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03 真実は闇の中で悩むリフリー伯爵

 なぜ私には昔から不穏な噂ばかりが付きまとうのだろうか。


「たぶん、この容姿がいけないのだろうな」


 子どものころから、目つきの悪い私は勘違いされることが多かった。怒っているわけでも、睨んでいるわけでも、何か企んでいるわけでもない。

 自分では何とも思っていないのに、相手が誤解して謝罪してくることが度々あった。


 初めて恋をした時も、彼女に気持ちが伝わらないことが切なかっただけで、力ずくで手に入れるとか、危害を加えようなんて思ったことなど一度たりともない。


 それなのに、憶測で流れる噂話は剣呑なものばかり。嘘の話を真に受けた彼女に、嫌われたり、恐れられてしまうのはとても悲しい。今更好かれることがないのはわかっている。でも、せめて誤解だけは解こうとして近づいた。


 ところが、そうすることで余計に怯えさせてしまうという悪循環に私は陥ることになる。


「私ではだめだ。話すら聞いてもらえない」


 私とは違い、やわらかい雰囲気を醸し出している弟なら、彼女も話を聞いてくれるかもしれない。そう思って、ある夜会で弟に彼女を会わせ、私には傷つけるつもりが一切ないこと、これからは付きまとったりしないことを告げてもらった。


 まさかその出会いで二人が恋に堕ちると誰が予想できただろう。人生とはままならないものだ。


 それはそれで仕方ないと思っていたが、私にとって彼女は初恋の相手だ。そう簡単に忘れられるわけもなく、ついつい姿を目で追ってしまう。

 夜会などで彼女や私の噂話が耳に入れば、不意にそっちを向いてしまっても仕方ないだろう。「イャーッ」ってまるで私が酷いことをしたみたいに叫ぶのは、本当にやめてほしい。睨んでいるわけじゃないから。ただただ切ないだけだから。


 そんなことを思っていても、口下手な私は耐え忍ぶしかなかった。


 そう思っていた時に親から勧められた令嬢は、その可愛らしい見た目とは裏腹に、こんな強面にも動じない、私にとっては理想的な女性だった。


「さようなら、初恋。いらっしゃい二番目の恋」


 そんなことを言ったかどうかは覚えていないが、その令嬢との恋は初恋と違って私にはとても安心できるものだった。

 なぜなら、彼女は言い訳や説明をしなくても、私の内面をわかってくれたからだ。


 両想い、なんて素晴らしい言葉なんだと浮かれた私は、もちろんその令嬢を妻にと求めた。


 ところが、ふたを開けてみれば、彼女はその可愛らしい容姿と中身があまりにも違っていた。


 私とは真逆である。


 私への暴言は当たり前のように吐くし、妻への口答えは絶対に許されず、結婚後は尻に敷かれている状態だ。


「自分がそうだったから、あなたは顔が怖いだけで、実際には臆病で情けないことに気がついていたわ。そんなことより、私が贅沢するためにはあなたがちゃんと働いてくれないと困るのよ。そこのところ、ちゃんとわかっているんでしょうね」

