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聖なる森と月の乙女  作者: 小春日和
聖なる森と月の乙女
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公爵令嬢と夢の渡り

ふと目を開けると、そこはどこかの屋敷の庭園だろうか、よく整備された花々や木々に溢れ、とても温かい雰囲気の中、目の前で真っ白な髪に、優しい灰色の瞳を持った瓜二つの男の子と女の子が蝶を追いかけて駆け回っていた。

二人は瓜二つで、性別の区別がついたのは、女の子のウェーブがかった髪が腰ほどまで長かったからだ。


あっと思った瞬間女の子が転け、手を繋いで一緒に駆けていた男の子も引き摺られて転けた。

二人は転けた体勢のまま顔を見合わせて、どちらともなくぷっと噴き出すと、言葉通り笑い転げた。

その仲のいい姿を眺めながら、いつかのようにこれは夢だと、私はどこかで確信する。

建物の作りや衣装も見たことがないもので、自分の創造力に驚くほどだ。


しばらく辺りを見渡していると、目の前の場面がすっと変わった。

どこかの王城だろうか、豪華ではないが品のいい装飾がされたホールで、先程の男の子と女の子が少し成長した姿で向かい合っていた。


「アビゲイル、絶対絶対手紙を書いてね。」

「そう何度も言わなくても分かってるよ、ビアンカ。」


涙をその瞳に溜めながら、念を押す女の子に、男の子が苦笑しながら頷く。


「私も一緒に行けたらいいのに。母様のお腹の中に居たときからずっと一緒だったのに、今日から離れ離れなんて寂しいわ。」


ぷっと頬を膨らませるビアンカに、さらに苦笑いを深めながらアビゲイルはビアンカの頭を撫でた。


「たった1ヶ月の留学だよ、ビアンカ。そこで、しっかりこの国を守れるように同盟を結んで来てみせる。そうしたら、誰も帝国の侵略に怯えなくてもいいようになるんだ。」


待っていて、と微笑むアビゲイルに、ビアンカは悔しそうに呟く。


「私たちのどちらかに呪術の力があれば良かったのに。そうしたら、帝国なんて怖くないし、私たちも離れ離れにならなくて済んだわ。」

「そんなこと言ったって、持ってないものはしょうがないだろ。呪術以外の方法でこの国を守るしかないんだから。」


正論を言うアビゲイルをビアンカは拗ねたような眼差しで見上げる。


「絶対絶対、無事に帰ってきてね。」

「そんな、敵地に行くわけじゃないんだから。ビアンカこそ、夜更かしして風邪引いたりしないように。」

「もう!ちょっと先に生まれたからってお兄様ぶらないでよね!」


ふんと鼻息荒く言い返すビアンカにアビゲイルは再び苦笑すると、コツンとビアンカの額に自分の額を合わせた。

ビアンカは、アビゲイルが何をしようとしているのか気づいたようにはっと目を見開くと、しょうがないなと言うように静かに瞳を閉じた。


「「全てはウィシュラルトのために。」」


ささやくように誓い合った後、アビゲイルは振り向くことなく出口へと歩を進める。


ビアンカは、その背中が城門から消えて見えなくなるまで、ずっと見続けていた。

まるで、アビゲイルの姿を目に焼き付けるように…ーーーー。


儚げなビアンカの様子に、私は思わず手を伸ばす。

決して届かないと思いながらも、伸ばしたその指先がビアンカの頭に触れた時、ビアンカがぱっと振り返り、私の目を真っ直ぐに見つめた。


「っ!」


驚きのあまりさっと手を引っこめ、胸の前で握り締める私に、ビアンカは悲痛な表情で涙を溢しながら必死に何かを訴えてくる。

何故か、何て言っているのかは聞き取れない。

もどかしさに悶えながら、必死に彼女の唇の動きを追った。


た、す、け、て…?


彼女が確かにそう言ったのを理解した途端、彼女の姿は掻き消え、また違う場面に映った。


「ビアンカ様、もう少しでアビゲイル様がお帰りになられますよ。」


そこには、侍女にそう声を掛けられ、嬉しそうな笑顔を浮かべるビアンカがいた。

彼女の顔色は酷く青白く、ベッドから起き上がれない状態であったけれど。

彼女の様子に首を傾げつつ、ふと掛け物の上に乗っている彼女の指先を見て、ひゅっと息を呑んだ。


ビアンカの爪が鮮やかな紫色に変色していた。


なぜ、どうして、とたくさんの疑問が頭の中を駆け巡り混乱する中、ふとアビゲイルが出発前に言っていた言葉が甦る。


ーーーー誰も帝国の侵略に怯えなくてもいいようになるんだ。


ーーーー全てはウィシュラルトのために。


ウィシュラルトは10年前に帝国に取り込まれた小国だった。

小国ながら、王家に引き継がれる呪術によって、強固な守りを誇っていたが、時代と共に力は薄れ、10年前のある日、突然ウィシュラルトの王を始めとする直系の王族が謎の病で亡くなったと聞いた。

統治者を失った小国は、王位継承権を争奪する内紛を避けるため、やむを得ず帝国の傘下に入る他なかったという。


まさか、帝国がウィシュラルトの王族を暗殺したというの?


