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聖なる森と月の乙女  作者: 小春日和
忘却の空と追憶の月
44/62

2

「ティアリーゼ様、到着しました」


馬車の外から御者の声がかかる。

出立の準備に1日、ウェーバー領への移動で3日、報せを受けてから5日目の昼過ぎに私たちはようやくウェーバー領へと到着した。


移動の間にも現在の捜索状況など使者により報告を受けていたが、芳しい情報はほとんどなかった。

しかし、隣国である復権したウィシュラルトの王となったアビゲイルが、いち早く支援を申し出てくれたこと、アスタリーベ帝国の次期継承者であるルナベルト様も自国の内乱の沈静化で忙しい中、物資の救援をおこなってくれたことなど、嬉しい報告も幾つかあり心励まされた。


馬車から降りた私が最初に案内されたのは、アルフレッドが土砂崩れにあった場所だった。


「これは…」


その凄惨さに、呼吸の仕方を一瞬忘れるほど胸が締め付けられた。

そこは崖道であり、土砂崩れとともにアルフレッドや騎士たちも崖下へと投げ出されたということだった。

眼下に広がるのは深淵の森。

現場に漂う絶望感に飲み込まれそうになるのを必死に抑え、案内した騎士を振り返る。


「崖下に降りる道はあるの?」


「は!道がなく、草木を凪ぎ払いながらの作業でしたので手間取りましたが、昨日崖下までの道が完成したところです。

本日より崖下の捜索を始めております」


それを聞いて、崖下へ赴き自らアルフレッドを探したい衝動に駈られる。

早く無事な姿を確認したい。

早く声を聞いて安心したい。

そして、早く抱き締めて大丈夫だと言って欲しい。

早く、早くと気持ちは急くばかりで、だけど、こんなドレス姿で闇雲に森の中を探しても足手まといになるのは分かりきっていた。

だから、アルフレッドの捜索は騎士たちに任せて、私ができることをしなくちゃと分かっている。

ここで私が取り乱してしまえば、現場の士気に関わることも、民に不安を与えることも。

分かってるからこそ、アルフレッドを探しに行きたいと泣き叫ぶ心の声を無視して、騎士へ指示を出す。


「では、崖下の捜索を進めて。何か分かり次第、小さなことでもいいから報告して。

私は負傷者が収容されている教会にいます」


「御意」


恭しく頭を下げる騎士に頷いた私に、リリーがそっと寄り添う。

そのリリーの腕に周囲に悟られないようにすがりながら、私は現場を後にした。


ーーー


「ティアリーゼ様だ!」

「ティアリーゼ様が来てくださった!」


教会に到着した私を見るなり、負傷した騎士たちが喜びの声を上げた。

彼らも主が不在の中、主を守れなかった自責の念と不安な思いに苛まれていたことが想像に難くない。

その騎士たちの士気が上がる様に、ここに来たのは間違いではなかったと思うことができた。

彼らの声に応えるように手を小さく振り、案内役のシスターに着いていく。


「お兄様!」


まず先に案内されたのはお兄様のところだった。

ベッドに横たえられ、熱があるのか苦しげに息をしているお兄様は、私の呼び掛けにうっすらと目を開ける。


「昨夜まで捜索の指揮をとっていらしたのですが、負傷の身での無理が出たのか、今朝倒れてしまわれて…」


シスターが気遣わしげにお兄様の容態を教えてくれる。


「リー…ゼ?」


「そうです、私です。到着が遅くなり申し訳ありません」


「い…や、謝るのは…私の方だ。アル…を、守れず、すまない」


途切れ途切れに話すお兄様に、私はふるふると首を振る。


「大丈夫です、アルは必ず見つかります。だって、出立の時に私に約束したんですから。必ず無事で帰るって」


だから、大丈夫ですと言う私に、お兄様は微かに笑みを浮かべて、疲れたように目を閉じた。


「絶対に、大丈夫なんだから…!」


溢れそうになる涙をぐっと堪えて、私は王宮から持参したありったけの薬草を煎じるため、教会の調理場へと向かった。

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