17話:皇国で新生活
カツンカツンッと馬の蹄についた蹄鉄が街の門へと続く石畳を叩く良い音が聞こえ始める。馬車は数時間を経て、ようやく皇国の門の元へ近付いてきた。石で作られた大きなアーチ状の門、木製で装飾が施された扉が開かれている。
「わぁー、見てくださいトージ様。おっきいですねぇ」
「凄ぇな」
門をくぐる最中に下から門を見上げる。石の間には汚れや苔のひとつも無く、丁寧な清掃を心掛けているようだ。日本では見られない西洋風な門作りに関心された柊二は街に目を向ける。
ガヤガヤ、と何やら多くの人々が次々に入ってくる馬車隊の方を見ている。若い子供から年老いた老人までもが何かを探すように眺めている。
「なあ、街の人は何を見てるんだ?」
柊二は、向かいに座っていたリサに訊ねた。リサは一回り周りに目をやると何やら分かったようで、
「皆様多分、トージ様を見ているんですよ」
とニコニコしながら答えた。
「どうして俺を?」
「それはトージ様がファルだからですよ。それも3人目ですからね」
「...今、3人目って言ったか?」
さり気なく呟いたリサの言葉に反応する柊二。
「はい、トージ様は現在3人目のファルとしてこの世界に呼ばれた存在なのです」
「ちょっと待ってくれ、ファルってそんなに頻繁に呼ばれるものなのか?」
「いいえ。ファルとはこの世界に何らかの問題が起きた、起こるとされると何処から現れる存在なのです。しかし、トージ様が呼ばれる数年前に2人のファルと思われる人物が現れたのです。一人はここより遠くにある魔商業都市アルタミラに、もう1人は未だ詳細は分かっていませんが存在は確かです」
(村のお婆さんがいつだったか「ファルは大変珍しい」と言っていたような...)
自分以外にもファルが存在する事を知った柊二は、何故だか複雑な気持ちになり、町人達の視線を感じることはなくなった。
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「すみません、これで何日過ごせますか?」
カウンターに金貨袋を一つ置くと店の店主は目を丸くした。
「あ、あんた店ごと全部持っていく気なのかい!?」
店主の女は慌てて袋を柊二に押し返した。
「そんなつもりじゃ無いんですが...」
「いいから、こんなボロっちくて客もアンタくらいしか来ない宿に泊まるよりか、上流区画の宿にでも泊まるんだね」
自分の店を悪く言うのは相当心苦しいのだろう。店主は俯いたまま店の奥へて消えて行ってしまった。
(さて、どうするか。リサは買い物するとか言って市場に行っちまった、あと彼女からここで待つように言われたしな...)
カウンターの前に置かれた今にも壊れそうな丸椅子に座ってリサの帰りを待っていた。
店の中は店主が言う通り、柊二以外の客はいない。椅子やテーブルは亀裂が走り、木の板を上から付けて何とか保っている状態。埃が溜まっている訳では無いが、階段裏や隅に蜘蛛の巣が張ってある。一番の痛手は、働き手が店主の彼女以外に見当たらない事だ。
(大方、給料が払えないので辞めてしまったのだろう)
荷袋から1本の瓶を出してカウンターにあったグラスに勝手に注いで飲む。口の中に葡萄のいい香りが広がる。これは村でもらった葡萄酒を弱火で煮て、アルコールを飛ばした物だ。
リサが戻ってくるまでこれを少しずつ飲んで待つことに決めた柊二。
(んっんっ、ハァ美味いな。ん?)
