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聖なる森と月の乙女  作者: 小春日和
聖なる森と月の乙女
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公爵令嬢と罪の露見②

「アルフレッド様、あなたの月の乙女は私ですわ。」


男爵親子が連れ出されて、謁見室に静寂が戻ると同時に、王女がそう口火を切った。


「私の国の民を苦しめておいて、よくそんな戯れ言を口にできるな。」


呆れたように言うアルフレッドに、王女は首を傾げる。


「苦しめる…?何をおっしゃっているの?私はこの国の民を救ったのですわ。

感謝して頂きたいくらいですのに、この扱いは何ですの?」

「貴女が我が国に持ち込んだ秘薬のせいで、このような事態になったというのに、何を感謝しろと?」


怒りを滲ませながらアルフレッドが強く詰問すると、王女は扇を広げて口元を隠した。


「先程からおっしゃっている意味が分かりませんわ。薬だの秘薬だの、私には与り知らぬこと。」


どこまでも飄々とした態度の王女に、きりがないと思ったのか、アルフレッドは早々に医術院の者を呼び寄せた。

渡された瓶に入っている透明な液体を王女に見えるように掲げる。


「これが何かご存知であろう?」

「…いいえ?全く。」

「…この中身の成分を我が国の医術院の者に分析させた。

そして、これを接種した動物が3日目に死んだ。爪を紫に染めてだ。奇病の症状と全く一緒だな。」


王女は表情を動かすことなく、静かにアルフレッドが掲げる瓶を見つめている。


「アスタリーベ帝国には、秘薬があるそうですね。」


ピクリと王女が反応する。

なぜ、それを知っているのかと一瞬驚愕の表情を浮かべるが、すぐに憤怒の表情へと一変し、周りを忙しく見渡す。

おそらくルナマリア様を見つけようとしているんだ、と王女の様子から察せられる。

ルナマリア様は、謁見室には来ていない。

それが分かったのか、王女はぎりっと唇を噛み締めた。

そんな王女の様子に、アルフレッドは唇の端を持ち上げてニヤリと笑みを浮かべる。


「昨夜、アスタリーベ帝国から使者団が到着し、使者団が皇帝から持たされた帝国の秘薬と成分が同じであることが証明された。」


王女が扇を握る手に力を入れたのか、扇からパキリという音がする。


「これは、隣国からあなたがこの国に持ち込んだもので間違いないな?

そして、男爵令嬢の言い訳を聞くなら、これを撒くよう脅したというところか。」


ここまで問い詰められれば、知らぬ存ぜぬは通用しないと諦めたのか、王女が1つため息をつく。


「脅してなんていませんわ。

これを撒いて、私が解毒剤で中和した後、アルフレッド様の伴侶になることができたら、あなたを側室へ迎え入れるよう殿下へ口添えしてあげるわと言っただけですわ。

それを勝手に私の元から持ち出して、本当に撒いてしまうなんて心底驚きました。

でも、撒いてしまったのなら解毒剤で中和しないとしょうがないですものね。

なので、わざわざ私自らが出向いて情けを掛けてあげたのです。」


未だに自分は助けた側という姿勢を崩さない王女に、教会で苦しんでいた人、亡くなってしまった人のことを思い浮かべ、私は苛立つ気持ちが抑えられなかった。


「他の物質と混ざれば自然と秘薬の効力はなくなるはずだったのに、なぜ男爵令嬢たちは繰り返し秘薬を撒き続けたのですか?

貴女が、秘薬の特徴を彼女たちに教えたからではないのですか?」

「…貴女、誰に向かって口を聞いていますの?」


私の質問に答えずに、王女は憎々しげに私を見据える。

秘薬を撒き続けなければ、あんなに被害が拡大することはなかった。

秘薬の犠牲にならなければ、まだ生きていられた人が何人もいた。

その人たちの無念を晴らすためにも、私は引くわけにはいかない。

私は王女を静かに見返し、さらに言葉を被せる。


「少なくとも、被害が続いた時点で貴女は秘薬が継続して撒かれていることに気づいたはずよ。

…いいえ、それとも高い料金を払える者だけに解毒剤を与えていたのも、最初からそういう計画だったの?

最初からみんなに解毒剤を与えていたら、奇病が落ち着く前に解毒剤が無くなるものね?」


王女は怒りに震えている手で扇を勢いよく閉じ、真っ直ぐ私に向かって投げつけた。

アルフレッドが瞬時に私を引き寄せ、王女から庇うように私を後ろへ庇う。

放たれた扇は、私たちのところへ届く前に床へ落ちる。


「貴女、私が黙って聞いているからと言って調子に乗ると、痛い目にあいますわよ。」


王女が放った不穏な言葉に、アルフレッドやお兄様、周りの近衛騎士たちが王女の動向を一気に警戒した。


アルフレッドの背中に守られている私を憎々しげに見つめながら、王女は後ろに控えるゲイルへ声を掛ける。


「ゲイル、あの者を始末して。

あれにアルフレッド様は騙されているのですわ。」


だから、と王女は言葉を続ける。


「だから、私がアルフレッド様をお救いしなくては…。」


ゲイルが静かに王女の隣まで歩み出てくるのを確認すると、騎士たちは一斉に抜剣して攻撃へと体勢を整えた。

謁見室の扉が荒々しく開かれ、帝国の使者と思わしき人々も抜剣しながら近衛騎士たちと一緒に王女とゲイルを囲む。


そんなことは気にも留めず、ゲイルからあの禍禍しい雰囲気が溢れ、甘い芳香が漂い出す。

アルフレッドの腕をきゅっと掴み、いざというときは突き飛ばしてでもアルフレッドの身を守ろうと身構える私の前で、ゲイルはすっと片手を翳した。


真っ直ぐアルフレッドに向けて…ーーーー


「っ!」


ゲイルはアルフレッドを狙っているのだと明確に示した瞬間だった。

そのことに気づいているのは、恐らく真正面で対峙している私とアルフレッドだけ。


なぜ、私ではなくアルフレッドを狙うの…?


予想外の行動に、恐怖で身が竦む。

自分が攻撃対象である時には感じなかった恐怖がヒタヒタと近づいてくる。

大切な人がゲイルの攻撃対象となっていることに焦り、混乱する私の目の前を、突然ふわりと白い髪が靡いた。


「え…?」


私の小さな驚きの声に、白い髪の持ち主がゆっくり振り返った。


「ビアンカ…。」


それは、夢で出会った少女だった。

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