プロローグ
愛する妻・透花へ。
この景色を、君にも見せてあげたい。眼下に広がる街並。石造りの道路、レンガ色の屋根。町は様々な人種で賑わっている。市民、商人、旅の芸人、武器職人、戦士、冒険者……。
人間もいるが、大半は亜人で、エルフやドワーフ、オークもいる。あいつらは見た目は怖いが、気前のいい奴が多いんだ。
扉がノックされた。返事をすると、「失礼します」シルフィーが顔を覗かせた。彼女はまだ若いエルフで、俺の屋敷に住み込みで働いてくれている。こんな「老人」の世話をさせておくには勿体ない人材だ。
「アリーシア様がお見えに――」
「お久しぶりです、ルカ様!」
待ち切れないと言わんばかりに、後ろからぴょこんと飛び出したアリーシアを見て、俺は頬が緩むを感じた。
「おお、アリス。10年ぶりか。大きくなったな」
大地に住まう竜、土竜。その種族の娘・アリーシアは、昔に旅をした時よりずっと成長していた。孫の成長を見るのはこんな感じなのだろうか。もっとも、俺には子供すら居ないが。
いつの間にか、シルフィーは部屋から去っていた。戦友同士の語らいを邪魔しないようにとの配慮だろう。
「さあ、ルカ様。今日は存分にお聞かせください。ルカ様のこと、そして『日本』のことを」
期待に満ちた眼差しは、あの時のままだった。彼女の大事な志は、いまだ変わっていないのだ。俺も応えなければならない。
語ろうではないか。この世界で旅をしたこと。幾つかの冒険と戦い。そして、俺の故郷のことを。
透花。君は数多くのお話を生み出した。
今度は俺が、物語を紡ぐ番だ。