カラになったグラスにもう1度注ごうと瓶を片手に持った時、グラス越しにカウンターから女の子がこちらを見ていることに気がついた。
柊二がグラスに目をやると少女はこちらを見てくる。柊二が少女に目をやると、少女は顔を引っ込める。グラスを見る、少女を見る。柊二を見る、引っ込める。と何度か繰り返すとその席に柊二の姿は無くなっていた。残ったのは少しばかり残ったの葡萄水の入ったグラスだけ。
「帰っちゃったのかな...?」
先程まで椅子に座っていた青年がいなくなった事を確認した少女。青年の座っていた椅子によじ登って座り、そ〜とグラスに手を伸ばし、
「――何してんだ?」
「ひゃぁぁぁ!」
後ろからの突然の声に驚き、グラスを落として割ってしまった。
「あぁーあ、割れちゃった...」
「ご、ごめんなさい!ごめんなさい!」
ペコペコと柊二に向かって頭を下げる少女。動揺と恐怖で顔を上げられずにいた少女に柊二は笑顔でこう言った。
「一緒に飲むか?」
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「リーシャ〜?何処にいるの〜?」
娘が見当たらない事に気がついた店主は家の中を呼び探していた。次第に店の近くを歩いていると娘の楽しげな笑い声が聞こえる。
「リーシャったらこんな所にいたの...」
「あ、お母さん!このお兄ちゃんとね、お話してたの!」
持っていた新しいグラスをカウンターに置き、母の元へと駆ける。
「もぉ、捜したのよ?ところでお兄さん、まだこんなボロ宿にいるのね」
娘を抱き締めて店主の女は柊二に目を合わせる。
「えっと、ここで待つように言われてるので...」
「そう、なら好きなだけ待つといいわ。この娘も君に懐いているようだし」
そう言って店主は再び奥へと戻ろうとしたその時、
「おいおい、どこに行くんだい?」
柊二が入口の方を向くとそこには焦茶色の防具を着て、剣を剣帯に挿した3人の兵士が入ってきた。2人は行く手を阻むテーブルや椅子を蹴飛ばして、まだ新しい椅子に座る。
1人の兵士がカウンターに近付いてきた。
「店主さんよ〜、今月と今迄の分を貰いに来たんだけど?」
「...すみません、後少しだけ待ってください」
「あと少しあと少しって、何ヶ月待たせるんだよ!」
男の力の込めた拳がカウンターに叩きつけられる。その衝撃で男が叩きつけた場所が僅かに凹む。
「こっちはもう待てねぇんだよ!こんなボロっちい宿なんて売り払っちまった方が金になんだろ?」
「...この宿は、私たち家族の大切な場所なんです。どうか...」
「あ〜あ、その言葉何度目だよ。もういい、この宿を売らないってんなら...」
男は剣を取り出して、女に突きつける。
「あんたの体で金稼いでもらうからな」
「なっ...!」
「アンタのような上玉ならいい店に連れてってやるよ、生憎その店の常連は皆、肥太った汚ねぇ議員共だけどな」
椅子に座っていた兵士達が立ち上がる。カウンターにいた男が店主の首を掴んで連れていこうとする。どうする事も出来ない店主は泣きながら強引に連れていかれる。
が、
「あのー、すみません」
黙っていた1人の青年が声を出した事に周囲はピタリと動きを止めた。
「なんだ兄ちゃん、こっちは忙しいんだよ」
「その借金、俺が返したら駄目ですかね?」
先程までカウンターに置いていた金貨袋を男の目の前に差し出す。
「どうする?」
「あれ本物だぜ?」
後ろの2人が金貨を前に動揺するが、男は
「悪いな兄ちゃん、どれだけ金を積まれてもこの話とあんたは無関係だ。おいテメェら、ぼさっとすんな行くぞ!」
「了解です!」
店主はそのまま兵士達に捕まり出口へと向かう。
(確かに俺と店主は無関係だ。でもなぁ...)
モヤモヤと心に何か残るこの感じはどうにも好きになれなかった。すると、奥に隠れていた少女が柊二のズボンを引っ張った。
「お兄ちゃん、ママを...私達を助けて...」
掻き消されそうな声を振り絞って少女は青年に頼む。この場で唯一母を助けられるのは柊二だと分かっていたからだ。
「よし決めた!この店は俺が買う、これで文句ないな?」
大きな声を張り上げて、この宿を購入すると宣言する。
「はぁ?バカ言ってんな兄ちゃん、この話は兄ちゃんと無関係だと言ってんだろ?」
「けどなぁ、家族はどんな苦しい時でも離れ離れじゃ駄目なんだ」
幼い頃、父と母を亡くしている柊二だから分かることだった。
「...兄ちゃんいい事を教えてやる。俺達は端からこの店がどうなろうか知った事じゃねぇんだ。端から、この女を売りとばして、土地の権利が欲しいだけなんだよ」
「なら、尚更引き下がれないな」
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ふんふふーん♪と手にいっぱいの荷物を抱えて鼻歌交じりに歩くリサ。上機嫌で柊二の待つ宿へと向かう。
