39話:流れ着いた先
陽の光を確実に遮る様に、曇天の空が下界の人々にほくそ笑む。灰混じりの雨が宿舎の屋根縁から滴り落ちている。荒い木目に溜まった灰が白い塊を作り始めた頃、宿舎に泊まる一人の男が目を覚ます。
「ん、んん〜、もう朝か?」
上半身だけ起こした状態で柊二は腕を組んで背を伸ばす。頭を数回掻き毟った後、飯を摂りに行こうと立ち上がる。が、自分の下半身が思った様に動かない異変を感じ、すぐさま事の状況を飲み込んだ。
「ったく、またミラの奴か。ミラ、飯食いに行くからいい加減起き――」
いつものパターンに呆れながらも、妙に盛り上がった掛け布団を勢い良く剥ぎ取る。この流れは柊二にとってはお馴染みであるのだが、一つだけ目に見えて違うのが一つ。
「っ、ん・・・・」
馴染みの無い顔をした少女が柊二の脚にしがみついて寝ていた。「・・・・まだ寝惚けてるのか?」なんて柊二は自分の頬を抓るが、出てくるのは痛みだけ。夢から覚めた現実など出てこない。
「何だこの状況。兎に角だ、どちら様か分からないが早急にご退出願おう」
何もやましい事はしていないにせよ、この状況を目にした者はあらぬ誤解を招いてしまうだろう。柊二はゆっくりと自分の脚を掴む少女を起こそうと、彼女のほっそりとした肩に手を伸ばす。
「おい、いつまで寝ているつもりだ。もう貴様以外の者は朝餉を済ませ――」
(あ、終わったな俺・・・・)
最も知られたくない者が丁度いいタイミングで現れるのはお約束。全てを諦めた男の顔とは、こうもハッキリとしない表情をするものなのか、と言わんばかりに微妙な顔をで固まっている柊二。
肩を震わせて近付いてくるリノア。見る限りに怒っているのだろうが、毎度の如く柊二にはその理由が分かっていない。ただ、今回の様子からすれば、他人には自分の方に非がある様に見えるのは理解出来る。
「まぁ、なんだ。言いたい事は大体分かるが、一つだけ言わせてもらうと俺は何もしてないし、しようとも考えてないからな?」
なんて柊二が話しているうちに、気付けばベッドの傍らにリノアは立っていた。やがて彼女の腕がゆっくりと柊二の方へ伸びていく。柊二は驚きと何かしらの恐怖に反射的に目を瞑る。
しかしリノアの腕は柊二では無く、その脚にしがみついている少女の頭を掴み挙げる。力強く掴まれた少女の頭は、軋む様な音が聞こえてきそうな程。そのまま持ち上げられた少女の顔は、痛みに耐えるのではなく、締まりの無いダラけた表情をしている。
「こんな所にいたのか」
「姉様、痛いです」
状況がイマイチ飲み込めない柊二。口を開けて呆けた顔をしていると、柊二に気付いたリノアが、睨みを効かせた眼光で顔を覗いた。
「如何した貴様、何を腑抜けた顔をしている」
「いや・・・、状況が状況でな。理解出来てない」
「その位自分で理解しろ。私が教える義理はない」
元々の彼女の性格が、男嫌いで強気、それに何故か柊二に対して冷酷な態度を取るのは、出会った時から変わらない。もう少し丸くなって欲しいと、密かに副団長に話し込んでいたのだが、変わる気配は一向にない。
「出会った時から思っていたんだが、もう少し柔らかくなれないのか?」
「騎士として、己を律する考えの何処が悪い」
「いや、騎士道精神じゃなくてだな・・・分かった、お前はそのままでいい」
「私は私だ、他の何者でもない」
共通の敵を持つ者同士、険悪な関係でありたくないのだが、柊二の意図はリノアに中々伝わらないでいる。どうにかして良い関係を築きたい柊二にとって、リノアの性格が丸くならなければ始まらないのだ。
『良好な関係を築きたいが、かと言って本人の性格から無理強いする訳にも行けないし・・・』
腕を組んで考えていると、脚の重りが外れたのか急に軽くなる。その変化に意識を戻されると少女の姿は消え、リノアに抱えられていた。そして今更ながら、ふとした疑問が柊二の頭を過ぎる。
「リア、一つだけいいか」
「私をリアと――、何か私に用か」
「いや、その・・・」
「早く言え、私も暇じゃないんだ」
「そいつ誰だ?」
指差す先にはリノアに担がれ、尚も寝ていると思われる少女。気づいていなかった訳では無いのだが、随分と長い夢を見ていると勘違いしていた柊二。ようやく現実だと認識した所で、自分の脚で寝ていた少女が気になったのだ。
