8.公園
「これは厄介なことになるやもしれんな」
オルディアを撫でて寛いでいた僕に呼び出しがかかったのは襲撃があった翌朝のことだった。執務室に入るなり、先生と何やら話し込んでいた辺境伯が言った。その表情には困惑の色が強く浮かんでいた。
あの襲撃の後、程無くしてルーインと襲撃者の魔法尋問が行われた。聞き出すのはもちろん、今回の襲撃も含めて裏で関わっている連中の炙り出しだ。となれば辺境伯の困惑はその結果によるものだということは容易に推測できる。
「おお、アルト、昨日は助かった。おかげで情報を得ることができた。あまりいい情報ではないがな」
「……どんな情報ですか?」
「昨日の襲撃者から得た情報なのですが、あの者たちを率いていた者がまだこの街にいるようです。ただひとつ、その率いていた者ですが、辺境伯の持つ情報にも全く名が無いのです。あれほどの練度の手駒を率いている者であれば名の通った者だと思うのですが……」
「大変じゃないですか! すぐにそいつを捕まえないとまた襲撃してきますよ!」
確かに昨日の襲撃者の練度は高かった。となればそれを率いていた者の実力も高いと見るべきだが、それほどの者が辺境伯の情報網にすら無いとは先生が疑問に思うのも頷ける。だが未だにこの街に潜んでいるというのであればすぐにでも動くべきじゃないのか?
「心配するでない、テッドを陣頭に捜索隊を街に出した。既に奴の手駒はこちらの手にあり丸腰も同然だ。じきに決着がつくだろう」
テッド……あいつか。先生絡みでなければ実力もあるから安心していいだろう。ただ僕としては顔を合わせたいとは思わないが。
「それからこっちが本題だ。ルーインの魔法尋問により裏で手を引いていた者が判明した。王都の貴族、グーディッシュ伯爵だそうだ。よりによって教会寄りの厄介な奴の名前が挙がってきた」
「教会は今の五王家による正統王家のサポート体制を快く思っておりませんからな」
グーディッシュ伯爵という貴族がどういう存在なのかは僕の知るところではないが、教会については少し知っている。五王家に対して強い対抗意識を持っている組織で、各地の教会で人々の治療を行っている。それだけ聞けば良い組織と思いがちだが、実情は異なる。治療を受けるには寄付が必要になり、それは決して安価なものではない。一部では貧しい人々への治療を拒んだりという噂もある。それに反発して出奔し、貧しい人々を治癒して回る者たちもいるそうだが。
「今の教会の上層部は腐っておる。権力を取り込むことに妄執を抱いていると言ってもいい。若い司祭たちは袂を分かって各地を旅しているようじゃが、そうして得た評価をわがものにしておる」
「あの……それが今回の件とどう関係が」
「すまん、話が逸れた。五王家と正統王家の関係はお前も知っておると思うが、正統王家の特殊性については知っておるか?」
「いえ……知りません」
正統王家については建国の主導者ということくらいしか知らない。いや、僕がそういった知識に疎いだけか。
「正統王家にはとあるしきたりがあってな、これは正統王家として確立される以前からのものらしいんじゃが、正統王家の継承権を持つ男児には必ず聖属性を持つ者を正妻として迎え入れるというものがある」
「……そこに絡んでいないことが気に入らないということですか」
教会が聖属性に長けた者が多いということは皆が知っている。その象徴が聖女という存在だ。聖女は教会の顔として公に貴族や王族の治療を行っているらしい。聖属性の専門家という自負が、正統王家の欲する聖属性の使い手を送り込めないことへの不満へとつながっているのかもしれない。
「聖属性持ちが皆素晴らしい人物であれば誰も文句は言わん。だが人々の善意の上に成り立つ組織というものは腐敗することも多い。そんな腐った者を正統王家に迎え入れればどのようなことになるかは馬鹿でもわかるだろうて」
「五王家はそのようなことがないように、独自に聖属性の使い手を見つけては正式に迎え入れ、順番で正統王家への輿入れを行ってきた。そして現在、正統王家には来年成人する男児がおり、今回輿入れを担当するのが……ガルシアーノだ」
「ガルシアーノ……聖属性……あ!」
「気付いたか。そう、エフィ嬢だ」
エフィさんは聖属性持ち、そしてガルシアーノの血縁者だ。もしエフィさんが亡き者となった場合、その代役をすぐに探し出すのは難しい。それほどに聖属性というものは稀有なものだ。対して教会は聖属性持ちなどいくらでもいる。その中から見目麗しい女性を差し出して入り込もうというのか。
「グーディッシュをはじめとした連中は教会との繋がりがある。おそらく正統王家に入り込んだ教会によって手を回し、五王家になり替わろうとしているのだろう。五王家がどれほど自らの血を流しているかを知らん馬鹿共め」
辺境伯は口惜しそうに言葉を切る。それはガルシアーノの懐刀として五王家を支えてきた過去があるからこその言葉だ。硬く握りしめられた拳が小さく震えているのはその証拠だろう。
「今回のことはガルシアーノへの報告が必須だ。正統王家の血族に関わることであれば他の五王家にも報告して連携を取らねばならん。未だ魔族や魔物の脅威に晒されているこの状況で、くだらん権力争いに国力を低下させる訳にもいかんというのに……」
「マウガに魔将が現れたのもその一端でしょう、混乱に乗じて攻め込まれてはひとたまりもありません」
魔将、あのヘドンとかいうサイクロプスもそうだった。リタは……一応魔将だったか。あのキャットフードというものに飛びつく姿からは想像できないが。
そういえばルーインが僕を狙ってきたのはあの『しずまないふね』の巨人が目当てだった。僕の力を手に入れて、五王家への対抗手段にするつもりだったのか。
「た、大変です! 公園に……魔物が現れました! 現在テッド様が応戦していますが状況は良くありません!」
突然勢いよく開かれた執務室の扉。そこに立っていたのは金属鎧を身に着けた辺境伯の私兵だった。だが鎧は所々が大きく凹んでおり、籠手や脛当ては外れてしまっている。露出した部分には血が滲んでいる。
「公園だと! 街の中心部だろうが! 住民の被害は!」
「幸いにも昼時でしたので人はほとんどいないようでしたが、周囲の建造物に被害が出ております。現在テッド様が公園から出さないように抑えておりますが、それもどこまで持つかわかりません!」
市街地に魔物……これもあの襲撃者たちの切り札なのだろうか。暗殺に失敗すれば街もろともというつもりなのか?
「バーゼル、すまんが出てくれんか? それからアルト、お前にも頼みたい。この街を護る手助けをしてほしい」
「アルト殿、私からもお願いします。ここで連中の好きにさせればこの国の未来にも関わることです。どうかお願いします」
深々と頭を下げる先生。だが先生にそんなことをしてもらわなくても、先生に頼まれれば僕は断らない。それほど先生に教わったことは僕の命を繋いできた。その恩はいくら返しても返し足りない。僕の力を先生が必要としているのであれば、そこに迷うことなんてない。
「わかりました、オルディアと一緒に出ます」
【私も一緒ですよ?】
返事をすればアオイの声が聞こえる。もちろん君も一緒だ、僕は君と共にあることで戦うことができるのだから。
ここまで来れば展開がわかる方もいるかとお思います。
読んでいただいてありがとうございます。