新たな風
読んでくださりありがとうございます
「主さまぁ!ごはんですよー。」
「んー」
日課のストレッチを終え、日に日に増していく太陽の日の暑さを睨みつけながら肩からかけたタオルで汗をぬぐった。
「いただきます」
「はいどーぞ!」
どこからか調達してきたお皿やら、食器の類、それに布類もいつの間にか困らない程度には調達されていた。
買いに行った痕跡はないが、どこから来たのかなんかは気にしないことにした。
目玉焼きに硬いパン、それとしっかりと味の付いたスープ。
毎朝のメニューに舌鼓を打ちながらペロリと食べ終える。
スーは僕が食べ終わるまでの間にニコニコしながら後片付けをしていた。
「誰かいますかぁ?」
突然ドアがノックされ声をかけられる。
若い男の声はまたノックをして「いないんですかぁ?」と声をかけ続けている。
「はーい。いま開けまーす」
スーが僕をみて意見を求めると僕が固まってしまっているのを見て独断でドアを開けに向かった。
「ちょっ…?!」
スーが勢いよくドアを開けると目の前には少し疲れたような若者が驚いた顔をして苦笑しながら立っていた。
「どんな怖いひとが出てくるかと思って緊張しましたよ。こんなかわいらしい女の子が出てくるなんて予想外です」
驚きですと、さらに続けて若者は一歩下がった。
若者の後ろには負傷しているのか血を流した青年が2人の若者に看病されていた。
「…………怪我…してるのか?」
血を流していることに驚きを隠せずに怪我をしている青年に釘付けになってしまった。
「ちょっとヘマしちまったんだ。そっちが良ければでいいんだがちょっとの間泊めてもらえねぇかな。」
休ませて欲しいんだと疲れの見える赤髪の青年が頭を下げた。
スーに目を向けるとスーは笑った。
「スーはいいですよ!でも、悪いことしたらオコオコです!」
「スーがそう言うなら泊めてやっても…いいか。」
了解ですのー!と言いながらどこからか毛布とタオルとたらいにお湯を持ってきて手際よく負傷している青年の治療を始めた。
他の3人も疲れたように座り込んでいた。
「ありがとうございます。仲間1人守りながらだと、俺たちだけでは力不足で…街に帰ることもできず困ってたんです、こんな見知らぬ奴を家に入れていただき…。」
申し訳なさそうに苦笑する。
「本当になぁ。感謝しても仕切れねぇ…ありがとうなぁ、坊ちゃん。」
「感謝。疲れて困ってた」
3人の若者は疲労困憊といった感じで床に座り込んでしまっていた。
「スー。タオルある?」
「ありますよー」
ポケットから出てきたタオルは絶対にポッケに入る量ではないが気にせずにタオルを3人に渡してやる。
「外に水場がありますんで、良ければで汗でも流してきてください」
そう言って、外の井戸まで案内してやる。
そして、スーの元に戻り青年の様子を観察する。
何かにひっかかれたような傷で身体中傷だらけであった。
「生きてるの?」
「大丈夫ですよ。死ぬような怪我ではないです。」
スーがタオルで青年の汗をぬぐいながら笑った。
肩から力が抜け、一つ息を吐き、スーの横に腰を下ろした。
「悪い人たちだと思う?」
怪我をした青年を見つめながらスーに聞く。
包帯には少しだけ血がにじんでいた。
「まあ、悪い人でもこの家にいる限りスーの敵ではありませんので大丈夫ですよ。」
そう言ってスーは僕に笑いかけた。
スーの笑顔を 見て少しだけ余裕が出てスーの頭を撫でる。
ふわりとした感触を楽しむように数度撫で立ち上がる。
「ご飯でも作りますかね。みんな疲れてますし。俺はお腹いっぱいだけど」
とりあえずスープだけでもと思い鍋に湯を張る。
できるだけ具を小さく切り火が通りやすく食べやすいようにしておく。
ジャガイモにタマネギ、それと人参に似た赤い球根の野菜。そして、溶き卵を加える。
塩胡椒で味付けして一口味見。
うん、と一つ頷きスーの元に戻ると青年も意識が戻ったらしくこちらを見て少し驚いていた。
「あ、ありがとうございます…いてててて…」
少し身動ぎして顔を歪める青年。
慌ててとめて、スープができたことを告げに外に出る。
「あ!ありがとうございました!!さっぱりです!」
体の汚れも取れ、ついでとばかりに服まで洗ってしまったようであり、薄手のインナーとズボン姿であった。
「じ、自己紹介する。忘れた。」
片言のすらっとした青年は上着すらも来ておらず上半身裸である。
