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聖なる森と月の乙女  作者: 小春日和
聖なる森と月の乙女
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公爵令嬢と命のタイムリミット③

私が、アルフレッドたちに内緒で郊外の教会へ来てから4日経った。

ロンの母親も奇病に侵された他の人も、発症して3日経っても誰も命を落とすことはなく、完全にとまではいかなくても、徐々に皆回復してきている。

ロンもロンの母親も他の人たちにも笑顔が戻り、教会内の雰囲気も大分明るくなってきた。

最初は得体の知れない私を警戒していた教会に集まった人たちも、今ではリズ様と親しみを込めて呼んでくれる。


「リズ様は私たちの命の恩人です。」

「本当に。リズ様がいなかったら、今頃儂らみんなあの世に連れていかれてましたわい。」

「見捨てられた私たちに、天が与えてくれた女神様のようだ。」


感極まって薬湯を配る私の周りを囲む人たちに、苦笑しながらありがとうと伝えるのももう何度目か。


そのようにして過ごす傍ら、家族の看病に来ていた人に教えてもらいながら、一緒にシーツを洗ったり、廃れた教会の掃除をしたりする中で、私も薬草についての知識を教える。

教会に集まった人たちは皆平民で、その日暮らしの生活をしている人がほとんどだった。

そんな人たちに、自生している薬草の知識があったら、医者や癒しの力に頼らなくても風邪くらいなら薬草を煎じれば何とかなる。

今回の奇病の薬湯の調合も教えたから、次同じ症状が出ても、ただ死を待つだけにはならないはずだ。

それに、もっと知識を身に付ければ、それを生業にすることだってできる。


私が彼ら全員を豊かにしてあげることはできないけど、少しでも生活が善くなるように手伝うことはできるんじゃないか。

ただの自己満足かもしれないけど、何もしないで王宮で過ごしているよりその方が全然いい。


その中でも、ロンの薬草の知識の吸収力は目を見張るものがあった。

今では一人で薬草を煎じられるまでになっている。

聞けばロンは6歳だという。

これから磨けば、立派な薬師にもなれるだろう。

でも、私がここを去ればロンは学ぶ機会を失う。文字も読めないから、本で自力で学ぶことさえできない。

それは、とても勿体ないこと。


帰ったらアルフレッドに相談してみようと思ったその時、バンと大きな音を立てて教会の扉が開かれる。


教会の中にいた人皆が、驚いたように扉を見つめ、一番扉の近くにいた人たちがはっと息を飲んだ瞬間慌ててひれ伏した。

まさか、と突然のことに内心焦る。


「皇太子殿下だ!」


その声に圧されるように皆一様にひれ伏していく。

私も皆と同じように床にひれ伏し敬意を表す。

何も伝えずに出てきた手前、とても気まずい。

いや、気まずいどころではない。

どこかへ隠れたい。

それとも、この混乱に乗じて逃げてしまおうか。

ぐるぐると回る思考の中で、それが一番いいような気がした。

まさかここに私がいるとは思わないはず。

例え、いると知っていてもひれ伏している状態では、誰が私か分からないだろう。

その間にチャンスはあるはずだ。


そう逃げ出す算段をつけている間にも、アルフレッドは迷いのない足で教会内を進んでいく。

どんどん近づいてくる足音にビクビクしながらも、大丈夫、顔が見えてないし髪も隠してるし、気づかれないはずと呪文のように繰り返し唱える。

呪文が効いたのか、アルフレッドが私の横を通り過ぎた。

そのことに安堵してホッと息をついた次の瞬間、後ろからぐっと力強い腕に抱き上げられる。


きゃっと悲鳴を上げて、咄嗟のことにアルフレッドの首にしがみつくと、真正面に抑えきれない怒りに燃える瞳と無表情なアルフレッドの顔があった。

ひくっと顔を引き攣らせる私を前に、アルフレッドはすっと息を吸い込んだ。


「こんっの、っバカ!」


アルフレッドの怒声にひぃっと上体を仰け反らせる。

アルフレッドから怒鳴られたことなんてない私は、次の衝撃に耐えうるべく、ぎゅっと目を瞑った。

しかし、次に私を襲ったのは怒声でも罵倒でもなく、熱く力強い抱擁だった。


「心配しただろう。」


耳元でそう私に呟くアルフレッドの掠れた声を聞いて、じわりと涙が溢れる。


「ごめんなさい。」


アルフレッドに抱き締められたまま、そう言うことが精一杯だった。

溢れる涙を隠すように私もアルフレッドの肩に顔を埋めながら、胸いっぱいに広がった安堵の気持ちに、そうか、と納得する。

不安だったのだ。

アルフレッドも大臣たちが言っていたように、婚約決定を早まったと思っているんじゃないか、と。

忙しいというのは分かっていたはずなのに、王宮に入ってからなかなか会えないのは、私よりも王女に魅力を感じたんじゃないか、と。

でも、そんな不安はこの腕に抱かれた瞬間霧散した。

あるのは、アルフレッドが側にいる嬉しさと安心感、それから心配を掛けたことへの申し訳なさだけだった。



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