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少女の願いⅢ 【解答編】

 

 それから数日は険しい旅路が続いた。人食い狼が群れる草原、大量の毒虫が発生する渓谷、巨大ヘビの巣がある湖……だが、その度にアリスは圧倒的な戦闘力で障害を退けていった。曰く、


「土さえあれば、土竜は最強です!」


 なんと、俺も魔法を使えるようになった。この世界では誰でも基本的な魔法を習得できるらしい。異世界ラノベ定番のチートスキルなんてものは持っていなかったが、アリスに訓練を付けてもらったおかげで、それなりには強くなったと思う。透花には敵わないが。


「ルカ様は筋がよろしいですね!」

「ありがとう」


 これでも昔は荒事の真似もやっていたからな。それに、面白いほど身体が軽いのだ。空気が良いせいか、「マナ」とやらのせいか。この辺りは人を攫う盗賊が出るらしいが、この分だと心配はなさそうだ。

 マナとは魔力の源で、この世界のあらゆる空間に――体内にも――存在するらしい。

「それらの声を聞き、使役することで様々な現象を引き起こす。それが魔法です」

 とのことだが、いまいち要領を得ない。詳しく聞くと、マナは「命を持たない生物」らしい。元の世界の概念で理解できる代物ではないのかもしれない。

 種族によって得意な魔法はだいたい決まってるが、伝説の勇者のような例外も居るという。


「教会のいくつかある騎士団を束ねる聖騎士達には、人族でありながら、雷や氷などの強大な魔力を持つ方がいます。もし開戦すれば、彼らとも刃を交えることになるでしょう」


 アリスはそう言って、どこか遠くを力強く見つめていたが、俺は別の考えに囚われていた。氷を操る力と言ったが、もしかして、この世界は透花と関わりがあるのかもしれない。


「話聞いてましたか、ルカ様?」

「なあ、その聖騎士ってのは――」


 迂闊にも、この時の俺は油断しきっていた。一陣の風が吹き抜けたかと思うと、急激に身体が浮き上がった。目を開けた時には、かなりの高さまで来ていた。背中の荷物を掴まれ、運ばれている。

「おっさん」頭上から、若い女の声がした。「あんまり暴れない方がいいぜ」

 女は、両手の代わりについた大きな翼を羽ばたかせ、飛んでいた。鳥のような脚で俺を荷物ごと掴んでいる。ハーピィと呼ばれる有翼人だ。


「お前、人攫いか!」

「まあそんなとこだね。命までは獲らないよ。主人が変わるだけと思って諦めな」


 主人とは、アリスのことを言っているのか。


「彼女にも手を出したのか!」

「いいや、アタイらも土竜はおっかないからね。わざわざ奴らの領域に降りて行ってまで攫おうとは思わないよ。やっても荷物か奴隷だけ……て、まじかよ!」


 人攫いのハーピィはびっくりしたように叫んだ。つられて下を見ると、地上から物凄い勢いで柱が伸びてきていた。土で出来た柱?

 その上に、アリスが乗っていた。まさか、俺を助けるために。


「あちゃあ。放っときゃいいのに、あんな高く飛んじゃあ格好の餌食さ。ほら見ろ、捕まっちまった」




 結局、俺とアリスは数分も経たぬうちに再開を果たした。人攫いの飛行船の、檻の中で。

 檻には、同じように捕らえられた人間が居た。銀髪や青い髪の女子供が数人。奴隷にされるのかもしれない。脳裏に、透花の髪の(あお)色が浮かんだ。

 分かっているさ。奴隷になっている暇はない。俺は、家に帰るんだ。


「そうだ、ルカ様! 故郷の話をしてくださいよ!」


 いきなり、アリスが突拍子もない提案をした。


「こんな時にか?」

「こんな時だからです! 元の世界に奥さんが居たんですよね。どんな人なのか、聞いてみたいです!」


 俺は虚を突かれたような思いになった。アリスの目が予想外に強い光を湛えていたのだ。ため息をついてから、俺は話を始めた。


「……妻の名前は透花。彼女は、魔法が使えた」


 透花と出会ったのは5年前、俺がまだ私立探偵をやっていて、透花が18の時。ある仕事がきっかけだった。新興宗教の施設から、一人の信者を連れ出すという依頼だ。その「教団」は、信者を人体実験に利用しているようなところだった。屑だよ、連中は。

