3.弟子?
すみません、遅れました。
いきなり何を言っているんだ、こいつは? 何故僕がここでこいつと勝負しなければならない? はっきり言って僕にとっては迷惑極まりない。そもそもこいつは誰なんだ? 自分の身分すら明かさない奴の勝負など受ける必要性をまったく感じない。
「どうして僕があなたと勝負しなければならないんですか? 僕にとって何のメリットがあるんですか?」
「うるさい、来ないならこちらから行くぞ!」
一応確認してみたのだが、やはりというか全く会話が成り立たなかった。それどころかいきなり僕めがけて飛び掛かってきた。ただ剣を抜かないあたりはかろうじて自制心が残っているようだ。ここは大通りで、その上今の僕たちは領主からの呼び出しに応じている最中だ。そんな中で刃傷沙汰にでもなれば確実にお尋ね者だ。ただ素手だからとおとがめなしになどなるはずもないが。それ以前に僕が何の対応もしていないと考えているようだ。
「オルディア、遊んでいいよ」
『遊ぶー』
「うわっ! 何だこいつは!」
僕の隣でじっと我慢していたオルディアがいつもの狼サイズから巨大化しながら飛び掛かり、襲ってきた男の襟を咥えて着地する。何が起こったのか未だに理解できていない男を前足で転がして遊んでいる。もちろん噛んだりすることはない。変な病気でもうつったら困るので、そのあたりはしっかりと教えてある。転がされている男が妙なうめき声をあげていたり、衣服がぼろぼろになっていたりするがそんなことはどうでもいいことだ。
オルディアが玩具で遊ぶように男を咥えて振り回したり、転がしたり引きずったりしている。尻尾がちぎれんばかりに振られているのでとても楽しいのだろう。とりあえずオルディアが満足するまでこのままにしておこう。
「自分の未熟さがわかりましたか?」
「納得できません! その魔獣が強いだけじゃないですか!」
「強い魔獣を従えられるということの真意を理解しているのですか? 強い魔獣ほど自分が認めた者としか主として契約しません。アルト殿はオルディア殿に実力を示したからこそ使役できているのです。むしろ手加減されていたことを恥じるべきです」
全身ぼろぼろで泥だらけの男が先生の前で正座させられている。話の内容から判断するとこの男は先生の弟子ってことになるのだろう。そしてこの男は僕が先生と行動を共にしているのがとても気に入らない、と。
「すみません、アルト殿。この者はテッドと言いまして、かつて闇属性魔法を指南したことがある者なのですが、どうも私の後継者を目指しているようでして……」
「はぁ、そうだったんですか」
確かに先生に教わっていたことはあるが、かつては一般的なことを教わっていただけで現在は冒険者としての基本を教わっているだけだ。決してこのテッドという男が言うような闇属性魔法を教わっている訳ではない。
「テッドさんでしたっけ? そもそも僕は属性に適性が無いので闇属性魔法なんて使えません。先生に教わっていることもごく一般的な冒険者としての基本です。少なくともあなたの思っていることとは違うと思うんですが?」
「え?」
「そもそも先生の弟子を主張するのであればまず自分から名乗るべきなんじゃないですか? そんな失礼な者を弟子にしたとして先生の立場も悪くなるかもしれないんですよ? その辺りを理解しているんですか?」
「あ、いや……」
ここのところ利己的な連中による理不尽な襲撃ばかりで少々気が立っている。それに僕たちは今重罪人を護送中、ギルドの正式な依頼を遂行中だ。そんな中襲い掛かってくるなんて、ルーインの裏にいる連中と間違えてしまう可能性もある。その騒ぎでルーインが逃亡でもしたらどう責任とるつもりなのか。
「僕たちは今、重罪人を護送中なんです。もしそいつが逃げ出したらあなたはどう責任とるんですか? もしかしてあなたも一連の事件の関係者ですか? ならこのままギルドに突き出して……いや、身動きが取れないくらいに痛めつけて一緒に連れていきましょうか」
「あ、あの……アルト殿、もうそのあたりで勘弁してやっていただけませんか? どうやらテッドは我々の護衛をする予定だったようですから……」
「え?」
テッドのぼろぼろになった衣服の下から出てきた書簡を見た先生は申し訳なさそうに言ってきた。護衛がいきなり護衛対象に襲い掛かるなんて、大丈夫なのか、この街は。
「それから……非常に申し上げにくいのですが、テッドは現在、領主の専属として働いているようです。私も信じられませんが」
「……はぁ」
先生も信じられないといった様子で言葉を続けた。領主専属ならば今の僕たちの受けた依頼がどれほど重要なものか理解できなくてどうする。しかもマディソン辺境伯はガルシアーノの腹心と言われている人物、そんな人がルーインを動かした貴族連中を危険視していないはずがない。
本当にこの街は大丈夫なんだろうか。
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