22話:婚約式前日
ガラガラと音を鳴らして馬車は隣街テニオラに入って行く。その馬車の横に柊二は馬に跨ってついてきた。乗馬の経験皆無の柊二は、一人の騎士の後ろに乗せてもらってここまでやってきた。
街の人達は、王族を歓迎し拍手や色紙の紙吹雪で出迎えた。
『――お祭り騒ぎだな』
馬車に寄り添って進む柊二は不思議と自分も歓迎されている、そんな気分を味わった。
テニオラの市長館へ辿り着くと、柊二は馬車のドアを開けてフレイヤに手を差し出す。その手に添ってフレイヤは馬車から降りた。
「殿下、足下ご注意ください」
「ありがとうございますアマギリ様」
馬車からフレイヤが降りるのを見ると、街人達の歓声もより大きなものに変わる。手を振る者、紙吹雪を降らす者、木箱に登って一目見ようとする子供達、沢山の街人が国王夫妻と皇女殿下を歓迎してくれた。
「アマギリ君、国王夫妻の先導は私達がするから殿下を」
「分かりました。では殿下、こちらへ」
柊二はフレイヤを式場近くの屋敷へ先導する。フレイヤの横を常に警戒した様子で歩くのだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「では、我々は婚約先のフルハーフ家に挨拶しに行く。フレイヤ、明日は忙しくなる。今日はもう好きにしていいぞ」
「有難うございます、陛下」
屋敷に着くなり暇を出されたフレイヤは、夕食までの時間をどう過ごそうか迷っていた。
パンパンッと外から空砲が鳴るのが聴こえた。その音が気になり、窓から街を見渡すと、祭りの様な雰囲気が感じられた。
「ッ!そうだ」
フレイヤは小走りで騎士団が終息をとっている宿営舎へ向かった。
宿営舎のドアを3回ノックする。出てきたのは一人の騎士だった。フレイヤはその騎士に訊ねた。騎士は暫く考え込むとフレイヤを招き入れた。
フレイヤが向かった先には、文字の勉強をしている青年と眼鏡をかける無表情な女性のもとだった。
「あれ、殿下どうなさいました?」
青年は、手の動きを止めて振り返る。勉強に真剣だった彼に言うのも気が引けたが、護衛を付けなければ外には行けない。
「今街ではお祭りがやっているようなのですが...」
「殿下はお祭りへ行きたいのですか?」
「...駄目、でしょうか?」
「殿下、御戯れを」
「戯れ等ではありません、街を散歩するにも丁度良いかと思った次第です」
上目遣いのフレイヤに、一瞬でも心動きそうになった柊二。それでも、明日婚約する彼女に万が一の事を考えると了承出来なかった。
「なら、こうすればいいのよ」
それまで静かに始終を見ていたアリシアが、一つの案を出したのだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「こちらです、さぁ行きましょう」
「ま、待ってください殿下!」
護衛の騎士の手を引いて、祭りへ向かう皇女殿下。
「いいえ、今は殿下では無く普通の女の子。レーナとお呼びください」
フレイヤは自分の事をレーナと名乗るのも理由があった。祭りに向かう前、アリシアが提案した内容は【身元を隠したお忍び】というものだった。
「ですが殿――「むー」
「・・・・レーナ様、式は明日ですよ。万が一、レーナ様の身に何かあれば――」
「ですから、オルティア様をお連れしたのです」
フレイヤが偽名を使う様に、柊二にも偽名が与えられた。フレイヤの希望で、自分が偽名を使うにあたって周りも合わせれば、より気づかれにくいだろう、そう考えたのだった。
その為、柊二は装備の見た目からオルテアを思わせるので、オルティアと名付けられた。まぁ殆ど、フレイヤがオルテアに憧れているからだった。
「私に何かあれば、困るのはオルティア様では?」
「勘弁して下さい...」
クスクスと笑うレーナと、笑う彼女を心配するオルティア。違いに反対の表情を見せるが、向かう先は同じだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ん~、美味しいです」
