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01 真実は闇の中のままで構わない、子爵家の令嬢

 私の旦那様はとても優しい。

 その妻である私はとても幸せだと思う。


 クリナ子爵家の私とリフリー伯爵家のコナー様は、領地が隣り合わせだった縁で婚約をしていた。

 いずれ結婚する予定ではあったけど、私がまだ十五歳ということと、リフリー伯爵家の次男である彼も、事情があって将来の行く末が決まっておらず、結婚をするにしても、まだ先になるはずだった。


 ところが事故で家族を亡くし、私が子爵家で一人ぼっちになってしまったため、急遽婚姻を結ぶことになったのだ。


「おやすみ、エレノア」

「おやすみなさい。コナー様」


 コナー様は、クリナ子爵家でぞんざいな扱いを受けていた私に対して、唯一、優しく接してくれる人だった。


 そう言っても、彼は私に対して恋愛感情を持ってはいない。その証拠に、私たちは一ヶ月前から夫婦として一緒に暮らしているけれど、今まで一度も夜を共に過ごしたことがなく、いわゆる白い結婚が続いていた。結婚はしたもののコナー様は私を妻として受け入れるつもりがないようだ。


 彼には他に好きな女性がいるのかもしれない。


「私はきっと実母と同じことをしているのね」


 ひとりになると、自嘲気味に私はつぶやいた。


 この結婚は、彼の伯父であり養父でもあるリフリー伯爵が強引に推し進めてたもので、彼自身は難色を示していたのに断ることができなかったらしい。

 だから、私との結婚を心の中では嘆いている可能性もある。そうだとしても、根っからの善人であるコナー様は、ある理由から私のことをとても大事にしてくれていた。


 それが妻としてではなくても、私のことを家族の一員として大切に扱ってくれるのなら、彼を縛り付けることになったとしても、私はその手を離すことができそうにない。


 たとえそれが愛情ではなく私に対する償いのためだとわかっていてもだ。


 私の父と継母、そして腹違いの弟マシューは、一ヶ月前に崖から馬車ごと転落するという事故で三人同時にこの世を去っている。その日、私だけは領地に置き去りにされたおかげで、その不運に巻き込まれることもなく生き残った。


 たった一人になってしまった私は、クリナ子爵家を存続させるため、急遽婿養子をとって継ぐことになる。


 コナー様はリフリー伯爵家の次男だけど、実際はリフリー伯爵の弟の息子で、コナー様の両親が亡くなってしまい、身寄りがなくなった時に養子として伯爵家に迎え入れられたそうだ。


 リフリー伯爵はとても怖い人だというから、伯爵家でコナー様も大変な思いをしていたのかもしれない。だから、実の父親にまで虐げられていた私に優しくしてくれたんだろう。


 私は子どものころから継母はおろか実父にも邪険に扱われていた。それは、私の産みの母が、権力を使ってそのころ恋人だった継母から父を奪いその妻の座に納まったかららしい。


 しかし母は、略奪には成功したものの、自分以外の女性をいつまでも愛し続けている父との生活には耐えられなくなる。結局、私が物心つく前に父とは離縁し、私を残して自分だけ実家の子爵家に戻っていた。


 髪や瞳の色が父と同じ私は、母から嫌われていたようだ。

 そして目鼻立ちが母似であるため父からも嫌悪されていた。


 私はいい子だと思われたくて、コナー様には決して家族の悪口は言わなかったけど、クリナ子爵家の醜聞は社交界に知れ渡っているらしい。

 だから彼も私の境遇を知っていたんだと思う。


 本当だったら弟のマシューが子爵家を継ぐはずだったんだけど、当主の父と跡取り息子が同時にいなくなったため、残った娘の私と、その婿になる予定のコナー様が子爵家を継承した。


 それは一般的にみても妥当な話で、おかしなところなどまったくない。


 しかし、馬車の事故はコナー様の養父であるリフリー伯爵に仕組まれたもの。と専らの噂らしい。


 世間話に疎い私がそのことを知っているのは、コナー様との結婚を反対していた、クリナ子爵家の縁者という人たちがうちに訪ねてきて、わざわざ私にあることないこと吹き込んだからだ。


 その時まで私が一度も会ったことのない、クリナ子爵家の縁者という人たちが突然押しかけてきて、私の相手がコナー様では納得がいかないと大反対をした。

 その反対派が言うには、私がコナー様と婚約した当時から、リフリー伯爵は子爵家の領土を狙っていたというのだ。


「リフリー伯爵は、お前と息子を婚約させることで、いずれ、この子爵家を手に入れようと画策していたようだ。だから、跡取りであったマシューは伯爵家からずっと命を狙われていたんだよ」

