第11話 勇者は本音を語る
エマは僕を家屋の裏手に導いた。
ここなら室内の二人にも話が聞こえない。
それが狙いなのだろう。
立ち止まったエマが僕の手を指でなぞる。
『どうするつもり』
「何がだい?」
『彼のこと』
トーマスのことだろう。
該当する人間は一人しかいない。
他は死体ばかりの村だった。
エマは険しい面持ちでさらに指を動かす。
『これからのことも』
「…………」
僕は黙ってエマを観察する。
彼女はどうやら不安に苛まれているらしい。
今後も村でやっていけるのか心配なのだろう。
状況を考えれば、その感情も当然だった。
だから僕は、あえて冷静に指摘する。
「この村で暮らすと決めたのは君だろう? 平穏が続くわけではないと理解していたはずだ」
「……」
エマが目を逸らす。
本人もそれを分かっているのだ。
故に言い返すことができない。
大勢の村人が僕の手で殺された。
エマは彼らが惨殺される瞬間を目撃している。
現在の状況は、無数の犠牲を経て成り立っていた。
その上で彼女は居住し続けることを選択した。
エマも馬鹿ではない。
こうなることは予想できていたはずだった。
想像と現実では、やはり体感が異なったということだろうか。
「まあ、心配するのも分かるよ。色々と破綻しているからね」
僕は苦笑し、ふと空を見上げる。
星々の中に三日月があった。
青白い光を帯びている。
この地には似合わない、皮肉なまでの美しさだった。
暫しの沈黙を挟んで、僕は意見を述べる。
「トーマスもすぐこの村に慣れる。それまで仲良くしてやってくれ」
「……っ」
エマは何か言いたげに口を動かす。
彼女は指を動かしかけて、中断した。
これ以上は言及すべきではないと思ったのか。
考え込んだ彼女は別の質問を続けてきた。
『これからのことは』
「僕なりに考えているよ」
笑顔で頷いた僕は、両手を広げながら告げる。
「もう少し魔術を習得したら、君とマリーは村を出ていくといい。それだけの技能があれば、どこに行っても困らないはずさ」
『どうして』
驚いた様子のエマに僕は応じる。
「この村は危険だ。もう分かったろう? 次は領主が本軍を寄越してくるはずだ。さらにたくさんの人が死ぬことになる」
僕が留守の間、エマとマリーには墓守を任せるつもりだった。
しかし状況が大きく変わった。
この村は戦場になる。
状況の展開が思った以上に加速していた。
いずれ王国から軍隊が派遣されるだろう。
僕は皆の墓地を守るためにも留まるつもりだった。
エマとマリーは大切な人というほどではないが、無為に死なせたいとも思わない。
二人とも素晴らしい才能を持っている。
遠く離れた土地で幸せに暮らせるのなら、それに越したことはない。
僕と違って、二人はまだやり直せるのだから。
「村の物資は自由に持っていって構わない。住みやすそうな土地の候補も挙げておくよ。色々な場所を旅したから参考になるはずさ」
『寂しくないの』
「僕がかい?」
エマが頷く。
大真面目に訊いているようだった。
「……寂しいさ。ずっと寂しいよ」
僕は泣きそうになりながら答える。
涙は出てこない。
とっくの昔に枯れていた。
気の狂いそうな寂しさはある。
でもこれでいい。
三年前から続いていたし、僕にとっての贖罪なのだ。
目を背けてきた事実がある。
魔王殺しの英雄を軽視する人々に、深い絶望を覚えた。
しかし僕が最も憎んでいるのは、皆を救えなかった自分自身なのだろう。




