38話:王女の訪問
空がやや暗くなり、先まで夕陽の光を反射していた海は穏やかな波を運んでいる。透明度の高い海は陽の光が差し込まない為、一変して暗闇が顔を覗かせていた。
一方、甲板の上では兵士達が船に取り付けてあるランタンや蝋燭に火を灯す準備で動き回っている。兵士達が自分達の意思で甲板を歩き、次々に火を灯していく中、柊二もまた周りの兵士に合わせて蝋燭に火を灯していた。
戦果報告やら物資やら確認する事は山ほど残っているのだが、少し目を通しただけで嫌気がさした柊二。なのでこうして気を紛らわせる様な行動をしている訳だが、島に到着したらしたで現地の兵士から状況確認を取らなくてはいけない事を思い出し、少しも気が紛れることは無い。
『デスクワーク、手伝ってくれる人員が欲しいな』
マストに掛かっているランタンを取り外し、中の油溜めに浸かった麻縄に火を灯しながらなんて事を思っていた。
無論、柊二も誰かに頼まなかった訳では無い。船長室に居た頃、まず初めにミラに声を掛けた。しかし呼び出した時のミラは、瞼を擦り何処か眠そうな表情で現れた。故に寝かせる事にした。
ミラは諦めて一部の兵にも声を掛けた。だが今回も断られた。と言うのも兵士は兵士で海上の警戒、警備といった任務が任されている為、人員を割くわけにはいかないのだ。
色々悩んではみたが最終的には今の状況に至る。ただ、柊二は最中に一度でもシルフに頼もうなどとは考えてもいなかった。王族の人間としては、多少の政治や書類事には強いだろう。それでも柊二は頼まなかった。『今の彼女に必要なのは時間だ』その考えが彼を思い留めていた。
マストのランタンに火を灯し終えた柊二は、今後の展開を整理しながら何をするのか順序を頭で作っていく。縮こまった背を思い切って伸ばしながら、苦しい仕事に戻っていくのだった。
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完全に太陽が水平線へと消え、月と無数の星々が顔を見せ始めた頃、完全な闇に包まれた海上に幾つかの光が現れた。マストの観測者から甲板上の兵士へ、甲板上の兵士から船長へ伝言ゲームの要領で繋げていく。
「アルバート卿、島が見え始めてきました・・・ってどうなされました」
兵士の目の前には大量の書類に埋まって、卓上に突っ伏している柊二の姿であった。半ば息をしているのか分からない状態にも見えなくはない。例えるなら受験前の生徒が徹夜で一夜漬けした様である。
足元に舞い散らかる書類を拾い上げながら、兵士は柊二に歩み寄り肩を揺すってみる。「はっ、着いたのか」体を揺すられた振動で柊二の意識も戻ってきた。
「だいぶお疲れの様子ですが、大丈夫ですか?」
兵士から自然と零れる労いに、指揮官としての立場もあり安易に弱みを見せる事が出来ない。軋むような手足に力を込めてゆっくりと立ち上がる柊二。
「ああ、問題ない」
「そうですか・・・・ですが、余り無理をなさらないで下さい」
柊二が船長室から出ると辺りは既に暗闇に包まれており、水平線の果てはなど既に知覚できる範囲外。それでも前方には暗闇の中に立つ炎をが一際明るく主張している。
やがて船は光に連れられるかのように近づいていき、船は港で動きを止めた。港の防衛を任されていると思われる兵士が船に近寄ってくる。「用件は」「我々は味方だ。物資と要人の護衛だ」桟橋に置いてあった梯子を兵士が船に立て掛ける。船上の兵士達が倉庫に行っては、物資箱を抱えて梯子の下にいる味方に渡していく。そんな光景を眺めていると、ふとシルフが頭に過ぎった。
柊二は行き来する兵士の一人を捕まえると、ある事を口止めする様に言った。それだけ確認を取り、柊二はシルフのいる客室へと向かう。ドアの前に来たはいいもの、室内がやけに静かな事を不思議に思った。三度ノックし「どうぞ」とその一言で扉を開ける。
中ではベッドに腰掛けたシルフが1冊の本を手にしていた。それを丁寧に閉じると膝の上に置いて柊二に振り返る。目が合うと微笑んで柊二に視線を送る。だが、柊二はこの微笑みを1度で見抜き、それと同時に嫌で仕方がなかった。
『哀しみが癒えていないのに、俺を気遣い、無理をしているのか』
繕った微笑みなど柊二は観たくなかったが、シルフの心境を考えれば辞めろとも言えないでいた。口には出さず胸の奥に押し込む事にし、本題へと入る。
「殿下、私――正確には我々の拠点に到着致しましたのでお迎えに上がりました」
「そうですか。では、参りましょう」
シルフは膝に置いていた本を手に、ベッドから立ち上がる。そのまま柊二の立つ扉へと歩いて行く。
「殿下、お待ち下さい。失礼は承知の上でお頼みしたい事が御座います。こちらを羽織って頂けますか」
そう言って柊二がシルフに手渡したのは、自分が身を隠して行動する時に着ていたローブである。手渡されたシルフは、頭に?を浮かべたまま状況を理解しようとしていた。