「レーナ様、帰ったら夕食ですので食べ過ぎてはいけませんよ」
「分かってます、ですからはい、あ〜ん」
オルティアの口元に自分が口にしていた菓子を運ぶ。その顔は照れているのか、それとも行為に対して焦りを見せているのか、はたまた二つが合わさった様な表情をオルティアは、レーナに見せていた。
「レーナ様、はしたないですよ」
「1人でこんなに食べてしまったら、それこそ夕食が食べられなくなってしまいます」
「...分かりました、では頂きます」
「はい、どうぞ」
「...レーナ様、自分で食べられますので」
レーナの考えには折れたオルティアだったが、食べさせようとする行為にはどうしても抵抗があった。
「オルティア様は私の事が嫌いなのですか?」
尚も拒否するオルティアに、そこまで自分が嫌いなんだ、と深く考えてしまったレーナは泣きそうになった。いくら服装を変えて偽名を使っていたとしても、泣きそうな女の子がいたら周囲の視線は集まってしまう。
「そんな筈ありません、喜んで頂きます」
凛々しい表情で態度を一変したオルティアは、自分の胸を拳で叩き、胸を張った。
「はい、あ〜ん」
「あ、あ〜ん」
未だ涙目だったレーナから運ばれてきた菓子を口に含む。
「どうですか...?」
「ん、美味しいですよ」
「それは良かったです」
一気に明るく嬉しそうなレーナの笑顔を直視したオルティア。それ程甘く無い菓子が、より甘い物に感じ、一口食べたのにお腹いっぱいになった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「はぁー、お祭りって良いものですね」
「レーナ様は祭りを御存知無かったのですか?」
祭り会場から少し離れた公園で二人揃って石段に腰をかけていた。
「知ってはいたのですが来るのは初めてです。皇国にいた頃は城から出た事は無かったので...」
「私の軽薄な質問、どうかお許し下さい」
「勿論ですよ、気にしていませんから」
少しだけ見せた笑顔には、どこか寂しげな様子があった。
「殿下、婚約者様のお話を伺っても宜しいですか?」
「今はレーナと...ええ、勿論構いませんよ」
少しでも雰囲気を明るくしたいと思った柊二の意を察したのか、話の話題を変えることにした。
「私の婚約先、フルハーフ家のご子息 レイス様とはまだ1度もお会いしたことがありません」
いきなり衝撃の強い内容に驚きつつも、より深く知ろうとさらに質問をする。
「レイス様とは、どんな方なのですか?」
「レイス様は自国の在学している学院では、成績優秀、剣の腕も立つとお聞きします。また、友人の話では容姿も優れていると」
「まさに選ばれた人間だと、そう言う人も少なからず居ます。性格も温和で勇敢だと、良くできたお方だと思います」
フレイヤがレイスの話をするが、その顔はそんな完璧人間と婚約出来る事を喜ぶ様に見えなかった。
「...殿下、なぜ婚約を了承したのですか?」
さりげなく聞く最大の質問に、祭りの時とは明らかに表情が暗くなっているのが分かった。
「了承したのではなく、初めからしていたのです」
「それは陛下のご意向で?」
「...女に生まれた以上、皇女として生まれた以上、有力者との結婚は避けられません。それが古くからある皇女の運命なのだと知っていますから」
皇女として生まれれば、有力者の子息と結婚するのは当たり前だとフレイヤは答える。
「殿下はレイス様の事をどうお思いですか?」
「...悪い人だとは思いません。ただ、怖いのです。1度もあった事のない方と夫婦となるのが。その先の生活が、想像出来ないのです」
「...婚約を断る事は出来ないのでしょうか?」
質問しているうちにフレイヤに情が移ってしまったのか、婚約の破棄の話をする。
「私には決める権利がないのです、嫌でも、それでも国が良くなるなら、国民の安全が良くなるなら、私の身など父上にとって軽いものなんですよ」
今日を一緒に過ごす中で、フレイヤが陛下を父だと口にしたのは初めてだった。
