35話:輝剣 ミラ・エルシオン
間違って次話を先に出してしまった(*´∀`*)
各地で勃発している戦いで、日々森や家屋が燃やされ、大量の粉塵が天高く空へと舞い、雲に紛れて漂う。光の差し込まない空が再び現れた日に柊二は目を覚ました。
「またこの空が来たのか」
窓から見えるのは過去に戻った頃、ジャカルに出会った時の灰が降る空であった。陽の光が差さないのは、精神的にも気が沈みやすくなる。
眠気眼を軽く擦り身体を起こそうとするが、思うように体が動かない。それどころか首より下が何かに固定されているようだ。
「体が動かない、何だ?」
動かせる右手で布団を恐る恐る捲ると――「問。マスターもう朝ですか」。薄らと暗闇で光る細目は柊二に抱き着くようにして寝ていた少女のものだった。
「・・・何してんの?」
自分の体の動きを封じる少女に柊二は問いかける。少女はまだ寝惚けているのか眼の焦点が揺らいでいる。
「解。当機はマスターの所有物、マスターのお傍に居るのが適切かと」
「だからと言って女の子が安易に男と寝るんじゃありません」
「疑。当機は人間ではありません、何か問題でも?」
機械のような話し方をする彼女は、本人の言う通り人間では無い。昨晩、柊二が出会った【ある男】が元々所有していた剣だという。
「なんて言うか容姿がアウトなんだよな」
「問。お望みであればマスターの好みの姿になれますが?」
いつの間にかベッドから降りていた少女は、三歩進んだ所で振り返る。柊二に対して向かい合う形を取った彼女は、暫く目を瞑る。やがて其の姿は光の粒子に変わり、1度飛び散ると再び集合体へと纏まる。
光が薄れてきた頃には、少女の姿は一変して成長した女性の姿になっていた。
「追。他にも老若男女問わず、他生物にも変身できます」
可憐な少女から美しい女性に姿は変わったが、話し方だけはまるっきり変わらないようだ。柊二は体を起こすと胡座で暫く考え事をしていた。
「なぁ、お前の元々の姿になれるか?」
「解。初期設定に戻ります」
彼女は粒子になると再び少女の姿に戻った。昨晩出会った時からこの姿が彼女本来の姿なのだ。
「それじゃこれからはその姿でいてくれ」
「解。マスターの命令のままに」
「・・・あとは名前か」
柊二が考えていたのは彼女の容姿だけでなく、名前についても頭を悩ましていた。本来、彼女の銘は【輝剣 ミラ・エルシオン】ではあるのだが、正直な所呼び辛く思っていたのだ。
「疑。当機にはミラ・エルシオンと銘が着いていますが」
「それだと長くて呼び辛くてな。そうだな・・・初めだけ取ってミラってのはどうだ?」
なんとも安直なネーミングセンスだが、変な名前を付けるよりかマシだろう。柊二が初めに考えていた【雷光丸】に比べれば・・・。
「ミラ・・・。解。当機の銘をミラに変更します」
「いやそうじゃなくて、銘はそのままで呼び方を変えるだけだからな」
やはりどこか掴みにくい少女に柊二はこの先を考えると不安になってくる。そんな事を考えていたら、1つの疑問が頭をよぎる。
「ミラ、そう言えばお前って剣なんだよな」
「解。当機は神より創られし神聖な武器です」
「どうやって剣になるんだ?」
柊二が疑問に思っていたのはミラが剣だと言うこと。姿形を自在に変形出来るとはいえ、物質量を変えることまで出来るのかは分からない。そこが引っ掛かっていた。
「否。現在のマスターとは仮契約、当機の使用は本契約を結んでからです」
「本契約?」
「追。当機は一定量の魔力を使用し、特定の武具を媒介として顕現する事が可」
「つまりは魔力と武器を生贄にする必要があると」
「解。本契約を済ませなければ当機を使用する為の条件が解放されません」
柊二は再び頭を悩ませる。次から次へとやらなくてはいけないものが増えて行く事に。
