2.遭遇
「バーゼル様、領主様からの出頭命令が出ております。申し訳ありませんがご同行願えますか?」
マディソン辺境伯領の要となる港、スクーアの門番から開口一番そう告げられた。だが門番の対応は決して不審者に相対するような厳しいものではなく、その言葉には護送に依頼を受けた僕たちに対しての労いの色を強く窺うことができた。
「サリタ師は使い魔を飛ばすとおっしゃっていましたから、我々の到着を心待ちにしていたのでしょう」
「やはりルーインのことは大事になるようですね」
「今回の件は裏で動く者たちが多いと思われます。辺境伯も楽観視していないということでしょうな」
マウガも僕が見てきた街の中で一番栄えていた街だったが、ここスクーアはそれとは比べ物にならないほど栄えていた。道は綺麗に石畳で整えられ、その広さも大きな馬車が余裕をもってすれ違うことができる。
街並みも丁寧な仕上げの建物が多く、道端では様々な露店が盛んに客を呼び込んでいる。やはり川を使った流通が盛んな証か、魚や果実、野菜などの生鮮品が多く並んでいる。簡素なテーブルとイスを用意して簡単な食事を提供している露店もあるようだ。
「ここスクーアは辺境諸国を纏め上げるガルシアーノ家の傘下でも最も栄えていると言ってもいいでしょう。やはり水運による流通というものが大きな役割を果たしているのでしょう」
辺境を纏めるというと王都近辺の貴族たちには悪い印象を持つ者もいるようだが、それは物事を表面上でしか見ていない証拠だ。何故ガルシアーノ家が辺境を統率するという役割だけで五王家の一角にいるのかを理解していない。
辺境とは人々が平穏に暮らすことができる最果ての地と言われている。つまりそれだけ外敵の脅威に晒されているということだ。他国、他種族、そして凶暴な魔物の類、それを悉く退けているからこそ、中央は平穏無事であるということを全く理解していない。そして王都に流通している高価な魔物素材がどこから調達されているかということも。彼らの無知が辺境に利益をもたらし、その税収がガルシアーノを支え、さらには五王家を支えているのだから不思議なものだ。
【アルト様、不審な動きを見せている者がおります。前方右手、果実の露店の陰でこちらの様子を窺っています】
(右手の露店の陰? 誰もいないけど……ああ、隠蔽か)
アオイが警告を発してくる。だがアオイの言葉にあった場所には誰もいない。だがアオイの索敵は間違うことはない。となれば僕の目がおかしくなってしまったのか、それとも何かの影響なのか。いや、この状況は前にも経験したことがある。
「先生、右手前方の露店の陰に誰かいます。どうやら隠蔽を使うようです」
「ほう……やはり気付かれましたか。そこにいるのはわかっています、さっさと出てきなさい」
僕が指摘すると、先生は満足げに頷きながら落ち着いた様子で声をかけた。すると誰もいなかったはずの場所が大きくゆらぎ、はっきりと人の姿を視認できるようになった。
その人物は大きくその身を翻すと、静かに進む僕たちの馬車の前へと降り立った。フードで顔を隠しているが、すらりとした長身は防具の類を一切つけておらず、引き締まった身体の持ち主であることが容易に理解できた。おそらく男性だろう。
「お久しぶりです、先生」
「成長しましたね。ですがまだまだです」
一礼してフードを取る男。フードの下からは短く切りそろえられたグレーの髪の精悍な顔が現れた。その目は一瞬だけ先生に向いたが、すぐにその視線は僕に固定された。そこには強い敵意のようなものが垣間見える。
「先生、どうして俺じゃなくてそんなガキなんですか?【宵闇】の名は俺じゃダメなんですか?」
「私は自分の二つ名を誰かに継がせるつもりはありません。それにアルト殿は弟子ではありません。冒険者として同じパーティを組む仲間です」
二人のやりとりをただ見ていることしかできない僕。どうやらこの男は先生の知り合いで、以前先生に教えを受けていたことがあるようだ。先ほどの隠蔽は闇属性魔法だったのもその証明だろう。ちなみにアオイの警告を疑わなかったのは、ラザードでギルドの受付嬢さんが使っていた隠蔽に酷似していたからだ。
「仲間? こんなひ弱そうなガキが仲間? そんなはずがない!」
「間違いありません。それにアルト殿はあなたより確実に強いです。見た目で判断することが命取りになることもあるとあれほど教えたのに未だに理解していないとは……」
先生が小さく首を振る。だがそのやり取りを見ていた僕はどうにも嫌な予感が止まらない。この男が見せた敵意の籠った目とここまでの話の流れがどんな展開になるのかが大方の予想が出来てしまったからかもしれないが。
「ならお前、俺と勝負しろ!」
男が言い出した言葉は僕の予想通りのものだった。あの流れであの言い方をすればかなりの高確率で戦う流れになることくらい先生ならわかりそうなものだが……
もしかして先生、確信犯か?
読んでいただいてありがとうございます。