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第1話 勇者は墓地を守る

 "守護術師"ロナウドは、命を賭して術を行使した。

 荒れ狂う竜の黒炎を彼の結界で阻む。

 ロナウドは僕達の前に立って、懸命に魔力を振り絞っていた。


 拮抗は一瞬だった。

 結界は脆くも破られて、ロナウドは炎に包まれる。

 断末魔を上げる彼はしかし、残る力で結界を再構成してみせた。

 こちらに被害を出さないためだろう。


 反射された黒炎が、鳥の形状となって羽ばたく。

 そのまま竜に襲いかかって、鱗に覆われた巨躯を燃やし尽くした。

 地鳴りを立てて倒れる竜を前に、ロナウドは静かに佇んでいた。

 炎で全身が炭化した彼は、倒れた拍子にばらばらに崩れる。






 "黒騎士"アイリは、強靭な精神力を以て叫んだ。

 巨人の薙ぎ払いで誰もが吹き飛ばされる中、彼女だけが大地を疾走した。

 途方もない大きさの棍棒を躱して跳び上がる。


 空中を駆けるアイリは詠唱を始める。

 古代の呪術が彼女の魔剣を覆い尽くし、必殺の力を宿した。

 大質量の魔力が集束して暴風を伴う。

 急加速した彼女は、巨人の首を狙って跳びかかった。


 そこに大樹のような棍棒が容赦なく迫る。

 人間には抗えない一撃だった。

 突きを受けたアイリは一瞬で肉塊となった。

 象徴であった漆黒の鎧も、無数の金属片となって飛び散る。


 棍棒がアイリを蹂躙する一方、一筋の光が巨人の顔面を穿つ。

 それは極光を纏う魔剣だった。

 死の直前、アイリが咄嗟に投げ放ったのだ。

 血肉の雨が降る中、巨人が沈む姿を目の当たりにした。






 "要塞盾"ノリスは、決死の形相で最後尾を選んだ。

 石造りの迷宮の階段で、彼は雪崩れ込む魔物を食い止めた。

 普段は温厚で無口のノリスは、早く先に行けと何度も叫んでいた。


 間から飛び出した爪が、彼の肩を貫通する。

 しかしノリスは微塵も怯まず、相手を殴り付けて盾を保持した。

 殺到する魔物を一人で押さえるには、どれほどの膂力が必要なのか。

 満身創痍の僕達を守るため、ノリスは懸命に通路を塞いでいる。

 僕達は彼に感謝しながら先を急いだ。


 ようやく曲がり角まで来たところで、僕は改めて振り向く。

 階段付近は血みどろの惨状を晒していた。

 踏ん張るノリスは、無数の魔物に群がられている。

 頭部の半ばほどを噛み千切られて、胴体に大穴が開いていた。

 強酸によるものか溶けた箇所も多く、切断された片腕が地面に転がっている。


 愛用の大盾は半壊していたが、尚もノリスは立っていた。

 魔物達は彼の死体を押し退けようとするも、なぜかびくともしない。

 やがて彼らは仲間同士の重みで圧死していく。

 負荷のかかった階段が崩落して、そのまま追っ手は全滅した。






 "夢双剣"ジルは、軽口を叩きながら進み出た。

 彼が対峙するのは魔王軍の幹部である魔人である。

 背中と脇腹から生えた八対十六本の腕が、十六種の武器を操ることを知っている。


 両手に幻術の短剣を生み出したジルは、魔人と真っ向から打ち合う。

 連鎖する金属音が戦いの熾烈さを物語っていた。

 加速する死闘を前に、ジルは引き下がらない。

 彼の後ろには、致命傷を受けて動けない僕がいるからだ。


 猛攻の最中、魔人の刃がジルの脇腹を貫通した。

 そこへジルが反撃を繰り出して、魔人の腕を叩き斬る。