「私は所詮、政治の道具でしかないのです」
「そんな事...」
――無い、と言い切ることは出来ない。フレイヤにとって柊二は異世界人、柊二は他人の家庭に首を突っ込んでは行けない事を悟った。ましてや、国同士の話となれば尚更だ。
どうする事も出来ず、かける声も出ない柊二は唯々自分が撒いた話の種を悔やむことしか出来なかった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「アマギリ様、今日は有難う御座いました...では」
「殿下...、失礼致します」
エントランスまでフレイヤをエスコートするも、公園以来話すことのない2人が別れるためにようやく交わした会話だった。フレイヤが扉の奥に消えていくのを見届けると、自分の足を宿営舎に歩ませた。
曲がり角まで来ると扉の前に背をもたれさせたアリシアが立っていた。
「おかえりなさい、お忍びデートはどうだった?」
「アリシアさん...ただいま帰りました」
「...その様だと何かあったのね」
あくまで普通に返事を返したつもりだったが、アリシアの目は誤魔化せなかった。
「アリシアさんには敵わないですね」
「貴方は表情が出やすいのよ、私と違ってね」
自分の自虐ネタをさりげなく吐いた。いつもなら、「そんな事ないですよ」と帰ってくる言葉も帰ってこなかった。
「...私達も夕食にしましょうか、その後に話しをしてもいいかしら?」
「はい」
たった一言の言葉だが、その一言に多くの意味を含んでいた。柊二は先に歩き、ドアノブに手おかけて立ち止まった。
「...アリシアさん、いつもありがとう」
「もっと頼ってもいいのよ」
アリシアの返事で僅かに心が安らいだ後、ドアノブを捻り、中へ入る柊二とアリシア。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「―――という話をしました」
「そう、大体分かったわ」
夕食後、2人は団長室でフレイヤとの話しをそっくりそのまま伝えた。
「アマギリ君、貴方は殿下の話しを聞いてどう思った?」
「俺は...」
『――助けたい』
そう思ったが決して出してはいけない言葉に息を詰まらせた。他人の人生に介入するなどやってはいけない行為であることは百も承知だが、それでも彼女には自由を与えてあげたい
祭りを一緒に楽しんでいたあの笑顔でいて欲しい、そう願う事しか出来ないのが現状なのだ。
「貴方の考えている事は大体分かるわ。殿下を仕来りから解放して自由に、てところかしら?」
「でも、貴方が首を突っ込んでどうなるの?仮に殿下の婚約式を無理矢理にでも中断させれば、貴方だけでなく殿下にも影響が及ぶのよ?」
「そして、貴方は国を揺るがせた大罪人として殺されるでしょうね。...私達、騎士団も追いかける事にもなるわ」
無表情の中に、柊二の身を心配する意図が伺えた。不意に一つの考えが浮かんだ。
「アリシアさんなら、見知らぬ男性と結婚させられるとしたらどうしますか?」
「...私は従うわ」
「ッ!本気、ですか?」
アリシアなら少しでも自分の考え方に賛同してくれるのでは?とどこかで期待していた柊二に、アリシアは全てを否定した。
「ええ、私は相手にまで迷惑をかけてまで自分の意思を貫けるとは思わないの」
「殿下もその様な考えなんですかね...」
「王の娘である以上、避けて通れない道。より大きな国にする為に自分を犠牲にする、どこの国でも皇女はこうなる運命なのかしらね」
自分でも分かっているはずだ、国家を左右する問題に他人が介入していい筈が無い、分かっているんだ。分かっていても...
「...アリシアさん、有難う御座いました。今晩はもう遅い時間ですし、ここまでで」
「そうね、明日は忙しくなるもの。しっかり休んだ方がいいわ」
柊二は椅子から立ち上がりドアノブに手をかける。
「何かあれば私を頼って。私は貴方の味方だから」
「...有難う御座いました」
アリシアを背に団長室から退出する。そのまま自室に向かい、眠る事にした。