「しかも、子爵家の領土で、希少な鉱石が見つかってからすぐにあの事故が起きた。こんな都合のいいことがあるものか」

「お前はあいつらに騙されているんだ」

「リフリー伯爵は自分の弟を手にかけても平然としているような血も涙もない男だぞ。そんな者の息子と一緒になっても幸せになれるわけがないだろう」

「悪いことは言わないから、我々が選んだ者と結婚しておいた方がいい。これは子爵家だけではなく、お前のためでもあるんだ」


 この国は女性が爵位を持つことはできない。


 だけど、血統を重んじるため、継承権だけは私にある。私の代は婿養子となった夫が爵位を授かることになるけど、次代は必ず私の子どもが継がなければいけない。


 だから決定権のある私の説得に親戚たちは躍起になった。

 口々にリフリー伯爵のことを悪く言うけど、私からみたら、彼らも希少な鉱石を狙っている悪党で同じ穴の狢だ。


 今まで音沙汰もなかった者たちがこぞって親戚面をして、子爵家の利権に群がろうとしているのだから、思わず嘆息が出そうになっても仕方ないだろう。私がつらい思いをしている時には、誰一人手を差し伸べてはくれることがなかったというのに。


「その証拠はあるのですか?」

「あのリフリー伯爵に限ってそんなへまはしないさ。とても狡猾だというからな」


 噂ばなし程度で格下の家の者が伯爵家を非難するのはどうかと思う。

 そう思ってもその話し合いの席では孤立無援だったから、彼らと敵対をするのは分が悪いので口には出さないでいた。


 言っていることはすべてが想像の範疇を超えていないし、どこの誰だかもわからない自称親戚たちよりは、子どものころから言葉を交わして、日ごろから私の心配をしてくれていたコナー様の方が当たり前だけど、断然信頼することができる。


 だから私は、家族の葬儀が終わるとすぐに、伯爵家の手を借りて、婚姻と、私の婿であるコナー様を子爵として迎える手続きをさっさとすませてしまった。


 たとえ、それが本当に子爵家を乗っ取るためだとしても、私はまったくかまわない。そんなことよりも、コナー様と家族になれるという事実の方が私には大事だった。


 誰からも愛されずに育った私は、婚約者に決まったコナー様に大切に扱われるたび、彼の優しさに依存していった。


 婚約者として紹介された当時は、ただ温かい家庭という存在に憧れていたから、今現在、妻としてではなくても、彼に丁重に扱われることだけで私の胸は幸せで満たされる。


 それほど愛に飢えていたのだ。


 そんな私が、父たちを失ったことで心を痛めるはずもない。

 私がこの状況に喜びをかみしめていることは、この結婚ごっこを続けるためにも、絶対にコナー様に悟られてはいけないと思っている。


 たぶん彼は、私に告げ口をしてきた親戚たちと同様、リフリー伯爵のことを疑っているはずだ。

 あからさまに、私の家族と、あの事故の話には触れようとしないし、私が不意に口に出した場合には、つらそうな表情を隠しきれていなかった。


 優しい人だからこそ、その罪滅ぼしとして、妻になった私を大切にしようとしているのかもしれない。

 それに彼はこの怒涛の流れで爵位を授かることに抵抗があったみたいだけど、結局は私と結婚することを了承して、クリナ子爵の称号を手に入れたのだから、恩義を感じているのだろう。


「エレノア、今度一緒に流行りの舞台を観にいかないか。いい席が取れそうなんだ」

「本当に? 今まで一度も舞台を観る機会がなかったから、すごく嬉しいわ。本当はあの日、熱がでなければ、家族と一緒に舞台を観る予定だったんです……。あ、せっかく誘ってもらったのに暗い話をしてごめんなさい」


 私は、ありもしない嘘をついて、悲しそうな表情をつくる。


「気にしないで。だけど、エレノアにはいつでも笑っていてほしいかな」

「わかりました」


 家族からないものとして扱われて虐げられていた私は、コナー様と結婚してからというもの、初めて体験することが多かった。


 そのすべてがとても楽しい。だからこそ、この幸せは絶対に手放すことはできなかった。


「愛しているよ。僕の大事なエレノア」

「私もコナー様のことを愛しています」


 コナー様のささやきが、優しから出た偽りの言葉だとしてもかまわない。


 もしあの事故が故意的なもので、噂が本当だったとしても、私はリフリー伯爵を恨んだりはしない。家族の死を悲しんだこともないし、それどころか、実はこの状況に歓喜している。そんなことがわかってしまったら、コナー様はどう思うだろう。


 彼の罪の意識はなくなってしまって、冷酷な私に対して、態度が豹変してしまうかもしれない。

 そうしたら、本当に愛している女性のもとへ行ってしまう可能性だってないとは言えない。


 だから私は、彼の心を縛りつけるために、家族を失った可哀そうな娘を演じ続ける必要があった。


 愛していると言いながら、真実を告げず、リフリー伯爵のしたことへの贖罪を彼に背負わせたまま救うこともしない。

 その優しさにつけこみ続ける私は、自分だけがかわいい最低な人間だと自覚はしている。


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