四
「アル…」
金色を帯びた愛しい人は、その深緑の瞳で真っ直ぐに私を射抜く。
とてもこんなところに来られないほどの重責を背負っているはずの彼の瞳に晒されながら、頭の中を駆け巡るのは困惑、そして罪責の思い。
なぜ、どうしてアルフレッドがここにいるの?
執務は?謁見は?会議は?
私がアルフレッドに責務を投げ出させてしまった?
私のせいで、アルフレッドの評価が下がってしまう?
どうしよう、何てこと。
お兄様に任せればアルフレッドに上手く伝えてくれると思ったのに。
会いたかったのに、会いたかったけど………ーーー会いたくなかった。
「どうして…?」
あらゆる感情が蜷局を巻く胸の内を、どう制御すればいいのか分からない。
気付けばポロリと涙が溢れていた。
自分の瞳から溢れ落ちる涙を見られたくなくて、咄嗟に両手で顔を覆う。
絶え間なく流れる涙は止まることなく手の内に溜まっていく。
どうして気づかなかったんだろう。
優しいアルフレッドなら、こんな形で突然帰った私を放っておくはずなんてないのに。
ーーー心配をかけて、迷惑までかけて、私は本当にこの人の隣にいる資格があるのだろうか………
そう頭の片隅で考えている間も、頬は溢れる涙で絶え間なく濡れていく。
こんなに泣いたら、もっとアルフレッドに心配をかけてしまう。
止まれ、止まれ、と心の中で唱える度に焦燥感が募っていく私の耳に、緑をゆっくりと踏みしめる音が届いてくる。
そして次の瞬間、王宮で毎日感じていた温かさが私の体を包み込んだ。
「ティア」
心地いい大好きな声が、労るように私の名前を呼ぶ。
その声に背中を押されるように、何とか声を絞り出す。
「ごめんなさい………」
とても小さい謝罪になってしまったが、アルフレッドには聞こえたのだろう。
包み込む腕に力が込められる。
「私は、謝ってほしくてここに来たのではないよ」
アルフレッドの声に、少しだけ不機嫌さが滲む。
「私が聞きたいのは、どうして急に私離れをしようという気になったのかということだけ。
答えによっては、どこかに閉じ込めてしまおうと本気で考えるくらいには余裕がないから、気をつけて答えるんだよ?」
感情を圧し殺すように淡々と話すアルフレッドだけれど、話の内容は物騒だ。
閉じ込められてしまったら、私は一人ぼっちの空間でアルフレッドが訪れるのを只管待つことになるのだろう。
側室の影に怯えながら。
そして、アルフレッドの訪れがどんどん減っていき、私の中に残るのは憎悪だけになるのか。
そして、物語の悪役のように醜く足掻いて、アルフレッドに侮蔑の目で見られ、失意のまま死んでいくのだろうか。
「そ、そんなの嫌…」
ぽつりと呟いた私の声に、アルフレッドが息を呑んだ。
そして、ゆっくりと距離を置くように離れていく体温。
だけどそれが、まるでアルフレッドの心が離れていくのを体現しているようで、思わずアルフレッドの体にしがみつく。
「っやだ!離れていかないで!側室の所になんか行かないで!」
うわーん、と子どものように泣く私に、アルフレッドの体がピキリと固まる。
「…側室?ちょっと待て、ティア。どうして私が浮気をしているようなことになっているんだ?」
戸惑うアルフレッドの声にあ、と気づく。
「それはまだ先の話で…」
「まだ?先?」
アルフレッドが私の言葉で気になったであろう部分を復唱する声が、何だかいつもよりも低い。
それと同時に心なしか辺りが少し暗くなってきた。
雨が降るのだろうかと空を見上げようと顔を上げた瞬間、アルフレッドの深緑の瞳とぶつかる。
とても綺麗に微笑んでいるのに、額に浮かぶのは青筋…ーーー青筋?
そのちぐはぐなアルフレッドの表情に、止まることを知らなかった涙が早々に引っ込んだ。
「ア、アル…?」
試しに名前を読んでみるが、そのちぐはぐさは変わらない。
青筋を宥めようと手を伸ばすが、すぐにアルフレッドにその手を取られた。
そして、少しドスの効いた声が綺麗な笑顔から繰り出される。
「ティア、どこで、誰に、何を吹き込まれたのか、詳しく教えなさい」
アルフレッドの後方で雷鳴が轟いた。
すみません、作者の力不足でまたしても終わらせることができませんでした。
そのため、このシリーズのサブタイトルを数字へ変更しております。
連載途中での変更となり、大変失礼いたしましたm(_ _)m




