皇太子殿下の側近と怒れる皇太子殿下②
ティアリーゼがいなくなって2日目。
所詮は何もできない貴族の令嬢。
すぐに見つかると思っていたのに、まだ見つからない。
我が妹は、思った以上に逞しかった。
アルフレッドは公の場では上手く余裕ある皇太子の仮面を被っているが、執務室に入った瞬間ブリザードを吹き荒らす。
ティアリーゼ、頼むから早く帰ってきて。お兄ちゃん凍死しちゃう。
心の中でティアリーゼに祈ったことを知ってか知らずか、執務室の扉がノックされる。
返事をして扉を開けると、そこには意外な人物がいた。
「ルナマリア様…」
驚きつつもアルフレッドに入室の許可を確認し、部屋に通す。
「お忙しいところ申し訳ありません。町で奇病が流行っていると耳にしまして。そのことで少し、よろしいでしょうか。」
俺とアルフレッドは顔を見合せ、確かな情報を持っていそうなルナマリア様に期待を込めて大きく頷く。
「奇病の特徴が我が国の王家に伝わる秘薬のものに似ているのです。」
ルナマリア様は青ざめた顔で淡々と話す。
それは、隣国では死罪となった罪人に対して使われる王族しか持たない薬であること。
薬を盛られてからちょうど3日目に爪が毒々しい紫色に変色して死に至ること。
それを逃れるためには、王族が持っている解毒剤を飲むしか方法がないこと。
「奇病が発生してから王女が行動を起こすまでのタイミングが絶妙なのです。3日目4日目で死に至るものは見せしめとして放置し、その恐怖を民に根付かせてから、聖水と称した解毒剤で癒しを授けたと思わせたのでは、と。」
ルナマリア様から語られる恐ろしい話に、ぎりっと拳を握りしめる。
それが真実なら、なんと身勝手なことか。
自分の欲のために、民衆を犠牲にするなど王族のすることではない。
「それに、その秘薬は無色透明、無味無臭で、秘薬以外の物と混ぜ合わせると、2日目にはただの水になるのです。」
「証拠が残らない、ということか。」
「はい。それから、もう一つ。奇病が発生してからしばらく経つと聞いています。そうすると、何者かが定期的に秘薬を何かに混入していることになります。」
「定期的に混入しやすく、不特定多数を対象にできる場所…」
ルナマリア様の言葉に、しばらく考える様子を見せたアルフレッドは、どこかに潜んでいるだろう暗部に声をかける。
「町の中の人目に付きにくい井戸を見張っておけ。不審なものは審問にかけていい。」
どこからともなく御意、と言葉が聞こえた。
音もなく任務を遂行するために、暗部が一人ここを離れたことを察する。
それにしても、隣国はなんて恐ろしい薬を所持しているんだ。
情報が漏れていないから余計にその恐ろしさは群を抜く。
下手したら、他国の王族も秘密裏に暗殺できるのではないか。
「暗殺…?」
ポツリと呟く俺の言葉に、ルナマリア様は青ざめた顔そのままに頷いた。
「昔はそのように使っていたと伝え聞いたことがあります。それで、今のような帝国になったと。
まさか、王女がそのようなものを他国へ持ち込んでいるとは思わず。
貴国への甚大な被害に、なんと謝罪を述べればいいか…。」
青ざめた顔のまま、深く頭を下げるルナマリア様に、ことの重大性がじわじわと忍び寄る。
これは、国際問題だ。
両国間に深い亀裂が生じ、下手をしたら戦争になるかもしれないほどの。
だからあんなに青ざめていたのかと、先程からのルナマリア様の表情に納得がいく。
俺はちらりとアルフレッドの顔を窺い見る。
そして、見なければ良かったと目を逸らした。
「ルナマリア殿、此度のことは正式に帝国へ抗議する。王女の処遇をどうするか、今のうちに祖国と協議しておくことだ。無論、失脚などと生ぬるいことを考えるとは思わないが、な。」
凍てつくようなアルフレッドの冷たい視線を受け、ルナマリア様は深く頭を垂れた。