 そこで助けた碧い髪の少女が、透花だ。彼女は不思議な力を操れた。氷を生成したり、物を冷やしたりする能力だ。俺は、この謎の力は教団の実験が原因だと考えていたのだが、


「もしかすると彼女のルーツはこの世界にあるのかもしれない。ここと似た世界の物語を彼女は好んだ。日本人離れした碧い髪も、この世界では普通だ」


 俺がこの世界へ飛ばされたのとは逆に、彼女はこちらから元の世界へ飛ばされていたのだとしたら? それが、さっき俺の頭をよぎった事だった。

 いつの間にか、檻の中にいる他の人間、そして監視していたハーピィまでもが、俺の話に聞き入っていた。先程俺を捕まえたその女は、目が合うと気まずそうに視線を逸らした。

 アリスが言った。


「その人のことが、本当に好きなんですね」


 あまりピンと来ないのか、少し話がずれている気もするが、その通りだ。俺は透花のもとへ帰らなければならない。こんな所で終わるわけにはいかないんだ。

 それは、アリスにとっても同じだろう。


「さて――アリス」


 今度はそっちが、本当のこと・・・・・を話す番だ。


「お前、実は使者なんかじゃないんだろう?」




 少しばかりの沈黙の後、アリスはいたずらを見つかった子供のような笑みを浮かべた。


「えへ、気付いていましたか」

「いくらお前が強いとしても、一国の使者が女の子一人だけというのは無理があったぞ。

 国の内情を知っていることから、庶民でもない。高級そうな絨毯を持っていたし、それはこの世界の人間から見ても明白だった。なあ?」


 俺は例のハーピィに呼びかけた。


「え? あ、ああ……」


 彼女は目を丸くしながらも話に加わった。「どっかの貴族のガキだろ……?」

 それを聞いたアリスは吹き出しながら、


「私は土竜王の娘、アリーシア」


 と言った。ハーピィが見る間に青ざめていく。


「王女が一人で敵地へ乗り込む――それは和平交渉のためなんかじゃない。お前は、わざと捕まり行くんじゃないのか? 自分を人質とするために。圧倒的な武力を持つ土竜側が・・・・地上の人間を攻撃できないように」


 ゴーレムに襲撃される直前、アリスは「追っ手が来る」と言った。彼女はゴーレムの出現に心底驚いていたから、追っ手とはゴーレムの事ではない。彼女が警戒していたとしたら、その相手は国元から放たれたであろう捜索隊だ。

 こいつは、ただの夢見る少女ではなかった。自らの命を賭して、本気で世界を救おうと戦っているのだ。


「しかも、まだ勝算はあるんだろ?」


 アリスは白い歯を見せて、ニッコリ笑った。


「はい。もう少ししたら私は王女であることを明かすつもりでした。そうすればこの船の方々も、誰に引き渡すのが得かは分かるでしょう?

 私達は、聖都までひとっ飛びというわけですよ!」

「参ったね……じゃあアタイらに捕まったのも、わざとだっていうのかい」


 ハーピィの女は苦笑していたが、恐らくそれは違う。俺は後ろ手に縛られたアリスの手が小刻みに震えているのを見ていた。アリスは不安に押し潰されそうになりながらも、そんな態度をおくびにも出すまいとしていたのだ。だから彼女は俺に物語をせがんだ。

