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世界の真実Ⅱ

 

 俺は魔法で手の拘束を砕き、重力に従って落ちていくトーカを抱きとめた。


「ルカ。よくやってくれた。はは、あれほど荒ぶるマナを感じたのは初めてだ。カートライトには、お前が恐ろしい化け物にでも見えたのだろう」

「そんなこと言っている場合かよ! お前、それ……」


 カートライトの剣は、確かにトーカの身体を真っ二つに断っていた。それなのにトーカは痛がるそぶりすら見せず、平然と話している。彼女は優しい笑みを浮かべながら、俺をじっと見つめた。


「彼が君に斬りかかった時、その周囲だけ時空を凍らせて、時間の流れを極限まで遅らせた。だからなんとか間に合った。ちゃんと、君を守ることができた」


 さっき時間がスローモーションのように感じたのは、トーカの魔法だったのだ。だが、そんなことは、どうでもよくて。


「間に合っただと!? どこがだ! お前は、死にそうになって――」


 そう言いながらも俺は、どこかで理解していた。聖騎士だからといって、人間が身体を両断されて生きていられるはずがない。それなのに、彼女はほとんど出血すらしていない。皮膚の裂け目が赤く滲んでいるだけだ。その下からは、金属らしき構造物と、千切れた導線が見えていた。地面にはトーカの腹部から下の半身と、鎧とは異なる無機物の破片が散らばっていた。


 トーカ。お前は、いったい。


 騎士団の兵士が駆け寄ってきた。真っ先に駆けつけた騎士は、いつか聖都の外で俺とアリスを迎えた男だった。隣を見ると、他の兵士がアリスのいましめを解いていた。


「団長! 生きておられましたか! そのお姿は……」

「ばか、『勇者様』の安否を気にするのが先だろう。

 そんなことだと、安心して後を任せられないぞ、新団長」


 彼はそれを遺言と心得たようだった。ぎゅっと唇を結んで敬礼すると、団員達に矢継ぎ早に指示を出し始めた。トーカはそれを見て満足げに目を閉じた。


「ここは少し騒がしいな、ルカ。静かな所に連れて行ってくれ」




 騎士団の馬車に乗り、俺とトーカは屋敷に向かっていた。彼女の半身も積み込まれて、今は布がかけられている。


「号外だよー!」


 街では事前の打ち合わせ通り、ハーピィ達がガーディス司教の失脚を伝えてまわっていた。圧政が終わった今、彼女達も奴隷も、みな故郷へ帰ることができるだろう。


「ダメです、ルカ様……。生命反応が弱くなっています。土竜の技術ではどうにもなりません」


 トーカを診ていたアリスが、泣きそうな声でうなだれた。エルフの兵士が、アリスをそっと抱きしめる。


「君は悪くないぞ、アリス。これで私は満足しているんだ。最後に役目を果たすことができて――なあ、ルカ。

 今度は、私の物語を聞いてくれないか」


 横たわりながら、トーカは穏やかな表情で、彼女の物語、そしてこの世界の真実を語り始めた。


「私はかつて『統率者』だった。千年にわたってあの神殿を守ってきた、アンドロイドだ」


 彼女はもともと、ある人間を守るために造られた。長い年月の中で、その人物が眠る場所は神殿と呼ばれるようになった。あのゴーレム達は、彼女が作り上げた護衛だった。

 長い間、彼女には自我など無く、眠り続けるその人物を神殿の中で守るだけの存在だった。

 しかし1年前、彼が眠りから覚め始めた。彼女はプログラム通りに、彼を外界に慣らすため、神殿の外に連れ出すようになった。

 そして、あの日。彼女は雷に撃たれた。驚くべきことに、初めて経験する強制的なシャットダウンと再起動を経て、機械に自我が芽生えた。千年の時を経て、彼女は新たな生を受けた。ただその時に過去の記憶は前世のものとなってしまった。彼女は自分が何者かを忘れ、人間としての自我だけが残った。


「統率者としての資格を失った私は、ゴーレムに追われ神殿の森を後にした。自分が何のために在るのかを全て忘れて。

 だが今日、こうして本来の役割を果たせた」


 トーカの話を聞きながら、俺は夢でも見ている気持ちになっていた。思考が上手くまとまらない。そのくせ頭の中は、いつか見た空のように澄みわたっていて。空っぽだった。いや、俺は考えたくなかったのかもしれない。認めてしまうと、心が壊れてしまうような嫌な予感がしていた。

 今までの出来事が、ぐるぐると頭の中を飛び回る。


 マンションでの地震。異世界転移。地上を治める教会。ずっと眠っていた勇者。氷の魔法。透花は魔法が使えた。時間の進みを遅らせたトーカ。彼女の正体はロボット。地震大国、日本。忌まわしきあの「教団」。