だが、意図のわからないままのローブについて、結局シルフは柊二に説明してもらうしか無かった。
「それはですね。―――と言う訳です」
「なるほど、それならば致し方ありません」
言われるがままシルフはローブを服の上から着用する。元々、柊二の採寸に合ったローブ。故にシルフが着ると丈は長く、手は袖に隠れてしまう。何も知らない人間が見れば子供に見えてしまうだろう。
「これで宜しいですか?」
フード被ったシルフが柊二に確認を求める。柊二はシルフの周りを一周して、不具合が無いことをチェックし、何も無いことをシルフに伝えた。
「では、改めて参りましょうか」
シルフがそう言った直後に、自分の手を差し出す。その手の意味がイマイチ分からなかった柊二だったが、理解してもそれを行動に移す事は出来なかった。
「あの、殿下?私とて騎士として御手を拝借したい所ですが、そうしてしまうと....」
「す、すみません。そうでした」
「いえ、殿下が謝る必要などありません」
そうやり取りをすると、シルフが部屋から出た時点で二人は肩を並べて歩いた。こうすることでシルフが兵士達に声を掛けられること無く砦に向かうことが出来るのだ。
港に足を付けた二人は道に置かれた篝火を頼りに砦のある森に足を踏み入れるのだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「しかし、この短時間で良くもここまで出来たものだな」
大雑把とはいえ、舗装された道を歩く事十数分で木造家屋が連々と並び立つ場所に出た。どれもこれも簡易的に作られた物の様で、恐らくは労働者に向けて作られたのだろう。その証拠にここでの労働者を兼任している兵士達が、それぞれで生活を送っている。
ある者は路上で焚き火の前で仲間達と飯を食い、またある者は椅子に座って剣を砥石で研いでいる。活気のあるこの場所は、ちょっとした集落と呼べるだろう。
その道を真っ直ぐに行く事で砦に辿り着くことが出来る。集落の入口で立ち止まり、その光景に感心していた柊二は、再び歩き出す。
その途中、幾度と無く兵士達に声を掛けられた。主に軽い挨拶と敬礼だったが、中には最近の状況報告を手短に伝えてくる者もいた。柊二はその一人ひとりに返事を返しては、砦を目指して歩を進める。
「こんなにも沢山の兵士達が....彼等はここで何を?」
棟を抜けた所で、今まで静かに声を潜めていたシルフが小声で柊二に疑問をぶつけた。集落を抜けるまでに目に入った兵士の殆どは、傭兵部隊の生き残りだったが、ちらほらとメルセリア正規軍の腕章をつけた物がいた。その彼等を目の当たりにした彼女は、何故自国の兵が此処に居るのかと疑問に思った。
「彼等は元々負傷兵。戦えなくなった者達をこの島で保護し、兵力を整えているのです。メルセリア領が奪われていく世の中で、ここが唯一の安静の地でしょう」
この島の用途や今後の予定を話している内に目的地の真ん前に到達する。何重にも積み重ねられた加工石は安易には破壊する事は出来ないだろう。石壁は柊二の頼んでおいた通りに作られ、幾つもの隙間が開いている。見るからに強固そうな入口には、二つの物見櫓が外敵を防ぐ。石壁の上は複数のバリスタに新兵器の大砲が配置されていた。
「結構立派なもんだな」
「御立派な石壁ですね。王都の城壁と異なる様ですが」
二人が首を持ち上げて城門を眺めていると、櫓にいた門番が声を上げて話し掛けてきた。
「何者だ、ここには何の用があって来た」
「お前らの指揮官が帰ってきたんだが、見て分からないのか?」
「そのお声は、アルバート卿でしたか。只今開門を致します」
そう言った門番が柊二達の角度から姿を隠すと、鉄の擦れる音が響き渡る。それか音ともに門扉が、その重い体を開いていく。
「アルバート卿、どうぞ中へ」
門番に言われるがまま、二人は強固な門を潜り抜ける。内側には建設途中の砦が、その存在を自己主張をしていた。基礎となる木製の骨組みがまだ所々にむき出しているが、それでも凡そ3分の1は終わっている。
門と砦に挟まれた中央には、開拓時から設立していた仮司令部が残っていた。柊二が島を離れる時に比べ、司令部の周りには大量の書類や物が置かれていた。二人は司令部に歩いていき、唯一の変化である外幕を捲り上げて室内に入る。
「誰だお前...って兄ちゃんじゃねぇか!」
先に気がついたのは剛腕の老兵ジャカルだった。良く見ればリノアもフィートもいる。主要な役人は既に全員揃っていたようで、柊二は後々に全員を集める予定でいたので手間が省けた。
「よう、元気にしてたか」
「アルバート卿、いつお帰りに?向こうでの滞在は半月と聞いていたのですが」
「色々と予定が狂ってしまってね。少尉、俺の不在中に何か問題は?」