「はい……」


「弟に馬鹿にされてるじゃないの。当主はあなたなんだから、ちゃんと威厳があるところを見せつけなさいよ」

「はい……」


「びくびくしてるんじゃないわよ。本当に小さな男ね。見た目ではったりをかませる分、あなたは得をしているんだから、しっかりしなさいな」

「はい……」


 部屋の中では妻に怯えながら小さくなって生活しているというのに、なぜか、外では相変わらず悪の権化のリフリー伯爵と恐れられていた。


 その原因のひとつは弟にある。私は自分のことを温厚だと思っている。

 人と争うことは嫌いだし、怒鳴られるのは怖いから、言い合いもできるだけ避けたい。


 しかし、伯爵家を盛り立てていくためには、場合によって手荒なことも必要になる。それは仕方がない。


 借金を踏み倒そうとする悪辣な者への取り立てや、制裁が必要だということもわかっている。敵対するものに手を緩めることは伯爵家を揺るがすことにもなるだろう。


 その辺のことを弟に任せておいたら、私はいつの間にか血も涙もない伯爵様と呼ばれるようになっていた。見た目との相乗効果によってその噂はとどまることを知らない。


 弟のやり方がエスカレートしてあまりにも酷くになってきたため、さすがに目をつぶることができなくなってきた。


 だって、それがすべて私が命令したことになっていたから、やっぱりつらいじゃないか。


 もう少し穏やかにやってくれと、私が苦言を呈ても、現場のことに口を挟むなと弟は聞く耳を持ってくれなかった。

 だけど、さすがに当主として黙っていられない。


 やる時はやる。私は頑張った。


 妻の暴言を聞き流す技も覚えたから、多少弟と言い争いになっても、昔のようにひるむことはなかった。


 だけど、弟が私に対して放った恐ろしい言葉は思い出すだけでも背筋が凍りそうになる。あれは本気じゃなかったよね。

 その場の勢いだったんだよね。

 そうだと思いたい。


 私たち兄弟は声が似ているようで、怒鳴り合っていても、外で聞いている分にはどっちがどっちかわからないらしい。


 妻から変な噂が立つような言い合いは控えろと言われたので、そこはしっかり訂正しておいた。私が言ったんじゃなくて言われた方だから。




「弟夫婦が暴漢に襲われて亡くなった?」

「非道な行いは自分に返ってくるかもしれないから、気をつけろとあれほど言っておいたのに。なぜ、彼女までが犠牲にならなければいけなかったんだ……」


 最近は険悪な関係だったとしても、弟の死は私に絶望を与えた。後ろ暗い部分を弟にまかせっきりにしてたことをどんなに悔やんでも悔やみきれない。


 誰かにこれほどまで恨まれるまえに、私がちゃんと手だてを打つべきだった。そう自分自身を呪う。


 方針の違いで怒鳴り合っていはいても、本音では信頼していた弟を亡くして、私の心はどん底にいた。しかし、そんな私に対して世間に流れた噂は、傷ついた心に追い打ちをかけるものだった。


「私ではない……私はかけがえのない弟だと思っていたんだ」

「ええ、わかっているわよ。あなたみたいな臆病者がそんなことをできるわけないもの」


 妻は私が小心者だとわかってくれている。

 しょっちゅう暴言を吐かれているが、たぶんこの世で一番私のことを理解しているのは彼女だ。だからとても愛おしい。それを言うと、やっぱり暴言を吐かれるが、本当は照れていることを私は知っていた。


「君が私のそばにいてくれて、本当に良かった」




 残されたコナーだけは私の手で守らないと。


 そう思って養子にはしたが、コナーは巷に流れている噂話をうのみにしているようだ。優しく接しようと思っても、すべて皮肉として取られてしまうから、言葉選びが慎重になり、声を掛けることも少なくなっている。


 それに、私を見る目が弟とそっくりで、まるで弟から恨まれているように思えて、私は恐れおののいていた。


 妻はああいう性格なので、自分を偽ってコナーに優しくするわけもなく、私や妻に心を開かないコナーに対しては『真実を見ようとしない馬鹿者』と呆れかえっていた。


 実の息子である長男は、初めは打ち解けようとして声を掛けていたみたいだが、私のことを説明しようとしても、コナーが頑なすぎて話をきかなかったらしい。

 私に対して仇のような態度をとるコナーの相手をする気もうせて、次第に距離をとっていった。

 そんな我が家で、コナーは孤立してますます心を閉ざすことになる。


 このままではいけない。

 コナーには心が許せる相手が必要だろう。


 領土が隣り合っていて会いやすく、似た境遇である子爵家の娘エレノアを婚約者に私は選んだ。その結果、望んだ通り二人は想いあうようになり、彼女と一緒になることでコナーは幸せをつかむことができそうだった。


 将来は好きなように生きればいいと思っていたので、毛嫌いしている伯爵家にコナーをつなぎ留めることは考えていない。コナー自身も伯爵家から独立したいだろうから、打診をしたとしてもうんとはいわないだろう。


 だから、エレノアと結婚するとしても足元がしっかりしてからの方がいいと思って婚姻時期は決めずにいたのだが。


「クリナ子爵が事故で無くなっただと? なぜ、こんなことばかり起こるのだ。私は絶対に何もしていない」

「そんなこと、わかっているわよ。そんな馬鹿なことをして伯爵家がお取り潰しにでもなったら私が困るし、あなたにそんな度胸があるわけないじゃない」


 世間にどう思われようと、妻さえ信じてくれたらそれでいい。

 なんだかんだ言いながらも、こんな私を支えてくれる妻を私は抱きしめた。

 普段は『何をするのよ』と平手が飛んでくるのだが、こういう時は背中に腕を回してくれる。彼女がいなかったら、軟弱な私は心を壊していてもおかしくはなかった。

 何度妻に救われたことだろう。


 今回もコナーは私のことを疑っているようで、エレノアと結婚してコナーが子爵の称号を継承すればいいと勧めたら、初めは難色を示していた。


 私の手によって家族を失ったエレノアに、申し訳ないと思い込んでいるらしい。


 いまだに勘違いされている私ではあるけれど、家族を失ったコナーとエレノアには幸せになってもらいたい。本当にただそれだけなのだ。


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