 そして最後に、ついさっきの記憶が蘇ったところで、俺は我に返った。


「私を造ったのは透花だ。彼女は君の命を、私に託した」


 団員と一緒にトーカの散らばったパーツを拾い上げた時、そこに刻まれていた文字。


「君は異世界転移などしていなかった。ずっと、眠っていたんだ」


 破片の裏に刻印されていたのは、この世界の文字ではなかった。それは――


「ここは未来の……君のいた時代から千年先の、『日本にほん』だ」


『MADE IN JAPAN』




 馬鹿な。人間がそんなに生きられるわけない。そう考える一方で、俺はトーカの言葉を事実として受け入れ始めていた。さっき、トーカは俺の周りの時間を遅らせたのだ。透花にもそれができたとすれば。


「コールドスリープ、冷凍睡眠という技術を聞いたことはあるか? もちろんSFなどの想像上のテクノロジーだが、透花はそれをやってのけた」


 トーカは再び語りだした。

 あの晩。俺がマンションの部屋を出て、襲撃を受けたあの晩。世界は破滅へと転がり始めた。教団によるバイオテロが行われたのだ。俺を襲ったあの男も、ウイルスに侵され自我を失った1人だった。

 教団が撒いたウイルスは、多くの人々を死に追いやった。ごく少数の人間と、ワクチンを受けていた教団の一部の人間を残して――そう、俺が何度か受けていたワクチンだ。透花は、そのワクチン開発のための被験者で、数少ない成功例だった。だから、なんとか生き延びることができた。

 ウイルスは感染者を死に追いやる一方で、生き延びたごく一部の人間を異形のものへと変えた。ある者は角が生え、ある者は耳が長くなり、ある者は羽が生えた。まるで、想像上の生物のように。

 地球の環境もがらりと変わった。ウイルスに耐性のついた者は不思議な力を操れるようになった。それが魔法だ。ウイルスは環境のあらゆるところに散らばり、いつしか「マナ」と呼ばれるようになった。それらに命令を出すことで魔法が生じる。

 特にワクチンを接種したことで抗体を獲得した数人は絶大な魔力を得るに至った。俺や透花もそこに含まれる。

 世界が滅びゆく中、透花は自身の能力を使って人々を守った。やがて生き残った世界各地の人々も日本に集まってきた。マナの世界改変作用のためか、言語の違う人々は意思疎通を図ることができた。俺が神殿の森で体験したのと同じ現象だ。


「透花はあの晩、外で騒ぐ音が聞こえたため様子を見に行った。そして君が落ちる所を目撃した」


『ルカくん!』


 あの声は、幻なんかじゃなかったのだ。


「透花は瞬時に状況を把握した。私がさっきしたように、咄嗟に時間を凍らせ、ルカと地面との間に薄い氷の膜を何枚も生成するだけの時間を稼いだ」


 衝撃は分散され、俺は奇跡的に助かった。だが意識を失ったまま、目覚めなかった。俺が子供の頃受けていたワクチンは、まだ不完全だったのだ。俺が家を出て何年もした後、透花の身体から完全なワクチンが作られたからだ。

 それにも関わらず俺が生きていられたのは、研究者によると、透花と身体を重ねていたからだったらしい。


「透花は僅かな可能性を信じて、ルカを凍らせることにした。世界の環境が君にとって生きやすいものに変わるまで」


 教団の支配を避けるため彼女達は地下へ逃れた。そして、文化を伝え続けた。透花は実験の後遺症で子供を身籠ることは叶わなくなっていたが、人類は滅亡を免れた。地上で、地下で、子孫を残した。

 透花は、物語を()ないだ。


「これが世界の真実だ」


 トーカが口を閉じた後、車中は沈黙に包まれた。当然だ。アリスや兵士は衝撃的な事実を聞かされたのだ。そしてこの時の俺は、絶望に近い気持ちに襲われていた。


 俺は、異世界に転移したわけでは無かった。それは、もう一度元の世界に戻る望みが絶たれたということだ。愛する妻も、帰るべき家も、とうの昔になくなっていたのだ……。


 いきなり、トーカが強い力で俺の肩を掴み、ぐいと上体を起こすと、耳元で囁いた。慌てて彼女の身体を支える。碧色の髪がばさりと乱れた。


「ルカ、諦めるな。君の望みはまだ潰えていない。

 城に行き、教主様に会え。あのお方なら方法を知っているはずだ。本来は私が決着をつけるべきなのだろうが……私には恩義ができてしまった」


 トーカの言葉に、俺はハッとした。彼女は力を緩めると、最期に俺の腕の中で微笑みを浮かべた。


「僅かな間だったが、人の心を持てて良かった。ありがとう。ルカ」






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