「・・・丁度いい、後で説明しようとしていたのだ。貴様、急いで支度をして司令部に来い。私は先に行く」
「あ、おい」
事を告げたリノアは、そそくさと部屋から出ていく。柊二の言葉に反応する事は無い。ただ、出ていく際にほんのりと頬が桜色になっていたのだが、柊二は気付く事は無い。
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「んで、早速説明してもらおうか」
壁に囲まれた土地の真ん中に設営された司令部。昨夜もここに来たのだが、色々あってまともな会話を交わすことはなかった。
今回ばかりは、シラフのリノアにフィート、途中からやって来たジャカル、と主要な顔ぶれが揃った所で話を始める。
「戦闘報告、状況報告は書類形式で送らせて頂きます」
「若造達の訓練も万事順調だ」
「物資の備蓄も問題無い」
参謀としての役割を務めるフィート、兵士達を訓練する指南役ジャカル、物資の運用と生産を担うリノア。それぞれが課せられた役目を果たしている。無論、柊二も指揮官としての任務を遂行している。
「島内の報告は了承した。次に俺が気になった点なんだが」
書類が散乱したテーブルを、それぞれが囲うように椅子に座る中、見掛けない人物が増えていた。柊二の向けた視線の先に彼女はおり、他3人も柊二の視線の先へと顔を向ける。
「彼女は何者だ」
「?」
柊二の視線の先にいる少女。彼女は先程から何かを口にしているのだが、話題の中心である事を認識していないようだ。一心に口に物を入れては、小動物の様に咀嚼している。傍から見れば愛らしいのだが、テーブルに山を作った空箱を見てしまうと、愛らしくは無い。
「少数の島外民が移住して来た報告があったが、ここは託児所ない。誰が連れてきたのか知らないが、ご家族の元に帰して来てくれ」
子供が嫌いという訳では無いのだが、ここまで柊二が険悪にするのは作戦会議の弊害となる可能性があるからである。騒がれては集中に欠け、万一に機密書類、重要書類に何かあれば今後の行動自体に支障をきたすかもしれない。
溜息を一息吐くと、手元の書類に手を掛ける。すると、先程まで黙って食事をしていた少女が口を開く。
「子供じゃない、これでも大人です」
「・・・お嬢ちゃん幾つ?」
「女性に年齢を聞くとは失礼ですね。いいでしょう、私はこれでも20歳、立派なレディーです」
胸を張って拳で叩き、自分を大きく見せているのだろうか。しかし、寧ろその行為が背伸びしている子供にしか見えない。意気揚々としている本人を他所に、柊二は疑いの眼を向けていた。
「お嬢ちゃん、背伸びしたい年頃なのは分かった。だけど、お兄さん達はこれから大事なお話があるから、お外に遊びに行ってくれると嬉しいな」
呆れ声で淡々と言い放つ柊二に、ショックを受けたのか口を開けたままの少女。そこにリノアが割って会話に入ってきた。
「・・・間違っているのは貴様の方だぞ」
「俺が間違ってるって?」
「彼女が20歳であるのは事実だ」
その発言に耳を疑った柊二だが、目線をジャカルやフィートに向けると、彼等は揃って頷く。にわかに信じがたいが、信頼している彼等が嘘をつくとも思えない。
「本当なのか?」
「彼女は正真正銘の20歳だ」
「ふっふーん、だから最初から真実を言っているですよ」
ショックから立ち直った少女は、再び自信げに胸を張ってみせる。世の中よく分からないものだと、柊二は考えさせられた。
「で、貴女がここにいる理由は?見ての通り、この部隊の中枢が集まっている場。まさか遊びに来てる訳じゃないよな」
いくら相手が歳上だろうと、軍隊での階級社会に則り、指揮官として威厳ある風格で彼女と接する。
先程までは何処か関わり安い雰囲気が漂っていた青年から、突然覇気とも取れるオーラが現れ、少女は一瞬でも鳥肌が立つ。
「最近、兄ちゃんから大将の威厳が見れて嬉しいけどよ、姉ちゃんがビビってるだろ」
「親しみやすい様にある程度は砕けた言い方してるつもりなんだが」
ジャカルが話し掛けてから、いつも通りの雰囲気に戻る。本人は自覚が無いにしても、他者から見れば指揮官の板が付き始めてきた筈だ。
「彼女の名はメルト。魔導歩兵小隊の小隊長で、数日前に小隊ごとこの島に来た者だ」
