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世界の真実Ⅰ

 

 俺とアリスは、それぞれ大きな十字形の台座に立ったままの姿勢で縛り付けられていた。そのまま荷車に乗せられる形で、街中を引き回されている最中だ。罪人を処刑場まで運ぶのは、氷の聖騎士トーカの部隊。先頭を歩くトーカの顔は伺えない。昨日は悪いことをしてしまった。

 アリスも俺もトーカの騎士団に囲まれて市内を歩くのは、聖都を訪れた初日以来の二度目だ。が、その時とは違い今日はさすがのアリスも、緊張の面持ちでただ前を見つめていた。

 彼女は聖都を滅ぼそうとした大罪人の土竜ということになっている。磔にされたアリスを見る人々の目は、いたいけな少女に向けるそれではなかった。怒り、恐怖、侮蔑。ガーディスが広めさせた土竜への偏見もあっただろう。

 刑場に着いた。

 ローマのコロッセオを思わせる、すり鉢状の建物だ。しかし聖都の他の場所同様、床は石畳だった。これでは土竜は無力に等しい。さらに要所は聖騎士達が守りを固めているため、どうあがいてもここから逃げ出すことは叶わない。

 俺達はすり鉢の底の中央に十字架ごと降ろされた。正面の席にはガーディスの姿も見える。人相書きで見た通りの、神経質そうな男だ。あまり大物には見えないのが、少し意外だった。


「これより、忌まわしき土竜の処刑を行う。罪状は、聖都に侵入し、奇襲攻撃を仕掛けようとしたこと――」


 ついに公開処刑が始まった。俺達の周りを処刑人がずらりと囲むように並び、槍を構えた。近い。さすがに俺も鼓動が早まるのを感じる。隣の姫はもっと怖いだろうに、その横顔は幼いながらも凛々しかった。

 合図とともに容赦無く槍が突き出された、その瞬間。場内がざわめいた。処刑人が皆一様に、穂先があと数センチのところで槍を止めたのだ。そしてパタリと受け身もとらずに倒れた。

 彼らは皆、凍っていた。


「聞け、我らが聖都の民よ――」


 氷の聖騎士は大音声を上げ、場内に歩み出た。


 この処刑こそが、トーカの企てた狂言だった。偽の処刑を名目にガーディスを人前におびき出す。これが作戦の第一段階だった。


『作戦の第1段階は、君達が処刑される直前にそれを止めることだ』


「お、おのれ――氷の聖騎士か! 何故邪魔をした!」


 ガーディスが額に血管を浮かべて怒鳴り散らした。トーカは不適な笑みを浮かべながら、


「ふふ、怒るなよ司教! 彼女は殺してはならないお方だからだ」

「なんだと!? 貴様、この処刑は教主様の名の下に行われているのだぞ! 反逆者め!」

「反逆者はお前だ! ガーディス!」


『第二段階。ここで奴の罪を暴く』


「お前は、教主様を幽閉している!」


 また場内がざわついた。教主様を? 体調が優れないという話では。他の聖騎士様はどうして止めないのだ。疑念が民の間に広がっていく。


「お前、私を侮辱するか。神に誓って、そんな事はしておらん!」

「ほう? ならば、裁定を下してもらおう――この聖なる広場で。神よ! 司教ガーディスの言葉に嘘偽りはないか!」


 ガーディスは怯えたような顔をした。だが、何も起きない。奴がほっと胸をなでおろしした瞬間、トーカは薄笑いを浮かべた。来るぞ!

 カタカタカタ。最初は小さな揺れだった。しかし、一気にドカンと突き上げるような衝撃が広場中を襲った。


「地揺れ!?」


 俺は集中する。俺の仕事はこれだけと言って良い。ありったけの力を込めて、マナに命令する。揺れろ、と。

 阿鼻叫喚。悲鳴がこだまする。このままでは建物も崩壊する。その時、歌声が聞こえた。


「――」


 アリスの声だ。十字架に貼り付けられた少女の歌声が広場に響き渡る。すると、あれほど強かった地震が緩んでいく。徐々に歌声が勝っていき、最後にアリスの歌声だけが残り、やがてそれも止まった。民衆は救いを求めるような視線をアリスに向けていた。ガーディスまでもが、放心したように土竜の少女を見つめている。

 全員の視線がアリスに集まった、十分なタイミングで、再びトーカは声を張り上げた。


「その清廉なる歌声で神の怒りを鎮めた少女よ――今一度、その名を神に名乗り上げてはくれまいか」


 アリスはすうっと息を吸うと、幼い声で、はっきりと名乗り上げた。

「私は土竜の王女アリーシア。平和を望む者です」




『ルカには、広場をちょっとばかり揺らして欲しい。市民の常識を根底から覆すような衝撃を与えたいのだ。まさに足下を揺らがさるほどの』


「――私は、皆さんに伝えたいことがあります」


 俺はともかく、アリスには本当は影武者を立てる予定だったのだが、彼女はそれを却下した。自分で民衆に伝えたいことがあると言って。

「私は、地上にも物語を広めたい。悠久の過去から続く物語を。地揺れを収める方法も物語の中に伝えられています」


 おお、とどよめきが上がる。アリスは話し続けた。彼女の理想を。

「今、もう一度地上と地下の交流を復活させなければなりません。物語の連鎖を止めてはいけないのです。鎖のように連綿と繋がる物語を、途絶えさせるべきではありません。

 私達土竜は平和を望みます。皆さんに私達の物語を伝えたい。皆さんの物語も、繋いでいきたい」


『死人がでたらどうするつもりだ?』

『一応対策は打ってある。アリスに刑場や街中を見せ、揺れに弱そうな所を補強してもらうことにした。シルフィーに同行を命じてある。

 当日は、医術の心得のある者をそこかしこに紛れ込ませる。アリスの演説の間、治療を求める声で邪魔されんようにな。

 と言いつつ、ルカは怪我人など出す気は無いんだろう?』


 トーカの言った通りになった。俺はなんとか力を制御でき、怪我人も出ていないようだった。皆、静かにアリスの言葉に耳を傾けている。幼いのに、なんて響く言葉だ。これは才能だろう。


「裁定は下ったな。ガーディスを捕らえろ!」


 司教は逃げようとしたが、聖騎士の警備に阻まれて敢え無く捕縛された。すっかり怯えている。拍子抜けだ。あれが、教主を幽閉するなどと言う大胆な行動に出たのか。

 大魔法の後で疲れた俺は、そんな些細なことに注意を取られ、それに気付くのが遅れた。


「うわああ!」


 カートライトだ。他の聖騎士が止める間もなく、剣を振りかざして俺を斬ろうと飛びかかってきた。


「ルカ様!」


 アリスの悲痛な叫びは聞こえる。だが力が入らない。

 スローモーションの世界で、カートライトの剣が振り下ろされる。走馬灯なんてものはなかったんじゃ無いのか。しかしその一瞬、俺は確かに、時が引き伸ばされたように感じたのだ。

 電撃を伴った一撃が、身体を両断した。


「あ……」


 カートライトの目は驚きに見開かれ、剣を取り落とした。それが地面に落ちる前に空中で停止する。


「僕が恋い焦がれた女は、魔物でしたか」


 周りの大気ごと凍りついた彼は、最期にそう言い残した。

 どうして。どうして、血が出ていない!

 トーカは、上半身だけになっても平然としていた。


「思い出したぞ。ルカ。いや、ルカくん、と呼んでいたか」

「トーカ……?」


 彼女の上半身から剥き出しになった配線が散らした火花が、ジジジと悲しげな音を立てた。






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