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霧の中を歩む

そこは、一面の濃霧に包まれていた。

まさに「一寸先は闇」であった。

が、しかし、私にはその霧は下界の様々なストレスや絶望といったものから、自分を守っているように感じられた。

ここは日本でも有数の流域面積を誇る、さる大河のほとりである。

時刻は早朝、河原には私一人しかおらず、名も知らぬ鳥たちが姦しく自分たちの存在を主張していた。

私はここに来た時、昔どこかで読んだ魯迅の小説を思い出した。

あれは確か自分の祖国に向けたエールのような小説だったか。。。

あの話の主人公もこんな気持ちで川を眺めていたのだろうか。

その話の登場人物を自分と重ねようとしてその恐れ多さに身震いする。

あの青年に比べたら、私が背負いそしてここまで逃げてきたものなど、比べるまでもなくほんの小さな憂いごとに過ぎなかった。

しかしそれは、確実にそこにあり、確かに私を縛り付け傷つけるのだった。

どこで道を踏み間違えたかなど、考えるまでもなくまた、ここに来るまでのほんの数時間の間ですら数えきれないほどに考え、悩み、どうしようもないという無機質で、冷たく、報われない考えに至るのであった。

私の眼には、最早少し昔には確かに持っていた、或いは持っていると思い込んでいた希望や喜びの類は、少しも残っていなかった。

そこにある霧という形をとった大河だけが、私を包み、慰めていた。

遥か頭上を見上げると、今にも日の光に打ち負かされ、消えてしまいそうな星々が微かに消えまいと輝いていた。

今度はそんな星々に自分を重ねる。


きっと今自分の真上で今にも消えそうで、しかし目を凝らせば確かに感じられるその星は私なのだ。

どれだけ抗ったところで日の光に打ち負かされ、或いはこの空からいなくなってしまう運命を負った悲しい存在。

しかし私にはそれが希望に見えた。どんなに自分がちっぽけだと知っても、どんなに無力だと知っても微かに、しかしその小さな星は抗っているのだ。

しぜんと私の眼には涙があふれた。

私は自分の涙の暖かさに驚いた。

私のこの瞳の中で、胸の中で、微かな希望が輝きだしたことを感じた。

自分の涙の暖かさを感じると次から次へと涙があふれ出てきた。

そしてそれが収まるころにはもう、すっかり霧は晴れ星々は眠りについていた。

またあの星が輝きだす次の夜が来るまでは、この胸に宿ったかすかな光を消えさすまいと抗ってみようと思った。

次にまたそれが私のところに来るのはいつか分からない。

しかし夜は、私が再び輝ける時は、必ずやってくるのである。

霧の中の、一寸先の闇を、必ずつかんでやろうと思った。




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