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邂逅Ⅱ

 

 俺達は屋敷で匿われることになった。表向きは、トーカ率いる騎士団が土竜の姫とその従者を捕え、屋敷に監禁したということになっている。これは舞台を整えるためのお膳立て、かつ時間稼ぎだ。

 実際は、呑気なものだった。屋根のある場所で眠れることの、なんと幸せなことか。この世界に来て初めて、気を休めることが出来た日々かもしれない。

 アリスは例の、腕の立つエルフの女性兵士と一緒に街に繰り出していた。もちろん、つのや肌を隠す変装は忘れない。


「これも作戦の一環なんです!」


 と王女様は言っていたが、さて。そばで苦笑いしている兵士を見れば、街でのはしゃぎようが分かろうというものだった。

 優秀な調理員が居たため、俺の主夫スキルもここでは役に立つ機会がなかった。残念。暇を持て余した俺は、兵士から情報を集めることにした。日常会話を装って、さりげなく聖騎士トーカのことを聞いて回った。

 彼女は有能な指揮官であると同時に、心おきなく身を捧げられる上司でもあった。中でも男性団員からの人気は絶大で――見た目は透花なのだ。当然である――密かに親衛隊のようなものまで結成されていた。さすがにそれには閉口したが。

 アリスは少しでも知見を広めようと、多くの兵士と交流していた。愛らしい笑顔と明るい性格ですぐに打ち解け、合間に故郷の本を布教するのも忘れなかった。地上と地下をつなぐ架け橋を自任しての行動だろう。女性団員の間で、男性同士の恋愛を描いた連作が流行ったとか、流行らなかったとか……。

 俺も名作古典なるものを勧められたが、結局読まないままだった。この選択を、後に俺は悔やむことになるが、その時はまだ知る由もない。トーカの情報を集めるのに力を注いでいたし、それにあまりこの世界と繋がりを持ちたくはなかったのだ。いまさら何を、と思われるかもしれないが。

 透花を忘れた日は、一日たりともなかった。俺には、帰るべき家がある。決意は少しも揺らいでいなかった。




 そんな折、ちょっとした事件があった。

 ある日屋敷の庭を散歩していると、トーカが見知らぬ男と歩いているのが見えた。鼻に眼鏡をひっかけたカマキリ顔だ。貴族のような華美な身なりをしているものの、横に並ぶトーカの麗しさとは明らかに不釣り合いに見えた。

 咄嗟に近くの植え込みに隠れると、先客がいた。トーカ騎士団の男性団員だ。同志、みーつけた。


「なあ、君らの団長の横にいるカマキリ氏は何者だ?」

「無礼千万だな、お前は。良く言った、同志! あのお方は雷の聖騎士・カートライト様だ」


 途中、本音が透け出ていた気がするが、気にしない。なるほど、あれが雷の。アリスから聞いたことがある。雷親父とか雷神みたいな奴を想像していたが、随分ひょろっちいんだな。


「名家のご出身で、智力と武力を兼ね備えたお方だ。まあ、我らがトーカ様の足元には到底及ばぬがな」


 雷と聞いて、もう一つ思い当たることがあった。なんだっけな。


「聖騎士でありながら、司教のガーディスに肩入れしているのはあいつだ。しかも、トーカ様にしつこく求婚しているのだ! 今日もそれが目的に違いない!」


 男性団員氏が怒鳴り始めたので慌てて落ち着かせようとしたが、


「おいそこ! 誰ですか!」


 頭に響くような甲高い声でカマキライトが叫んだ。まずい、見つかったか。雷の聖騎士は気の短いことに、こちらに手をかざして電気玉を撃とうとしていた。思い出した! 船を襲わせたのはこいつだったのか。