「そうでした!俺は暁暗の剣のリーダー!ウィルです。以後お見知り置きを!あと、怪我をしてるのがマナブです!」
軽く握手をすると硬い手の皮の感触が手に伝わった。
「暁暗の剣?」
「あれ?ご存知ないですか?何よりも黒い刀身の魔剣です!なんでも持っている人を最強にする剣だとか!」
興奮したように説明してくれるのはいいのだが、聞きたいのは名前の由来ではなくその名前が何を意味しているのかが知りたかったのだが、まあいいかと聞き流すことにしたようだ。
「ワシは副リーダーやらせてもらってるセンというもんだ。よろしくな。」
手を差し出され握手をした。
見た目は若いのにしゃべり方がおじいさんのようなしゃべり方だ。
「僕、クシュル。言葉、覚える頑張ってる。」
よろしくと言ってさっと手を握ってきたと思ったらまた髪を拭く作業に戻ってしまった。
「俺はコウノです。よろしく。あと、お仲間が意識が戻ったようなので中にどうぞ」
そう言って部屋にもどり、スープをよそう。
湯気が上がるとふわりといい香りがした。
人数分よそうとスーがありがとうです!と言って一つ持って行った。
怪我をした青年マナブはゆっくりだがそのスープを口に含んで食べ始めた。
「うむ、良き香りだ」
部屋に入ってくると香りにつられたようにキッチンの方に来るセンに笑いかけスープを一つ渡す。
「いいんですか?そんな…貴重な食料を…」
よだれを垂らしスープに釘付けになっている顔とは裏腹にそんなコトを言うウィルにも一つスープを渡す。
「困った時はお互い様ですよ」
腹が減っては戦ができぬっていうもんです。
そう言ってクシュルにも一つスープを渡してやる。
クシュルもスープを受け取り匂いを嗅いでいる。
今まで一カ月も1人だったのに一カ月目を境に人が増えたコトに驚きつつも嬉しくもあった。
自分以外の気配と声がするのはいいコトだとリビングの端にある木を切っただけの椅子に腰を下ろした。
美味しいと言って食べてくれる飯というのはいいものだと目を閉じて感慨深さを感じてしまう。
「はー、沁みるわぁ…」
スープに舌鼓を打ち始めた冒険者4人。
「ほんっと困ってたんです。すばしっこい猫型の魔物に襲われて…食べられると思ったら弄ばれるわ、逃げ回って疲れるわ…死ぬかと思いましたよ…運良くコウノさんがいてくださって助かりました…ほんと…」
ウィルは涙を溜めてそんなことを言う。
スーは自分でスープを食べ始めたマナブを見て、俺にお茶を入れれくれた。
そして、スーは当然だというように壁際に行こうとしたがコウノはそれを止め、膝にスーを乗せた。
スーは嬉しそうに笑って僕に寄りかかっている。
そして、ある程度腹も満たしたのか満足というような空気が家の中を満たした。
すると、急に真面目な顔になったウィルが僕に話しかける。
「あの…答えたくなかったら答えなくていいんですが…どうしてこんな危険な森に住んでるんですか?」
やっぱりその目と髪の色でしょうか?
そんな質問をしたウィルの頭を電光石火の如くスパンといい音を立ててセンが叩く。
「申し訳ない。こやつはすこぉしばかり好奇心が旺盛なんだ…気分を害したなら申し訳なかった」
センはウィルの頭を無理やり下げさせる。
「いやいや、特に理由はないんですよ。強いて言うなら辿り着いたから…というのが正解ですかね。」
苦笑いで答えてやると申し訳なさそうにセンが頭を上げた。
いだだだだた!と声を上げてウィルが頭を勢いよくあげる。
「いてーよ!」
「うるさい!馬鹿者!!!!」
もう一度センに頭を叩かれそうになりすんでのところで避けるウィル。
そんなやりとりを見て笑い出しそうになるのを堪える。
「僕の故郷。その髪、目の色、神の権現。すぐに捕まって結界行き。不自由はないが自由もない。」
苦しいようにそう言うとすっとクシュルはコウノを見つめた。
「逃げたか?」
真剣そのものの顔で覗き込んでくるクシュルをじっと見つめる。
ふうっと、一息、息を吐く。
「捕まらなかった。が正解かなぁ?この髪の色は地毛だし、目も生まれつきだ。それに、そんなこと言われたのも初めてだなぁ…」
自分の髪をいじってみる。
昔から変わらないくせっ毛な髪を触ると昔を思い出す。
祖母はよく僕の髪を梳きながらお父さんそっくりでくるくるねと笑った。
祖母の顔を思い出すとなんだか少しだけ懐かしい。
「そうだったんですか、てっきりその髪が原因でここに住んでるのかと思いましたよ」
そういうウィル。
だから扉を開けた瞬間驚いた顔をしたのかと納得してふふっと笑って見せた。