 こんな幼い少女が感情を押し殺すのに、どれだけの勇気と覚悟が要ったことか。しかもその行為は、不注意から捕まってしまった俺への気遣いをも含んでいたのだろう。

 まったく、敵わない。彼女は生まれながらの王族だ。

 見張りの女は立ち上がって、俺達に寄ってきた。


「なあ。あんた、いや旦那。アタイはリョーコってんだ。その『故郷』の話をもっと聞かせてくれよ――うお!」


 突然、激しく船が揺れた。前方から別の乗組員がやってきて叫んだ。


「敵襲だ! 教会の船から……」

「はあ? 奴ら裏切ったのか!」


 裏切った? 再び衝撃。床が傾いて、船内が悲鳴で満ちる。

 さっきのハーピィ、リョーコはじっと考え込んでいたが、すぐに顔を上げ、檻の中に入ってきた。そして何を思ったのか、俺とアリスの縄をほどき、ひざまずいた。


「頼む、助けてくれ! アタイらには教会相手に刃向かう力なんてない。なんでもするからさあ、お願いだよ!」

「お前、よくもそんなことを――」

「ルカ様」


 アリスが手首をさすりながら俺を制した。それで俺も考え直せた。何か事情があるらしい。


「とにかく様子を見に行きましょう」


 リョーコに連れられて甲板に出ると、巨大な船の姿が目に飛び込んできた。あれが教会の飛行船らしい。なにやら静電気の様な、発光する塊がチャージされているように見えるのだが……。


「おい、あれまずいんじゃないのか」

「まずいどころじゃないよ、旦那。あのビリビリをもう一回でも食らったら木っ端微塵だ」

「おいおい嘘だろ。アリス、なんか無いのか!?」


 だが彼女は真っ青な顔で首を振った。「土がないとどうにもなりません……」そりゃそうか、でなきゃ捕まったりしないよな!

 くそ、俺の中途半端な魔力では焼け石に水だ。刻一刻と巨大化する電気玉を凝視しながら、俺は頭を回転させた。何か、何か手はないのか。焦る中、どこか冷静な部分で透花のことを思い出していた。


『ルカくん』


 そうだ。あいつが待っている。俺は絶対に帰る!

 だが無情にも、轟音と共に(いかづち)が射出された。反射的に手を構えるが、間に合わない――。

 どくん。

 身体の中が熱くなった。一瞬、世界が無音になる。何かが目覚めた感覚があった。やがて鼓動の音、血液の流れ、空気の振動、マナの感覚が怒濤のように押し寄せ、俺は我に返った。すかさず詠唱する。


ガード!」


 激しい衝撃が船を襲った。なんだ、今の感覚は。明らかに今までの詠唱とは何かが違っていた。

 船が制御を失い、徐々に落下していく。だが、大破は避けられた。


「まだです!」


 アリスの叫んだ通り、教会の船も下降して追ってきた。くそ、教会とか教団がしつこいのは、どの世界でも共通なのか?

 俺は、「教団」が透花にした仕打ちをふと思い出した。


「燃えろぉ!」


 教会の船との間に、突如として凄まじい業火が展開した。真っ黒な煙が視界を埋め尽くしていく。隙間から、敵の船が追走を止めるのが見えた。

 一瞬くらっとする。ここまでの魔法を立て続けに使ったからか。だがこのままでは地面に激突して結局終わりだ。まだってくれよ――。


「うおおお!」


 イメージは、風。意識が朦朧とする中、ありったけの力を込める。少しでも落ちるスピードを緩めて、いや、「まだ足りない!」


「いいえ、もう十分です!」


 地面が目の前に迫った時、アリスが詠唱した。


アブソーブ!」


 大地がぐにゃりとゆがんだように見えた。船が地面に衝突する。再び強い衝撃。

 だが、俺達は生きている。船員も奴隷達も、皆抱き合ったまま放心していた。


「やった! 成功です! ルカ様が勢いを削いでくれたおかげです!」

「アリス、お前もな」

「えへへ。衝撃の吸収は土竜の最も得意とする所なんです。でないと地揺れで建物がペシャンコですからね。

 何より、土竜は――」

「「土さえあれば、最強」」


 声がそろって、俺達はひとしきり笑いあった。しばらくして、アリスは一変して真剣な表情になり、俺の前で片膝をついた。「改めてまして、私は土竜の王女、アリーシアです。伝説の勇者ルークよ」


「いや、俺は――」

「たとえ違う世界から来たとしても、勇者とはあなた様のことだったのでしょう、ルカ様」


 そして顔を上げる。その瞳は今まで以上に真剣な光を湛えていた。


「あなた様がいれば、争いを避けられるかもしれません」






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