「それで、本契約はどうすればいい」
「問。本契約をお望みですか?であれば、これより先に草原があります。そこで行う事を推奨します」
ミラはこの街を出て、近くの草原へ行くべきだというが寝起きの頭に小難しい話を聞かされて、上手く回っていないのか、空返事で返してしまう。
「良いよ、ここで済ませたい」
「・・・問。本当にこちらで良いのですか?」
「さっさと済ませて二度寝したいしな」
「解。これより試験段階に入ります」
「試験?」
柊二が落とした頭を上げると、そこにはミラの姿が確かにある。だが、違うのは振り上げたその右手に持つ物だった。何処からか現れたそれは、白銀の刀身に黄金で小細工を施された何とも美しく煌びやかな剣であった。
あまりの美しさに柊二する魅了されていた。ミラ自信が姿を変える際に現れる細かな粒子が絶えずその剣を取り巻く様に宙を漂う。人の生を奪う事を目的とした道具を初めて柊二は魅入ってしまった。
その刀身に触れてみたい、そう思った時には柊二の手がゆっくりと柄へ伸びて行く。その刹那、おぞましい程の恐怖心が背中を突き抜ける。まるで柊二の首に死神が大鎌を構えている錯覚を感じる程に。
慌てて柊二は身を翻して左へ転がる。それと同時にベッドが中心から傾き、柊二は僅かに滑る。額から出た冷や汗が頬を伝って零れ落ちる。油の切れたブリキ人形の様な動きで柊二はその剣の持ち主を視線を向ける。ミラは出会った時から変わらない冷やかな目でいるのだが、その目の奥には小さな闘志が宿っている風に見えた。
「・・・ミラこれはどう言う事だ」
「解。創造神より申し付けられた命は、マスターが本契約を結ぶ際にマスターの実力を測れ、との事でしたので些かながら当機が御相手させて頂きます」
振り下ろした剣をゆっくりと引き抜かれる。柊二はその時を見逃さなかった。引き抜く際にミラの持つ剣の切っ先が床に触れている事を。しかもそれが音を立てずに、まるで豆腐でも切っているかのように、床を切り裂くのを柊二はしっかり見ていた。
『斬れないものは無い・・・か。神の剣も馬鹿にならないな』
「追。創造神はこうとも言っていました、「この子に殺られる様では、君に未来を救えない」と」
ミラが発したのは紛れも無くあの男の言葉なのだろう。その言葉に柊二は昨日の事をはっきりと思い出した。自分自身で決めた事を成し遂げる為にもここで死ぬわけには行かない。
「そうだった、俺は護らなくちゃ行けなかったな。よし、そうと決まれば草原に行くか!」
柊二が服を着替えて1本の剣に手をかけようとした時に、ミラは不思議に首を傾げていた。
「疑。当機は既に試験段階に移行しています。プログラムの変更不可」
そう答えるミラの言葉に、柊二は初めは気が付いていなかったのだが、理解していくうちに引きつった笑顔が自然と出てくる。
「せめて場所移動くらい――」
「否。こちらで本契約を開始したのはマスターの方です。一度始まった以上、停止する事は不可能です」
突然の薙ぎ払いに柊二は身を屈めて、ドアから飛び出した。脚がもつれるのをなんとか踏みとどまり、階段を駆け下りると部下の一人が卓上に敷かれた地図を眺めている。柊二は彼に駆け寄ると急いで事情を説明する。
「そういう事でしたらどうぞ」
「助かる」
彼から手渡された剣を鞘ごと掴むと扉から飛び出す。後ろからミラが歩いて近づいてくるのが、視線を向けなくても殺気で分かる。柊二は振り向くこと無く走り続けた。目指すのは町を出たところにある草原へ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
柊二が一歩一歩地を踏み進む度に舞うのは真っ白な雪では無い。大小様々な形の灰である。茂みのある豊かな緑は灰に埋まり、辺りは灰色の世界がどこまでも続いている。人の体温で溶ける事の無い灰は空を仰ぐ柊二の顔へ次々に当たっては滑り落ちていく。