「貴重な情報ありがとうございます。気をつけないとですね。問題のある色ならば少し色を変えないとですね。」
「あるじさまの髪はとても綺麗です。変えちゃうのはもったいないです…」
すこし落ち込んだ様子のスーはスカートの裾をつかんで目に涙を溜め始める。
「でも、僕はスーと離れるのはもっと嫌だなぁ。スーとそっくりな薄い緑なんてどうかな?綺麗な色だと思うんだが。」
そう呟くとスーはキラキラした顔を上げてにぱぁと笑ってみせる。
「ほんとですか!」
「ほんと、ほんと。だから髪のいろは変えてもいいかい?」
「いいですの!」
まあ、まだ変える方法があるわけではないから当分先の話になるだろう。
会話は終了とばかりに僕はさてとと言って立ち上がる。
「でかけるか?」
クシュルがそう尋ねると同時に立ち上がる。
「あー、座って休んでてください。食後の散歩してくるだけなんで。」
「でも!すぐ近くに魔物でもでたらどうするつもりじゃっ!!」
「そしたら、逃げ帰ってきますよー」
心配する3人をよそにスーは行ってらっしゃいと手を振っている。
「いってきます」
そう言ってきしむ扉をあけて外に出た。
朝の爽やかな空気に一つ伸びをしてあくびをする。
いつもよりすこし遅めではあるが探索に出ることにした。
なぜだか自分が元いた世界のことは言ってはならないと思ったので3人に黙っていることにした。説明するのもめんどくさい。
家の裏に回ると池の魚2匹が並んで泳いでいる。
「騒がしくて悪いな」
そう呟き、道無き道を進み出す。
10分ほど歩くと川があり、川辺には食用になるベリー類が実っている。
何個か取って口に入れるとまだ酸っぱいようで口に酸味が広がるがたまらず次に入れた実は甘かったようでまた懲りずに数粒食べ始める。
すると、上流から何かが流れてくるのが視界の端に映る。
キラキラと輝く水面に目をこらすと小さな動物のようであった。
「犬?」
溺れているようで手足をばたつかせ必死に水面に顔を出している。
ゆっくりと近づいていき水から助け出してやると両の掌に乗るようなサイズの子犬であった。
「落ちたのか?ドジだなぁ」
そういうとためらいもなく服で水気を拭き始める。
「ぎゃっ。な、なにを…うわっ。」
「うおっ。お前喋るのかよ。」
少しだけ驚きを見せつつそれでも服の裾で子犬の水分を摂り続ける。
ある程度乾いたようで開放してやると目を回したようにフラフラとしているようだ。
「大丈夫か?」
「へ、へいきだ…」
えらいめにあったというふうな態度の犬を膝に乗せ頭を数度撫でて毛並みを整えてやる。
「黒い目に黒い毛かぁ。俺と同じだな。」
「邪神の生まれ変わりだってか?」
えらく楽しそうにそう呟く犬に軽くチョップを食らわせる。
「邪神がなんなのか知らないけれどそんなもんの生まれ変わりではないね。可愛げのないワンコさん」
膝から降ろしてやるとぶるりと体を一つ震わせて尻尾を振る。
「気づいてないだけかもしれないぞ?」
足元をうろうろと歩いて匂いを嗅いでいる犬に目線を合わせるために膝を曲げる。
「子犬になにを言われたってズキッとはこないなぁ。」
そう言って一つ撫でてやると気持ちよさそうに眼を細める。
「邪神だろうが、無かろうが、俺は別にこの世界がどうなろうと知ったこっちゃないしね。」
でも、スーだけは守るかなぁ…
誰ともなくそう呟くと嬉しそうに犬は尻尾を振りだす。
「そうか。そうか。俺はお前が気に入った。俺が持てるだけの力の全てをお前に譲ろう。俺はもう使えないからな。」
嬉しそうに細められた瞳は黒かったはずなのに赤く見える。
「子犬がなにをいってるんだ」
抱き上げると膝の上に乗せる。
「まあ、いいから俺の瞳を見ろよ。珍しい色してるだろ?」
「ただの黒色じゃ…」
ないか、と続けようとしたところ何かが全身を巡っていく。
「うぁっ…」
よろけて尻餅を着けば周りは真っ暗になっていた。
そして、膝の上には変わらない暖かさの子犬。
「言葉の魔法以外は全部やったぞ。…全てやるって言ったが言葉がないと不便だしな…」
それに、言葉の魔法のみ使えるのはなんなんだろうなぁと言いながら悪びれもなく膝の上から降りる犬を抱き上げ家路を急ぐ。
足元の草が当たり切り傷を作る。
枝が頬を叩き血がにじむ。
抱きしめている犬はなんともないように温かさを手に伝えてくるが、自分が出す草木の擦れる音以外に何かが近づいてきているのを感じる。
