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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

針千水 

掲載日:2020/02/24

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 おっはよー、つぶらやくん……って、うわ、ものすごく目が真っかねえ。かなり寝不足なんじゃない?

 顔も洗ってそれなら、目薬のお世話になった方がいいかもよ? 考えたことある?


 ――いつ垂れてくるか待ち受ける感覚が怖い?


 なーにを子供みたいなことを……と、少し前までのあたしだったら、どついていたと思う。

 目薬がね、ときとして非常に凶悪な力を持つケースを、私はおじさんから聞いたのよ。それを聞いたら私も、目薬どころか目に水がかかること自体、ちょっととまどうようになっちゃって。

 聞いてみたい? ほんと、つぶらやくんってもの好きなんだから。


 おじさんが学生だった時、ちょうど今みたいに朝学活が始まる前の時間でのこと。

 友達のひとりが教室に入ってきたとたん、どよめきが起こったわ。

 彼は右目に眼帯をしていたの。何があったか尋ねるみんなに、彼は「目薬にやられた」と答えたの。

 彼が目薬をよくさしていたのは、教室のみんなも知るところ。事情を聞いてみると、昨晩に目がいやにしょぼしょぼして、いつも使っている目薬に手を伸ばしたの。

 ところが、今回は薬の出が悪くって傾けてもなかなか出てこない。液はまだ半分近くケースに残っていて、中身が切れたわけでもない。

 戻しては傾けなおしを三回ほどやって、ようやくケースの出口に水玉が浮かんでくる。

 ほっとしたのもつかの間、水玉は出口から離れないまま、どんどん大きさを増していったの。ちょうどシャボン玉が膨らんでいく時のように。

 彼の目よりも大きくなったんじゃないかと思えた時、ぷつんと水玉は口を離れてまなこに吸い込まれていく。


 とたん、彼は激しい痛みに目をおさえてうずくまってしまったわ。普段とは刺激の質が全然違う。涙のように痛みがあふれだして、眼球全体を覆っていくのが分かったわ。

 離した手の半分には、べっとりと血がくっついている。鏡で見ると、まなじりにこびりつく紅色のしずくは、まだまだ外へ出そうな勢いだったとか。

 眼科に駆け込んで目を診てもらったけれど、傷らしきものは見当たらなかったみたい。ひとまずの応急処置をしていただき、今に至るのだとか。

 おじさんをはじめ、多くの人は耳を疑ったわ。でも彼の表情は真剣でウソをついているようには思えなかった。

 目をケガする理由にしては、ちょっとイレギュラーじみたもの。ひょっとしたら、本当のことかも、とおじさんは緊張してしまったとか。

 

 帰宅してすぐ、おじさんは廊下に点々と続く血の跡に、目を疑ってしまったわ。

 玄関わきのスリッパは、姉と母が外出していることを示している。そういえば姉は、日ごろから頻繁に目薬のお世話になっていた。

 もしやと思って姉の部屋の前まで行くと、案の定、このあたりは血の量がわずかに多い。部屋近くで出血したのは間違いなさそうだった。洗面所にも心なしか、まだ湿り気を帯びた赤いものがくっついたまま。

 姉と母が帰ってきたのは、30分ほどしてからだったわ。姉の左目には真新しい眼帯が。話を聞いてみると、今朝の友達がしてくれたものとほぼ同じ。点眼しようと思ったらなかなか薬が出てこず、しばらくすると大きなしずくが生まれ落ち、目を傷つけられたと。

 

 立て続けの被害に、おじさんはこれまでにも増して水を警戒するようになったわ。洗顔をゆっくりやるばかりでなく、シャワーをひねることにすら抵抗を覚えたらしいの。

 もし、シャワーのヘッドから出てくる水が、目薬と同じような威力を持っていたら、それは完全にマシンガン。たちまちのうちに体中に穴を開けられて、命を落としてしまうかもしれない。

 話を信じない両親は平然とお風呂に入り、何事もなく出てきた。それでもおじさんは警戒を緩めず、湯船にもほとんど浸からないで、濡れたタオルで体中を拭くことにとどめたとか。


