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食べものエッセイ

食べ放題という悪魔の囁き

作者: 矢田こうじ

 想像してみて欲しい。

 あなたは今、とてもお腹が空いている。

 お金は持っているが、近くに飲食店は何もない。


 ああ、お腹すいたな。


 いったい何回、口にしただろかわからない言葉。何度も考えた、次の街で出会うお店への期待。

 そうするとどこからともなく風が吹き、あなたの耳元で誰かが囁く。


食べ放題(たべほうだい)はいかがかな?」


 このフレーズを聞いて、あなたは耐えられるだろうか。

 そして目の前に佇む食べ放題のお店。それを聞くまで頭の中で用意していた、"食べたいリスト"を果たして貫くことができるだろうか。

 いや、私にはできない。


 焼肉食べ放題。

 ケーキ食べ放題。

 ランチバイキング食べ放題。


 最近私の目に止まったもの。

 根が貧乏人の私にとっては・・・この表現は卑屈なので訂正する。

 日々ハングリーさを信条とする私にとっては、このフレーズはまさに悪魔の囁き。


 しかしながら。


 ペラペラ、ビロビロの肉。

 パサパサのスポンジ。生?クリーム。

 大量生産、冷凍食品のオンパレード。

 どこかで何回も食べたような味付け。


 自分で書いていても食欲をそそらない表現。それが昨今の食べ放題メニューの実情とも言えるだろう。しかしそれでも広告は目にとまり、その店に入ってしまうのだ。


 実際そんなに食べられないのに。

 無理して食べればお腹が痛くなるのに。

 そんなに食べたら太るのに。

 相当食べないと元なんて取れないのに。

 もしかしたら、いや、大体が食べた後で「別に行かなくても良かった」と思うのに。


 以前、とはいえ結構最近なのだが、とうとう食べ過ぎて、お店のトイレで吐いてしまった。

 生まれて初めての経験だったが、ここまでくれば自己嫌悪しかない。その日の夜はお腹を押さえて寝込みながら、自分の意思の弱さに凹んだものだ。

 根が貧乏、もといハングリーであるがゆえにしでかした愚行。


 食欲、睡眠欲、性欲。

 人の三大欲求、なんて言うけど、私は食欲が一番だと思ってる。

 だってそうでなければ自分が生きていけないんだもの。眠れなければやはり最後は死ぬし、子孫を残さなければ続かない事もわかるけど、食べないと何も支えられない。


 "食べられるときに食べろ"


 おそらくまだ根深く根底に流れる、私達に埋め込まれた生存のプログラム。そしてそのプログラムを最優先で実行させようとする、なにか(・・・)

 この国で普通に生活していれば、食べられない時なんてない、ありがたい環境なのに、わかってても体のどこかで突き動かされる衝動。


 最近、食べ放題は賢い選択か?とは思う。それで、別のお店の会計を済ませた時に、もしこのお金で食べ放題のお店に行ってたなら、と考える。

 そう振り返ると、何故か少し損をした気分になったのは秘密としたい。


 だがしかし。

 やはりそんなお店に入れば、気がつくのだ。


 肉の質が違う。

 クリームの口当たりが違う。

 頬張った味の広がりが違う。


 わかってた。

 そんな事は、ずっと前からわかってた。敢えて、なんて書くほどもなく、こんなのはじめから食べ放題のお店は、単純比較では負け戦なのだ。

 しかしながら私は、悪魔の囁きに負け続け、また食べ放題の暖簾をくぐる。周知の事実として、食べ放題のお店がなくならないのは、とにかく質より量でお腹を満たしたいからだ。

 いいもの食べた、というより、とにかく食べた満足感欲しさからで、それは理解しているつもりだ。


 なぜこのようなことを書くのかと言うと、この週末のディナー?はステーキ食べ放題だったからだ。

 出かける前から、入る前から、あの固めで薄い、どこの肉なのかわからないものを頬張る自分が想像できてしまう、あの飲み込みにくい肉のイメージ。まだ入ったことがないお店なのに、失礼だなと思うけど、多分間違っていない。

 でも、目の前にあればきっと、1枚、2枚と手に取るのだ。ソースを、香辛料をアレンジしながら頬張ってしまうのだろう、と。


 そして実際、その通りだった。

 結果、4枚ほど頂いた自分がいる。

 いい歳なので、胃がもたれている。


 何故こんな事になるのだろう。

 この悪魔の囁きの源はなんだろう。

 調べてみるとやはり悪魔はいて、名をベルゼブブ、またはベルゼビュートというらしい。暴食の悪魔だそうだ。


 ああ、きっとこいつのせいだ。

 7つの大罪を司る、ルシフェルに次ぐ実力をもつ1柱。こんな悪魔が囁くのだ、凡人たる私が勝てるはずもない。そしてこれを読む人達も勝てるはずもない。

 ん?責任転嫁?なんだい、それは食えるのか?


 だからこれからは欲の赴くまま、食べたらいいのだ。そしてこの事を誰かに言われたならば、


「だってベルゼブブが」

「7つの大罪は常に私のそばにいるの」


 と言えばいいと思う。

 ただ、その後の人間関係は保証できない。


 そう考えてみれば、


 コストパフォーマンスの高い、しかしながら肉汁もそれなりにある、口いっぱいに入れたところで誰にも咎められないカルビ。

 一口サイズで何度でも食べられてしまう、最低限基本は押さえられているだろう、バラエティ溢れるケーキ。

 当たりはないかもしれないが、外れもない、サービスとしては及第点。何品かのうちの1品は、少し手の込んだ食材で全体のメリハリをつけた惣菜。


 前述の美味しくなさそうな表現を良く見せるために、結局長くなってしまった文章を書き、思う。


 やっぱり腹一杯って最強なんだ、と。

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― 新着の感想 ―
[良い点] あー。わかるー。そんな風に読み進めていたら、途中のベルゼブブ。思わず笑いました。なるほど、今度からそう言えば良いのか...。参考になります。 文章も読みやすく、とても面白かったです。 [一…
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