 魔人の槍がジルの太腿を抉ると同時に、幻術の短剣が鳩尾を切り裂いた。

 高速攻撃を得意とする二人は、持てる力を駆使して互いに削り合う。

 時折、飛び散った血が僕の頬を濡らした。


 姿の霞むような戦闘は、唐突に終わりを告げた。

 横薙ぎの斧によってジルの首が斬り飛ばされたのだ。

 しかし、突き出された短剣は、魔人の心臓をしっかりと捉えていた。

 両者は同時に崩れ落ちて、二度と動くことはなかった。






 "賢者"ミレアは、覚悟を決めて僕の隣にいた。

 魔王との戦いは佳境を迎えていた。

 天変地異にも等しい攻防だ。

 大魔術と大魔術が衝突しては、辺り一帯を余波が吹き飛ばす。

 もはや原形など残っていなかった。


 ミレアがこじ開けた道を、僕は聖剣と共に駆け抜ける。

 しかし、あと一歩のところで刃は届かない。

 魔王も本気だった。

 "勇者"の斬撃を何よりも警戒している。


 消耗を見せる魔王が、両手を胸の前で構えた。

 そこに瘴気が圧縮されると、黒い球体となって回転し始める。

 混沌と破壊の気配を感じた。

 魔王は、禁呪を発動しようとしている。


 膨張する球体を見たミレアは、自身の胸に手を当てて術を使う。

 彼女の体内で全魔力が渦巻いて発熱する。

 破滅的な脈動を繰り返すそれは、自爆魔術だった。


 止めようとする僕をミレアは制する。

 生きて、と彼女は言った。

 そして球体を放とうとする魔王へ接近する。


 黒と白の閃光が辺りを包む中、僕は泣きながら駆けた。

 半死半生の魔王に迫ると、聖剣でその首を刎ねる。

 返す刃で、無限の魔力を供給する心臓を貫いた。

 瘴気で構成された身体が朽ちて、内側から融解していく――。




 ◆




 淡い陽光を顔に浴びて、切り株に座った僕は目覚めた。

 いつの間にか、居眠りしていたらしい。

 三日月を眺めていた記憶があったというのに、太陽は頭上高くに昇っている。

 随分と眠り込んでしまったようだ。

 知らないうちに疲れていたのかもしれない。


 夢を見た。

 何度となく追体験した夢だ。

 かつての仲間の勇姿であったが、その死に様を思い起こすのは辛い。

 悪夢と呼んでもいい。


 どうせなら皆との楽しい日々を思い出したかった。

 自分の無意識に文句を言いつつ、僕は外套の袖で汗を拭う。

 口から洩れたのは、深いため息だった。


 顔を上げると、そこには森があった。

 草木に埋もれた土地のうち、前方一帯に開けた場所が設けられている。

 そこには等間隔で五つの墓が建てられていた。


 魔王討伐に貢献してくれた仲間達のものだ。

 悪夢の中で散った彼らの墓であった。

 遺体は回収できなかったので、遺品を土に埋めている。


(僕だけが生き残った。生き残ってしまった)


 頭を抱えて白髪を掻き毟る。

 以前は涙も出たものだが、もう枯れ果ててしまった。


 感情の起伏は落ち着いた。

 たまに不安定だが、全体で見れば冷静な時間が長い。

 心の痛みにも慣れてしまった。


 魔王討伐から三年。

 その間、僕はずっとこの墓地の管理をしてきた。


 当時、王国は帰還した僕を歓迎した。

 しかし形ばかりの祝宴と適当な爵位を与えると、英雄の眠る地で墓守をするように命じた。

 早い話が、辺境の地に追いやられたのである。


 巷で僕は、気狂い勇者と呼ばれているらしい。

 仲間の死で心を病んだせいだろう。

 墓守となる際に聖剣も没収されてしまった。


(魔王の死んだ世界は、勇者は不要らしい)


