1.大河のほとり
更新再開です。そして新章スタートです。
「何? こちらの手の者を始末した奴が捕縛されただと?」
執務室で書類と格闘していた老人は側近からの報告を聞き、書類を読む手を止めて剣呑な視線を向けた。射殺すかのような強烈な視線をまともに受けた側近の男はうろたえながらもなんとか言葉を続けた。
「は、はい、犯人はA級冒険者のルーイン、王都の貴族たちからの依頼を受けて動いていたようです」
「税金を無駄に食いつぶすクソ共め。ところでどうして貴族連中がルーインを動かす? 何がしたい?」
「それが……マウガの件が原因のようです。魔将を倒せる戦力をどうしても手に入れたかったようで……」
「魔将の素材から足がついたか。こうもあからさまに動くとは……で、ルーインはどうなった?」
「ラザードで捕縛され、王都の冒険者ギルド本部に送られるようです。途中でこちらを経由するようですね、ラザードのギルド支部長からバーゼル氏に直接護送依頼が出ています」
「おお、奴が捕縛したのか。ここを経由するということは水路だな。よし、到着したらワシのところに顔を出すように手配しておけ」
「は!」
側近が足早に出てゆく姿を見送りながら、老人は険しい表情を崩さない。その老人こそ辺境を纏める五王家の一角、ガルシアーノの懐刀と言われているマディソン辺境伯だった。老人とは思えぬ圧力がその身体から滲みはじめ、その怒りが途轍もなく大きなものであることは安易に想像できた。
「ここを経由するということは……サリタ女史の差配だな。となるとこれは何か大きな動きがあると見越してのことだろう。迂闊な判断で先走るなということか。事と次第によってはワシも王都に向かわねばならんかもしれんな」
辺境伯はサリタとは旧知の仲らしく、彼女のとった今回の行動から、ルーインの背後にいる存在が相当に厄介な相手であると理解していた。だがここでそれを明らかにして動けば、事を焦った敵が強引な方法を取ることも考えられる。自分の判断を間違えればガルシアーノの、いや、五王家そのものにも多大な影響を与えてしまう。
辺境伯は立ち上がり、窓から外を眺める。かなり高い場所になるであろうその窓からは、街に恩恵をもたらしている大河が見えた。水鳥たちが自由に飛び交い、漁を生業とする者の小舟がせわしなく動く中、一際巨大な船が艀に接岸されていた。
「その前に面倒なネズミ共を始末しておくとするか。おい、手筈はいつものようにな」
「……御意」
辺境伯しか残っていないはずの部屋から小さく返事がする。だがその姿はどこにも見当たらない。しかもそんな異様な状態でありながら、辺境伯はまったく意に介していない。それどころか獰猛な笑みさえ浮かべて、まるで獲物が飛び込んでくるのをじっと待ち構える猛獣のようにも見えた。
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「うわぁ! 大きな川ですね! 向こう岸があんなに小さく見えます!」
目の前に広がる光景に思わず声をあげてしまう僕。だがそれも致し方ないだろう、こんな大きな川など今まで見たこともないのだから。
「この川はマディソン辺境伯領の象徴です。この川があるおかげで天然の濠となって外敵の侵入を防ぐとともに、交易の拠点にもなっております。対岸への渡し船はもちろんですが、王都までの直通便も出ています」
「もしかして……あの大きなものは全部船なんですか?」
街道を進み、小高い丘を越えたところで眼下に広がるこれまでとは全く異なる風景。その中でも最も興奮したのは、向こう岸にある港の建物が豆粒のように見える巨大な河川と、そこに浮かんでいる巨大な建造物だった。
僕がこれまで見てきた川というものは、大人十人程度が両腕を広げたくらいのい川幅のもので、それでも大きいと思っていたのだが、この光景を見た後では小さなせせらぎでしかなかったのだと思い知らされた。
そして巨大な船。ロッカでも皆漁師は小舟を使っていた。だが今僕の目に移っているものを船と言われても全く実感がわかない。それもそのはず、その大きさは貴族の大きな屋敷よりも大きく、あんなものがどうして水に浮かぶのか全く理解できない。それにどうやって移動させるのか。まさか人力なんてことはあり得ないとは思うが。
「あんな大きなものがどうやって動くんですか? 川だから流れもあるのに……まさか人力ですか?」
「それは現地についてからのお楽しみということにしておきましょう。王都までは渡し船で対岸に渡ることになりますから」
「あれに乗るんですか!」
ルーインの護送中にもかかわらず、心が躍る。だがあんな巨大な船に乗るなんてことはこれから先にあるかどうかすらわからない。つい浮かれてしまうのも仕方ないことだろう。
湧き上がる好奇心を抑えきることができない。僕はこういうものが見たくてもっと世界を見たいと願った、そしてそれが着実に実現されている。その喜びを胸いっぱいに感じながら、次第に大きくなってゆく船をずっと見つめていた。
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