(買いすぎたかなぁ?けど、そのうち必要になるし、まぁいっか)
そのまま宿への道を進むと何やら民衆が集まっている場所がある。そこはリサが柊二に待つように伝えた宿屋の入口前だった。
「ちょ、ちょっと失礼します」
民衆の波をかき分けて、一歩ずつ進んで行く。ようやく顔が出た所で、いきなり兵士が飛んできた。
「え、え?どうなってるの?」
いまいち状況が分からないリサだが、兵士が【飛ばされて来た】と言う事は分かったようで、
「まさかとは思いますが...」
恐る恐る中を覗こうとすると、また一人、中から弾き出されてきた。次に尻餅をついたまま後退りして出てきた男が階段を転げ落ちる。
「気が済んだなら、帰った方がいいぞ?」
中から木製の剣を片手に出てきた男は一言だけ言い放つ。
「お前、俺達に手を出す事の意味を知らねぇだろ...」
「知らねぇし、知りたくもないね。まだやるってんなら喜んで相手になるが?」
「ちっ、おいお前らいつまで寝てんだ!早く行くぞ!」
男の一喝で目を覚ました兵士達はフラフラとした足どりで何処かへと立ち去ってしまった。
目の前で起きた出来事に驚きと呆れが隠せないリサは、腰に木刀を収める青年に一喝。
「もう、トージ様!」
「げっ、リサ...」
民衆の中から聞き覚えのある声を聞いて、身を震わせて振り返る。そこには柊二が恐れる程の形相をしたリサが迫って来ていた。
ガシッ、と肩を掴まれると怖い笑顔で
「お話、聞かせてもらえますよね?」
「...はい」
民衆は強き剣士が女性に引っぱられて、宿の中に消えて行くのを唖然として眺めているだけだった。
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「――成程。つまり、元々この宿と店主さんを狙った犯行を阻止する為に起こしたいざこざと、そう言いたいわけですね?」
「...はい、仰る通りです」
「で、宿の借金を返す事を拒否されて購入宣言をしたと...」
「...はい」
「挙句、村でもらった金貨袋の殆どを使ってしまうと...」
「...すみません」
未だ正座で説教をされている柊二は虚ろな目で返事をしていた。椅子に座って沈黙の笑顔を魅せるリサはいつも以上に怖かった。
「はぁ、もういいです」
「え?もう?」
「もっと長い方が良いですか?」
「いえ、もう大丈夫です」
(まあ、こんな小さな女の子に泣かれて頼まれたら断れ無いですよね。)
説教を貰っていた柊二の元にトコトコと歩み寄ってきた少女を見つめる。
(私の時も自分の危険なんて考えないで私を助けてくれたし、――トージ様は優し過ぎます。けど、そんなトージ様だから私は...)
少女に慰められている青年の図は思った以上に情けなく見える。
「...トージ様はもう少し自分を大切にして下さい」
「え、今なんか言ったか?」
「何でもないですよ〜だ」
リサの小さな呟きは柊二には聞こえなかったが、彼女が顔を背ける際に少し頬が赤らんでいるのが見えた気がした。
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「さて、これからの生活の事なんですが...」
「宿ならここを貸してくれるって店主さんが言ってたけど?」
「お金ですよ!お・か・ね!お金がなかったら食べ物も衣類も買えないじゃないですか」
「あー、お金ね...」
「まったく、どこかのお人好しが一割も残さないんですから」
「...すみません」
うっ、と痛いところを突かれた柊二は椅子に座って固まる。しかも、苦笑いで。
「そこで、さっき市場でいいものを見つけてきました。ジャーン!」
そう言ってリサがテーブルに出したのは1枚の紙。そこにはこう書かれていた。
【聖メルセリア皇国主催!魔剣武祭参加者募集中】と書かれたポスターだった。
「マジェスティアってなんだ?」
「文字通り、魔法や剣などで戦う総合武闘会ですよ。毎年色んな国から出場者が集まる、この大陸で一番盛り上がりを見せるお祭りです!」
少々興奮気味のリサに柊二は引きそうになる。
(あのリサがここまで変わるとは...こいつは相当な祭りなんだろうな)
ポスターを手に取り、一通り目を通しておく。すると、柊二の膝に座っていた少女が柊二に訊ねた。
「お兄ちゃん出るの?」
「んー、俺には無理そ「もちろん出ますよね?」
無理そうだと言おうとしたがリサに言葉を重ねられて途切れてしまう。
「ちょっと待てリサ。なんで出ないといけないんだ?」
「そんなの決まってるじゃないですか、賞金が出るからですよ。3位で金貨20、2位で金貨50か住居の所有権、1位は金貨100とマジェスティア優勝者の称号が貰えるんです」
「だからってなぁ...」
「...借金返済...肩持ち...生活費...」
「勿論出させて頂きます!」
こうして、己がまいた種のせいで魔剣武祭に出場が決定した柊二。果たして彼は賞金を手にする事が出来るのか?