そんな柊二の背後から近づいてくる足音もまた灰を掻き分けてこちらへ向かってくる。真っ白な服に尚も輝きを放つ剣を持った少女の目には目の前の男しか眼中に無かった。
「なぁ、ミラはこの光景を観てどう思う」
「解。近隣の村、森から発生した粉塵が気流に乗って飛んで来ています」
「そうじゃないんだが・・・。俺はさ、お前の創造神が言った通り未来から来た人間で、この先起こる主要な場面は分かっているつもりだ」
柊二は目を開けると仰いでいた顔を正面に戻して後ろを振り返る。柊二が立ち止まると自然とミラの歩みも停止する。
「だけど俺も人間だ、戦場に立つ以上は死と隣り合わせ。何時でも死神が俺の首を待っているように感じるんだ」
柊二は真っ直ぐにミラの瞳を見詰めると、左手で鞘を掴み、右手で柄に触れる。話しながらもゆっくりと鞘に収まったまま剣を構える。
「だが、俺が死ぬのはここじゃない」
柊二が言い切ったところでミラが先制攻撃を仕掛けて来る。一足で詰められた間合いは瞬く間に柊二へ詰め寄り、剣が振りかざされる。
既のところで体を仰け反って躱すが一瞬でも気を抜いていれば、先程の攻撃で確実に首が飛んでいた。幾度の攻撃を躱すのが精一杯で攻撃をする暇など無い。
『意外と隙が無いな。どうするか』
動きには息合と言う物があり、呼吸の仕方一つ狂うだけで動きは制限される。例えるならマラソンの様な運動で話しながら走ると倍疲れるのと同じ事だ。柊二は躱している間、色々と考えるが決して口には出さない。
縦切りを左右に避け、横薙ぎ払いをしゃがみこみ、突きを上半身の捻りだけで躱すこと数分。だが、柊二にとって10分も20分も長く感じられる。
そんな攻防を繰り返しているうちに、ミラは大きく後ろに飛び退いた。構えていた剣の切っ先を下に倒すと静かに話した。
「問。マスターはこの世界に何を求めるのですか」
戦っている最中に言葉を交わすなど危険を伴う行為だが、自身の主との戦いの中で徐々に姿を覗かせてきた疑問に、好奇心が勝てなくなったのだ。
柊二自身も型を解くと息を整えて、数秒間頭の中を巡らせていた。
「別に何も求めていないさ」
「・・・疑問。困惑。混乱。迷走。当機には理解出来ません、何も求めずに人間は動きません」
再び剣を構えるミラの体が剣同様に淡い光を放つ。その光は流れる様にミラの持つ剣へと吸い込まれ続けると、剣の光も一層強くなる。恐らく強力な技が来るのだろうと直感で感じる柊二に、ミラが横薙ぎを放つ。
すると剣に収縮されていただろう光が剣の軌道に乗って、斬撃として飛び出した。予想外の飛び攻撃に反応が遅れ、何とか体を反らせて避けるも剣は中心から横に切れ落ちてしまった。
「マジかよ・・・」
「追。マスター、油断は禁物です」
反らせた体を元に戻すとミラが剣を突き出して突っ込んでくるのが見える。が、避けるにもこの距離では避け切れず、柊二の左横腹へ剣が突き抜ける。
剣が体を貫き、背面からその切っ先を覗かせたまま勢いに乗って柊二達は後ろへ倒れる。僅かに溢れる鮮血が柊二の口から零れ落ち、柊二は唾混じりにそれを吐き出した。
「・・・追。出血量から見てマスターの命は長くはありません、このまま絶命する確率はおよそ99%と測定。やはり期待外れでした」
呆れ顔のミラは軽い溜息を一度吐くと、剣を抜く為腕に力を込める。だが、予想だにしない事態が起きていた。引き抜こうにも柊二を貫いた剣がピクリとも動かないでいる。
「・・・困。剣が抜けません、一体なぜ?」
再度力を込めてみるがやはり剣が動かない。まるでコンクリートに突き刺さったままの鉄骨みたいに微動だにしないのだ。