「何も起きておりません。万事順調に事は運んでいます」
このやり取りも久々だと、ようやく帰ってきた事を実感する。こうも仲間の存在が自分の生活を左右するものなのだと、しみじみに感じている最中、フィートが不意に何かに気がついた。
「あの...アルバート卿、そちらの少女は?」
フィートの指差す柊二の横には、いつの間にか実体化していたミラが立っていた。普段と変わらない様子ではあるのだが、ミラはその小さな手で柊二の服を掴んでいた。
「お前いつの間に...。こいつは、――なんて言うか」
柊二はミラについて説明しようとしたが、ふと考えたら説明するのが安易では無い事を思い出す。果たしてこの世の中に誰が神と知り合って、本来は剣である少女の存在を信じるだろうか。
「この風貌、容姿、何よりもこの落ち着きよう。もしかしてアルバート卿のお子さんですか?」
「俺の子供!?いやいや、そんな訳ないだろ」
柊二はフィートの問いに全力で否定する。フィート自身も柊二と話をするのが久しく、まるで仲の良い友達のように冗談半分に混じり入れた会話を楽しんでいた。
ジャカルも笑みを浮かべ、フードの下ではシルフさえもこの空気に飲まれ口を手で抑えていた。だが不機嫌そうな奴もいた。久しぶりの空間でただ一人だけ。
「貴様、妻子持ちだったのか」
柊二が司令部に来てから、一度たりとも言葉を発していなかったリノアがついに口を開いた。
「いや、それは少尉の冗談で...。リア?その手に持った剣はなんだ?」
リノアの様子が、どことなくおかしい事に気が付いた時にはもう遅かった。フラフラと左右に揺れる体に、薄らと桜色に染まった顔が全てを物語る。
「おい、誰だこいつに酒を飲ませたのは」
と言うが柊二は誰がリノアに酒を渡したのか見当はついている。酒の飲まないフィート、この場にいないリノアの保護者である副団長は、容疑者の欄から消えている。となると自然と答えはジャカルに辿り着く。柊二の視線はジャカルを捉えていた。
「違うぞ兄ちゃん、わしだって自分の酒を他人に譲りたくない。でも嬢ちゃんの事を思うと気の毒でな。・・・少しだけな」
「少しってどの位だ」
「ワイン2本だな」
「全然少しじゃねえよ!」
柊二がジャカルに噛み付いていると、注意を怠っていたリノアが背後まで迫っていた。
「この私を騙していたのか。妻子持ちである事を隠し、私を弄んでいたのか」
「お前は一体何の話をしているんだよ!」
弄ぶとか弄ばないとか、柊二の身に覚えのない言われように反論しながらも、少しずつリノアから距離を置いていくも詰め寄られてしまい、意味の無い鬼ごっこが始まった。
「嬢ちゃん、兄ちゃんは妻子持ちじゃないぞ」
「なに、本当か?」
「ジャカル、やっぱりお前って奴は...助か「通りで兄ちゃんに女っ気がないと思ったら、やっぱりそっちの趣味だったか」
「ジャカル!」
やはり信じるべきは友であり、仲間だと一度でも思った柊二だったが、ジャカルの返答は斜め上。火に油を注ぐ言葉に遂にはリノアがキレ始めた。
「貴様、幼気な少女に対して何たる愚考!騎士の恥め、そこに直れ!今度こそ斬り捨ててやる!」
この狭い室内で動き回れるスペースは無いし、一本ならまだしも二本の剣が振り回されれば周りにも危害が加わる。その一本は既にリノアに抜かれている為、柊二は虚しくも抵抗出来ない。
男嫌いのリノアが、よりに酔っている状態では何を仕出かすか分からない。仮にも自分の命が失われる可能性を感じた柊二は、シルフの手を掴んで司令部から出る。
「ジャカル、話したい事はまだあるがまた明日にしよう」
木箱に腰を掛けて酒瓶に口を付け、豪快に酒を呑むジャカルは酒に夢中。だが空いた片手で握りを作り親指を立てた所を見る限り、柊二の話しに了承したようだ。
一方、剣を片手にフラフラとするリノアをフィートが支えているも、こちらも同じく苦笑いで返事を送る。
宿舎方面に向かって消えていく背中を見ながらジャカルは、改めてオルテアが帰ってきた事を実感する。ただ、何処か違和感を感じていたのだが、それに気づいた頃には柊二の姿は既に消えていた。
「なぁ軍人の兄ちゃん、さっきまで我らが指揮官の横に誰が居なかったか?」
落ち着いたのか眠りに入ったリノアを椅子に座らせたフィートは、腕を組んで先程の光景を思い返す。
「言われてみれば、アルバート卿の隣にはローブを纏ったどなたかいたような・・・」
常に俯いていた為、その人物の顔は見えてなかったが、確かに何者かが柊二の横にいた事を確信する。
「実は本当に女房だったりしてな」
「まさか・・・でも可能性はありますね」
二人して作り話の延長を話し、互いに笑いあってる。が、二人の想像していないような人物が、この島に来ているは、今の二人はまだ知らない。
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