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第3話 勇者は騎士団を出迎える

 閑散とした村の、血痕のこびり付いた広場。

 木製の椅子に腰かける僕は、離れたところにいるエマとマリーを眺めていた。


 エマが人差し指を立て、そこに魔力の光を灯す。

 彼女は片手を宙に走らせる。

 流れるような速さで、光の軌跡が術式を構築した。

 そこから幾本もの炎の矢が飛び出すと、前方に設置された丸太に命中する。

 丸太は轟々と燃え始めた。


「すごーい!」


 横にいたマリーがはしゃぐ。

 彼女に目の前の光景は見えないはずだが、魔力の動きから現象を感じ取ったのだろう。

 エマは頬を掻いて照れ笑いをする。

 マリーの称賛が嬉しかったようだ。


「よし、今度はあたしの番だね!」


 腕まくりをしたマリーが、杖を掲げて詠唱をする。

 彼女の魔力が高まり、詠唱が終わると同時に解き放たれた。

 燃える丸太の横で、大きめの岩が持ち上がる。

 目線の高さまで浮遊すると、徐々に降下して元の場所に着地した。


 杖を下ろしたマリーは、満面の笑みで万歳をする。


「わーい、できたーっ!」


 エマとマリーは手を取り合って喜ぶ。

 随分と熱心に練習しており、今日になってようやく成功したのだ。

 達成感も大きいのだろう。


 マリーは僕を見て大きく手を振った。

 僕は頷いて応じつつ、小さく息を吐いた。


(皮肉なほどに平和だな)


 村で起こした惨劇から五日が経過した。

 僕は、エマとマリーと奇妙な共同生活を送っている。


 空いた時間は、村人の死体の埋葬に費やした。

 溢れ返りそうになったので墓地を拡張し、今朝になってようやくすべての死体を処理し終えた。

 それなりに手間がかかったものの、他にやることもない。

 ちょうどいい暇潰しになった。


 二人は魔術の練習を行っていた。

 長老の家にあった魔術書を利用して、新たな術の習得に勤しんでいた。

 元々、水や火は出せるため、適性があるのは知っていた。

 だから今度は、別の術を学んでもらうことにしたのである。


 魔術については習得して損はない。

 彼女達は、この村に暮らすと決めた。

 当然、これから厄介事に巻き込まれる可能性もある。


 しかし以前までのように、ただ虐待されるだけではいけない。

 自らの力で反撃できるようになるべきだろう。

 せっかく力を得られる余地があるのだ。

 それを活かさない手はない。


 僕はそういったことを二人に説明した。

 エマは真剣に話を聞いて納得した。

 マリーはよく分かっていない様子だったが、魔術を習得することは意欲的だった。

 二人はこの五日間で楽しそうに勉強し、ついに新たな術を習得した。


 僕は魔術についてそこまで詳しくない。

 それでも二人のセンスの良さは確信できた。

 この調子なら様々な術を覚えられるだろう。

 そうなれば、一般的な魔術師にも引けを取らない実力を得られる。

 自衛する分には十分だろう。


 エマとマリーには、留守を任せられるだけの力を手に入れてほしかった。

 僕もいつか旅に出なければいけない。

 勇者として悪党を成敗し、魔王殺しの英雄譚を広めるという使命があるためだ。

 それまでに墓地の安穏を保てる基盤を整えておきたい。


「……ん?」


 エマとマリーの練習風景をなんとなしに見学していた僕は、ふと眉を寄せて思考を中断する。

 村の外に大勢の気配を察知したのだ。

 かなりの人数がこちらに接近しつつある。


(どこの勢力だ?)


 僕は立ち上がりながら考える。

 方角からして、近くの街から来たのだろう。

 そうなると傭兵か騎士だろうか。


 おそらくは僕を殺しに来たものと思われる。

 別に不思議な話ではない。

 これだけ多くの犠牲者を出しているのだ。

 逃げた村人達がいるので、そこから僕の凶行が知れ渡ったのだろう。


 とりあえずエマとマリーを近くの家屋に避難させた。

 僕は一人で村の入口へと向かう。

 こちらから顔を出さないと、村を無差別に攻撃される恐れがあった。

 エマとマリーに被害がいく可能性がある。

 どうせ戦うのなら、堂々としておいた方がいい。


 僕は気配を感じる方角へ歩いていく。

 勇者としての数々の経験が、優れた感知能力を形成していた。

 相手の大まかな人数や殺気の強弱も分かるのだ。

 近くにいれば、魔術による隠密能力も看破できる。


 村の出入り口に到着した僕は、そこで待ち続ける。

 やがて森を貫く一本道から現れたのは、揃いの鎧を纏う集団だった。

 彼らは正規の騎士だ。

 整列して進む彼らは二百人を下るまい。


 騎士団は僕とかなり離れた場所で停止した。

 魔術や弓矢ならば当てられる距離である。

 一方的に攻撃できる間合いであった。


(結構な規模だな。それだけ本気ということか)


