公爵令嬢と夢の回顧②
頬を撫でる優しい手に、ふっと意識が上昇する。
ゆっくりと目を開くとアルフレッドが心配そうに微笑みながら、私の瞳から零れる涙を拭ってくれていた。
どうやら、荷解きが終わって少し休憩するつもりが、ソファーでうたた寝をしてしまっていたらしい。
夢のせいで心寂しくなっていた私は、猫のようにすりっとアルフレッドの手に縋るように顔を近づけた。
「怖くなった?」
心配そうに尋ねるアルフレッドは、恐らく王女が何か仕掛けてくる可能性を考えて怖がっていると思ったのだろう。
そうじゃない、と私はハッキリと首を振る。
「怖くないわ。だって、私がアルの幸せを守るんだから。」
「じゃあどうして泣いていたの?怖い夢でも見た?」
私の返答に嬉しそうに頬を緩めながら、相変わらず優しい声色で訪ねてくるアルフレッドに、それも違うと首を振ろうとして、いやでも、あれも私にとっては十分怖い夢だったと思い直す。
「んー…、そう、かも…?」
首を傾げつつ、あやふやな返答をする私をクスクス笑いながら、いたずらな顔をして更に問い詰めてくる。
「お化けに追いかけられる夢?」
「そんなことで泣くくらいの子どもじゃないわ。」
むっと唇を尖らせながら、でも、と思う。
確かにアルフレッドより5つ年下の私は、アルフレッドにとっていつまでも小さい女の子なのかもしれない。
何だかそう思うと悔しくて、私ももう立派な淑女なのだと言いたくて、子ども扱いしないでと怒鳴りそうになるのを必死に宥める。
「失恋した時の夢よ。」
やけくそのようにそう言って、アルフレッドの隣から立ち上がる。
人の気も知らないで、と座る場所を変えようと一歩踏み出したとき、アルフレッドからぐっと手首を掴まれた。
いつもの優しく包むような握り方ではなく、ぎゅっと強く握りこまれた手首が悲鳴を上げる。
「いたっ!痛いわ、アルフレッド!」
痛さに顔をしかめながら、アルフレッドを批難しようと顔を向けた瞬間、ひゅっと息を飲んだ。
何も表情を浮かべていない顔、だけど、いつも穏やかな深緑の瞳は凍てついて、けれど熱く、そして鋭く、強い感情を宿して私を映していた。
「ア、アル…?」
「誰?」
「え…?」
「君が想いを寄せているのは誰だと聞いたんだよ、ティア。いつの間にそんな虫が寄り付いたのかな?そんなことにならないようにと目を光らせて居たはずなのに。その虫、余程死にたいらしいな。」
私の腕を掴みながら、物騒なことを言うアルフレッドに、ここで下手に誰かの名前を上げてしまえば、その方にアルフレッドの怒りの矛先が向かうのは必至で、そして何か制裁を加えられるのでは、と邪推するには十分なほどにアルフレッドは怒りを露にしていた。
ここまで怒るアルフレッドが理解できず、その理不尽な怒りに私も更にムッとするのを隠せない。
「どうしてアルがそんなに怒るの?」
「どうして…?そんなの、自分の婚約者が他の男に心奪われていたら誰でもこうなるだろう?!」
焦りを含んだように怒鳴るアルフレッドに、私も負けじと言い返す。
「そんなの、婚約者なんて今だけじゃない!本気で私と結婚しようなんて思ってないくせに!私じゃない運命の人を選ぶくせに!」
「今だけってどういうことだ!婚約破棄するつもりか?そんなの、絶対許さないからな!そもそも、私はティア以外の誰とも結婚するつもりはない!」
「嘘つき!…アルが、アルが私をお嫁さんにはしないって言ったんじゃない!」
最後は声が震えてしまった。徐々に潤んでくる視界に、さっと顔を下に向ける。
ケンカして泣き落としなんて、卑怯な真似はしたくない。
唇を噛みしめてぐっと涙が零れるのを我慢している私の耳に、アルフレッドの戸惑ったような声が聞こえる。
「…は?私が…?ティアに…?いつ?」
「昔、アルフレッドの部屋で2人で遊んでるとき。私が、アルのお嫁さんになるって言ったら、ティアはお嫁さんにはしない、ずっとこのままだって、アルが言ったのよ?」
ポタポタと足元の絨毯に涙の染みができていく。
声も震えて、泣いていることが一目瞭然だ。
あー、卑怯なことしちゃった。
そう思う心の片隅で、この際もういいか、とも思う。
ここまで言ってしまったら、もう後には引き返せないのだから。




