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召喚士は今日も喚ぶ ―僕だけが読める謎の本―  作者: 黒六
1章 旅立ち編
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8.本の実力

本日二話目です。

 僕が荷台から顔を出してもブラッディウルフは全く気にすることなく身体をこすりつけている。よく見れば小さな何かに一生懸命こすりつけている。それどころか何頭かはその小さなものを美味しそうに食べている。


 その小さなものは僕のすぐそばにも落ちてきていた。紐のような形状のそれはどこかで見たような気もしたが、どうにもそれが思い出せない。手に取ってみるとかなりきつい匂いを発している。


「これ……たしかアースワームだよね」

【はい、こちらで言うアースワームですね。それも半分干からびているものです】


 アオイの説明に記憶の糸がつながった。昔うちで働いていたメイドの一人が、飼い犬が散歩のたびに干からびたアースワームで遊んで困ると言っていた。いつもはおとなしい犬がこいつを発見するなり制御不能になるそうで、身体をこすりつけたり食べちゃったりすると。しかもその後で甘えてきたり顔を舐めてくるので本当に困ると。


 確かにブラッディウルフは犬と同じ祖先をもつ魔物なので、習性が犬と同じだとしても不思議じゃない。そこかしこで干からびかけたアースワームに夢中になっている姿は魔物ではあるがどこか微笑ましいものがあるけど、僕はこれからどうすればいいんだろう。


【殲滅しますか?】

「殲滅……って殺しちゃうの?」

【はい、敵性生物ですので生かしておく理由がありません】

「だって……もう勝負はついてるでしょ?」


 魔物が危険だってことは僕だって理解している。冒険者ギルドで魔物討伐が常時依頼になっているのだって、危険な魔物が増殖するのを防ぐためだ。でも無益な殺しをする必要はないと思う。僕だって自分で動物を狩っていたときは食べるだけしか狩らなかったし。


【あなたの記憶を検索したところ、この魔物は冒険者ギルドにて換金可能ですし、路銀を稼ぐチャンスなのでは?】


 アオイの指摘は正しい。これだけのブラッディウルフを全部買い取りしてもらえれば、贅沢しなければ二か月くらいは食いつないでいけると思う。だけど僕はまだ冒険者ではないし、無能者だ。そんな人間がいきなりこれだけの魔物を持ち込んだら、間違いなく悪目立ちする。自分の身を自分で護ることすらできない僕が余計なトラブルに巻き込まれるのは容易に想像できる。


「悪いけど今は目立つ行動はとりたくない。 追い払うだけでいいよ」

【……わかりました。今回は忌避させるだけに留めましょう】


 頭の中に響くアオイの言葉に若干の感情が込められているように感じた。きっと僕のことをつまらない奴だと思っているのかもしれない。でも僕としては目立ってしまい一か所にとどまるような事態は避けたい。僕は自由に旅をするつもりだから、申し訳ないけどここで波風立てるようなことはしたくない。


【そこまで考慮しているとは思っていませんでした】

「まぁそれが理由の全てじゃないけどさ」


 目の前で繰り広げられている、どこか心がほっこりするような光景を見たあとで殲滅なんて残酷なことをできるほど僕の心は強くない。まだ成人していない、屋敷からほとんど出たことないような世間知らずの僕は冷酷に割り切って考えることができない。


【そういう感覚を持つことは重要です。やはりあなたを主として正解でした。あなたの方針に基づき最善手を選択します】

「……ありがとう、これを唱えればいいんだね、『てんねんせいぶんひゃくぱーせんとのうやく』召喚!」


 ぽつ……ぽつ……ぽつぽつ……ぽつぽつぽつ……


 雨粒のような水滴が雲ひとつない晴天から降り注ぎだす。何故雨粒だと断定していないのか、それはその水滴が……とても嫌なにおいを発していたからだ。

 どこか焼け焦げたようなにおい、それをはるかに上回る鼻につく酸っぱいにおいに召喚した僕もつい顔を顰めてしまう。だが僕など比べ物にならないほど鋭敏な嗅覚を持つブラッディウルフはもっと悲惨な状態に陥っていた。


「キャインキャイン!」

「キューン!キューン!」


 恐ろしそうな赤黒い体躯に全く似合わない、子犬のような声をあげながら逃げ去っていく。だがそれは無事なウルフたち。その水滴が身体についたウルフは逃げるのも忘れて必死に身体を地面にこすりつけている。顔についたウルフは前足でひたすら顔をこすっている。なんかかわいい。