 加えて僕は、精神的に不安定で危険だと思われている。

 それもあながち間違いではない。

 心が壊れているのは自覚していた。

 冤罪をなすり付けられて、処刑されなかっただけ幸運と考えるべきだろうか。


 墓地の近くの村は、僕を腫れ物のように扱っている。

 だから滅多に顔を見せることはない。

 墓地のそばに小屋を建てて、なるべく村から離れて生活していた。

 これなら迷惑をかけることはない。

 森の中の墓地と小屋だけが、今の僕の世界だった。


 このまま僕は、ひっそりと生涯を終える。

 それでいいと考えていた――二日前までは。

 虚無に等しい暮らしを繰り返してきた僕だが、このままではいけないと思ったのだ。

 そして、昨晩に決めたことがある。


 僕は勇者だ。

 魔王討伐だけが使命ではないはずだった。

 悪党を成敗するのも、その一環なのではないか。


 変わらず勇者として活動するのは、きっと悪いことではない。

 きっと皆も喜んでくれるはずと思う。

 少なくとも、今のような姿を望んではいまい。


 この三年間、僕は停滞していた。

 緩やかに死へと向かっていた。

 我に返ることができたのは、本当にただの幸運だった。

 何のきっかけもなく閃いたのである。


「悪党探しの旅か……」


 僕は小さく呟いた。

 そうと決まれば、旅の準備をしなければいけない。

 明日には出発したかった。


 最初の行き先も決めるべきだろう。

 定期的にここへ帰ってきて、皆に報告もしたい。

 そうした方が、きっと安心してくれる。


 不在中の墓地の管理は誰に任せようか。

 村の人々は、きっとやりたがらない。

 こうなったら迷惑を承知で頼むしかないだろう。

 さすがに放置はできない。


 前向きになった思考を巡らせていると、足音と話し声が聞こえてきた。

 村へ続く道を辿って、複数人の男女がやってくる。

 武装した彼らの装備には統一感がなかった。

 おそらく傭兵だろう。


 その姿を目にした僕は怪訝に思う。

 この辺りには何もない。

 傭兵が来るような場所ではないはずだった。


 やがて彼らは僕の前まで来る。

 リーダーらしき男が、座り込んだ僕を見下ろして話しかけてきた。


「あんたが墓場の勇者だな?」


「……それが何か」


 僕は静かに応じる。

 すると男は、厳めしい顔で言葉を続けた。


「村人から苦情が出ている。気味が悪いから出ていけ、だそうだ」


 予想外の内容だった。

 村人達は、ついに僕を追い出すと決めたようだ。


 悲しかったものの、取り乱すことはない。

 どこかで納得する自分がいた。

 遅かれ早かれ、そうなる気がしていたのだ。


 僕は切り株に座ったまま男に尋ねる。


「依頼で僕の追放を頼まれたのか」


「そういうことだ」


 男は平然と頷いてみせる。

 傭兵達は村人に雇われたのだろう。

 誰かの独断ではない。

 村全体で話し合って雇ったのだと思う。

 よほど嫌われていたらしい。


 僕は億劫に感じながらも立ち上がる。

 旅に出るつもりだったが、これでは墓地を離れられない。

 だから傭兵達に意見を表明する。


「僕はこの地の墓守に任命されている。勝手に立ち退くわけにはいかない」


「形ばかりの役職だろ? あんたが放棄したって、誰も困りやしねぇよ」


 男は鼻を鳴らして言った。

 嘲りを隠そうとしない。

 他の傭兵達も同じ調子であった。

 傭兵の一人が、遠くを指差しながら僕に命令する。


「分かったらさっさと出ていけ。痛い目に遭いたいのか?」


「痛い目、か……」


「なに笑ってやがる!」


 激昂した一人に殴られた。

 無意識のうちに口が緩んだらしい。


 倒れた僕は頬を押さえる。

 痛みはあるも、慣れたものだった。

 表情が歪むことはない。


 男は僕の姿を一瞥すると、吐き捨てるようにぼやく。


「魔王殺しと聞いていたが、とんだ腑抜けだな。死人と大差ない野郎だぜ」


 その指摘には反論できない。

 今の僕を示す的確な表現だからだ。

 心の枯れた僕は、死人とさして変わりなかった。


「おら、立てよ。憂さ晴らしに付き合ってもらおうか」


 男が僕の髪を掴む。

 そのまま引っ張られて樹木に叩き付けられた。

 息が詰まったところで蹴りが飛んでくる。

 痛みに呻く間もなく殴られた。