一向に話の進まないまま一刻が過ぎると思わされたリノアが説目を入れる。少女はすぐさま柊二に敬礼をして、声を出した。
「第3魔導歩兵小隊小隊長 メルトです。此度から貴軍の傘下として行動させていただきますです」
「そんなに畏まらないでくれ、さっきのはちょっとした悪戯心が働いただけだ」
言葉遣いがおかしいのは元々なのだろうか、語尾のです、が妙に引っかかるが問題にする程の事でもないだろう。それとは別に引っかかるのは、彼女の所属部隊名である。
「少尉、確か貴方はメルセリアの正規軍だったな」
「ええ、今となっては元正規軍の立場ではありますが」
「彼女の小隊名に聞き覚えは?」
「・・・ありません。そもそもメルセリアに魔導は流通していないので、必然的に魔導師の存在は否定されます」
フィートの言葉に柊二が反応する。再び鋭い眼光がメルトを突き刺さるが、彼女は何とか揺らぐ心を抑制している。
「何故、誰も彼女を拘束しようとしなかった」
「彼女は無害ですので、その必要ないかと。我々の独断でした」
「彼女が諜報員だという可能性を考えなかった、と?」
本来、魔導は【神々の大戦】時に悪神が自軍に与えた知識、技術である。それ故、メルトがこの場にいる事が全くの間違いであるのだ。
「いえ、彼女は――」
「ソルティ卿、その先は私が自ら説明します」
フィートが何かを言おうとした所、自己紹介から無言でいたメルト本人から説明すると言う。
「もうおわかりかと思いますが、私は正規軍ではないです。寧ろ、あなた方にとって目の敵とする存在です」
俯き気味に話すメルトに、柊二はテーブルに肘をついて聞いていた。信用している仲間達がそうは言っても、まだ確信は持てていない。
「私は部下と一緒に船で、この島に来たのが数日前です」
「そこまでは理解した。しかし何故、敵の拠点に自ら現れるような真似をしている」
柊二が最優先で知りたがっていた疑問を彼女に問い掛ける。正直な所、それ以外はそれ程気にしていないのだ。
「私の隊は揃って除隊命令にされ、船で流されたです」
「で、運がいいのか悪いのか、この島に辿り着いたわけか。でも、善神軍に捕まると予測しないまま、島流しにした訳じゃないんだろうな」
そうでも無ければジャカル達が保護する訳が無い。特に好戦的なジャカル、それに人一倍敵意を抱くリノアを加えれば尚更だろう。柊二の言葉にメルトの表情が強ばる。他の者は気付いていない様だが、柊二だけは見逃さない。
「上層部が嫌がるのは、敗北の2文字以上に情報の漏洩だ。掌を暴かれた策略なんて白紙と同義・・・だろ?」
「はいです。我々の神は自ら指揮を執っている訳では無いのです。あくまで駒の精神な干渉し、戦意を植え付けたのです」
「人は誰しも完璧では無いのです。善良な心があればその反対もある、そうやって世界の均衡が保っているのです」
メルトの話を黙って聞いていた柊二達は、各々が考える事は違えど結論は同じ。目の前の敵でさえも、被害者だと言う事を。
「人類は本来、神の創造物であり、所有物でもあるです。その我々がどう神の意志を否定出来るですか!どう抗えと言うですか!」
話しているうちに感情の昂りが抑えられないメルト。本人でさえも知らない内に戦意を植え付けられ、気付いた時にはその手は血で染まっていたのだろう。
「私は何者なんです!私は――、これからどうすればいいんです・・・」
声を荒らげたと思えば、今度は徐々に小さくなっていく。落ち着きの見えない様子が、メルトの精神状態を良く表している。
彼女が話を終えてから暫くの沈黙の後、沈黙を破ったのはやはりこの男である。
「それが君の全てか」
柊二はテーブルに付けていた肘を倒し、両手を握る格好で口を開いた。
「君の問に答えるなら、君は君としか言えない。俺の目の前にいる女性はメルトという名前で、精神干渉で操られていた。そして今は俺の前で立っている」
「そして君が何をすればいいかなど、俺には関係無ければ、興味も無い」
「・・・そうでした」
自分の求めている解答とは裏腹に、無関心と当たりの強い発言がメルトの心に突き刺さる。強ばった表情は崩れ、今にでも全壊してしまいそうな感情が揺さぶられる。