 団員氏は今さら声が大きすぎたことに気付いたのか、顔を青くした。それがあまりにも悲壮なものだったから、俺は観念して立ち上がった。


「お前! ぬ、盗み聞きとは、なんと無礼な――」

「おお、ルカではないか」


 カマキリの言葉を遮るように透花が一歩こちらに踏み出して、手を振ってきた。そのまま声には出さず口だけを動かした。


『話を合わせてくれ』


 おおせのままに。とりあえず団員君を逃がさなければならないから、俺は二人の所まで歩いていった。そのうち勝手に隙を見つけて離脱するだろう。

 トーカは俺の横に立つと、


「カートライト、紹介しよう。彼は伝説の勇者ルーク」


 ぶっ。だからやめいと言ってるだろう。


「勇者ぁ? こいつがですか?」


 カートライトは胡散臭そうな目で俺の全身をじろじろと見た。むっとしたが、そんな感情は次のトーカの一言で吹っ飛んだ。


「私の恋人だ」


 俺もカマキリも呆気にとられた。いや、これが「話を合わせて」の意味なのだろうが。

 カマキリは忙しなく眼鏡の位置を直して、


「ぼ、僕という相手が居ながら――」

「君に返事をした覚えはないけどな、ライト」


 だがカートライトは負けじと食い下がる。


「本当は何者です? 勇者? とてもそうは見えませんけどね」

「ほう、君は感じないか。彼から溢れ出す、全てを呑み込まんばかりのマナの奔流が」


 トーカの奴、無茶振りしやがった。さりげなくウインクまで寄越して。仕方ないから、とりあえず俺は天に向かって片手を突き出した。カートライトの目が警戒を帯びる。ふふ、いいぞ。借りも返したいし、ちょっとおどかしてやるか。そうだな、電気に効くものと言えば……。


「――」


 短く詠唱する。たちまち空が曇り、大粒の「レイン」が降り出した。


「わ、わ」


 カートライトの慌てる様と対照的に、トーカは落ち着いたものだった。いつの間に生成したのか、取っ手のない氷の傘を浮かせて雨をしのいでいる。俺もそこに入れてもらった。


「彼は天候を操作するほどの力を持っているのだ。お分かりか?」

「く、くそ……覚えてろ!」


 カートライトは俺をキッと睨み付けると、小走りで門まで逃げて行った。


「ははは! 痛快だ! いや、感謝するよ、ルカ。どうも雷は苦手なのだ。

 それにしても、また腕を上げたか?」


 一応、魔法の練習は続けているからな。もうほとんど調整は出来るようになった。


「降らせたのはごく狭い範囲だ。じきに止む」

「そうか。――少し歩こう」


 庭の池に広がる波紋を見つめながら彼女は、昔の話をしてもいいかと、俺に断りを入れた。


「私には、この1年より前の記憶が無いんだ」


 それは俺も聞き込みで知っていた。団員はもちろん、街でも周知の事実だとアリスから聞いた。

 聖騎士トーカは1年ほど前、突如世に現れた。彼女は自身のことを何ひとつ覚えていなかったが、腕が立ったので騎士団に取り立てられた。それからは魔物の討伐などで瞬く間に頭角を現し、教主の推薦もあって異例の早さで聖騎士にまで登りつめた。トーカという名も、その時に教主から直々に新しく与えられたということだ。彼女が教主に特別の恩を抱いているのもうなずける。


「今ある一番古い記憶は、1年前――神殿の森で、雷が鳴り響くなか仰向けに横たわりながら見た、真っ黒な空の景色だ。どうしてそんなところにいたのか、どうして倒れていたのか、今でも全く分からない」


 神殿の森。俺が最初に倒れていたのも、その場所だった。


「私はゴーレムに追われながら、必死で逃げた。手首の薄明りを頼りに、真っ暗な森を突き進んだ。ようやく道に出た時、私はまた倒れたんだ」


 いつの間にか、池の波紋は消えている。トーカは指を鳴らして、氷の傘を霧散させた。水面に太陽が映り、光が反射して煌めいた。


「次に見た景色は、今も忘れられない。すばらしく綺麗だった」


 そう言って彼女は空を見上げ、眩しそうに目を細めた。俺もその視線の先を追う。

 虹が、聖都の空に架かっていた。






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