五
「つまり、最近お気に入りの物語の悪役令嬢とティア自身を重ねて落ち込んだ上に、サロンでありもしない側室の話をされて、それをそのまま鵜呑みにして逃げ出した、と?」
場所は変わって領地の屋敷に戻ってきた私は、私の部屋でアルフレッドから事情聴取をされている真っ最中である。
椅子は二つあるのに、何故か私はアルフレッドの膝の上に居る。
アルフレッドは右肘を肘掛けに置いて、疲れたように眉間を揉むみつつ、反対側の肘掛けを長い指先で、コツ、コツ、とリズム良く叩きながら重い息を吐いた。
き、気まずい。
こんなにアルフレッドの膝の上が居心地が悪いのは初めてだ。
そういえば、今までアルフレッドと二人きりの空間で、アルフレッドがここまで不機嫌なこと自体初めてなのだと気付く。
いつも優しく微笑んで、傍に寄り添ってくれていることがもはやデフォルト化されていただけに、尚更この沈黙が堪えられない。
それに、何だかさっきのまとめ方はあっさりしすぎて納得いかない。
そんな一言でまとめきれるほど、単純ではないのだ、この思いは。
だから、つい言い訳をしたくなるのが人の心理というものである。
「…逃げ出したわけじゃなくて、少しアルへの気持ちを減らさないとなぁと思って…」
「…ふぅん?それくらいで減るものなんだ?ティアの私に対する思いというのは?」
どうやら下手をこいたらしい。
アルフレッドの声が唸るように低くなった。
「…それで?減ってしまったの?私への気持ちは?」
「………なかった」
「ん?」
「~~っ、減らなかった!むしろ、もっと会いたくなって、もっと気持ちが募って、とってもとっても苦しかった!」
ーーー側室ができるまでアルを一人占めしてた方が、きっと何倍も幸せだったと思う。
ポツリとそう呟いた私を、アルフレッドは私の腕を取ってそっと自分の方へ引き寄せると、そのまま後ろからぎゅっと抱き締めた。
「馬鹿だな、ティアは。そもそも、私が君以外を傍に置くわけがないだろう?」
耳元で甘く囁くアルフレッド。
これまでだったら、それで満足して納得して、話は終わっていたかもしれない。
でも、一度自分のドロドロとした感情の存在に気付いて、自分の欲深さを目の当たりにした今、それだけでは足りない。足りないのだ。
何て欲張りなんだろう。
そう、自嘲せずにはいられない。
どうしてこんなに自分だけ不安なのだろう。
何だか理不尽だ。
私ばっかり。
そう思い始めると、心がささくれだすのを感じる。
「アルは何でいつもそんなに余裕なの?ズルい。私ばっかり不安になって、私ばっかりドロドロして」
ズルい、ともう一度アルフレッドを責める。
思い返せば、私ばかり他の女性の存在にハラハラしてる。
そして、こんなにドロドロした感情をもて余して、未だに振り回されている。
ズルい。
そう考えているうちに、むくむくとアルフレッドに対して意地の悪い気持ちが沸き上がってくる。
アルフレッドの本物の運命の相手が出てきたらどうしようってモヤモヤしていたけど、そもそもアルフレッドの運命の相手が私じゃなくて別の方だったとしたら、私にもアルフレッドではない別の運命の方がいるということよね。
ふと浮かんだ考えに、パッと目の前の景色が広がった気がした。
これまで、アルフレッドに捨てられたくないとすがりついて、みっともなくアルフレッドの運命の相手に八つ当たりして断罪されることだけしか考えていなかったけど、アルフレッドから捨てられた後に運命の方と出会う人生があるかもしれないんだわ!
そうと決まれば、アレをお願いしておかなくちゃ。
私は、アルフレッドと今後のことを打ち合わせる覚悟を決めた。