 寄ってたかっての暴行が重なっていく。

 僕は無気力にそれを受け続けた。

 反撃に動くだけの精神が、残っていなかったのだ。


 気が済むまで、好きにさせてやればいい。

 どこか他人事のように、そう考えていた。


「ハハハ! どうしたァ! 反撃一つもできねぇのかっ!」


 男は嘲笑し、存分に暴力を振るってくる。

 僕は人形のように殴られていた。

 顎を打たれた拍子に血を吐く。

 口元を拭おうとして、顔面を蹴られた。

 後頭部を樹木にぶつける。


 朦朧とする意識の中、傭兵の一人が墓地に踏み込むのが見えた。

 彼は見下すように鼻を鳴らすと、墓石に足をかける。

 賢者ミレアの墓石だった。


「こんな墓を守って何になる! 使命も果たせずに死にやがった連中だろうが!」


 叫ぶと同時に、墓石が蹴倒された。

 その瞬間を僕は目撃した。

 墓石が割れる様や、飛び散る破片の一つひとつが、網膜にこびり付く。


「――――あっ」


 小さく声を洩らした僕は、自然と片手を伸ばす。

 指先が樹木に立てかけた仕事道具に触れた。

 金属の硬い感触を握り込むと、腕を一閃させる。


 執拗な暴行が、ぴたりと止まった。

 目の前に立つ男が静かに佇んでいる。


 男の首から上が消失していた。

 視界の端では、嗜虐に歪む頭部が宙を回転している。

 それは茂みに落下して見えなくなった。


 僕は視線を手元に向ける。

 長柄のシャベルが握られていた。

 所々が錆び付いた古めかしいものだ。

 シャベルの縁には、鮮血がへばり付いている。


 首無しの身体が断面から血を噴出した。

 くたりと膝から崩れ落ちる。


「えっ……」


 他の傭兵達は呆然としていた。

 間の抜けた顔でこちらを眺めている。

 何が起こったのか理解できないようだった。


 僕は返り血を浴びながら進み出る。

 死体を踏みながらシャベルを握り直した。

 どす黒い衝動を抱えながら、傭兵達を睨み付ける。


「皆を、侮辱したな」


 驚くほどに思考が明瞭だった。

 今まで泥に沈んでいたのかと錯覚するほどだ。


 これはたぶん怒りだ。

 久々に感じたので確証は持てない。


 しかし、やることは決まっていた。

 それだけは間違うはずもない。

 僕は死体を踏み越えると、シャベルを振りかぶって傭兵達に襲いかかる。


「気狂いがァっ!」


 真っ先に反応したのは、直剣を持つ傭兵だった。

 彼は怒声を上げて立ちふさがると、袈裟懸けに斬りかかってくる。


 鈍色の刃が、僕の肩に炸裂した。

 そこから鎖骨を割って胴体の半ばまで食い込んでくる。

 肉と骨を裂かれる激痛に合わせて、血が派手に噴き上げた。


 しかし、僕は気にせず突進を強行する。

 シャベルを構えながら勢いよくぶつかった。


 手から鈍い感触が伝わってくる。

 シャベルは傭兵の胴体にめり込んでいた。

 スプーン状の先端が胴体を突き破り、背中から顔を出しているだろう。


「ぶ、あぎぁ……っ!」


 直剣使いの傭兵が苦痛の声を上げた。

 シャベルの持ち手を捻ると、肉をさらに引き裂く音がした。

 傭兵の瞳から急速に光が失われる。

 僕にもたれるようにして、彼は静かに息絶えた。


「痛いな」


 鎖骨を割る直剣を掴んで引き抜く。

 角度が悪かったせいで、さらに肉と骨が裂けた。

 大量の血を吸った外套が重い。


 僕は裂けた肩口に注目する。

 蠢く傷口が少しずつ塞がろうとしていた。

 筋肉同士が結合して健全な状態へと戻っていく。


 僕の有する再生能力の仕業だった。

 魔王を殺した際、その血を浴びて得た特異体質である。

 何度も自殺を試みたが、僕はこれのせいで死ねない。


 旅をしている時点でこの力があれば、皆が犠牲にならずに済んだろうに。

 そう思ってしまうも、意味のない妄想だった。


 僕は血だらけの片腕を回す。

 動きに違和感はない。

 斬られた傷は完全に繋がっていた。

 魔王の呪いは、凄まじい効力を宿している。


「クソが、死ね!」


 すぐそばから罵倒が上がった。

 残る傭兵の一人が接近してくるところだった。

 踏み込みから目にも留まらぬ速さでレイピアが振るわれる。


 高速の刺突が僕を穴だらけにした。

 さらには手足の関節を貫かれる。

 シャベルでは防御できない速さだった。