 騎士団の狙いが僕であるのは確実だった。

 しかし、まさかここまでの人数で押しかけてくるとは思わなかった。

 相手は僕一人である。

 それだけ危険視されているのか。


 どうにも腑に落ちない。

 僕は墓守をするだけの男だ。

 人々は、魔王殺しを軽視していたのではなかったのか。


 釈然としない心境のまま騎士団の出方を窺っていると、一人の若い男が最前列の中央に進み出てきた。

 やけに派手な鎧には、無意味な装飾で彩られてた。

 ただし、多少は魔術的な効果も付与されているようだ。

 鎧は優れた防御力を持っているのだろうが、男には些か不釣り合いな装備である。

 騎士達と比べて、彼が戦い慣れしていないのは一目瞭然だった。


「貴様が気狂い勇者かっ!」


 男が威勢よく発言する。

 拡声の魔術を通したらしき声は、こちらまでしっかりと届いていた。


 僕は静かに答えを返す。


「そうだけど」


「ふざけた態度だな。自分が何をしたのか、分かっていないのか!」


「そっちこそ何をしに来たんだ。説教目的じゃないんだろう?」


 僕が皮肉を言うと、男は舌打ちをした。

 地団駄を踏みかけたのを、近くの騎士が止めている。

 宝石でぎらついた剣を掲げながら、男は目的を告げる。


「当然だ! 我々は村を占拠する貴様を捕縛しに来た!」


 それから男は事情を説明し始める。

 彼の名はトーマスで、領主の一人息子らしい。

 街に逃げてきた村人から、気狂い勇者が暴走したという話を受けて鎮圧に来たのだという。


「村人達を解放して、大人しく投降しろ。そうすれば命までは取らん!」


 堂々と叫ぶトーマスの言葉に、僕は首を傾げる。

 どうやら情報に齟齬があるらしい。

 逃げた者以外は皆殺しにしたというのに、向こうは僕が人質に取っていると勘違いしているようだ。


 一応、エマとマリーはいるものの、彼女達は奴隷同然の扱いだった。

 救出される村人という枠組みで勘定に入れるべきではないだろう。


 おそらくは、逃げた村人が誤解したに違いない。

 まさか村の人間が皆殺しにされたとは考えなかったのだろう。

 トーマスと騎士団も同じように考えたからこそ、村人の救出を行おうとしている。


(状況は理解できた)


 整然と並ぶ騎士団を見て、僕は脳内の整理をする。


 領主の息子であるトーマスは、いずれこの地を引き継ぐ貴族だ。

 此度は、騎士団を率いて手柄を立てに来たのだろう。

 僕はちょうどいい相手だと思われているのだ。

 命を危険に晒さず、武功だけを挙げられると思われている。

 だから戦い慣れていないトーマスが、あのような態度を取っている。


(舐められたものだな)


 領主の視点だと、僕の殺戮は切迫した事態ではないらしい。

 むしろ、息子に華々しい勝利を与えてやれる機会だと認識されていた。

 二百人の騎士団という過剰戦力も、民への宣伝行為に違いない。

 気狂い勇者とは、その程度の脅威のようだった。


「まったく……」


 僕はため息を洩らす。

 どうやらこの上なく侮られているようだ。


 騎士達は勝利を疑っていない。

 彼らにとっても楽な仕事なのだろう。

 たった一人の人間を殺すだけでいい。

 それで多額の報酬が貰える。


 騎士団からは、弛緩した空気が感じ取れた。

 最初の段階は緊張感があったものの、実際に僕と対峙したことで油断が生まれていた。

 目に見えた戦力差を確認して安堵したようだ。


 それも仕方あるまい。

 今から相手にするのは、落ちぶれた元勇者の墓守だ。

 栄光は三年前のものに過ぎず、彼らからすれば取るに足らない存在である。

 たとえ抵抗されても、二百人という数で圧殺できると考えている。


 僕は懐を探り、右手に金槌を握った。

 左手を背中側に回して、括り付けたナイフを掴む。

 二種の武器を構えてトーマスと騎士団を見やった。


 彼らはまだ慢心していた。

 鼻で笑うような調子で僕を眺めている。

 トーマスなどは自信ありげに何かを言っているが、生憎と僕の耳には届かない。

 戯れ言は、自然と意識の外に追い出していた。


 もう会話は必要ない。

 彼らには、ここが死地であると認識してもらおうと思う。

 勇者を侮られたままでは困るのだ。

 僕は身を沈めて構えを取ると、次の瞬間には大地を疾走した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 勇者が闇落ちしてはい魔王になりました(完)から物語がスタートする作品が多い「なろう作品」の中で、ここまで丁寧に闇堕ち過程を描写した作品は初めてみたなぁ。 しかも闇落ちもやむなしな感じ。よき…
[良い点] ヒャッハー! 虐殺タイムだーっ!! ……っていう気分になっちゃいます。 この物語の主人公に感情移入してしまうと。 [気になる点] 自分がこの物語の主人公の立場だとしたら…… やっぱり同じ…
[良い点] 相変わらず、残酷面白い キャプテン・アメリカが人類に絶望して闇堕ちしていたらこんな感じだったのかな
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