 そんな生活をおくりはじめて数日後。

 クラスでは眼帯をつける子以外に、肩や首などにガーゼのたぐいをひっつける子が増えたらしいの。その子たちはいずれも、「水を浴びたところから、とつぜん血が出た」とのたまい、おじさんは自分の仮説の正しさを実感したわ。


 ――とにかく、引き続き水を扱う時には細心の注意を払わないと。


 すでにおじさんは手を洗う時も、いったんハンカチを水で濡らして、石鹸もそれにしみ込ませたうえで行っていたとか。

 高低差のある水を受けることは避けないと。そう思ったおじさんだけど、放課後に避けがたい水を浴びる羽目になったわ。


 雨。

 午後になって急激に湧き出した雨雲は、下校途中のおじさんをとらえたの。

 頭にぽつんときて、背筋がのびてしまうおじさん。幸い、この一発は何も問題なかったけど、数を受けたらどうなるか。足を早めるけど、雨脚もそれに合わせて強さを増していく。

 まず、おじさんの履いている靴下がやられた。ふくらはぎの側面まで伸びていた、紺色の生地が、かすった雨と共に切り裂かれる。

 続いて服。おじさんは頭を守りながら、極力肌を出さないようなかっこうで走っていたけど、袖といわず脇といわず、雨が触れると共に生地の破れる音が続いた。

 そしていよいよ、体そのものが狙われる。うなじを皮切りに、痛みが走った箇所だけでなく、その反対側からも血がにじんできたの。


 ――まじかよ。こいつら、身体を貫いて……!


 目薬なんかとは、落ちてくるまでの時間が違う。長く落ちるほど威力は増すだろうけど、ここまでとは思わなかった。

 ざあざあぶりになったなら、それこそハチの巣は間違いない。必死に走るおじさんだったけど、妙なことがある。


 この時間、他にも帰る生徒がいるはずなのに、彼らはこの雨に騒いでいない。近くに立っている家々も、薄くて頼りない軒などは雨が貫いていてもいいのに、それもなかった。


 ――俺に降ってくる雨だけが、危ない?


 そう感じるや、すぐ足元で獣じみたうなり声が響く。おじさんは下を見やって「あっ」と声を出しちゃったわ。


 おじさんの足の前後には、大きな口が開いていたの。

 とらばさみって分かる? あれのずっと大きなものが開いていて、今にも閉じようとしていたの。このまま挟まれたら、両足首は確実にちぎられていたと思うくらい。

 でもそれはとらばさみじゃなかった。おじさんの進む方向の刃の近くに、横長の二つのまなこがあった。泥のように茶色い肌の上に並び、雨粒を受けて何度もまばたきをしている。

 おじさんが立っていたのは、顔だけの何かが開いた、大きな口の真上だったのよ。


 雨は変わらずおじさんを貫き、地面に、あいつの顔に容赦なく降り注ぐ。

 そのたび、うなり声はどんどん弱くなり、口もどんどん開いていく。やがてあごが外れんばかりに顔が崩れた時、それはぱっと消えてしまったの。

 気づくと、雨がもう身体を貫いてはこなくなっている。破れたところはそのままだけど、血はもう完全に止まっていた。

 ひょっとしたら水たちは、あの足元の奴をしとめるために、自分の身体を針のように鋭くしていたのかな。おじさんはそう思っているみたい。

 



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気に入っていただけたら、他の短編もたくさんございますので、こちらからどうぞ! 近野物語 第三巻
― 新着の感想 ―
 目薬の滴だけでなく、シャワーや雨まで鋭い痛みをもたらすとは目が点になるどころで済まぬ驚きな現象ですね。  日常生活が壊滅し、喉などの飢えを満たす手段がなくなりそうです。  足元で罠のように待ち構え…
[一言] 拝読していて、目薬ではないのですが以前アイボンを試してみたら、瞬きをした瞬間に激痛が走った時のことを思い出しました。幸い痛みは短時間で引いたのですが……。 でも、痛いということは「効いている…
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