵との仲は、悪いよりは良好なほうがやりやすいに決まっている。
二人が幸せに暮らしてくれたら、夫も心穏やかに過ごせるだろう。