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第6話 勇者は屍の海を歩む

 静寂の中、僕は青空を仰ぐ。

 雲一つない素晴らしい天気だった。

 長い時間をかけて息を吐いて、右手を開く。


 そこから転がり落ちたのは半壊した槍だ。

 最初に持っていた金槌は途中で折れた。

 今頃はどこかの騎士の顔面にめり込んでいるだろう。


 左腕は肘から先がなくなっていた。

 乱戦の終盤で斬り落とされたのだった。

 躱すこともできたが、僕は無理な接近を選んだ。

 そうすることで相手を一撃で殺し、さらなる恐怖を撒き散らせると知っていたからである。


 腕の断面では、肉と骨が盛り上がりつつあった。

 放っておけば生えてくるはずだ。

 僕は首を回して辺りを眺める。


 村の入り口付近には、数百の死体が散乱していた。

 いずれも騎士で、僕が殺したものである。

 逃げた騎士もたくさんいたが、村へ入った者は一人もいない。

 戦闘中は常に気を張っていたので、見逃しはないだろう。


 エマとマリーの二人はきっと無事だ。

 彼女達に手出しはさせない。

 誰かを守るのも勇者の務めである。


(いや、そもそも騎士達は僕を狙っているのか)


 トーマスは村人を助けに来たと言っていた。

 そうなると、発見された二人は保護されるのか。

 トーマスとの会話中にも考えたことだが、やはり楽観視はできない。

 奴隷身分である彼女達は、正当な扱いをされるか不明だ。

 やはり僕が守らねばならない。


 僕は死体の間を歩いていく。

 全身に受けた無数の傷は、徐々に塞がっていた。

 露出した骨が筋肉に埋まり、流れ出る血が止まって皮膚に覆われる。

 各所に刺さった槍や剣、矢などを引き抜いては捨てていった。

 数十歩と進むうちに、すべての負傷が完治する。


 別に満身創痍だろうと戦えるものの、今の状態の方が動きやすい。

 この特性を獲得してから三年が経ったが、短時間でこれだけの傷を負うことは滅多になかった。

 分かってはいたが、まったく問題ない。

 代償や反動といったものも存在しなかった。


 魔王の呪いは、意地でも僕を死なせたくないらしい。

 どれだけの重傷だろうと勝手に治っていく。

 命を繋ぎ止めるのが最大の宿敵とは、なんとも皮肉な話である。


 死体の海を越えた僕は、遥か前方に視線をやる。

 トーマスが這いずるようにして逃げようとしていた。

 間の抜けた動きは、腰が抜けているせいだろう。

 それに加えて、立派な鎧が重たくて立てないに違いない。


 トーマスは脇道へ逸れて森の中へ消える。

 騎士団の壊滅を目の当たりにして、逃げることに決めたようだ。

 なんとも薄情な行動だが、予想の範疇であった。

 仲間の仇を取ろうにも、彼では僕に敵わない。


 ただ、行動に移るのが遅い。

 僕が騎士を殺し回る最中、トーマスはひたすら怯えていた。

 何度も嘔吐し、泣きながら喚くばかりだった。

 極度の恐怖で動けなかったらしい。

 情けない姿と言う他あるまい。


 もちろん同情の余地はなかった。

 血塗れの僕は、トーマスの背中を追って森を目指す。

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