 一方的な攻撃によって全身の穴が増えていく。


 しかし僕は倒れなかった。

 間合いに立つ傭兵に向けて、横殴りにシャベルを見舞う。


 力任せの一撃は、傭兵の胴体を引き裂いた。

 斜めに断たれた上半身が回転して飛び、木にぶつかって落下する。

 レイピア使いの傭兵は、血を吐きながらもがくも、すぐに力を失って動かなくなった。


「あっ」


 僕は血みどろのシャベルを注視する。

 先端が少し折れ曲がっていた。

 乱暴な扱いしたせいだ。

 変形したシャベルを担いだ僕は、視線を横にずらす。


 離れたところにローブを着た傭兵の女がいた。

 風貌からして魔術師だろう。

 恐怖する彼女は、早口の詠唱と共に杖を振る。


 空気の擦り合う音がした直後、僕の脇腹が大きく裂けた。

 隙間から臓腑がはみ出したので押し戻す。


(風の刃か)


 使い勝手の良さから、魔術の中でも多用される術だ。

 見えない攻撃は脅威になり得るが、僕にとっては関係ない。

 気にせず歩いて魔術師に近付いていく。


 数歩ごとに風の刃が飛んできた。

 そのたびに全身を傷付ける。

 おかげで片腕は千切れかけだった。

 歩く動きに釣られて、ぷらぷらと頼りなく揺れる。


(まあ、どうでもいい)


 切断されても押し付ければ繋がるし、放っておいても新しく生えてくる。

 魔術師の目の前に到着した僕は、シャベルを頭上に持ち上げた。


「い、嫌……っ!」


 魔術師が悲鳴を上げた。

 同時に杖の先から火球が発射される。

 それは至近距離から僕の顔面に炸裂した。


 皮膚の焼ける感覚がした。

 嫌な臭いが鼻腔を刺激する。

 破裂音と共に、視界の半分が闇に染まった。

 どうやら火球が片目に直撃したらしい。

 突き抜けるような苦痛が脳を占拠する。


 それでも僕は、シャベルを振り下ろした。

 頭頂部から腰までを縦断されて、魔術師は二つに割れて崩れ落ちる。

 刃物のような切れ味はないので一直線には斬れなかった。


 僕はひん曲がったシャベルを携えて、辺りを見回す。

 無残な死体ばかりが転がっている。

 やってきた傭兵は全滅した。

 隠れている気配もなく、増援がやってくる感じもしなかった。


 その場で少し休憩した後、僕は近くの土を掘り始めた。

 シャベルが変形しているせいで難儀するも、それでもなんとか人数分の穴を掘る。

 それぞれに傭兵の死体を落として土を被せた。


 作業を終えた僕は、シャベルを捨てて切り株に座る。

 そして血みどろになった墓地を眺める。


「これでいい、はずだ」


 世界を救った皆を罵り、墓石を蹴倒したのだ。

 絶対に許せない。

 何よりの侮辱であった。


 傭兵達をこの地に埋めたのは、ちょっとした意趣返しだ。

 死体となった彼らは、英雄と同じ土地に葬られた。

 もう活かす機会はないだろうけど、その偉大さを学んでほしい。


 今回の出来事は、僕の考えに変化を与えた。

 魔王を討伐した英雄は、世間では軽んじられているようだ。

 傭兵達の認識だけが特別に酷かった可能性もある。

 しかし、村の人々は墓守である僕を追放しようとした。

 ここに眠る皆を軽視している証拠だろう。


(皆の功績が忘れ去られている……)


 もっと早く気付くべきだった。

 生き残った僕の使命は、皆の死を無駄にしないことだ。

 無為に時間を過ごす暇などなかった。


 悪党退治と並行して、魔王殺しの伝説を広めよう。

 皆の存在が周知されれば、こうした扱いも無くなる。


 未来永劫、皆の活躍が語り継がれるようにしたい。

 僕自身の名声など、心底からどうでもいい。


 人々の記憶に、魔王殺しの存在を刻み込まなければ。

 それが、墓守となった勇者にできることだった。

お読みくださりありがとうございます。

毎日更新で連載していきますので、よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] さっそく読ませていただきました。 ……勇者の仲間達の死に様の、 凄惨な描写が印象深いです。 [気になる点] 結城さんの作品をいくつか読んで思ったのですが、 もしかして、 ドラクエ1の冒頭…
[一言] ハードな設定できましたねー。楽しみにしてます!
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