ミラが慌てているなか、ふと気づいた彼女は一筋の視線を感じる。その方向に目を向けると、視線の主が薄笑いを浮かべてこっちを見ているではないか。
「どうだ、動かせないだろ?」
息絶えだえに話す柊二の口からは話す度に血がこみ上げるので、何度も息が詰まりそうになる。不敵な笑みを浮かべた柊二にミラの表情も無意識に強ばってくる。
「問。マスター何をしたのですか」
「確かにお前は何でも斬る優秀な奴だ。だけど一つだけ欠点がある。それが横からの圧迫だ」
柊二が何を言っているのか理解出来ないミラは、自分の突き刺した部分を見る。そこは僅かだが確実に肉を斬り、差し込まれたままの剣がある。至って可笑しな光景では無いと誰でも思うだろう。しかし、ミラは見逃さなかった。それは余りにも無謀で、誰も取らない行動である。
柊二は突き刺さった剣を腹筋と自らの左腕で挟み、左右から生まれる圧迫で剣を止めていたのだ。上下に動かすことが出来れば問題ないが、それさえも出来ない様に人間離れをした忍耐力と気力を持つ柊二だけが出来る技。簡単に言うなら【真剣白刃取り】の横腹Ver.て所だろうか。
常人には考え付かない行動にミラが困惑していると、柊二は残っている力を振り絞って右腕を持ち上げる。
「さっきの問だが、あれは違うぞ」
「疑。ではマスターの解とは」
「俺が世界に求めるんじゃない。世界が俺を必要としているんだ」
何度も血唾を吐き捨てながら話す柊二を、ただ一心に見つめている事に当の本人は気が付いていないのだろう。
「未来には俺の大切な人達が待っている。その世界を作る為にも俺が今に呼ばれ、そして救う様に頼まれた」
服の腹部がどんどん紅に染まり、呼吸も荒くなり、今にも倒れそうな男。だが依然として彼の眼はどんなものよりも清く透き通った眼をしている。
「だから俺は戦うんだ。未来の為に、今を救う為に。だから・・・」
柊二は伸ばした右手で刺さった剣の柄を、柄を握る小さな手を激しくもありながら包み込む様に手を添える。
「――俺に世界を救う力を貸してくれ」
柊二はそれだけ言うと糸が切れたように気を失った。ただ一人残された少女は、自分の目に焼き付いた男の瞳と彼の本心からの言葉を頭の中で何度も繰り返す。その度に胸が熱く、それでいて溢れ出す穏やかな気持ちに酔いしれていた。
「・・・創造神よ、貴方様の考えは間違ってはいなかった。彼こそが――、新しき主こそ混沌より救い出してくれる道でした」
ミラが剣から手を離すと、剣は再び粒子となって散り、二人を取り囲むように広がった。それは気付けば数が増えていき、やがて粒子の一部が柊二の刺傷に吸い込まれて行く。不思議な事に粒子が一つ入る事に傷口が塞ぎ始めいる。
「マスター、あなたの願い、しかと当機がお引き受けしました。これよりマスターに当機との同調を開始します」
ゆっくりと目を瞑り、ミラは柊二の身体に手を触れる。すると突如として二人を包む粒子の流れは、空へと流れていく。辺りの降り積もった灰はたちまち衝撃で吹き上がり、大量の粉塵が再び気流に乗せられる。
ミラの髪も粒子の流れと共になびいてる。すると柊二の日本人特有ともいえる黒髪が、てっぺんから徐々に白髪へと変わって行く。変色は毛先まで行くのと同時に止まり、また粒子の流れも穏やかになる。
「創造神を造り手とする当機と同調する事は、即ち神との接触であり、純粋潔白な善神の象徴である白髪へ変色してしまいます」
粒子の流れが収まる頃には舞い上がっていたミラの髪も静かに降りる。柊二の頭を撫でてから、自身も彼の腕の中に蹲る。
「本契約成立。これよりオルテア・ファル・アルバートを当機のマスターと承認します。これから末永くよろしくお願いします、マスター」
昼下がりの空は太陽の光を遮る灰で覆われている。しかしある1点では、眩い光の差し込む先に二人の男女が照らされながら眠っていたという。




