13.まさかの展開
遅くなり申し訳ございません。
スクーアの街の中央にある公園。木々の緑は悠久の大河の恩恵を受けて美味な果実をたわわに実らせ、草花は極彩色の花弁を咲きほこらせる。清廉な泉は水という資源が貴重なこの世界において、まさに神の恩恵と呼べるものを与えている。
普段は人々の憩いの場であり、笑い声や歓声の絶えない場であるはずの場所に全くそぐわない音が響く。
『ほらほら、どうしたのさ! 見掛け倒しもいいところだね!』
『……』
肉が肉を打つ音に燃え盛る炎の爆ぜる音、そして……人外の者の哄笑だった。
その光景は僕にとってあまりにも衝撃的なものだった。これまで僕が召喚した存在は圧倒的な力で敵を倒してきた。その全てがアオイが選択した最善のもので、安心感を持って見守ることができた。だが今、それが覆されている。
あれほど強そうに見えた大男。最初こそ互角に打ち合えていたと思ったのだが、すぐに劣勢になり始めたのだ。魔法による攻撃と打撃の波状攻撃、混合攻撃はいくら強いといっても打撃だけで戦う大男にはやはり荷が重かったのだろうか。
一際鈍い打撃音とともに大男が吹き飛ばされる。想像しえなかった光景に足がすくむ。だがこんな状態になってもアオイに言葉はない。
「アオイ! どうすればいい!」
【……】
いくら呼びかけても反応がない。魔力が抜かれる感覚は未だに続いているが、それがどういうことなのかも理解できていないが、今はそんなことに気を回している場合ではない。
『こんなのに負けたなんてヘドンも随分油断したのかな? いや、あいつが弱くなったのかな? それとも僕が強くなったのかな?』
ヤムが大男の髪を掴んで引き起こすと、無防備な顔面に拳をめり込ませる。さらに追い打ちの火属性魔法が大男の全身を包む。魔法との混合攻撃を使うヤムが次第に声の調子を変えていった。
『もういいや、こんな期待外れの相手は飽きた』
吹き飛ばされてステージから落ちた大男を冷めた目で見ながら言葉を吐き捨てるヤム。その右手を軽く振るうと、大男が落ちた先の地面に大きな穴が空いた。底すら見えない巨大な穴は吹き飛ばされた大男を簡単に飲み込むと、地響きを立てて閉じていった。後は何も残っていないただの地面が残るのみ。
「嘘……負けた?」
『さあ、これでゲームは終わりだよ。約束通り……喰らわせてもらう』
ヤムの瞳に凶悪極まりない光が宿る。それはこの街すべての人間を喰らいつくすという喜びに満ち溢れているのか、ヤムの声も弾んでいるように聞こえた。兵士たちも先生もその光景を茫然と見ていた。絶対に信じたくない光景を目の当たりにしてしまってはそれも仕方ないことだろう。何しろ僕自身がこの現実を受け入れることが出来ていないのだから。
『それじゃ手始めに……君から逝こうか?』
ヤムが僕を見ながら僕へと近づいてくる。だがこんな時にもアオイに変化はない。
『ご主人様!』
「オルディア! 来ちゃ駄目だ!」
オルディアが僕とヤムとの間に割り込もうとするのを必死に止める。アオイの召喚で敵わなかった相手だ、オルディアでは勝てないだろう。ならば無駄に散らす命は少ないほうがいい。
『ふうん、別にあんな犬ころどうだっていいんだけどね』
ヤムが興味なさそうに言う。そして僕のほうに向かって再び歩みを進める。その一歩一歩が僕の命の終焉を刻んでいる。そう思った時……
【王者が愚者に刻み込むもの、それは絶対的な力の差と……恐怖です】
「アオイ?」
突如アオイの声が聞こえる。この状況でも全く動揺の見られない声はいつもと変わらないが、果たしてその自信はどこから来るのだろうか。既に大男は地面に飲み込まれて何処に行ってしまったのかすら分からないというのに。
【墓堀人は罪人を処刑し埋葬する者、罪人の墓標を立てるまで滅することはありません】
暗くなっていた周囲がさらに闇の色を濃くし、先ほどよりも濃い霧が立ち込める。そして未だに抜け続ける僕の魔力……まさかまだ終わっていないのか?
『何? まだ何かあるの? でももうそういうのは飽きたよ』
【さあ、アルト様、私の言う通りに!】
「復活せよ! 地獄の墓堀人!」
ごーん……ごーん……
僕の声と同時に再び鳴り響く鐘の音。そして先ほど大男が落ちた辺りの地面が盛り上がり、地中から何かが現れた。それは闇色のローブを纏い、フードを頭から被った人間らしきものたち。そして彼等が捧げ持つようにしているのは僕も何度か見たことのある、誰もが必ず一度は使う物体、人間がその生涯を終えた後に入る箱。
何故そんなものが出現するのか、それもこんな場面で。そして再び地中に戻ってゆくローブの一行。
『ふうん、それは何のつもりなのかな? 僕に対するあてつけ? いいよ、気が変わった。君は一番最後に食べてあげるよ。仲間たちが全員僕に喰われていく様を見せつけて、その精神を壊してから味わってあげる』
ヤムの顔に狂気じみた笑みが浮かぶ。きっとこれがこいつの本性だろう。その証拠に先ほどまでの笑顔よりも今の顔のほうがより自然に見える。僕の声と共に現れたそれが奴の隠していた本性を呼び起こしてしまったというのか。それほどまでにヤムの心を逆撫でしたそれはそこに立てられていた。何故か立てられていた。
地中から現れたもの、それはこの場にあってはならないものだった。
何故棺桶がここにある?
やはりこの方は埋められてしまうんです。
読んでいただいてありがとうございます。