「でかい猫だな。毛並みが悪いからそんなに嬉しいものじゃないな。」
ふんと鼻を一つ鳴らして目を瞑る犬は動揺も見せずに尻尾を一つ揺らした。
「ざけんなっ!!!!」
必死に走ってるのに距離が詰まっていく恐怖に足がもつれそうになる。
ジンジンと熱くなっていく体に、痛む足を必死に動かす。
ここで死ぬのかと思った。
全身をわけのわからない冷たい汗が流れるのを感じて、額ににじむ汗をぬぐった。
それでも、追いかけてくるナニカはどんどんと距離が近づいてきて姿が見える。
影のように真っ暗な中に月の光を受けて光る瞳。
久しぶりに死の恐怖を味わっていて、生きてるってこういうことかと実感しつつ現実逃避をしてみる。
「殴ればよかろう。いまなら勝てるぞ?」
「そう簡単にいっちゃったらヒーローなんていらないっての!」
腕の中でふんぞり返っている黒犬は勝てもしない猫を殴れといってくる。
猫の手が伸びてくるがギリギリのところで避ける。
が、もう目の前には牙が迫ってきていた。
もうヤケだと犬を片腕に抱き空いた方の手で猫の顔めがけて全力でぶん殴る。
何かねっとりとしたものが手につくがそんなことは知ったこっちゃない。
吹っ飛ぶ猫がありえないものを見たというふうにこちらを見て、すごい音を立てて木をなぎ倒しながら地面に落ちた。
「やるじゃないか」
腕から降りて失神している猫の前足の匂いを嗅いでいる黒い犬を横目に俺は地面に尻餅をついている。
なんとも言えない力で殴りつけたのはわかる。
自分の手にはナニカの血が付いていた。
怒られるかな?とふと頭に浮かんだが気持ち悪さの方が上回って服の上着で血を拭う。
白かったシャツは一瞬で赤とも黒ともつかない色に染まった。
「早く帰ろう。」
そう呟くと犬はそうだなといって近寄ってきた。
「抱け。歩くのはこの体ではちときついものがある。」
「…まあ、いいけど」
ふわふわとした犬を抱きかかえ、家路へと急いだ。
「あ、あるじさまぁああああ!!!???」
家では寝ずに待っていてくれたようで全員が火の付いていない暖炉の前で待っていてくれた。
スーが魔法で出した明かりが家を照らしているがコウノの服までもを照らしてしまった。
服についた血が僕のものだと勘違いしたスーが慌てフタめいて僕を座らせる。
犬はいい家だといって足元に座った。
「だ、大丈夫。これは俺のじゃないよ」
どうにかこうにかスーを落ち着かせようとして、上着を脱ぎ怪我がないことを見せる。
「あ、あるじさま…それは…」
「どれ?」
スーが指差す場所を見てみると胸の部分に何かあざのようなものがある。
「なんだこれ…」
押しても痛くないし、いつできたのかもわからない。
でも、スーは青ざめた顔でその模様を見ていた。
「魔王の印…に似てますかね…」
でもこんなところに?などと意味深なことを言っているが俺はみんなの反応を見て原因がなんとなくだが理解できた。
「おい、黒犬。」
「なんだ?」
やっと気づいたかと言わんばかりに犬は犬とは思えない笑顔を浮かべていた。
「お前か。コレつけたのは」
「いやいや、つけたのではない。付いてしまったのだ。俺の全てをやると言っただろう?それも俺の一部だったということだな」
嬉しそうに笑っているところを少し足で小突く。
すると小さな体では耐え切れなかったのか転がってしまう子犬を軽く抑えつける形で踏む。
足の裏には柔らかさが伝わってきて骨を折らないように力加減をする。
「消す方法は?」
「誰かに譲る。まあ、お前が何もしなければ覚醒なぞしない。その模様は花だ。その花が咲いたら終わりだと思え。」
言われてみれば花の蕾のようにも見える。
人前では脱がなければいいかと足を犬から降ろしてやる。
やれやれと犬は後ろ足で耳の後ろを掻いた。
「お前名前は?」
「ない。つけても良いぞ」
どこまでも上から目線でいってくる物言いがなんとも言えない苛立ちを募らせる。
「カラス」
「ほほう。カラスか。響きがいいな!気に入った」
犬の名前がカラスというよくわけのわからないことになったがまあいい。
その日は夜も遅いということでおひらきになったがスーが僕の胸のあざを心配して一緒に寝ると言ってきたのでその日は一緒に寝ることになった。
暖かいスーの体温と寝息。
それに柔らかさを感じていつの間にか眠ってしまっていた。
その日あった恐怖とか、死ぬかもとかいうなんとも言えない感情がまぜこぜになった気持ち悪さが胸のどこかにつっかえるような感じがした。