もはや、これがただの夢だとは思えなくなっていた。

またビアンカが私を認識してくれるのではないかと期待して、ベッドへ近づこうとすると、にわかに部屋の外が騒がしくなる。


大きな音を立てて入ってきたのは、他国へ留学に行っていたアビゲイルだった。


「ビアンカ!!」


アビゲイルは転がるようにベッドの側まで走ってくると、ベッドに横たわるビアンカにすがり付くように近づく。


「ア、ビゲイ…ル。良かっ…、ぶ、じ…」


途切れ途切れに話すビアンカの姿が痛ましい。


「なんで、なんでこんなことに…」


嗚咽を堪えながらアビゲイルはビアンカの手を祈るように自分の顔の前でぎゅっと握り締めた。


「王と王妃と同じくして、ビアンカ様も3日前から突然体調を崩されて、今では起き上がることも話すこともままならず…。

原因も分からず、呪いも全く効きません。」


侍女が悲痛な面持ちで、ビアンカの状態をアビゲイルに伝える。


ビアンカは先程微笑んでいたのが嘘のように、朦朧としている。


今日で3日目。もう時間がない。

どうしよう、どうしたらいいの。

ベッドの側に行き、アビゲイルと反対側に膝をつき、ビアンカの手を握ろうとするが、するりと通り抜けてしまう。

実体のない私にできることもなく、ただ見ているだけしかできないことが酷く辛い。

唇を噛み締めたその時、焦ったように部屋のドアがノックされる。

強張った表情を浮かべた侍女が取り次ぎに出ると、ドアが空いた瞬間騎士が室内に駆け込んで来た。


「両殿下!急ぎご報告申し上げます!

…たった今、両陛下がお隠れになりました。」

「!」


アビゲイルが信じられないという風に、ばっと報告した騎士を振り返る。

その瞬間、アビゲイルと繋がれていたビアンカの手が力なくパタリとベッドの上に落ちた。


私ははっと、両手で口元を覆う。


恐る恐るゆっくりとアビゲイルがビアンカに顔を向けた。


「…ビアンカ?」


問い掛けるアビゲイルの声に、もうビアンカは応えられない。


「ビアンカっ」


嫌だと首を振りながら、アビゲイルはビアンカの体を抱き締めた。


「ビアンカ!嫌だ、逝くな!俺を置いていくな!!」


大きな声で、まるで寝ている彼女を起こそうとするように体を揺らすアビゲイルの声に、部屋中が絶望の雰囲気に覆われる。


「ああああぁぁぁぁぁぁぁ!」


アビゲイルの悲痛な叫びが部屋中に木霊すると同時に、どす黒い霧がアビゲイルの体を覆い尽くしていった。


実体はないため害は受けないと分かっていても、その禍々しさに思わず足がすくむ。

そして、私の鼻を甘い芳香が掠めた。


これはまるで…。


それを茫然と見ていた騎士が、アビゲイルに焦ったように声を掛ける。


「アビゲイル様!気をお沈め下さいませ!このままでは、力が暴走してしまいます!」


ーーーードオォォォン!


そう、大きな爆発音と爆風とともに室内にいた侍女と騎士が弾け飛ぶ。

室内の装飾や家具などの砂ぼこりに視界を奪われ、何も確認することができない。

侍女や騎士が呻きながら気を取り戻し、ようやく辺りが確認できるようになり、私はアビゲイルとビアンカの姿を探す。


ビアンカはベッドの上に1人、静かに横たわっていた。


まるで眠っているように。


清楚な彼女に不釣り合いの毒々しい紫色の爪が、いやにはっきりと浮かび上がっている様に目をそらす。


アビゲイルの姿は、部屋のどこにも見当たらない。

茫然とする私の耳に先程アビゲイルに焦ったように声を駆けていた騎士が、ポツリと呟いたのが聞こえた。


ーーーーー力が暴走して、身を焼いてしまったのか…。


…身を焼かれた?


だから、秘薬の犠牲にならなかったアビゲイルも死んだとされ、ウィシュラルト直系の王族が絶えたことになったのか、と茫然とする頭の隅で理解する。


どうして…、どうしてこんな夢を見せるの。

遣る瀬なさに胸が締め付けられる。

こんな夢、見たくなかった。

幾筋もの涙が頬を伝って流れていく。


ーーーーー助けて。


周りが白くぼやけていく中、どこからともなくビアンカの声が聞こえた。


ーーーーーアビゲイルを助けて…。


その声を聞くと同時に私の意識は遠退いた。


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