ただ、その場の雰囲気に飲まれていないのがいた。1人は目を瞑り、腕を組んで微笑みながら頷いている。また、1人は片手で額を抑えては呆れた顔しては首を横に振る。さらにもう1人に至っては、鼾をかいて眠りに耽っていた。
「俺は俺のするべき事をしている。軍の指揮を執り、兵を集めては戦いの日々だ。少尉、貴方のすべき事は?」
「アルバート卿の補佐、軍の参謀として務めております」
「リノア、君は?」
「・・・氷華団団長として戦場に身を置く存在だ」
「ジャカルは――。まぁ、こんな奴だが戦闘では一番槍として自ら先陣切っては、戦況を変えてくれる」
一人一人が自分のやるべき事を理解し、それを懸命にこなしている。この場にいる1人を除いて。
「メルト、君が何をしたいかなど俺達は分からない。見出すのは君自身なんだから」
「私自分・・・ですか」
少し前までの柊二の言葉は槍のように鋭く感じられたのが、今は嘘のように温かな言葉となる。メルトが柊二の言葉の真髄を、段々と理解し始めた事によるものだ。
「元第3魔導歩兵小隊小隊長 メルト、改めて聞こう。貴殿のすべき事はなんだ」
『私のやるべき事は・・・』
胸に手を当て、自分の気持ちを引っ張り出すメルト。やがてその手は頭まで上がると、自然とそれは敬礼となる。
「私は平和を求めるです。もう誰も傷つかない世界を」
それがメルトの本心として口から出た。戦争を終わらせるための戦争とは言え、傷付く者は出てくる。それを理解した上で彼女は平和を求める。彼女の真剣な眼差しを柊二はしかと受け止めた。
「俺達は常に同志を探している。メルト、君でよければ力を貸してくれないか」
「はいです!不肖メルト、微力かも知れませんが御力添えさせていただきますです!」
メルトの敬礼に、遅れて柊二も立ち上がっては敬礼を返す。こうして善神軍に魔導という新たな戦力が加わった。ますます力の強まる善神軍が、メルセリアを取り戻すのはそれ程遠くないのかもしれない。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「何故貴様は女性に対して威圧的な言葉しか掛けられんのだ」
「えっ?俺ってそんなに当たり強い?」
入隊加入欄にメルト一同の名前を書きつつ、リノアの相手をしていると、ふと些細な事を思い出した。最初と同じく椅子に黙って座り、再び食事を摂るメルトに柊二は声を掛ける。
「メルト、さっきの話だが」
「なんです?」
「さっきの話を聞いていた限りだと、君達は操られていたんだろ。どうやって解けたんだ?」
精神干渉を解く方法が発見されれば、今すぐにでも戦争を終わらせる事は出来る。だが、未来ではそんな終戦ではないのを知っていながらも、柊二の好奇心が聞かずにはいられない。
「私が最後に覚えてるのは、残党狩りの最中に変な人が現れた所です」
「変な人ってのは?」
「うーん、結構いい服着てたので村人って感じではなかったです。かと言えば貴族が戦地に来るはずもないです」
「特徴か何か覚えてないか」
「えっと・・・、そうです!ボサボサな髪の毛で、真っ白な髪色をしてたです。丁度、司令官みたいな髪です!」
執筆したまま会話をしていたのだが、突然柊二の手の動きが止まる。額には変な汗が滲み出していたが、他の者に気付かれていない。
『・・・いや、まさかな』
「司令官、どうかしたです?」
「なんでもない、続けてくれ」
「それで、その人を前にした時に何故だか急に眠くなったです。倒れた私に近付いてきたその人は、「君には彼が必要だ。そして彼にも君が必要なんだよ」なんて言われたのを覚えているです」
メルトの話の中に出てくるその人物の話し方、その言葉の意味から浮かび上がる一人の人物を連想した柊二は、頭を抱えて溜息を吐いた。
「司令官、私何か癪に障ることを言ったです?」
「いや、君は何も心配しなくていい」
『・・・ミラ、今の話聞いてたか』
『解。十中八九、九割九部、創造神と判断します』
無駄に増える気苦労からか、二度目の溜息を吐く柊二を余所に、頭に?を浮かべるメルト。リノアに至っては柊二に話を聞いえ貰えなかったのが気に触ったのか、隅の木箱の上で放心状態になっていた。今日も一日、通常うんてんである。
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