「……何これ?」

【植物を燃焼させたものを原材料とした農業用の薬です。その匂い成分には動物が忌避する効能があります。天然成分なので植物にも安心です】

「僕の身体にもついてるんだけど」

【後ほど洗浄しますのでご安心ください】


 水滴は僕の身体にもついている。当然ながら僕にもその匂いは効果を十全に発揮しているわけで、僕は右手にアオイを持ち、左手で自分の鼻をつまみながら話している。本当に大丈夫かどうかは後で考えることとして、ところどころに理解不能な単語が聞こえる。きっとアオイの持つ叡智というものがそれなんだろう。


【敵性生物の退散を確認しました。危険度は平常レベルまで低下した模様です】

「え、あれ? 本当だ」


 いつの間にかブラッディウルフの大群はいなくなっていた。見れば遠くのほうに散り散りになりながら逃げていく姿があった。この場に残っているのは盗賊たちがなんとか倒した十数匹のウルフの死骸のみ、盗賊たちの姿は……うん、ところどころに足や腕が散らばっている程度……うぷ、吐き気がしてきた。人間の死体なんて初めて見るから当然なんだが、もっとショックを受けるかと思ったらそうでもなかった。一歩間違えれば僕もああなっていたという安堵の感情が心を安定させてくれているらしい。


【ここに滞在していると、今回の件を依頼した者が確認に来る可能性があります。早々に立ち去ることを提案します】 

「そうだね、できるだけ早く……そうだ!」


 懐からナイフを取り出すと自分の首筋に向ける。斬れ味なんて皆無に等しい、所々に錆の浮かんだ安物のナイフだが、僕が切ろうとしているものくらいは切ることができるはずだ。


【何をするつもりですか?】

「僕は……ここで死んでおくべきだと思う。だから僕はここにその証を残しておかなくちゃ」

【なるほど、そういう事ですか】


 アオイが僕の思考を読んだのか、一度は慌てたような声をあげたがすぐに納得してくれた。彼女もこれが今の僕には絶対に必要なことだと即座に理解してくれたようだ。

 父フリッツが僕の始末を頼んだのであれば、それが確実に遂行されたかどうかの確認をしてくるのは当然だ。なのに僕が死んでいる証拠がなければこれからずっと命を狙われ続けなければならない。僕はあの人たちに金輪際かかわりあうつもりはないけど、彼らはそうじゃないかもしれない。ならここで僕が死んだと思わせておけばこれから先の僕への干渉がなくなる。だから……その証拠をここで残しておく。僕が死んだ証拠を。


「幸いにもブラッディウルフに襲撃されたのは事実だし、盗賊だって食べ残しくらいしか残ってない。僕が残さず食べられてしまったとしても違和感がないはず」


 そして今の僕には都合よく残せる証拠がある。十三歳からずっと切らずに伸ばし続けた髪の毛。背中まである長い金髪をしている少年なんてそう多くはいないから、これを残していけば……

 うなじのあたりで髪を束ねると、ナイフの刃を当てて力任せに切る。切れ味が悪いのでぶちぶちと髪が根元から引きちぎれる感触が少々混ざるけど、構わず切り取る。


【衣服も破いて残しておきましょう。説得力が増します】

「うん、わかった」


 盗賊の死体の周辺に広がる血だまりで髪の毛と衣服を汚して、いかにも馬車のそばで襲われたかのように置いておく。これでよし。


【精密な検査をすれば別人と判るでしょうが、この世界にはその手段はないでしょう】

「そうだね、でもこれからどうしよう……あれ?」


 馬車から鞄を引っ張り出して移動手段を思索していると、御者台に馬が繋がれたままになっていた。二頭立ての馬車だったけど、一頭は首筋に傷がある程度で元気だった。もう一頭が食べられている間暴れていたせいで命拾いしたのかもしれない。


「お前も無事だったんだね。一緒に行こうか」

「ブルル……」


 その返事を了承とみなして馬車から外すと、荷台にあった鞍をつけてまたがり手綱を握る。小さいころ教わった乗馬だけど、こんなところで役立つとは思わなかった。

 馬はゆっくりとその場を離れると、街道を王都に向けて歩みを進めた。馬車馬として何度も通った道だから道順を覚えているようだ。


【出立の前に貴方の名を決めてください】

「え? どうして? あ、そうか、僕はここで死んだんだった。そうだね、アルフレッドだからアルっていうのは安直だし……アルトってのはどうだろう」

【アルト……所有者権限をアルフレッドからアルトへ移譲を申請……移譲を確認。これより我が所有者はアルトとなります。よろしくお願いします、アルト様】

「うん、こちらこそよろしく」


 こうしてアルトとしての僕の新たな人生が始まった。綺麗な青い装丁の本とともに。

読んでいただいてありがとうございます。

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新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
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